第19話 闘争~坑道跡地~
開始の号砲を待つばかり……そんな状況で口火を切ったのは俺だ。重心を落とし、地を蹴り、脇目も振らずにジェネラル向かって踏み込む。更にそれに合わせてコハクが援護射撃を開始、警部も自動拳銃を撃ちながら俺の後に続き突撃する事で先手を引き寄せる。
飛翔する炎と鉛の弾丸。それに続く様に足を踏み出し、あちらの様子を窺えば……流石はジェネラルか。動揺する事もなく行動に入っていた。
「オォォッ!」
各々雄叫びを上げ、その手にある巨大な武器を縦に横にと振り払う。炎はぶつかり火花と化し、鉛は機動を変えられ明後日の方向へとスッ飛んでいく……流石に全てを打ち払えはしなかったが、しかし着弾した少数の弾丸の効果は薄い。どうやら状況判断能力だけでなく皮も厚いようだ。恐らく、鎧の様に。
━━素手ではキツイか。
通常のゴブリンとは比較にならない能力を持っているだろうジェネラルに、俺は早々手詰まりを感じていた。これで何か武器を……それこそ聖剣エクスカリバールでも持ってきてれば話は違ったのだろうが、生憎そんなものはない。
━━だとしても、あれらを見逃す理由にはならないっ!
退く気は更々無く、むしろ更に強く踏み込んで加速する。炎弾が弾けて火花となり、鉛弾がカン高い音と共に跳ね飛ぶ中更に前へ、前へ!
先頭のジェネラルまで後三歩。視線がぶつかる。お互いに地を踏み締め、さぁ━━
「グォオオッ!」
「━━ッ!」
お互いがお互いに踏み込み、射程内。先に得物を降り下ろしたのはジェネラルだ。バカデカイ鉄塊にしか見えない大剣を真上から降り下ろしてくる。
当たれば即死。しかし、見ていれば避けようはある。
俺は軽く身体を捻りつつ進行方向をずらし、降り下ろされる鉄塊の脇を通ってジェネラルの懐に潜り込む。回避は成功。しかし次の一手が思い浮かばず、俺はやむ無くジェネラルの股下を潜り抜けて背後へと回る。一応途中で脛を蹴飛ばしてみたが……
「オオォォォ……」
当然というべきか、効果は無さそうだ。粗末ながら鎧を身にまとい、皮膚も硬いのは伊達ではないらしく、実に硬い。というか正直削りようがないのだが……
「そら、これでも食らうのじゃ!」
「オマエの相手はこっちだデカブツ!」
いや、確かに俺一人では削れまい。だがこちらを向いたジェネラルの背に爆炎を射すコハクと、フリーの二匹を絶妙な射撃で挑発する警部の活躍を思えば自然と分かる。そうだ、俺一人でやる必要はない。今やるべきなのは……
「先ずは━━」
流石に効いたらしい爆炎の射手を葬ろうと反転するジェネラルの背に、今度はこちらから蹴りを入れてやる。隙だらけの背に、助走込みの飛び蹴りを。
渾身の一撃。しかし効果は薄い。手応えは軟体だったスライムよりも遥かに感じれるのだが、それがダメージに繋がってない様子。しかし鬱陶しくはあったのだろう。ジェネラルの敵意がこちらに向く。そうだ、こっちに来い。オマエの相手はこの俺だ。
「ォオオ!」
「ッ!」
振り向き様の、薙ぎ払い。大振りなそれは分かりやすく、しかし強力だった。大剣の範囲から飛び下がろうと後ろへ下がるも、僅かに腹を斬られる。小さい、だが鋭い痛み。傷は浅いのだろう。だが……
━━気づくのが遅れれば、真っ二つだったッ……!
油断は出来ない。それを改めて認識し、俺はジェネラルと向き合う。
視線のぶつかり合いは一瞬。俺は停滞する事なく足を前へと踏み出し、ジェネラルの間合いへ飛び込む。注意を引くのだ。徹底してまとわりつき、コハクの方には行かせない。
そんな俺の考えを知ってか知らずか、ジェネラルは手持ちの大剣を奥に引き込んだ……今までとは違う予備動作。警戒心に引っ掛かるが、早々易々と後ろには下がれない。ここは前へ踏み込む!
