第11話 のじゃロリ狐巫女
「さぁ、覚悟するのじゃ!」
夕日をバックにノリノリで懐から護符に見える物を複数枚取り出し、渦へと突き付けるケモミミのじゃロリ巫女。その突然の登場に俺は全くついていけてなかった。
━━狐さん? 狐さんなんで!?
スライムの様なモンスターや、あのクソッタレの関係者と対峙していればやがて出会う可能性はあった。あったが……まさかこれ程早く出会えるとは、完全に予想外だ。
そんな思いから思考を混乱させている俺を他所に、ケモ幼女が護符を勢いよく投擲する。放たれた紙は、意外にも鋭い矢のように渦へと向かっていき━━火花を散らす。
「ぬぅ……ならば、ゴリ押しなのじゃ!」
思ったような効果が得られなかったのか、ケモ幼女は持っていた護符を苛立っている様子で全て投擲。更に懐から追加を取り出し、それらも投擲して渦へとぶつける。
ぶつかった護符は火花を散らし、渦の頭上で制止。そしてどういう訳かジワジワと焦げ、やがて塵となっていく。一見無駄に見えるファンタジーな光景だが……よくよく見れば渦の色合いが薄くなり、その大きさも少しずつ小さくなっている。まさか、渦を消しているのか?
「たく、ようやく狐様の到着か」
「警部、何か知っているのか?」
「ん? まぁ……昔、な」
どうやら相手していたゴブリンを塵と変え終わったらしい石山警部が、近くまで来てそんな事を言うものだから聞き返してみたののだが……はぐらかされる。
ただ、あんなファンタジーな光景だというのに馴染みがある様子なのは、間違いなさそうだ。
「つってもあの狐は知らない顔だな。新入りかね?」
「私に聞くな。むしろ説明しろ」
「勘弁。説明出来る自信がない。……まぁ、新入りだとしてもあれだけの妖力を持っていれば、勝ちは決まったろうよ」
そう言って警棒をしまいだす警部。どうやらあの狐さん……というより狐そのものに信頼があるようだ。やはり、何か知っているのだろう。
無理にでも聞き出すか、それとも時期を改めるか。どちらにしたものかと思案し出したとき━━渦からゴブリンが複数這い出て来る。このまま終わる気はないらしい。だが見たところゴブリンは剣一つない無手ばかりで、炎を操る狐なら楽に対象出来るだろう話……
「むっ! こ、の……ぁ、しま━━く、来るな! 来るなぁぁぁ!」
訂正。狐幼女はアッサリと混乱した。恐慌状態といっていいだろう。持っていた護符の束を丸々取り落とし、慌てた様子でデタラメに炎を打ち出し、弾幕を張りだして……しかし、密度がまばら過ぎる。それに心なしか火力も低い。あれでは近寄られて━━流れ弾。
「危なっ!?」
「ぬぐおぉぉぉ!?」
何ということか。狐幼女の炎がこちらに飛んで来た! デタラメに撃っているとは思ったが、まさかここまでデタラメだとは……えぇい、狐幼女はアホの子か!? このまま任せていたら流れ弾でこちらが全滅する!
