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異世界に侵食される現代世界  作者: キヨ
第一章 侵食は始まった
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第1話 TSと、現実と

 ――異世界。


 この言葉を聞いて人は何を思い浮かべるだろう?

 もう一人の自分がいるパラレルワールドか、絵本の中に入り込んで見た夢か。あるいは時間の壁を越えた未来の世界か、それとも世界のどこかに隠された隠れ里か。なんなら長いトンネルの先にある雪国だって、人によっては異世界だろう。


 ――だが、俺にとっての異世界はただ一つ。剣と魔法のファンタジー世界だ。


 勇者がいて、魔王がいて、剣と魔法で戦い、姫君やケモミミ美少女がいる。

 ……あぁ、チープだというなら笑え。ガキだというなら笑え。笑いたければ笑えばいい。好きなだけ馬鹿にしろ。それでも、俺にとっての異世界はそれなのだ。変わる事など、ありはしない。


 ――そう、だからこそ思うんだ。あのナニカとドラゴンは異世界から来たんじゃないか? ってさ。


 馬鹿馬鹿しい話だ。トラックにひかれた訳でも、銀座に居た訳でもない。にも関わらず彼らがファンタジー世界からの来訪者? 夢物語が過ぎる……が、俺にはそうとしか思えない。もっと考えれば別の可能性も見えるだろう。だが、俺にはその可能性しか信じられない……いや、信じたいのだ。

 異世界が来た、と。


 ――まぁ、俺にはもう関係無い話……の、はずなんだがなぁ。


 あのドラゴンに潰されて俺は死んだはずだ。無様に蹴躓いて転んで、避け様なんてなかったのだから。間違いなくミンチだろう。……いや、ドラゴンの巨体を考えればトマトペーストになっていてもおかしくない。

 だというのに、なぜ俺はこんなに長々と物を考えていられるんだ? これではまるで……


「死ななかった、のか」


 ポツリ、と。口を動かして言葉を紡ぐ。出てきた声は多少違和感があったが、しかし出てきた。つまり、喋れる程度には生きている。

 意外、としか言いようが無かった。別に死にたかった訳ではないが、あれだけの巨体に押し潰されて生きているとも思えなかったのだ。……いや、あるいは。


「奇跡でも起こったのか?」


 奇跡も魔法もあるんだよ、とは誰の言葉だったか。ひょっとするとその言葉は事実なのかも知れない。ドラゴンという幻想が居たのだから、何か不思議な奇跡や魔法が起きて、俺が救われた可能性もあるにはある。信じ難い事に変わりはないが。


「ん、ぐ……?」


 訳は分からないがどうやら生きてはいるらしいので、俺は閉じていた目をゆっくりと開く。何がどうなっていても驚かないぞと、そんな覚悟しながら。

 一拍。目の前の景色を見て、もう一度目を閉じた。うん、何か間違いだろう。さぁ、今度こそ目を開き……


「何だ、これ……?」


 見間違いではなかった。目に飛び込んで来たこの光景は、見間違いではない。

 いつの間にか夜になっていたらしいそこに、街灯に照らされてそこにあるはずのアスファルトは……どこにも無かった。変わりにあるのは大きく抉れた地面。立ち上がって見てみれば、ざっと五十センチ程だろうか? 幸いにも下水管までは到達しない程度にすり鉢状に陥没していた。恐らくドラゴンが墜落した衝撃で発生したクレーターだろう。心なし小さい気がするが……衝突前にブレーキをかけていたのかも知れない。きっとそうだ。

 そう無理矢理納得しようとして…………出来なかった。だって、あり得ないだろう? いや、クレーターはこの際どうでも良いんだ。問題は俺がその中心で大の字になって気絶していた事。普通に考えれば、ここはドラゴンに押し潰されてトマトケチャップになっている位置だ。にも関わらず、俺は五体満足で生きている。その上なぜかドラゴンは居らず、痕跡としてクレーターだけが存在しているのだ。


 ――夢、だったのか?


 いや、それはあり得ない。あれが夢ならこのクレーターは発生しないだろう。そうなるとなぜ俺がミンチになっていないのか、なぜドラゴンが居ないのかが疑問だが……ふと上を、すっかり暗くなった夜空を見上げれば、あの黒い不定形のナニカも、空中にあったヒビも無い。

 白昼夢を見ている気分。しかし微かに痛む身体がそれを否定する。これは現実だと。


「どうなってるんだ……?」


 何気なしに上を見上げ、いつの間にか顔を出していた月を睨みつつ呟く。訳が分からないと。

 現代日本でドラゴンを見て、大怪獣決戦に巻き込まれ、死んだと思ったら生きている? 意味不明だ。今すぐ黄色の救急車を呼ばれても仕方ないレベル。しかし、事実だ。


 ――生きているだけマシ、か?


