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異世界に侵食される現代世界  作者: キヨ
第一章 侵食は始まった
17/30

閑話 思い、秘めて

 side:葛葉(くずは) 琥珀(こはく)


 人の町に現れた小鬼の異形を退治し、白髪の少女と共に帰還してから早二日。わらわ達は穏やかな時間を過ごしておった。


「~♪」


 白髪の少女……ヒイラギが来て暫くは何かと━━主にヒイラギが物を知らぬせいで━━忙しくしていたものじゃが、それも二日経てばある程度は落ち着く。今などゆっくりと料理する暇がある程じゃ。


「ふむ、良し」


 かまどの火の加減を見ながら思うのは、昨日と一昨日のヒイラギの事。何というかヒイラギは……なんじゃろう。良くない環境に居たというのは分かるのじゃ。そうでなければあぁも腐った目はせぬからの。しかし、どうにもそれだけでは説明しきれぬ……歪みの様な物を感じてしまうのじゃ。

 例えば中途半端な知識、ちぐはぐな身体の動かし方、過剰な自己犠牲の精神、何より混ざり物となったその肉体そのもの……例を上げればキリがなく、考えれば考える程嫌な過去が透けて見えてしまう有り様。聞けばここ数日は公園や道端の影で逃げる様に寝泊まりしていたというのだから、その背景を察してしまえる。大方ロクでもないところから逃げ出してきたのじゃろう。


 ━━じゃから、じゃろうか?


 思わずお節介を焼いてしまうのは。かつてババ様やハク姉、コン姉にして貰った様に、なにくれと手を貸してしまう。正直やり過ぎじゃと思わないでもないが……何せヒイラギは放って置いたら野垂れ死にしてもおかしくないのじゃ。このくらいよかろ。

 そう思いながら火の加減を十八番の術で調整し、コン姉から送られた冷蔵庫から卵を取り出していると……そら来た、ヒイラギじゃ。


「料理ですか? コハク」

「うむ。きつねうどんと、だし巻き玉子でもしようかと思ってな。ご飯はお昼の炊き込みご飯があるしの」

「あぁ、それはいいですね」


 相変わらずの淀んだ目で、しかし口元では嬉しそうに笑うヒイラギはやはりちぐはぐじゃ。せっかく可愛いらしい顔をしておるのだから、目の方も笑えば花が咲こうというに……どんな過去があればこの少女が目の輝きを失うというのか?

 とはいえ、ヒイラギが喜んでいる事に変わりはない。ここはより一層腕を振るうとしようかの。


「では、やっていくかの。あぁ、ヒイラギは向こうで待っておくのじゃぞ?」

「えっと、私も何か手伝いんですが……」

「怪我人が何を言っておるか。向こうで休んでおくのじゃ」

「いや、その……はい。分かりました。待っておきます……」


 全く、これだからヒイラギは困る。人を手伝いたいというのは美徳じゃが、怪我を……それも軽いとはいえ呪いを受けておるのじゃ。休んでおくのが道理じゃろう。自己犠牲も程々に、じゃ。

 わらわはヒイラギの背をグイグイと押して調理場から押し出し、居間の方へと向かわせる。その背は哀愁が漂っておるが……まぁ、休ませる為の必要経費じゃろう。ハク姉風に言えばコラテ、コラテラルダメージ? じゃ。ヒイラギの為を思っての、仕方のない事じゃな。


「だしは昼間からのがある。油揚げは━━」


 確かハク姉が旅先から送って来た、高級油揚げがまだあったはず……そんな事を思いながら冷蔵庫を見れば、あった。油揚げじゃ。実に肉厚で美味しそうな油揚げ……


「━━ハッ、いかぬいかぬ。料理に戻るのじゃ」


 危うく味見と称して一人だけの夕食になるところであった。実に恐ろしき油揚げよ。せっかくヒイラギが居るのじゃから、二人で食べねば損というに。


 ━━思えば、他者と共に過ごすは十年ぶりか?


