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異世界に侵食される現代世界  作者: キヨ
第一章 侵食は始まった
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第17話 境町地下迷宮~坑道跡地~

素早い歩哨の排除によって敵はこちらの接近に気づいていません。この機を逃さず奇襲部隊は坑道跡地へ突入を開始、敵本拠地の捜索を開始して下さい。

内部では敵の仕掛けたトラップや、哨戒隊との不意遭遇戦が予測されます。充分に注意して下さい。

 歩哨のゴブリンを手早く始末し、敵の本丸があると予測される坑道内へと踏み込んで……暫く。俺達は人が楽に往来出来る程度には広く、しかし明かりの一つも無い故に真っ暗な道を何事もなく歩き続けていた。警部の持つ懐中電灯と、コハクの狐火の明かりを便りにしながら。


 ━━静かだな。


 懐中電灯が切り裂いた前方を睨みながら、ふとそんな事を思う。何せ俺達の以外の音が全くしないのだ。足音も、息遣いも、鳴き声も。ここは敵の本丸だというのに、巡回のゴブリンすら見当たらない。それなりに歩き続けているのだが、未だに遭遇しないとなると……これは、何を意味するのだろう?


「妙、じゃな」


 ポツリ、と。俺と同じ事を思ったのかコハクがそう呟く。妙だと。俺はそれに頷く事で同意を返しつつ、更に小声で言葉を繋げる。


「こうまで遭遇しないとなるとハズレか、そうでないなら何か理由があると思いますが……」

「坑道をこれほどの邪気で満たしておきながらハズレ、という事はあるまい。奴らは間違いなくおる。となれば出てこない理由じゃが……」

「━━総出で、何かやってるのかもな」


 コハクが濁した部分を引き継ぐ様に、警部が唐突に発言する。見れば警部は足を止めており、その手にある懐中電灯が照らす先には……何かある。地面から十数センチ程のところまでモヤモヤと渦巻くあれは、霧か? にしては紫色というか、なんというか、毒々しい色合いなのだが……?


「なんと、なんという事か。よもや視認出来る程の邪気じゃと……!?」

「参ったな。まだ元凶すら見えてないのにコレとは……状況は思ったより悪い、か」


 驚愕と、落胆。二人の見慣れないその反応はあの霧が以下に良くない物かをありありと想像できるもので、そこから察するにあの毒々しい霧に見える邪気とかいうのは、その見た目通りロクでもない代物らしい。

 そして、そんなモノが出ている現状も。……急がねば、取り返しのつかない事になるだろう。しかし。


「……進めるんですか?」

「恐らく。いや、どうだ? 狐様よ」

「ふむ…………浅いところなら問題なく進めるはずじゃ。だが深く潜れば分からぬ。石山のは勿論、あまりに濃くなるならわらわやヒイラギとて十分と持つまいな」

「なるほど。となると場合によっては、元凶に辿り着けない?」

「可能性は、ある」


 やはり、というべきか。あの毒々しい霧には毒性があるらしい。少量なら問題ないが、多量に吸い続ければ危険な程度の。

 特に用事がないなら引き返すべきなのだろうが……生憎こちらには目的がある。例え辿り着けるか不明だとしても、はいそうですかと尻尾巻いて帰る訳にもいかないのだ。それに、こんなモノが自然発生するか?


「警部、先ほど奴らが何かやってるのでは言ってましたが……それが、コレだと?」

「あー、いや。コレはただのオマケだろう。ヤバい怪異のときは大抵コレがセットだったからな。大方この奥で何かしらやってんだろうよ」

「……そうじゃな。この邪気は石山のが言う様に副産物じゃろう。あれはこの世のものではないモノが居れば自然と発生する、歪みの様な物。で、あるならコレが出てくる事になった元凶はこの先で間違いない」

「なるほど……」


 あの忌々しい推定邪神と関わりがある時点で、奴らは許されざる俺の敵だったが……そうか。これは自然発生ではなく、奴らが何かした事による副産物か。

 ならばますます帰れなくなった。ここで俺達が逃げ帰れば奴らを止めれる者はいなくなるし、そうなれば奴らは好き勝手に暴れまわるだろう。確かに難易度は上がったが、しかし、もし奴らをこのまま放置した未来は……間違いなくロクでもない。


 ━━少なくとも。身体を弄られ、記憶を消し飛ばされ、縁も金も積み重ねも、全て失う……俺みたいなのが増えるだろうな。


 あるいはもっと悪いかも知れない。いや、十中八九悪くなるだろう。あの日好き勝手やってくれた推定邪神とその関係者が暴れまわる事になるのだから、その被害は計り知れない。