 その点は間違いなく幸運だろう。あんな大怪獣決戦の至近にいながら死んでないのだから。不幸中の幸いというやつだ。

 俺はそう思いつつ身体を動かし、クレーターから這い出る。ある違和感から目を背けながら。……あぁ、そうだ。これ以上の厄介事はごめんなんだ。頼むから気のせいであってくれ。

 しかし、現実という奴はいつも非情だ。見たくもない事実をいつもいつも首筋に突き付けてくる。……そう、今まさに、路上端にあるカーブミラーが俺の姿を写す様に。


「? 誰、だ……?」


 いや、俺なのだろう。いささか以上に見にくいとはいえ、周りには誰もいないのだから。あのカーブミラーに写った少女(・・)は、俺だ。

 鏡の中の、身長から察するに中学生程だろう少女を一言で言うなら『白』だ。腰近くにまで伸びた雪の様な白い髪、透き通る様な肌もどこまでも白く。しかし、酷く淀んでハイライトの消えた瞳だけは赤月の様に紅い。アルビノ、なのだろうか?


 ――思えば、あのドラゴンもアルビノ……というか白かった。


 そんな事を頭の端でチラと考えつつ、俺は鏡の中の白い美少女を再度見る。

 あぁ、控え目に言って美少女だ。胸は残念だが、顔立ちは整っているし、町を歩けば視線を惹き付けるのは間違いないだろう。胸は残念だが。しかし、本当に白い少女だ。まるで幽霊の様に。もし今着ているフード付きパーカーとジャージのズボンが暗色系でなければ、あまりの白さに幽霊と間違われてもおかしくなかった。……まぁ、着ている服のせいでより一層俺だと自覚してしまったのだが。何せこの服は俺が大怪獣決戦の時に着ていた服なのだし……何か微妙にサイズがあってなくてダボついてる上にボロボロだけど。


「うん。いや、待て。なぜ俺が少女になっているんだ……!?」


 出てくる声の違和感は、少女になった故の声の高さの変化のせいだと変な納得をしつつ。しかし俺は小声で叫ぶ。

 俺は少女ではなく男だ(性転換してやがる)、と。

 顔をペタペタと触って見るが、鏡の中の少女も同じ動きをして……やはり鏡の少女は俺で間違いないのだと確信してしまう。つまり、俺は女になっている。男のはずなのに。少なくとも大怪獣決戦を見ていたときは間違いなく男だった。それは間違いない。だが今は美少女だ。これも間違いない。つまり――どういう事だ?


「いや、だから、つまり、その……んん? どういう事だ? これは」


 落ち着け。落ち着くんだ。先ずは一から事実だけを並べよう。

 ドラゴンを見た。マジファンタジー。

 空にヒビが入った。黄色の救急車案件ではない。

 黒い不定形のナニカと白いドラゴンが大怪獣決戦。怪獣王はどこだ。

 負けたドラゴンが落下。不定形のバケモノ強すぎ笑えない。

 俺氏、潰される。状況証拠的に考えて。

 なぜか生きてる。たぶん奇跡も魔法もある。

 夜になってた。別におかしくはない。気絶してたのだろう。

 男だったはずなのに、美少女になってる。つまりはTS(性転換)した。


「…………」


 これは、アレだな。頭がおかしい人の妄言だ。……しかし、俺は正気だ。少なくとも俺自身は正気だと思っている。ならば、これらは全て事実だろう。ドラゴンも、TSも。

 いや、考え方を変えよう。ドラゴンが居たんだから、今更TSぐらいで騒ぐ必要はないさ、と。


「いや、無理だろ」


 ドラゴンや大怪獣決戦も大概ファンタジーだったが、所詮他人事だ。巻き込まれて潰されたケド。まぁ、そうでなければ他人事だろう。いざとなれば逃げて目をつぶればそれで解決だ。怪獣王か自衛隊が何とかしてくれると思う事だって出来た。

 だがしかし、TSは違う。俺自身に起きた事だ。他人事では済まされず、当然逃げても無駄。誰かが助けてくれるとも思えない。特に愚息が消失し、美少女になった衝撃は、衝撃は……


 ――そうでもない、か?


 どうせ我が愚息は使い道無かったし……じゃない。そうじゃない。そんな事はないと推測出来なくもないと思いたいと希望的観測を述べておく。

 そうではなく、衝撃がいうほど無いのだ。ショックには違いないのだが、こう、なんというか……しっくりくるというか、違和感がないというか。これでおぞましいクリーチャーになってたら正気を喪失していたかもしれないが、鏡に写るのは美少女だ。むしろ目の保養になる。いや、そうではなく、なにかこう……妙な感じだな。性別が変わったのに違和感がないとは。うん。


「いや、いやいや。おかしいだろ? なぜそうなる?」


 TSだぞ? 性転換だぞ? 性別変わってんだぞ!? なぜ違和感がないという結論になる! あれか、気絶しているうちにナニカサレタヨウダとでも――


「…………あり得る、のか?」


 あまり考えたくない話だが、状況が状況だ。変わってしまった身体に違和感を覚えない……そんな事が発生する何かが起きた。その可能性は充分にあり得るのではないか?