「ォォオッ!」
「な、くっ!?」
懐へ飛び込もうとした俺を襲うジェネラルの大剣。しかし動きが違う。今までの大振りな攻撃とは打って変わってその剣筋は小さく、素早く……何より、隙がない。
踏み込んだ先に刃を置かれ、急制動を掛ければそれを迫らせ、横に逃れれば軽く戻して小さく薙ぐ。たまらずこちらが一歩引けばあちらも一歩詰め、鋭い突き。これを好機と見て横に飛んで避け、懐へ踏み込もうと足に力を込めれば大剣は既に手元に引き戻され、俺を待ち構えていた。
━━手堅いな。
先程までの大振りの連続ならともかく、こうも小さく固められては簡単には踏み込めない。迂闊に足を踏み出せばその瞬間致死のカウンターを入れられるのが目に見えている。
千日手。だが、俺は一人ではない。
「それ、背中がガラ空きじゃ!」
ドドドッ、と。爆炎を上げてコハクの狐火が次々とジェネラルの背に着弾する。大砲でも撃ったのかと見紛おうばかりの凄まじい狐火。容赦なく撃たれたそれにジェネラルは……耐えていた。まだ耐えていた。だがダメージは入ったらしく動きが鈍っている。
━━追撃か、挑発か。
どちらにせよ攻撃だ、と。俺が一撃を入れようと前進したとき、ジェネラルと視線がぶつかる。マズイ。
「ォオオ!」
「━━ッ!」
コハクを排除する暇はないと判断したのか、ジェネラルは俺に向かって足を踏み出して来た。高々と振られる巨大な大剣。大振りの攻撃、ならば避けるのは難しくない。なんならカウンターも入れてやる。
「グルオォォッ!」
大剣が勢いよく振り下ろされ、それを紙一重で避けつつ前進し━━ジェネラルの手が伸びて来た。
「ッ!?」
眼前、巨大な手。バカな、あり得ない。ジェネラルの手は大剣を握って……いない!? 既に手を放している! 抜かった、見え透いた大振りの降り下ろしはフェイントだっ!
そう気づき、しかし遅過ぎた。明後日の方向へスッ飛んでいく大剣には目もくれず、ジェネラルが俺を嗤う。捕まえた、と。
「っ、のっ……!」
直ぐ様横っ飛びに跳ぼうとするが、体勢が悪くタイミングが遅れる。そしてそれを見逃す程ジェネラルは愚かではなかった。捕まえようと伸ばした手を握りしめ、その拳を思いっきり振り抜いて来たのだ。
回避、不可能。受け身、間に合わない。どうしようもない状況で、ジェネラルの拳が俺に叩き付けられる。凄まじい衝撃が身体を走り、嫌な音。景色が流れる。ジェネラルが遠ざかり……背中に鋭い衝撃。息が詰まる。
「━━ヒイラギ!」
悲鳴にも似た、コハクの声が遠くから聞こえる。その声に大丈夫だと、この程度何の問題もないと、そう答えようとして……出来なかった。息が出来ない。その上腹と背中からそれぞれ別種の痛みが身を焼いてくる。視線を前にやれば、勝ち誇ったジェネラル。
あぁ、そうか。殴り飛ばされたのか。
「ゴホッ、ケホ……」
唾液混じりの咳を飛ばしつつ、自分の状況を再確認。腹を殴られ、壁に叩き付けられた。なるほど、派手にやられたし、痛みから察するに大ダメージだ。骨にヒビが入ったかも分からん。しかし身体は動く。改造されたのは伊達ではない。
まだ、やれる。
「ヒイラギ! 無事か!? ヒイラギ!」
「だ、大丈夫です! それより、援護射撃を!」
「っ! 分かったのじゃ!」
幸いにも、というべきか。それともゴブリンらしいというべきか。ジェネラルは勝ち誇った面のままこちらの再起動を待っていた。もしあれがコハクの方に行っていたら……いや、考えまい。ここで潰せばいいだけだ。
洞窟の岩壁から身体を起こし、重心を下げ……一気に駆け出す。狙うはジェネラルただ一匹。
「焼き尽くせェ!」
どことなく怒っているような……いや、間違いなくキレているコハクの援護射撃が飛び、クロスファイヤー。避けようがない。それはあちらも分かっているのだろう。ジェネラルはコハクの炎弾を片腕を犠牲に凌ぎつつ、俺に肉迫。ならばとこちらも更に強く踏み込む。
