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異世界に侵食される現代世界  作者: キヨ
第一章 侵食は始まった
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第8話 飯と猟師の話と

 俺が狐さんと共闘してスライムを打ち倒した……までは良いものの。それで俺が手に入れた物はあんまり多くない。狐さんを必ずとっ捕まえてやるという決意を除けば、僅かに二つだけ。スライムのドロップアイテムと、現代日本終了のお知らせだ。

 前者は文字通りの物。どうやらあのスライムは倒し方次第で中の石……それっぽくいえばコアを残すらしく、狐さんが焼き殺したスライム二匹からはコアを獲得する事が出来たのだ。俺が殺ったやつ? 砕いたせいか無かったよ……どっちが正規の倒し方なんだろうな?

 んで、後者は……なんというか、まぁ、そのままだ。あの日、俺の頭上で行われた大怪獣決戦で薄々察してはいたが、どうやら堅苦しい現代世界はここで終わりらしい。今から始まるのは何が起こっても不思議ではないファンタジーモノ。酸を吐くスライムが田舎にゾロゾロと現れ、狐は妖怪になり、男がアルビノ美少女になるような世界だ。ロクでもねぇな、その世界。どこの世界だよ? ここだよ。フ○ッキュー……


「ホント、ロクでもねぇ……」


 時刻は夕方少し前。俺はなるべく日に当たらないようにフードを被り、影から影へと移動する様に少し古い住宅街を歩く。お目当ては、この辺りにあるカロリー高めの飯屋だ。


 ちなみに、スライム戦からザッと五日が経っている。


 その間何をしていたのか? そう聞かれれば俺はこう答えよう。狐さんを、それとスライムやその同類を探していた、と。

 結果は見事にスカ。狐さんは尻尾すら見せず、スライムは気配すら掴めず、妖怪やモンスターの類いにも会っていない。これで俺の身体がアルビノ系美少女になってなければ、あの日の事は夢だったのだろうか? とか思ってた事だろう。

 だが現実は非情だ。俺の身体は少女のもので、しかも綺麗で可愛いらしいアルビノ系ペタン娘なのだから。……最近身体に引っ張られてか、胸がペタンなのが気になっていて恐ろしいところ。


「いや、いやいやいや、落ち着け。俺は男。俺は男。可愛い美少女になっても中身は野郎だ……!」


 こうして言い聞かせないとどんどん趣味思考が少女のそれになっていくのが酷く恐ろしい。元に戻るアテがまるで無いので、一生このままとか考えるとナイーブを通り越して鬱になりそうになる。

 これで身体の性能が低かったら発狂してたかも知れん。


「ホント、身体の性能は高いんだよなぁ」


 そう呟いて見るのは左手の甲だ。五日前のスライム戦で溶かされ、ただれてしまった場所。しかし醜く変色しているはずのそこは真っ白で、艶やかな肌しかない。

 なぜ? 簡単だ。治ったのだ。僅か三日で。


「まさか、身体能力だけでなく治癒能力まで人外じみてるとは……」


 俺としては肌が焼けただれたまま生きていくのも覚悟していたのだが、この中学生ボディは凄まじい治癒能力を秘めているらしく、僅か三日で溶けた肌を完全に再生してみせた。傷を治している間は腹の減りが多少早くなっていたとはいえ、あり得ない回復力だ。間違いなく、TSした際に弄られた部分だろう。俺としてはあの畜生を殴り易くなるからいいのだが……それでも、恐ろしさを感じざるを得ない。


「ますます警察に捕まれなくなったなぁ」


 以前は戸籍が消滅した事による面倒くささと、頭の具合を心配される不安から逃げていたが、これからはこの異常な身体に目をつけられてモルモットにされないように逃げなければならない。

 身体能力ならまだしも、この治癒能力が早々バレるとも思えないが……秩序を乱す人外には変わりないのだし、警察を筆頭とした組織的機関からは逃げ隠れした方が無難だろう。


「身体を弄くられる経験は一回で十二分だ……ん? おぉ、あったあった」


 俺が警察とは関わらないぞと強く決意しているうちに、目当ての店まで辿り着いていた。

 決して綺麗とはいえず、しかも住宅街のド真ん中で、駐車場もロクに無い個人の飯屋。だがここの飯は値段の割には量が多く、その味もなかなかに旨いので気に入った店だ。特に揚げ物の類いは一流料理店にも負けないレベルだと思う。なお気に入ったのはつい先日の事。


「失礼しまーす」

「おう? おぉ、一昨日の食いっぷりの良い嬢ちゃんか! また食いに来てくれたのか?」

「はい。……その、早速注文いいですか? お腹空いちゃって」

「おう! 言ってくんな。ちなみに今日はイイ肉が手に入ったから、それを使った唐揚げ定食がオススメだぜ?」

「じゃあ、それを取り敢えず三人前」

「はいよ!」


 フードを取って壁際のカウンター席に付き、元気の良いオッサン店主のオススメを注文して、私横合いから出されたお冷やを飲む。

 ……ん? 横合い?