 思えば、今までだって危なかったのだ。神社の林で推定邪神の欠片を討てなければ成長し、恐るべき存在になっていただろう。スライムを早期に撃滅出来なければ農家の人達か、あるいはコハクが溶かされ殺されたかも知れない。町中に出たゴブリンの群れは俺達が対処しなければ甚大な被害が出たのは間違いない話で、死者数三桁もあり得ただろう。少なくとも、近くにいた子供達は死んでいた。……あぁ、そうやって思いを巡らせば巡らす程、逃げ帰るという選択は、見て見ぬ振りをするという選択は、無くなっていく。あるのは、前進のみだ。


「行きましょうか」


 確かに道のりは困難だ。先には敵の大軍、援軍は無く、地の利は更に失われた。

 しかし、だからこそ引き返せない。奴らは、ここで叩く。そう意気込んで一歩踏み出せば後に続く者もいる。警部とコハクだ。


「そうだな。調べれるところまで調べておこう。狐様は、お留守番か? 不満そうだが」

「誰がじゃ。……しかし良いのか、ヒイラギ。今ならまだ引き返せるぞ?」

「引き返せませんよ。あんな物を見ては」

「む……はぁ、そうじゃな。ヒイラギはそういうやつじゃった」


 やれやれだ。そう言わんばかりにコハクは首を振り、キツネミミをピコリと動かす。そうして懐から護符を取り出し、それを俺に手渡して来た。これは?


「コハク、これは……?」

「護符じゃ。邪気や瘴気の類いを遠ざける、な。流石にこの濃さにもなると気休めじゃが……無いよりはマシじゃろ。それにヒイラギは危なっかしいからの、持っておくのじゃ」


 そう言いながらコハクは護符を俺のズボンのポケットにねじ込み、一安心といった表情で尻尾を揺らす。まるでやんちゃな子供にお守りを渡すお婆ちゃんだ……そんなに俺は危なっかしいか?


「なんじゃ、その心外だと言わんばかりの顔は?」

「いえ、正直危なっかしいのはコハクの方だと……」


 俺がそこまで言って、コハクがため息。様子を伺っていた警部まで意外そうな顔を晒す。解せぬ。


「やっぱりアレは真性だったか。こりゃ矯正は時間が掛かるぞ?」

「ふん、言われるまでもない。望むところじゃ」

「そりゃ助かる。俺は忙しくなりそうだしなぁ……あぁ、その手の護符なら持ってるから俺の分は気にしなくていいぞ」

「ふんっ、最初から貴様の分など気にしてなどおらぬわ」


 コハクと相変わらずな、しかし要領を得ない会話を交わし、何事か呟きながら警部が霧の中へと足を進めて行く。慎重に、しかし慣れた様子で。

 俺としては言いたい事は山程あるが、しかし、警部に遅れを取る訳にはいかない。言いたい事を一旦腹の中へと留めておき、俺は警部に続く形で毒々しい霧の中へと足を踏み入れる。

 一歩、二歩。進む足に霧がまとわりつく。まるで足を掴んで引き倒そうとするかの様に。しかし、そこまでだ。霧はそれ以上何も出来ない。まとわりつくだけで引っ張る事も、ましてや口を塞ぐ事も出来ないのだ。恐らく、コハクから無理矢理渡された護符の効果だろう。あれが無ければ今頃面倒な事になってのは間違いなかった……そう確信出来る程のおぞましさだ。


「ん? ……チッ、駄目になったか」


 おぞましき霧の中へと突入して、暫く。唐突に懐中電灯の明かりが消えた。警部が何度か再起動を試したようだが、結果は口から出てきた言葉で察せられる。

 これで、こちらの明かりはコハクの狐火だけだ。少し、心許ない。


「ふむ、案の定か。電気を使う小道具は脆いのぅ」

「あぁ、一応対策はやってみたんだがな……やっぱり電子機器は役に立たんな。何でか知らんが」


 懐中電灯を懐へと戻した警部は、代わりとばかりに自動拳銃を取り出して先へ進む。この程度は想定内だと言わんばかりだ。懐中電灯の明かりが突然消えるなんてホラーそのものだと思うのだが……全く動じないとは。慣れているのか、それとも肝が太いだけか。