 わらわに人の言葉を教えたババ様がいなくなり、血が繋がらぬとはいえ姉上達が一人、また一人と消え、ついにコン姉が嫁に行き、ハク姉が旅に出て……わらわ一人になって、十年。ババ様やハク姉は十年など短いというであろうが、人外として未熟なわらわには酷く長い物に感じられる。それこそ、千の年月を過ごすが如く。


 ━━懐かしいな。懐かしい。


 手を動かしてテキパキと料理を作りながらも、わらわの心は感傷に浸っておる。昔の思い出と、今からの思い出。そうじゃ、今は一人ではない。ヒイラギが居る。いつまで居るかは定かではないが……どうにも以前の住み家を追われた様じゃし、今暫くは居ってくれるじゃろう。


「なれば精一杯もてなさねば、な」


 住み家を追われた理由を聞いたりはせぬ。辛い事だと分かりきっておるかな。じゃからせめて、この隠れ家での日々は良い物に……わらわのワガママじゃが、悪い事ではなかろ。それにわらわは例え傷の舐め合いになっても構いはせぬのじゃ。


「むしろ、その方が……」


 この先も寂しくなくて良い。そんな事を思ったわらわは、間違っておるじゃろうか? 傷の舐め合いという事は、ヒイラギが傷ついている事が前提……つまり、わらわはヒイラギが不幸である事を望み、そうである事に安心してしまっている事になる。それは、とても酷い事じゃろう。少なくとも真っ当な友人関係とは言えぬ。

 じゃが、それでも、わらわは━━


「ヒイラギ……」


 ヒイラギ。わらわが仮とはいえ名付け親になった白い少女。雪の様な長い白髪が綺麗で、消えてしまうような儚さがある恩人。その白さにベットリと張り付いた呪いと闇が気になって、魔除けや保護の意味を持つ柊の名を送ったが……


 ━━それを自分で汚していては、世話ないの。


 全く、笑い話にもならぬ。寂しさに負けて、最初の願いを自ら踏み倒すなど。

 そう自分を断じながら、包丁で薬味のネギを切って━━


「痛ッ……」


 手先に鋭い痛み。どうやらネギではなく自分の手を切ってしまったようじゃ。指先にプクリと血が出ておる。


「ぬぅ……」


 血が出た指先を口に含んで舐め、それから治癒の術を使って傷を塞ぐ。火の術と違って治癒の術はニガテじゃが、この程度の傷ならすぐに塞げる。地狐としての格を持つのは伊達ではない。


 ━━じゃが、限度はある。


 うどんの加減を見ながらだし巻き玉子を仕上げつつ、ふとそんな事を思う。

 禍々しいナニカと、絵巻物で見た西洋の竜の戦いは凄まじく。その戦いの余波で生み出されたと見られる禍々しき者達との戦いは苦しいものじゃ。そもそもヒイラギが居らねばあの禍々しい触手の出現に間に合ったか怪しく、その後と後日にも晒した醜態に至っては、隙を付かれて死んでいたじゃろう。正しく恩人。


「それを、わらわは……」


 寂しさを埋める道具にしようとしている。そう内心で溢し、だし巻き玉子を巻いて━━失敗。空間が出来てしもうた。


「ぬぅ……」


 何とか失敗を誤魔化してだし巻き玉子を完成させ、うどんを湯から上げていく。うどんは見たところ上手くやれている様じゃが……客人であり、恩人であり、友になりたいと思う相手に出す料理に失敗作が混じるとは、我ながら呆れる他ないの。

 とはいえ、作り直す暇はあるまい。時刻は既に六時を周り七時に近く、月がその姿を見せているのじゃから。それに……


「あのー、コハク? やっぱり何か手伝えませんか?」

「全く、お主は。休んで置けと言われたのじゃから休んで置けば良いものを」

「あはは……その、落ち着かなくて」

「はぁ……やれやれじゃな」


 ヒョコッ、と。気後れするところがあるのか、ヒイラギが半ば隠れる様にして調理場の入り口に顔を見せる。生来の気質でもあるのじゃろう。この娘は他人が働いている横でジッとしているのがニガテの様で……必ずといっていいほど、こうして料理の始めと終わりに顔を出すのじゃ。優しい心の持ち主、そういえような。