「この、狐幼女! 後ろに下がれ! 私が前に出る!」
「ッ━━!? ん? お、お主は……」
「返事ィ!」
「は、はいなのじゃぁ!」
流れ弾を避けたものの無様にすっ転んだ警部を放置し、俺は狐さんを叱責する様に声をかけて無理矢理下がらせる。その声音に心なし安心した様子が見え隠れしたのは……今は置いておこう。
地面を蹴飛ばし、一気に加速。ゴブリンと狐の間に割って入る。そのついでとばかりに最も近くにいたゴブリンを蹴り飛ばして集団にぶつけ、連中の足を止めておいた。これなら狐さんも少し落ち着けるだろう。
「あ、有り難うなのじゃ。……また、お主に助けられるとはの」
「……そうですね。かも知れません。しかし、これ程早く、唐突に会えるとは思いませんでした」
「そうじゃな。それはわらわもそう思うのじゃ」
「さいですか」
どうやら彼女にとってここでの遭遇は予想外の事だったらしい。私もそれに関して、あるいはここまでポンコツだったとはーとか、言いたい事は無数にあるが……今は。
「ゴブリンはこちらで抑えるので、狐さんは渦を消滅させてくれます?」
「分かったのじゃ。━━ところで、じゃな。わらわにも名前というものが「後で聞きます」むぅ……ならば、手早く終わらせるとしようぞ!」
折れるのが早いなら立て直すのも早いらしい。狐さんはアッサリと余裕を取り戻し、取り落とした護符を拾いなおして自信満々に渦へと放つ。
それは山なりの機動を描いてゴブリンの頭上を素通りし、渦に当たって火花を散らし、焦げ、渦はより一層小さくなる。見れば黒い渦はマンホールサイズにまで縮小しており、渦からの増援は簡単に出現出来ない様な状態だ。
「グギャギャ!」
「ギャギャ!」
それが分かっているのか、分かってないのか、ゴブリン達がバカ正直にも突っ込んでくる。だが、数もロクに揃えられず、武器も持ってないゴブリンでは脅威にはならない。残党処理だ。
「塵と、消えろ!」
先頭を殴り飛ばして塵と変え、後続に蹴りを入れて足並みを乱し、そこを追撃して両手を交互に叩き付ける。抵抗など許さない。殴り、叩き、潰して、嫌な感覚を何度も上書きし、異形のバケモノを塵と変えるのに……一分もかからなかった。
「これで、仕舞いじゃあ!」
俺がゴブリンを片付けているうちに、狐の方も渦との決着がつこうとしているらしく、狐が両手に複数の護符を構え、何事かを小さく呟いてから一気に投擲。
やがて放たれた護符は渦を囲むように制止し、炎を放って五芒星を描き出す。
「これは……」
何というファンタジーな光景か。しかも炎によって描かれた五芒星にはかなりの力があるらしく、黒い渦をジワジワと消滅へと追い込んでいる。
マンホールサイズがみるみる小さくなって拳程に、そして直ぐにそれを通り越して完全に消え去り……消滅した。軽く探ってみるが、怖気も無くなっているし間違いないだろう。我々の、勝ちだ。
「ふぅ……助かりましたよ。狐さん。私だけじゃ、手詰まりでした」
「ふふん。それほどでも……あるがの!」
ドヤァと誇らしげな顔をする狐に少ーしだけイラッと来たが、その背後の尻尾が扇風機みたいになっているのを見て心が落ち着いた。単純な……いや、素直な性格なのだろう。どれ、ここはケモミミでも撫でて━━
「ピゥッ……」
「━━なぜ、逃げるんです?」
「いや、の? 流石にここで撫でられるのは……の?」
むぅ。どうやら狐さん的には撫でられるのはNGらしい。無念。
まぁ、嫌がっているのに無理強いするつもりはない。残念だが……一先ずここは聞きたい事を聞いてしまおう。撫でられないのは残念だが。
「さて、狐さん。色々聞きたいんですけど……良いですね?」
「ん……まぁ、お主にはだいぶ世話になったしの。良いぞ。とはいえ、少し待っておくれ」
そう言うと狐さんはテクテクと渦のあった辺りに移動し、何かをつまみ上げる。あれは……石か? 宝石にも見えるが、随分薄汚れている。というかこれは、怖気? あんな石に怖気だと? まさか。
「むっ、ぬぅ……キュン!」
俺が石の正体を図りかねているうちに、なんと狐がその石を潰し砕いてしまった。砂の城が崩れる様に塵と消える石ころ。儚いはずの光景なのに、ホッとするのはなぜだろうか。
「なるほど。今のが原因か……ガキどもがどっかから拾って来たのかね?」
「警部。生きてたんですか」
「怪異絡みで死んでたまるかよ。……で、どうなんだ? 新米の狐様?」
「む……」
復活したらしい警部が俺と狐から三歩は離れたところから声をかけてくる。警部の推理混じりのそれに、狐はどう答えるのか? 視線を向けて見れば……酷く不満そう。というより怒ってるのか……? これは。
「主の話は姉様から聞いておるぞ。石山の」
「ほう? どの姉様かは知らんが、光栄だな」
「あぁ、わらわと会う度、会う度、嫌という程ノロケ話を聞かされたわ……! この苦痛、主に分かろうてかっ……!? 石山の!」
「お、おおう?」
何だろう。凄まじい圧が狐さんから流れている。恨み辛みの様な、ドス黒い何かが……いったいどんなノロケを、どれだけの時間聞かされたらこうなるのだろう? ……あまり考えたくない話だな。
「ふんっ、主なんぞ姉様にでも泣き付けば良いのじゃ。ほれ、白いの。行こうぞ」
「ん……そうですね。という訳で警部、後宜しく」
「あ、あぁ…………いや、いやいやいや待て待て! 話を聞かせろ! 帰ろうとするな!?」
「嫌じゃ」
「私もたった今用事が出来たので嫌です。……というか、警部。子供達は放りっぱなしですか? ご飯の代金はちゃんと払いましたか? まさか━━食い逃げですか?」
不機嫌な狐さんは刺々しいが、良いタイミングなので一緒にフェードアウトしようと警部を責めておく。署まで同行なんてしてたまるか……!