 ━━思えばこの人の嫁さん、コハクの姉なんだよな……キツネミミのお嫁さん? 嫉妬モノだわ。


 考えてみれば凄まじいオッサンも居たものだ。嫁さんは狐様で、この手の異常事態に理解と知識、そして経験がある。若かりしき頃の石山警部にいったい何があったのか、そのうち聞いてみるのも面白そうだ。

 そんな事をボサッと考えつつ、警部の後を追う形で坑道の奥へと進む。明かりが狐火だけになってしまったので、俺は足元なんかが非常に心許ないのだが……警部はそんな事ないらしく、全くペースを変えずに進み続ける。道を歩き、脇道を素通りし、あるいは入り、分かれ道に出てもノータイムで選び取って進んで行く。どうやら道は完全に頭に入っている様だ。いや、それどころか。


「警部。先ほどから迷いなく進んでますが、当てがあるんですか?」

「ん? いや、勘だ」

「勘」

「一応奥の方だろうとは考えてるが……まぁ、狐様のお告げが無いなら合ってるんだろ」


 これといった迷いも見せずにそう言って、警部はコハクの方へと視線を投げる。見れば、酷く不機嫌そうなコハクが居た。


「そうじゃな。今のところ元凶に近づいておる。邪気が濃くなっておるから間違いない。……迷えば笑ってやったものを」

「そりゃ勘弁」

「ふんっ」


 プイッと、そっぽを向くコハクはいかにも不機嫌ですと言わんばかりだ。妬ましい相手が成功して不愉快なのだろう。とはいえ、心の底から残念だと思っている訳ではないのは尻尾の毛並みやミミの動きを見れば分かる。根が優しい子だし、何よりダテに数日一緒に暮らしていた訳ではないのだ。それぐらい分かる。


 ━━同棲。いや違う。ちょっと面倒を見てもらっただけだ。


 妙な単語が頭に思い浮かんだが、事実無根だろう。少なくともコハクにそのつもりはなかっただろうし、今の俺は間違いを起こせる性別ではない。百合の花も咲かなかった。

 ……百合、百合か。俺が、コハクと? 無いな。無い。無いが、しかし、キツネミミ美幼女とアルビノ系美少女の百合。ふむ。


「━━ヒイラギ? どうかしたかの?」

「い、いえ。なんでも」


 言えない。コハクと、今の俺のボディなら見た目は悪くないし、コハクも良い子だし━━とか諸々考えてたなんて言えない。言えやしない。口が避けても言えるものかっ……!

 そんなバカな内心を知るはずもないコハクは小首を傾げ、ピクピクとミミを動かし様子を伺ってくる。落ち着け俺、ポーカーフェイスだ。内心を悟られては軽蔑される……!


『まさかヒイラギがその様な奴じゃったとはな…………失望したぞ』


 グフッ……死ねる。ゴブリンと戦う前に死ねる。死んでしまう。何があろうとポーカーフェイスを貫き、内心を隠さねばならないっ!

 そう決意した俺とコハクが見つめ会いながら並んで歩く事、暫し。一瞬コハクが悲しげに顔を歪ませ、しかし直ぐに視線を逸らしてどこかを睨み付ける。視線の先には曲がり角で立ち止まった警部が……いや、もっと先を睨んでいるのか……?


「コハク?」

「構えよ、ヒイラギ。居るぞ」

「っ!」


 居る。何が? 考えるまでもない。奴らだ。ゴブリンだ。俺の敵だ!

 腹の底からフツフツと沸き上がる闘志と殺意を抑え、俺はそっと足を進ませる。コハクも俺の後ろに続きながら狐火の数と明るさを抑えて忍び歩きに入った。一歩、二歩。そっと歩けば直ぐに警部に追い付く。


 ハンドサイン。止まれ。静かに、奥を見てみろ。


 警部のハンドサインに従ってそっと曲がり角の先を見てみれば……居た。十メートル以上先にゴブリンだ。それも武器持ち、いや、粗末な物だが金属製の鎧を身にまとっている。今まで通りに殴り潰すのは難しいだろう。数は、見えるだけで複数。油断しているらしいが、だとしても厄介だ。

 そうしてゴブリンをサッと観察した後、更に奥へと目をやれば……かがり火らしき明かりと、複数のゴブリンの影が見えた。敵の本丸。そう見てもいいだろう。少なくとも何らかの施設ではあるはず。


