第9話 警部、来襲
石山警部。
このオッサンと最初に会ったのはスーパーでの職務質問だが、その時点からこのオッサンは俺の天敵だ。些細な情報から俺が事件の関係者だと見抜き、その後も重要参考人として探し続けているのだからさもありなん。流石は俺の中で今一番会いたくない人物筆頭か。
「意外、というべきか。それとも必然かね? 白い嬢ちゃん」
「…………」
空気が一気に重くなる。心地よい飯屋は一変戦場に、あるいは牢屋へと変わったのだ。
しかし、まさかこんなところでバッタリ遭遇するとは思わなかったので、こちらは準備も何もしていない。当然逃げ道も無し。控え目にいって……詰んでいた。
「? どうしたの?」
「これは警部殿、この嬢ちゃんに何かご用で?」
「んー? まぁ、ちーとな」
どうする。大人しく捕まるか? 否。鉄格子付きの病院か研究施設に送られるのがオチだし、そうでなくてもロクな事にはなるまい。断じて否だ。
となれば三十六計逃げるに如かずだが……逃げ道は警部が塞いでる。ならば警部を打ち倒して逃げる道しかない。気は進まないが、探られると面倒なんだ。ここは意地でも逃げさせて貰う……!
「……まっ、取り敢えずは飯だな。店主、今日のオススメは?」
「ん? 今日は唐揚げ定食だな。良い猪肉が手に入ったんだ」
「そいつぁいい。それで頼む」
「三人前か?」
「一人前だよ」
威勢のいい店主の声が店内に響き、警部は俺から一つ離れたカウンター席に腰をおろす。……何のつもりだ。俺を捕まえるじゃなかったのか?
「何のつもりだ? って顔だな」
「私を重要参考人として血眼で追っている……そう思っていたのですが?」
「あと保護対象としてもな。今も部下がそこらじゅう駆け回ってるし、ここ数日の調べもついてる」
「……へぇ?」
店主が意外にも黙って料理を始め、猟師少女がジト目で胡散臭い物を見る目を送りながらお冷やを出す。そんな中警部は懐から手のひらサイズの手帳を取り出し、自信ありげに語り始めた。
「嬢ちゃんがどこの人間かはサッパリだった。だから俺は少なくともこの町の人間ではないか、秘匿されていたのは間違いないだろうと見たが……アタリの様だな」
「えぇ、まぁ」
そもそも自分がどこに住んでたのかも覚えてません。とはいえ、やたらこの町について詳しいので、元々はこの町に住んでいたのだろうが……詳しいところはサッパリだ。そういうところをいえば警部の推察は外れとは言えない。
「そして帰る家のアテもない。何せ度々公園で寝ている姿が確認され、銭湯、コインランドリーにも顔を見せている。何より飯は毎度外食で、脂っこい物を大食いしている姿を多くの店主や店員が見ていると来た……アタリか。親御さんはどうした?」
「顔すら知らない相手を頼れと?」
「……スマン」
「いえ」
ん? 今何か勘違いさせた様な……まぁいいか。
しかしそこまで行動を把握されているとは思わなかった。飯屋は……まぁ、印象に残る事をやってるから仕方ないが、銭湯やコインランドリーまで把握されているとはなぁ。道理で寝ているときによく警官を見かける訳だ。危機を感じ取る動物的直感が腐ってたらそのまま補導ルートだっただろう。
「んんっ、でだ。学校にも行ってないみたいだな?」
「そうですね……しかし、今日に限れば休日では? 彼女も休みらしいですし」
確かに学校には行ってない。だって戸籍ないし、そもそも卒業してるだろう……たぶん、きっと、メイビー。
ところで、なぜに猟師少女は可哀想なモノを見る目で俺を見るんだ? まさか……
「あぁ、猟師の爺さんの孫か? あの嬢ちゃんの学校は今日は休校日だ。残念だったな。今日は平日だよ」
「……そうですか」
くっ殺! えぇい、仕方ないだろう! 曜日感覚とか大怪獣決戦に巻き込まれたときに無くしたわボケェ! いいさいいさ、不登校児とでも思ってろ。俺は――多くの推測が混じるが――卒業済みだからなぁ!