 ━━それを、わらわは……


 いや、自虐は後にしようかの。今は出来上がった料理を居間まで運び、二人で夕食としよう。


 ━━わらわも身勝手な人外、か。


 出来上がったきつねうどんとだし巻き玉子を丼と皿に盛り付け、それを更におぼんに乗せながらそんな事を思う。悪いと思いながらも謝らず、悔い改めず、自分の都合の良い様に振る舞う人外の身勝手さ。どうやらわらわもそれを持っているらしいと。

 現に今も内心を奥へと隠し、笑顔で「では、手伝って貰おうかの」等と言いながら夕食の乗ったおぼんをヒイラギに渡しているのじゃ。悔い改める事すらせずに……全く、嫌になるの。


「じゃあ、私これ持って行きますね」

「うむ、落とさんようにの」

「大丈夫ですよ」


 調理場を出て行くヒイラギを見送り、温めていた釜から炊き込みご飯をおひつに移す。茶碗と箸を準備し、茶と湯飲みを出し……とにかく身体を動かしておく。そうすれば余計な事は考えずにすむ故に。


 ━━嫌な物じゃな。この感覚は。


 とはいえ、当分は無くなるまい。わらわが本当の意味でヒイラギと向き合えるまでは。その為に必要なのは……なんじゃろうか?


「コハク? 次はこれですか?」

「あ、うむ。宜しく頼むのじゃ」


 ヒイラギが手が止まっていたわらわをその濁った目で見て、心配そうに眉を寄せる。ヒイラギの目は物を言わぬが、それでいて顔の表情は豊か故に分かりやすい。


 ━━全く、何をどう育てばこんな風になるのか。


 残った食器とおひつをまとめて持ち、先に調理場を出たヒイラギの白髪を追いながらそんな事を思う。

 目の濁り様からしてマトモな状況に居なかったのは間違いないが、同時に相手を心配する優しさも持ち合わせておる。辛い状況で育ちながらすれずに育つ……それがどれだけ難しい事か。本人の生来の気質なのじゃろうが、しかしな……


 ━━いったいどんな環境だったのやら。


 聞かない事にしてはいるが、それでも時折気になってしまうのは仕方なかろう。

 例えば家の事。わらわがここに半ば縛り付けているとはいえ、普通なら帰ろうとするなり連絡を取るはず。しかしヒイラギにはそのどちらもがない。家に帰りたい、連絡を取りたい……そんな考えが端から無いように思えるのじゃ。まるで帰る家等無いといわんばかりに。


「っと、コハク。手伝いますよ」

「む? あぁ、頼むのじゃ」


 山盛りにした食器の類いをヒイラギに降ろして貰いながら、わらわはボンヤリとヒイラギの顔を見る。

 新雪の様な白い肌と、赤月の様な紅の瞳の対比。そして手入れしてからより一層輝かんばかりのサラリとした長い白髪……控え目にいって十人中九人は綺麗だと、あるいは可愛いらしいと言うだろう美少女じゃ。そんな少女に帰る家が無い? 何があればそんな事になるというのじゃ……?


「? コハク? ど、どうかしましたか? そんなに私をジッと見て……」

「ん、いや……何でもないのじゃ」

「そ、そうですか……?」


 白い頬を赤らめてスッと視線を外して自分の配膳を始めるヒイラギ。そうじゃな、余計な憶測は止めて夕食としよう。

 そう決めたわらわはヒイラギと一緒に配膳を済ませ、自分の席に着く。今日の献立はきつねうどんとだし巻き玉子、そして炊き込みご飯じゃ。いささか失敗作が混じっておるが……それはわらわの方に寄せたし、ヒイラギも満足そうに笑みを浮かべておる。問題はなかろう。


「頂きます」

「うむ、頂くのじゃ」


 挨拶を済ませ、わらわ達は箸を取って食事を始める。先ずは油揚げを食べようと箸を伸ばし、チラリとヒイラギを見れば……最初は卵の様じゃ。

 突き刺す様に箸を入れ、そのまま口へと放り込む。深窓の令嬢といった見た目と合わないというか、豪快というか。まぁ、お行儀の良い食べ方ではないの。ただ……


「ん、美味しいです。コハク」


 こうやってお礼を言ってくれるのは素直に嬉しい。そのままお行儀こそ良くないが、次々と料理が消えていくのも見ていて心地好い。作った甲斐を感じられるというものじゃ。

 そんなヒイラギの姿を視界に入れつつ、わらわも油揚げを口にする。口一杯に広がる旨みと甘味は流石高級品、流石油揚げ。だしを吸って味わい深くなっておるのも良い━━ん?