被我の距離、二メートル。後一歩で射程範囲。誤射を懸念してコハクの援護射撃が止んだ中、互いに足を踏み出す。先手はジェネラル、上段からの拳の降り下ろし。体格差を生かして押し潰すつもりか……
━━なら、更に上を取る。
踏み込もうとした足に力を入れ、地を蹴り飛ばして上へと跳び上がる。先程まで俺が居た場所をジェネラルの拳が通過するが、無意味。何故なら、俺が上に居るからだ。
ジェネラルの頭上、数十センチ。ここでやることなんて一つ。身体を捻り、足を振り上げ、自由落下が始まり、後は。
「潰れろォ!」
タイミングを合わせ、ジェネラルの頭目掛けて思いっきり足を降り下ろす。かかと落としだ。
鈍く、しかし凄まじい音が辺りに響き、同時に確かな手応えを足に感じる。殺った、と。その感覚に思わず笑みを溢しつつ、蹴り落とした足を軸に蹴りの反動を利用してもう一度跳び上がる。丁度ジェネラルの背の方へと。
「トドメじゃぁッ!」
俺がジェネラルから距離を取るのを待っていたのだろう。キレ気味のコハクから駄目押しの炎弾が飛来し、次々と爆炎を上げてジェネラルを焼いていく。微かに焦げ臭い辺り、今度は焼けているようだ。俺の蹴りで最低限意識は遠退いているだろうし……このジェネラルはこれでお仕舞いだろう。
そう考えつつも油断なく視線を置いていたが、結局ジェネラルはそのまま炎にまかれて消えていった。流石に耐えきれる物ではなかったらしい。
━━さて、後は警部の受け持った二匹か。
そう考えて思い至るのはジェネラルのパワーだ。巨大な鉄塊を自由自在に振り回し、素手の力も並みではないあのバケモノ……果たしてオッサンの手に負えるのか? 当人が自信ありげに言い放ったから任せたが、マズかったのでは?
そんな不安に駆られて警部とジェネラルの姿を探せば……その心配は杞憂だった。
「ルオォッ!」
「━━ッ! フッ!」
「ガァァァ!」
「シィッ━━セッ!」
自身の身の丈を上回るバケモノに対し、あろうことか警部は優勢に立ち回っていたのだ。降り下ろされ、振り回される巨大な鉄塊を紙一重でヒラリヒラリと避け、隙を見て反撃の掌底や弾丸を叩き込み、返しがくれば警棒を使いつつヌルリと受け流す。あれは……柔術というやつか? かなり出来るとは思っていたが、まさかあれほどとは。
「……あれ、手助け要ります? もう警部一人でいいんじゃないですかね」
「そうじゃな。手助けは必要ない……と言いたいところじゃが、手早く片付けんとあちらが襲って来かねんからのう」
「あぁ、確かに」
コハクと合流した俺は『もう全部警部任せでいいんじゃね?』とコハクに話を振ってみたのだが、鬱陶しそうにコハクが指差した方を見て自分の考えが楽観的に過ぎたと考え直す。
コハクの指先に陣取るのは最早見慣れた大量のゴブリンども。武器持ちとはいえジェネラルよりも格段に弱いザコだが、コハクは勿論あの数では俺に取っても脅威である事に変わりはなく、ましてやジェネラル二匹と共闘されてはこちらが劣勢になる。今は巻き込まれまいと静観を決め込んでいるが……その沈黙がいつ破られるかは分かったものではない。出来れば早々にジェネラルを片付けてしまいたいところだ。ならば、やる事は一つ。
「突撃して足を止めます。トドメは任せますね」
「うむ、良かろう。特大のを準備しておくのじゃ。……ヒイラギ、無茶はするでないぞ」
「……善処します」
俺だって無茶したくてしてる訳でも、怪我したくてしてる訳でもない。ただそうしないと奴らを潰せないからそうしてるだけ……言ったら嗜められるかな? だとしても止める気はないが。