「そして、出没するのは町の西側、そして南側だ」
「……へぇ?」
「なんだって西側に白い嬢ちゃんが現れるのかはサッパリだったが、南側に現れる理由は分かる。飯屋が多いからだ」
「飯屋……レディの行動パターンを分析したというのに、随分な話ですね? 普通はお菓子屋とかでは?」
「事実だからな、どうしようもない。……俺も、まさかこんなちんまい嬢ちゃんが生粋の大食いだとは思わんかったよ」
ちんまい言うな! ちんまいけど! ペタンだけどなぁ!? ……イカン、落ち着け、身体に引っ張られるな。
ふぅ……さて、警部の推測は意外でもなんでもない、いつかはバレるだろう話だ。しかし気づくのが早すぎる。そして一度気づいてしまえば……
「なるほど。それで脂っこい店を回っているうちに、私を見つけたと?」
「いや、偶然だ。南側の店屋を見張るのは明日からやる予定だった」
「…………」
「ここは俺の行き付けでな。ダブる可能性は考えちゃあいたが……まさかこんなに早くダブるとは思わんかった」
おぉう。おぉう……もう、なんというか。俺の運が悪かったのか……? それとも警部の運が良かった? あるいは飛んで火にいる夏の虫……? 何にせよ、俺の負けだろう。仕方ないじゃないか、空腹には勝てないんだもの。
「……ねぇ。貴女、何かやったの?」
「やったというか、見たというか……それで? 警部さんは私をどうするつもりで?」
「ん? そうだなぁ、取り敢えず署までご同行願いたいところだが……嫌そうだな」
「それは、まぁ……言っても信じて貰えそうにない話ですから」
推定邪神とドラゴンが大怪獣決戦をやり、その結果クレーターが出来てTSしましたー……何て、誰が信じるんだ? 誰が。最近の事まで言えば妖狐やスライムの話もある。ますます信じて貰えないだろう。厨二病扱いならまだしも、黄色い救急車を呼ばれてはたまったものではないっ……!
「ふむ。精神異常者を見てビビる玉でもなさそうだし……妖怪にでも会ったか?」
「…………随分な話ですね。妖怪なんて、オカルトを持ち出すとは」
「そうか? そうでもねぇと俺は思うぞ。特に、今回はな」
「…………」
この警部……どこまで知っているんだ? クレーターをやったのはドラゴンであって妖怪ではないが、世間でオカルトとバカにされる部類には違いない。それをわざわざ例に上げるとは……まさか、あの日の大怪獣決戦を警部も見ていたのか? にしては…………いや、ここは言ってみよう。違ったら、壁壊して逃げようか。
「ドラゴンを見た――そう言えば信じますか?」
「っ!」
「ドラゴン? ……西洋の方のアレか?」
「えぇ。そうです」
意外にも、というべきか。警部は一笑する事もせずに私の言葉を聞き、黙って考え込む。どうやら本気で考えている様だ。
そして心から意外だったのは、猟師少女の方か。
「ドラゴンを、見たの?」
「えぇ。真っ白な、綺麗な竜を」
「そう……」
それっきり少女は黙ってしまうが、その顔には……俺の間違いでなければ、安堵が浮かんでいた。なぜに? まさか、少女も見たのか。あの大怪獣決戦を。だとするなら――
「おい、白い嬢ちゃん」
「……何ですか」
「見たのはドラゴンだけか? 狐は見なかったか?」
「狐? ……いえ、あの日は見てません。というか、警部はあのドラゴンとバケモノの大怪獣決戦を見なかったんですか? あれだけ派手にやってたのに」
「…………生憎だが、大怪獣決戦といえるモンは見てねぇ。あの日はクレーターが見つかるまで平和そのものだったんだよ。通報の一件もない、な」
これは、どういう事だ? 猟師少女はドラゴンを見て、警部は見ていない。平和そのもの、通報もないと言っている辺り、多くの市民も見ていないと見るべき。
しかし俺は見た。綺麗な白竜と推定邪神の戦いを。その結果俺はTSする羽目になったし、他にドラゴンを見たと思われる少女もここに一人居る。この違いはなんだ? なぜ見た奴と見てない奴が居る? あれだけ派手にやってたのに……
「ほい、唐揚げ定食お待ち」
「ん? おぉ、旨そうだな」
「そりゃそうよ。……俺ぁ難しい話は良く分からんがよ。そういう小鬼とか、ドラゴン? とか不思議な話は大抵狐様がなんとかしてくれるんじゃねぇのか? うちのばーちゃんはそう言ってたぜ」
「……ふっ、違いねぇ」
「だろう? ウダウダ悩むより狐様のお導きって奴を待って、どーんと構えつつ日々を過ごせばいいと思うぜ」
