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異世界に侵食される現代世界  作者: キヨ
第一章 侵食は始まった
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第15話 問答は誰が為に

「ふむ。しかし、石山の、ついに頭をやったか?」

「? あぁ。確かにそうですね。無理がある話です。……黄色の救急車を呼んであげましょうか?」


 町がゴブリンに攻められてヤバイから力を貸してくれと頼まれ了承し、決戦だと意気込んだ後……しかし具体的な内容を聞かされたコハクは相手の頭の具合を心配し、俺もまたそれに続いていた。

 危うくサラッと流すところだったが……敵の本丸を落とせ、だ。確かに俺もコハクもかなり強いだろうが、二人だけで敵の本丸を落とすのは無理がある。まさか敵の本丸が手薄という事もないだろうし、間違いなく大軍が居るはず。にも関わらず落としてこい? 無能とかいうレベルを越えているし、先ずは頭の具合を確かめる必要があるだろう。


「残念な事にマトモだよ。……もう一度言う。嬢ちゃん達には敵の本丸を落として欲しい。正確には俺と嬢ちゃんの三人でな」

「ならばこちらももう一度言ってやるのじゃ。頭の具合を治してから出直せ、石山の。自殺なら一人でしてくるが良い。わらわとヒイラギを巻き込むな」

「もし戦術的な……いえ、数の数え方が分からないならハッキリと言ってあげます。三人で敵本丸を落とすのは無理です。一人頭の負担がどれだけになるか分かったものではありません。……と、いうか、そんな頭の具合では町が滅びそうだというのも怪しくなってきますね?」

「あー……まぁ、そうなるよなぁ」


 どうやら本人も無理を言ってるのは理解しているらしく、私達の痛烈な反論を受けた警部はそう言った後、ガリガリと頭をかいてため息を吐く。しかし落ち込むのは一瞬。直ぐに立て直して口を開いた。


「先ず、町がヤバイのはマジだ。間違いなくな」

「わらわには、何も感じぬのじゃが? 町の西側には嫌な気配を感じるが……

「今回の渦は気配感知に対する隠蔽性が上がってるらしくてな。目視なら直ぐに分かるが、遠方から気配を探っても中々分からんらしい。現に今もコンが町を走り回ってレーダー役になってくれてるのが現状だ。結界を挟んで、それもその辺りまだ未熟だろう嬢ちゃんじゃあ……無理だろうな」

「ぐ、ぬぅ……」


 よく分からんがコハクが論破されていた。今の話が嘘なのかどうか俺には判別がつかないが、一応筋は通っていたし、コハクが言い返さない辺り事実なのだろう。

 しかし、渦の強化か。忌々しい事に敵さんは勤勉らしい。面倒な話だ。


「幸い渦が発生するには近くに人間が大勢居る事が条件らしくてな。未発見のまま放置……なんて事は今のところ起こってない。だが事前に察知出来ないから後手続きなのも事実でな。今は署員と署にある銃器をフルに使ってなんとかしているが……正直、長くは持たん。早々に根本を断つ必要がある」


 なるほど。以前子供達の目の前で渦が発生したのはそういう理由があるらしい。触手の方は、俺とコハクがトリガーになったのか? 明らかに数が足りないと思うが……いや、今は置いておこう。

 問題は警察側が総戦力を投入してなおジリ貧になっている事で、それを解決する為の警部の根本を断つ考えは分からんでもない。ゲームでもよくある、特定の何かを破壊するまで敵が無限湧きする奴だと思えばな。しかし……


「なるほど。だから本丸を落とすと。それが出来れば全て解決するから。……しかし、警部。無理なものは無理ですよ。これはゲームじゃないんです。敵の本丸がそうそう楽に落とせる訳がない。ましてや三人で? 自殺と変わりませんよ。コハクを巻き込まないで下さい」

「だ、ろうな。正論だよ。俺もそう思う」

「でしたら、戦力を整えて下さい。それこそ……自衛隊でも引っ張ってくるべきです。鳥獣駆除の名目で出動を要請すべきでは?」

「そうじゃな。わらわも最善を尽くすが、打てる手は打つべきじゃと思う」


 警察で対応出来ないなら自衛隊に。その言葉に対する警部の反応は鈍い。くだらないプライドがある訳でもあるまいし、まさか……?