「なんと! 石山のは警官でありながら職務を放棄し、犯罪まで犯すのか? やはり姉様が言っていたのは事実であったか……」
「それにこーんないたいけな子供に詰め寄るロリコンさんですしね」
「変態じゃな。自分の腕に手錠をかけるべきではないか?」
「同意します」
「いや、お、お前ら……!」
なんか石山警部がプルプル震えだした。十中八九、煽った事による火山噴火の前兆だろう。そして火山噴火は逃げるに限る。という訳で。
「狐さん、失礼」
「クゥンッ!?」
俺は狐さんを━━俗にいうお姫様だっこで━━抱え上げて、その場から全速力で離脱する。異常な身体能力に任せた全力逃走だ。
「あっ!? ま、待ち━━」
後ろで出遅れた警部が何やら言っているが知った事ではない。署まで同行したくないのだ。無実の罪に問われるのはゴメンこうむる。
俺はそのまま一気に住宅街を駆け抜ける。曲がり角を一つ過ぎ、二つ過ぎ、三、四、五と走り続けて……ふと腕の中の狐さんに意識を向けた。不快な思いをさせたのならば謝らねば、と。
「大丈夫ですか?」
「う、うにゅ。くるしゅうにゃい」
問題ない、という事が言いたかったのだろう。しかし噛んだのが恥ずかしいのか狐さんは手で顔を覆ってしまった。更にケモミミはへにゃりと倒れ、興奮からか尻尾が激しく動きまわって手足にベシベシと当たって地味に痛い。まぁ、ぶしつけへのお叱りと考えれば甘んじて受けるべきか。
「行き先は、稲荷神社で良いですか?」
「う、うむ。頼む。そこでお主にはわらわが知る事を話せるだけ説明しよう」
「それは、それは……」
まだ微かに赤い顔をこちらに見せて、狐さんは中々興味深い事を言ってくれた。狐さんがどこまで知っているのか、どこまで話してくれるのかは分からないが……今まで謎だった事が幾つか分かるのは間違いない。
未知への期待が出て来た俺は、地を蹴る足に更に力を入れて加速。一路、稲荷神社へと向かう。一刻でも早く着けとばかりに。
「そ、それとお主の服や薬も用意しよう。……ボロボロじゃからな」
「あー、お気になさらず。テキトーに済ませますから」
「だ、駄目じゃ!」
痛みもだいぶ引いて気にもならないし……そんな思いから出た言葉は、意外にも狐から強く否定された。思わず足の歩みが止まりかける程に。
「そんなのは駄目じゃ! おなごたるもの、そういったところは気を払わねばならんのじゃぞ!?」
「おなごって……いや、私は」
「いーや。駄目じゃ。お主は綺麗なのじゃから、もっと着飾るのが道理ぞ。何より、その様な状態で町を歩く気か?」
「あー……はい」
元は男なので。そんな反対は狐さんの勢いに、口から出る前に叩き潰された。
まぁ、服がズタズタに斬り裂かれて、ところどころ肌が露出してしまっているのは事実。貰えるなら貰っておこう。狐さんの言うように、この格好で町を歩けば怪しまれるだろうしな。
「宜しくお願いします……」
「任せるのじゃ!」
自信満々ののじゃロリを抱えつつ、俺は夕日の中を神社目掛けて駆ける。ホンの少し面倒だと、そう思いながら。