それは、なんというか。人事を尽くして天命を待つ、というべきか。人任せのお気楽主義と取るか、意見が別れそうな教えだな。
しかし……
「狐様……?」
「知らないの? この辺りは昔から狐の神様が守ってくれてるって話。町の中央の稲荷神社は狐そのものを祀ってるし……この町は狐と関わり深いのよ」
「まぁ、肝心の狐はスッカリ見なくなったがなぁ……お詣りに行ってる奴もかなり減っちまったし、町を上げて何かやってる訳でもないし」
「……大丈夫だろ。物好きな狐が見守ってるさ」
狐。その話を聞いて思い出すのは面倒見の良い、狐火を操る狐さんの事だ。
彼女は今、何をしているのだろう。なぜ推定邪神の欠片やモンスターとの戦いに協力してくれたのだろう。いや、そもそもなんだってあんな場所にいたのだろう……考え出せばキリがない。そして今、どこに居るのか。
「…………」
神社だろうか? それなら安心だ。ひなたぼっこでもしているに違いない。
だが、小鬼が出たという山にいるとしたら? 危険だ。いくら強力な炎を操れるにしても、鹿の首をへし折る様なバケモノとやり合うのはリスクが大き過ぎる。些細なミスが致命傷になりかねない。
いったい、どちらにいるのか。それともどちらでもないのか。何にせよ、盾になる前衛無しでの戦闘は思い止まって欲しいところだ。
「無理、かなぁ……?」
モンスターと狐さんの関係性は不明だが、仲良しこよしという訳ではなく。むしろ積極的に攻撃、排除する間柄に見えた。であるならば、モンスター居るところに狐さんあり。サーチアンドデストロイを敢行中……そんな可能性もある訳だ。
「ご馳走さま。お会計お願いします」
「嘘、食べきった……?」
「アッハッハ! 流石だな嬢ちゃん! で、会計は……千五百円だな」
ふむ、案外安くすんだな。そう麻痺した感覚で思いつつ、財布からお金を抜き取って会計を済まして店を出ようとして……肩を掴まれる。石山警部だ。
「いきなりレディの肩を掴むのはセクハラでは? 訴えますよ」
「なら俺はテキトーな罪状をでっち上げる事にしよう……後五分待ってくんね? それで飯食い終わるから」
「私が待つ道理が?」
「無いな」
「では、失礼します」
軽く警部の手を叩き落とし、俺は店を今度こそ出ようとする。が、再度掴まれた。逃がしてはくれないらしい。
「はぁ、クレーターの件は喋ったはずですが?」
「ドラゴンについての話はまだ聞いてないな」
「……あんな眉唾物の話を信じると?」
「生憎、怪しい物はそれがオカルトでも気になっちまう性分でね。……それに、迷子の子供の保護も残ってる」
チッ。誤魔化せれんか。今程この中学生ボディを恨めしく思った事はない……! 何だって補導なんぞされなけらばならんのか……! 却下だ却下! 断じて否! そんな事をされる道理はない!
「実は私、成人してまして」
「嘘つくんならもっとマシな嘘つきな。今時不良だってもっと格好を取り繕うぞ?」
「……発育不良の成人女性という可能性が」
「ん? そりゃ発育不良だろうが……」
「貴様ぁ! どこ見て物を言っとるか!!」
「グフッ!?」
あ、ヤベ。オッサンからのペタン娘発言に思っきり腹パンしてもうた。これは公務執行妨害では? というか乳の事を指摘されてカッとなるとか……
――身体に引っ張られ過ぎてるっ……!
コンプレックスのペタンを指摘されてカッとなってやった。反省は――身体に引っ張られ過ぎてる事について――しているし、後悔も――公務執行妨害の可能性について――している……これは酷い。何が酷いって俺自身は男のつもりなんだよ。それが、それが、あんな、あんな反応を…………うん、取り敢えず逃げようか。自己暗示は後回しでも――怖気。
「っ!」
俺は悶絶している警部を捨て置き、身体に走った怖気に蹴飛ばされる様にして店のドアを開けて外の様子を伺う。
目の前、特になし。天気は快晴。もう少しで日が落ち始める時間帯か。怖気は――向かいの公園から。子供が数人見える。マズイ。
「う、うわぁぁぁああ!?」
「キャァァァ!」
「ママァー!!」
間に合わなかった? いや、まだだ。まだ子供達がどうこうなったと決まった訳ではない。何が何だかよく分からんが、今すぐ向かった方が良さそうだ。
「何だ何だ!? 何があった!?」
「いったい何? 事故?」
「二人は中へ! 警部は……後から来させて!」
「え、ちょっと!?」
膨れ上がる怖気をアテに、俺は地を蹴って公園へと飛び込む。許してはいけないナニカがそこに居る……そんな感覚と共に。