そんな事を思いつつ足を踏み出す。一歩目は初速、二歩目で加速し、三歩目にはトップスピードへ。そうしてこちらに注意を向けてないジェネラルの背へ向かって突撃する。駆けて、あるいは飛ぶ様に。そして。
「━━フッ!」
ジェネラルまであと三歩というところでタイミングを計り、適切な地点で思いっきり地を踏み込んで蹴り上がる。改造された脚力で一気に空へ、ジェネラルの頭上へ。後は先程の焼き回し同然だ。
「ヤァァッ!」
全身全霊のかかと落としを無防備な頭部へ叩き込み、その反動を利用してもう一匹のジェネラルの方へと跳ぶ。今までで一番の爆炎が背後で上がっているのを肌で感じつつ、呆然とした様子の最後のジェネラルの顔面に跳び蹴りを叩き込む。
「セェイッ!」
「グブォ!?」
弱冠以上に威力不足。だがそこに好機と見たのか警部が追撃に入り、ジェネラルの顎目掛けて警棒を振り上げる。決まったか? 決まっただろう。蹴りの反動を使ってクルリと回転しながら離脱する俺が見たのは、見事なスカイアッパーじみた警棒のクリティカルヒットだった。あれで意識が飛んでないならバケモノとしか言いようがない。いや、バケモノだが……そこまでバケモノではなかったらしい。最後のジェネラルは意識が飛んだのか、地響きを立てて地面に崩れ落ちた。
後はコハクにトドメを入れて貰えば終わり。そう思っていると警部が自動拳銃からマガジンを取り出し、バラの弾を一発ずつ装填。リロードが終わったそれを元に戻して、最大数が装填されただろう自動拳銃を倒れたジェネラルに向ける。
「これで、トドメだ」
ダンッ、ダンッ、ダンッ、と。立て続けに響く発砲音は全部で八発。その全てがジェネラルの頭部に叩き込まれる。いずれも血は出ず、マトモなダメージがあるかは疑わしかったが……しかし、流石はM1911。流石は.45ACP弾といったところか。八発目を撃ち終わる頃には頭部は崩壊を始め、やがてジェネラルの全身が塵と消えた。
「ふむ。全く効かない訳ではなく、しつこく撃ち込めば倒せる程度には効くのか? イマイチよく分からん奴だな…………さて」
相手は倒せたが警部としては引っ掛かる部分があったのか、何事かブツブツと呟いていたが、直ぐに呆然とした様子のゴブリン軍団へと向き直る。そうだ、次は残った残党処理だ。
トトト、と。駆け寄って来たコハクを背後にし、俺は警部よりも一歩前に出る。さぁ、来い。そら来い。仇討ちでもしてみろと。
「グギャ……?」
「ギャギャ」
「ギャ……!?」
しかしなんというか、俺の突撃に対応して隊伍を組んだ勇ましさはどこへやら。あちらの動きは酷く鈍い。指揮官が殺られた事が原因だろうが……いや、アレが仮にも『軍』ならそんなものか。恐らく突然の指揮官不在で機能不全を起こしているのだろう。奴らは今や負け戦を目の前にした、敗軍だ。そう、敗軍。となるとこの後は包囲殲滅……
「ギャギャ!」
「グギャギャギャ!」
「ギャギャー!」
俺がこの後どうやって奴らを包囲殲滅したものか? それ考えようとしたとき、唐突にゴブリン達は走り出した。俺達に背を向けて、耳障りな声を上げながら。それは文字通りの敗走だ。勝てないからと逃げ出したのだ!
「逃げた……? まだ奥があるのか?」
「ふむ…………邪気は更に奥の方から来ておるようじゃ。そう遠くないようじゃが……」
「なら追います。追って潰します」
「ヒイラギ……そうじゃの。そうする他あるまい」
「ったく。ここから先は坑道よりも鍾乳洞に近くなるんだぞ? いったいどこまで続いてるんだ……?」
不安は、ある。だが奴らを放置する気にはなれないし、コハク曰く邪気の根源はまだ先なのだ。進む他あるまい。
━━不安が無い訳ではないが……
微かに感じる寒気と不安を気のせいだと踏み潰し、俺は足を踏み出して前へ進む。先を見通せない暗闇が、まだ深く続いていた。