「ゴブリンッ……!」

「ふむ、あれが敵の本丸か? 凄まじい邪気じゃ……」

「恐らくな。まさかこんな奥まで来てるとは思わなかったが。ここは鍾乳洞に繋がった場所の直ぐ近くだぞ……」


 ゴブリンに気づかれない様に小さく、本当に小さく小声で話す。坑道跡地の奥深く、何事もなくここまで進み、遂に敵の本丸を見つけたと。

 そして、ここまで来たならやる事は一つ。


「突入しますか?」

「そうだな……あそこへ行く迂回路も無いし、それしかないか。手順は歩哨を排除したときと同じでどうだ?」

「良かろう。じゃが、その後はどうする? 手前のはやれても奥のはどうにもならん。間違いなく気づかれるぞ」

「あー、それは、あれだな。高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応ってやつだ」

「……それは、行き当たりばったりというやつではないのか?」

「そうともいう」


 それは敗北フラグだぞ? 警部……

 とはいえそれ以外に策など無いのも事実。援軍があればまだどうにかなったのかも知れないが、山札はとうの昔に尽き果て、手持ちのカードもロクにない。もう突撃して闘争本能に身を任せるしかないのだ。さもありなん。


「では作戦も決まったので、行きましょうか」

「……だ、そうだぞ? 狐様」

「くっ、ヒイラギは帰ったら身の保身について話をしてやるのじゃ……!」


 解せぬ。その口振りでは俺が身を守る事も出来ない赤子か、バトルジャンキーの様ではないか。

 俺は反論を述べようとコハクの方を向き、直ぐにゴブリンを方へと視線を戻す。ガチだった。ガチで帰ったら説教する気だ。俺がいったい何をしたというのか? 自分の敵討ち、そして男らしく矢面に立とうとしているだけなのに。


「カウント三。好きなタイミングで始めてくれ」

「……そうですね。私もそれでいいです」

「ぐぬぬ━━良かろう。一撃で殲滅してやるのじゃっ……!」


 そう意気込んだコハクはフゥと息を吐き、軽く目を閉じた。沈黙、しかしコハクから凄まじい気を感じる。


「三」


 カウント開始。俺は警部より前に出れる様に位置取る。技量は警部の勝ちでも、肉体の能力ならこちらが上なのだ。万が一罠があっても踏み千切れる俺が、一番槍の適任だろう。……痛いのは嫌だが、仕方あるまい。


「二」


 曲がり角から先を見る。ゴブリン達は気づいて……ない。だが先ほどと違って明らかに辺りを警戒していた。殺気に気づいたのか? だがもう遅い。


「一」


 地を蹴り飛ばす用意良し。後は突っ込んで暴れるだけだ。憎い敵を、許してはならない敵を、討ち果たすのみ。


「今じゃ!」


 コハクの号令が飛び、同時に━━いつもより火力が強い気がする━━炎が複数飛翔。俺と警部がそれを追うように曲がり角を飛び出す。

 強く踏み込み、トップスピードへ。


「ギャッ!?」

「ギャッ、グギャ!?」


 流石コハク。放たれた炎は次々にゴブリンへと着弾し、炎上。その身を塵へと変えていく。奴らに出来るのは断末魔の声を上げる事だけだ。


 ━━前衛壊滅。残敵は警部に任せれる。


 道中生き残りの一匹を蹴飛ばして壁にぶつけて仕留め、残った少数は警部に任せて先へ進む。

 かがり火に照らされた影の動きに変わりはない。奴ら耳が悪いのか、それとも何かに熱中しているのか━━足に感覚。何かを引き千切った。一拍、かがり火の方からけたたましい音。


「チッ……」


 どうやら警報装置を作動させてしまったらしい。恐らく鳴子というやつだろう。今まで雑な警備だった分か、ご丁寧な事だ。


 ━━だが位置が悪い。今さら間に合うものか。


 俺は足を止める事なくそのまま駆け抜け、一気にかがり火が照らす部屋へと突入する。

 そして軽く速度を落とし、周囲を把握。大部屋だ。今までの坑道とは比べ物にならない程広い。大きめの集会が楽に出来るだろう広さだ。そしてそんな大部屋の中央付近には多数のゴブリン達が集まっていた。武器持ちや、図体がデカイのまで様々なゴブリンが。

 俺とあちらの視線がぶつかり合う。そして、敵の認定にはそれで充分だった。


「グルガァァァ!!」


 一際図体がデカく、最も上等な武器防具を装備して奥に陣取っていた個体が怒声を上げる。号令だ。殺せと。俺を殺せとゴブリン達が隊伍を組んで前進し始めた。


「貴様ら全員、死に晒せェェェ!」


 俺は地を蹴って前へ出る。一刻も早くゴブリンどもを殲滅せんが為に。

 戦いは、始まった。

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