「おかわりか?」

「お願いします」


 気づけば空になっていたヒイラギの茶碗に気づいて声を掛ければ、即刻答えが返ってくる。わらわはそれに苦笑を返しながらも茶碗を受け取り、おひつから追加の炊き込みご飯をよそってやる。……それはもう、富士山の如き山盛りで。


「有り難うございます」

「よい」


 普通なら嫌がらせにしかならない山盛りをヒイラギは笑顔で受け取る。勿論無理してるのではなく、素で。

 あぁ、ここもヒイラギのちぐはぐなところじゃ。雪の精の様な儚い見た目で、どう見ても少食、何なら霞みでも食べてると言わんばかりの見た目で食う。とにかく食う。おかげでご飯は一合炊きから七合炊きになったし、おかずの量は三倍になった。例えば今日のだし巻き玉子に使った卵は十二個にも及ぶのじゃ。我が家の食材が特殊な仕入れ方でなければ、今頃我が家の家計は火の車に違いなかったであろうの。ただまぁ……


「おだしが効いていて、美味しいですね」


 時折感想をポツリと呟きながら、嬉しそうにご飯を頬張るヒイラギを見ているとその甲斐はあると思えるのじゃ。例え家計簿が燃え尽きようとヒイラギを養っていたであろうと思える程度には。


「だし、うま……ん、うどんにも良くしみてる」


 唇でプツリとうどんを切り、油揚げをガツリと一気に食べる。気持ちの良い食べっぷり。わらわも負けて居られぬ。溶けそうな程柔らかくなったうどんをすすり、だし巻き玉子と炊き込みご飯を口に運ぶ。自画自賛になるが……だしの旨みと食材の甘味を上手く組み合わせれているの。流石はババ様の教えじゃ。


「んー、コハクはあれですね。お料理上手ですね」

「そうかの? 褒めても何も出ぬぞ?」

「本心ですよ。ご飯が美味しいなぁって」


 赤月の様な目は濁ったまま、しかし満面の笑みでわらわを持ち上げてくるヒイラギ。全く、すれとるのか純粋なのか分からんやつじゃ。

 ……いや、純粋なのじゃろうな。過去の辛い経験から目が死んだだけで、当人は純粋なまま……それも、辛い話じゃが━━


「うん。コハクなら良いお嫁さんに慣れそうです」

「クゥンッ!?」


 ぜ、前言撤回! こやつタラシじゃ! 女タラシじゃ! 何が純粋なものか! こ、この状況で良いお嫁さん? それではまるでヒイラギがわらわに、わらわにぃ……!


「……コハク? どうかしましたか?」

「な、なんでもないのじゃ!」

「?」


 何の事か分からぬ。そんな呆けた顔をしながら湯飲みを傾けるヒイラギから目を逸らし、わらわは油揚げの最後の一切れを口に放り込む。旨い、が甘い。砂糖の様に。


「なら、いいんですが……あ、おかわりいいですか?」

「う、うむ。良かろう」


 この食いしん坊め。すれとるのか純粋なのかタラシなのかハッキリせい。……そんな事を思いつつ茶碗を再度山盛りにしてヒイラギに突き返し、わらわも食事に戻る。はよう食べてしまわねば冷めてしまうわ。全くヒイラギめ……


 ━━まぁ、嫌いではないがの。


 モグモグムシャムシャと美味しそうに炊き込みご飯を書き込むヒイラギを見つつ、わらわはそんな事を思う。

 すれている様で純粋で、白いのに暗いところがあって、嫌になる過去があるだろうにそれを苦にもせず……そんな少女がヒイラギで、わらわの、わらわの……友なのじゃ。


「のう、ヒイラギ?」

「はぐっ……んぐっ。何ですか?」

「いや━━何でもないのじゃ」

「は、はぁ……?」


 ヒイラギよ、我が友よ。どうかわらわを置いていかないでくれ。どうか、どうか一緒に━━あぁ、願わくば。この日々がこの先も続いていきますように……

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