「自衛隊は動けん」

「なぜじゃ? 町が沈む程の危機なのじゃろう? ならば軍の出番なのが道理であろう」

「生憎自衛隊は軍じゃなくてな。この国に軍隊は無いんだよ」

「む……じゃが、同じ様な存在には変わりあるまい?」

「違うんだよ、それがな。嬢ちゃんが知識を得たときとは情勢も、何もかもが、違うんだ」

「むぅ……」


 今言外にコハクを年寄り扱いしなかったか? このオッサン。おかげでコハクは不機嫌そうだ……まぁ、間違ってるのは残念な事にコハクなのだが。


「まさか自衛隊を動かす責任を取りたくないとでも言うつもりですか? それとも新種の動物を保護したいとでも?」

「いや、もっとくだらない理由だよ。あるいは、それもあるのかも知れんがな」

「くだらない……?」

「あぁ。自衛隊を鳥獣駆除名目で動かす為に必要なのは俺のハンコじゃなくて、もっと別の奴のハンコでな。ソイツ、自尊心が無駄にデカくて嫉妬深く、更に無能と来てるんだよ。仮に俺が頭下げて頼んでも妙な勘違いして嫉妬、んで無意味な反発。ハッキリ言って動かしようが無い」

「なんじゃ、それは……」


 自尊心がデカいから人の話を聞かず、嫉妬深いから他人の活躍を許せず、無能だから現状を把握出来ない……そんなところか? なんというか、確かにくだらない理由だ。その上どうしようもない。

 しかし、自衛隊に鳥獣駆除を頼めるハンコ持ちはかなり上の人間だよな? そんな地位にそんな人間がついてるとか……もう駄目かも分からんね。


「正気じゃないですね……あれはゴブリンですよ? 獣ですらないバケモノ、それも人間を積極的に襲う奴らです。そんな奴らをそんな理由で放置とは……」

「まぁ、あれの任期もそろそろ終わりになるはずなんだが……今回は無理だな。自分のプライドの為ならなんでもする奴だ。腕を折ってでも押さんだろうよ」

「なんというか、人の世は面倒じゃのう……」


 何やらコハクがしみじみしているが……しかし、そうか。自衛隊を頼れないとは。こういうところは役所仕事の欠点だな。全く、上手くいかないものだ。


「はぁ……なるほど。そういう事だから現有戦力で状況を打開するしかなく、敵本丸への突撃は苦肉の策ですか」

「ふむ。なるほどのう……しかし、じゃ。それにしても苦肉に過ぎるぞ、それは」


 なるほど、手が足りない絶望的な状況は分かった。警部の頭がおかしくなった訳ではない事も。

 だが無理なものは無理だ。

 例え戦力が増えないと分かっていても、誰かが行かないといけないにしても、三人だけで大軍が居るだろう敵本丸の攻略は無謀だ。犬死にが良いとこだろう。そんな事にコハクを付き合わせる? 悪いが否だ。……あるいは、俺一人なら。それでコハクが行かないで済むのなら。それは恩返しとしては……いや、結果は同じか。どうにもならない。


「あぁ、分かってる。だが全く勝機が無い訳でもないんだよ。今ならつけ入る隙があるはずだ」

「と、いうと?」

「奴らは町に攻め込んで来ている状況。つまり、全戦力が本丸に居る訳じゃない。むしろその逆、手薄になっている可能性すらある」

「なるほど。奇襲作戦という訳じゃな?」

「その通りだ」


 ふむ……一理あるな。こちらに攻撃を仕掛けているせいで奴らの戦力が分散しているのは間違いないし、攻撃に傾倒し過ぎているのなら手薄になっている可能性は大いにあるだろう。コハクのいう様に奇襲作戦は充分可能だ。歴史でいえば……桶狭間の戦いか? しかし、その為には必要な情報がある。


「敵の本丸の位置は? それが正確に分かっていなければ奇襲しようがありません」


 これだ。敵の本丸がどこにあるか分からなければ、奇襲どころか攻撃すら出来ない。コハクは町の西側だと見ている様だが……警部は探し当てたのか?