 そもそもこんな美少女にTSしてる時点で普通ではないのだ。何者かが俺の身体に何かを行い、その結果違和感を覚えない様に意識が調整されている……そんなSFチックな可能性すら、十二分に考えなければならないだろう。


「最悪だな……」


 大怪獣決戦に巻き込まれて生還したと思ったらそんな事は無かった、か。……いや、うん? あんなのに巻き込まれて生還したんだから、このくらい(性転換)は必要な犠牲……? ペースト状の死体を晒して死ぬよりはマシ……?


「いや、だとしても。よりによって何だってTSなんだ……」


 いくら美少女になって見栄えが良くなっても、アイデンティティーとか愚息とか、その他諸々を色々喪失するのだが――そう思った瞬間。サイレンの音が鳴り響く。これは、パトカーだ。


「――!」


 ギクリ、と。嫌な電流が身体を走る。別に悪い事をした訳じゃない。した訳じゃないが……どうにもパトカーのサイレン音というのは心臓に良くないのだ。殺しや盗みをしてなくても、何かやってしまったのでは? と、そんな思考が走ってしまうから。

 それに、今の状況が状況だった。

 視線を回して目につくのは路上を塞ぐが如きクレーター。勿論、これは俺がやった訳ではない。ドラゴンが落ちてきたせいであり、俺はその一部始終を知っているに過ぎないのだ。


 ――だが、それを説明して誰が信じるのか?


 断言しよう。黄色い救急車を呼ばれるのがオチだ。

 いや、今の少女ボディを考えると……補導される可能性もある。勿論俺は――今では元が付いてしまうが――男であり、こんな夜に出歩いても補導される謂れは無い。


 ――だが、それを説明して誰が信じるのか?


 結論。逃げよう。

 別に悪い事をした訳じゃない。クレーターを作ったのはドラゴンだし、俺が少女なのは俺のせいではない。もっといえばドラゴンを叩き落としたのはおぞましいナニカであり、俺を弄ったのも奴に違いないのだ。つまり、全部あのクソッタレが悪い。


 ――だが、それを説明して誰が信じるのか?


 誰も信じない。信じる訳がない。ならば、逃げるしかないだろう。気づけばサイレン音はかなり近くなっており、逃げるなら早くした方が良さそうだ。

 俺は逃げ出す理由と責任を全てクソッタレのナニカに押し付け、その場から立ち去る事に決めた。一歩、二歩と足を踏み出し、早歩きへと切り替え、いよいよ近くなったサイレンに蹴飛ばされる様にして全力疾走へ。住宅街の路地を走り抜け、近場の公園へと飛び込み、草むらとフェンスを挟んでクレーターの方をコッソリと伺う。


「やっぱり警察か……」


 クレーターの方を見てみると、パトカーが二台……いや、覆面も居るから合計三台も来ていた。どうやら今到着したばかりの様だ。そのまま様子を見ていると直ぐにパトカーから警官が降りてきて……全部で五人。クレーターを囲んで何やら話し込んでいる。

 話の内容は――――


「通報があったのは、これか?」

「はい。なんでも気づいたら道路にクレーターが出来ていて、その中央にグチャグチャの死体があると」

「確かにクレーターはあるが、死体はないな? ……移動させられたのか?」

「にしては血痕も見えません。ガセだったのでは?」

「だが、クレーターはある」

「我々に急いで来て欲しかった、とか」

「……まぁ、何にせよ、これだけのクレーターだ。爆弾でも使わないとこうはならん。――大仕事になるぞ」

「まさか、テロですか?」

「さぁ、な。先ずは応援を呼ぼう。周囲の住民への説明も必要だし、俺達だけではいささか手が足らん」

「了解です。石山警部」


 ……なんだろう。耳をすませていたら物騒な単語が聞こえた。サイレン音と距離のわりにキッチリ聞こえた話の中に死体とか、爆弾とか、テロとか、とにかく物騒な単語が聞こえたぞ? しかも大仕事とか、応援を呼ぶとか言ってるんですが。

 うん、離れよう。今行ってもロクな事にならない。間違いなく問答無用で補導される。誰だってパトカーの後部座席には乗りたくないのだ。


「……行こう」


 俺は警察官達に見付からない様に注意しつつ、その場から足早に立ち去る。サイレン音を背後に聞きつつ、詰め込まれた幾つもの情報を頭の中で転がしながら。

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