「町の西側。あの辺りにある山だろうとはみている」

「そんな事はわらわも分かっておる。問題はあの山のどこか、という事じゃ」


 どうやら警部もコハクと同程度の情報しか持っていなかったらしい。これでは奇襲出来そうに……いや、警部が何か言いたそうだ。

 それに気づいて少しだけ待ってやれば、警部はガリガリと頭をかいてため息を吐いた後口を開く。


「勘が混じるんだが……俺は地下じゃないかとみてる」

「地下?」

「ふむ。確かあの辺りは坑道跡地と、鍾乳洞があったな……なるほど。そこに潜伏して本陣を構えておると?」

「恐らく。あるいは旧軍地下施設跡地や下水道に入り込んでるかも知れんが」

「なるほどの……確かに、そこはまだ探していなかったのぅ」


 坑道跡地、鍾乳洞、旧軍地下施設跡地、下水道。……全く聞いた事のない話だ。というか、それが本当ならとんでもなく広いんじゃないのか?


「あの、話を聞くと恐ろしく広い様に思えるのですが……」

「うむ、広いぞ。鍾乳洞だけでも軽く探索するだけで数時間、隅々までやるのならば一日以上は間違いなくかかる」

「あぁ。坑道は把握してるし地図もあるんだが、鍾乳洞まで入り込んでると面倒だな。そこから更に奥の地下施設や下水道、果てはバブル時代の遺産にまで入り込まれてたらお手上げだ。何せあのエリアは地下迷宮やジオフロントなんて呼ばれてるからな」


 なんだよ地下迷宮って。ファンタジーかよファンタジーだったわ。ジオフロントに至ってはSFに片足突っ込んでるし……ファンタジーかSFかハッキリしろよ。全く。ドラゴンは来るしゴブリンに襲われるし、果てはそんな物まであるとか、この町いったいどうなってるんだ……?

 あぁ、いや。今は置いておこう。問題は……


「そんな場所を捜索し、敵の本丸を奇襲しろと……? 警部、頭大丈夫ですか?」

「うむ……状況は分かるが、難しいの。敵の本丸があの辺りの地下にあるのはほぼ間違いなかろうが……肝心の勝ち目がまるで見えぬ」

「まぁ、だよなぁ……」


 お手上げだ。そう言わんばかりに肩をすくめ、息を吐く警部。しかしそんな様子を見せたのは一回だけ、直ぐに真面目な表情でこちらを見据えてくる。


「だが、今俺らがやらなきゃ町は沈む。頼む。嬢ちゃん達の力を貸して欲しい。……この通りだ」


 無茶苦茶を言っている自覚はあるのか苦々しく、しかし退くことも出来ないと真摯にそう言って警部は深々と頭を下げる。力を貸してくれ、と。

 ……この頼みを蹴る事は出来る。確かに俺もコハクもただの人間とは格が違う強さを持っているが、危険な事に変わりはないのだし、勝ち目が薄いからと方便を言って断ればいい。しかし……


 ━━思えば、これは俺の問題だったな。


 突然規模が町全体へと広がって見失いかけたが、そもそもゴブリンどもは俺の敵だ。あの忌々しい触手と同じ渦から出てくるという共通点を持つバケモノなのだから、奴らが出て来た時点で俺は首を突っ込む理由が最低限出来上がる。少なくとも見て見ぬふりは出来ない。確かに勝ち目は酷く薄く、普通なら断るところだが……


「はぁ、分かりました。私は参加しましょう。そもそもアレらは私の敵ですからね。ただ、勝ち目が無いとハッキリ分かれば警部を置いて撤退しますから、そのつもりで」


 やはり何もせずに見て見ぬふりは出来ない。そう決断した俺は渋々といった様子を見せつつ警部の頼みを受け入れる。とはいえ流石に死ぬのは嫌なので、明らかに勝てないときは特攻せずに撤退するつもりだが。


 ━━消極的だな。


 まぁ、それも仕方ないだろう。何せ勝ち目が見えない戦いだ。敵数不明、推定大軍。こちらの戦力はごく僅か。地の理は無く、増援も見込めない。控え目にいって状況は絶望的なのだから。

 そしてそれは警部も重々分かっているらしく、特に反論する事もなく「協力、感謝する」と深々と頭を下げる。その一方、不満そうなのはコハクだった。


「……良いのか? ヒイラギ」

「えぇ、ここまでされてはね。それに、アレらの存在を許してはおけませんから。……コハクは待っていて下さいね?」

「む……」


 俺の言葉が気に入らなかったのか、コハクぷうっと膨れっ面になる。ゆらりと揺れていた尻尾もピタリと止まって機嫌悪げに毛を逆立て、キツネミミはピクリとも動かずに不服を伝えている様だ。


 ━━どうやら、本格的に地雷を踏んだらしい。


 俺としてはコハクはあまり関わりがないのだから、怪我をしないようにここで持っていて欲しかったのだが……本人としてはそれが不服なのか、こちらを睨み付ける程だ。そんなに嫌か。嫌だろうな。少なくとも俺がコハクなら嫌だ。


「ふんっ、分からず屋め……態々言わせるでない。わらわも参加するのじゃ」

「しかしコハク、危険ですよ? 私は多少の怪我なら治りますし、警部はどうでもいいですが……」

「おい」


 だってアンタ死なないでしょ? 棺桶にぶちこんでもちょっとしたトリックで生き返ってきそうだし。っと、そうじゃない。


「コハクは違うでしょう? 敵に寄られたら直ぐテンパるし、防御力も紙だし……」


 コハクを連れて行きたくない理由はこれだ。広い場所ならともかく、洞窟なんて奇襲されやすい場所に近接戦闘が出来ないコハクを連れて行けばロクな事にならない。連れ去られるならまだしも、その場で惨殺される可能性だってあるのだ。例え相手がゴブリンでも、いや、ゴブリンだからこそ連れて行きたくない。某スレイヤー=サンから俺は学んだのだ。ゴブリンをナメてはいけないと。

 しかし……それで押しの強いコハクが止まる訳もない。コハクは一瞬バツの悪そうな顔をした後、直ぐに立て直して反論を口にする。


「確かにわらわはその手の状況に弱く、あの異形に近寄られれば無傷ではすむまい。しかし、わらわ無しでどう渦を封じるつもりか? ただでさえ少ない戦力を削ってなんとする?」

「それは、例の護符を借りるとか……コンさんとやら頼るとか……」

「あー、あの護符は狐様の妖力ありきの品だから、嬢ちゃんも俺も使えんぞ。コンも町の防衛で手一杯だしな」

「うむ。それに、これはわらわの問題でもある。……もうヒイラギだけの問題ではないんじゃよ」

「……と、いうと?」

「そうじゃな……病み上がりを一人で向かわせる訳にはいかんというのが一つ。それと境町はわらわの故郷であり、わらわ達が代々守ってきた町でもあるからの。その町が危機に瀕している以上、見て見ぬふりは出来んじゃろ。……出来れば、もっと勝ち目が欲しかったがの」


 これは、参ったな。コハクの顔つきが退かないときのそれだ。こうなっては何をどう言っても聞き入れてはくれず、あれこれ言いつつ押し通されるだろう。

 ……あんまり、危険な事はして欲しくないんだが。


「わらわに出て欲しくないという顔じゃな?」

「……分かりますか?」

「そりゃの。……わらわとしては、ヒイラギにこそ出て欲しくないのじゃが」

「…………ぇ?」


 いやいや、俺が出なくて誰が出るんだ? 確かに痛いのは嫌だし死ぬのも怖いといえば怖いし、勝ち目の薄さに反論もした。だが俺は怪我しても直ぐに治る前衛向きの人員で、だいたいアレらは俺の敵だし、俺が出ない理由は実のところない。というかコハクの方が出ない理由が山盛りだろう。それで出て欲しくないと言われてもな……


「んんっ、何にせよ。止めても無駄じゃ。ヒイラギが行くならわらわも行く。ただでさえ勝ち目の薄い死地に、お主の様な者だけ行かせれるものか」


 それはどういう意味なのか? そう問おうとする俺の視界で豊かな尻尾がフワリとゆれる。……問うのは止めておこう。墓穴を掘りそうだ。今はコハクに退く気が微塵もない事を分かっていれぱいいだろう。そう思いつつも思わずため息が出る。上手くはいかないな、と。いざというときは盾になろう、とも。


「はぁ……コハクも乗り気になってしまいましたし、行きましょうか。勝ち目は薄いですが」

「む。あぁそうじゃな。ヒイラギが乗り気になってしまっては仕方ない。勝ち目は薄いが」

「あー……仲が良い事で。オッサンはついていけねぇよ」


 コハクとお互いが原因だと言い合いながら、俺達はやれやれと首を振るオッサンを先頭に神社から出ていく。

 勝ち目の見えない決戦まで、あと少しだ。

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