「……どうも」

「あ、はい」


 なんとなく気になってお冷やが出てきた方を見てみれば、そこには店主が着けているのと同じエプロンを着た……恐らく店員さんだろう少女が一人。俺と視線が合うと軽く頭を下げてくれた。酷く無愛想だったが。


「アッハッハ! すまねぇな、嬢ちゃん! ソイツは昔っから無愛想でよ。ここに来たのも昨日からだし、怒らないでやってくれ」

「む……」

「アハハ……お――いえ、私は気にしてないので良いですよ」


 どうやら性格に難のある新人さんだったらしい。であれば客に無愛想なのも仕方ないといえば仕方ないだろう。ここは個人の店だからその辺りのさじ加減は店主次第だろうし……何より外見と中身の性別が真逆の俺がとやかく言えた話ではない。下手するとブーメランになりかねないからなぁ! 今も俺と私を言い間違えかけたらなぁ! ……危ない危ない。ボロが出るところだった。


「そりゃあ良かった。ソイツは自然や動物と触れ合う分には良いんだが、人間相手になると途端に駄目でなぁ。ジーさんから鍛えてくれって言われんたんだが……」

「別に、私はこれで困らない」

「この通りさ。ま、この店には嬢ちゃんみたいな物好きか、近所のジジイとオッサンしか来ないから良いんだけどな!」

「も、物好き……ですか」

「アッハッハ! ちっさいなりしてバカスカ脂っこいのを食うのは物好きだろうよ!」

「アハハ……」


 否定出来ん話だ。

 そう思いつつお冷やを口に運び、料理を待つ。とはいえただ待つのも暇だし、ここの店主が話好きなのもあって合間を置かずに会話が続いていく。

 話題は……新しい無愛想な店員の事だ。


「――てな具合でよぉ。コイツのジーさんから頼まれちまったのさ。高校が休みの日、俺とコイツの都合がいいときだけでいいから、ここで人慣れさせてやってくれってな」

「それは、また……バイト、とはまた違うんですかね?」

「学校の方にはバイトで通してるみたいだぜ? まぁ、成績いいから楽に通ったらしい。人付き合いは駄目だがな!」

「店長、煩い。私はこれでいい」


 ムスッとした様子で店主の言葉をぶったぎる高校生らしい少女。背丈から察するに一年生か。話にある成績やセミショートの黒髪を見るに素行は悪くなさそうだが……なるほど、人付き合いは壊滅的なようだ。これではそのジーさんとやらが少女の将来をさぞ心配したのが目に浮かぶ。……まぁ、TSして戸籍が消えた俺が言えた話じゃないがな!


「全く、オマエそんなんじゃ就職しようがねぇぞ? ジーさん心配してんのによぉ……」

「別に。それに私はお爺ちゃんの後を継ぐし」

「やれやれ。そのジーさんがヤメロって言ってんだろうに。今時猟師なんて流行らねーってよぉ」

「……猟師?」


 猟師。これまた珍しい仕事だ。彼らは山に入って獣を狩ったり、あるいは保護や観察を行うと聞いた事がある。時には害獣駆除も行うと。給金は……まぁまぁそこそこらしいとも聞くな。後は年々やってる人間が減少し、害獣駆除にも手間取っているとかなんとか言われているが……その猟師か?


「おう。コイツのジーさんは腕の良い猟師でな。俺も結構お世話になってんだが……今時猟師なんて流行らんだろ? それに女の子がやるにはキツイところもある。だからジーさんは継がせたくねぇーらしいんだが……」

「お爺ちゃんと店長の頭が硬いだけ。それに私が決めた事、誰にも文句は言わせない」

「この通りさ」

「なる、ほど」


 ふむ、どうやら俺が想像した猟師であってるらしい。少女は祖父の後を継ぐと言っているが、当の祖父がそれを認めないというところか……まぁ、お互いの気持ちは分からんでもないが、家庭の話だし深く首を突っ込むのは止めておこう。

 というか、この店主他人の家庭環境を喋り過ぎでは……? 料理はどうした。ジュウジュウと心地よい油の音は聞こえるが……


「ほい、唐揚げ定食三人前だ」

「有り難うございます」


 いや、何だかんだ言いつつも料理はしていたらしい。今俺の前には出来立てホカホカの唐揚げ定食がドドンと三人前鎮座していた。実に旨そうで、ボリューミーだ。これなら腹八分目にはなれるだろう。

 横合いから狩人志望の少女が本当に食べれるの……? とでも言いたげにジト目で見てくるが、今の俺からすればこの程度は楽に食える範囲だ。という訳で、イタダキマス。


「アッハッハ! やっぱりイイ食いっぷりだな!」

「うわぁ……」


 ガツガツムシャムシャと唐揚げとご飯を頬張っていると、店主からは豪快に笑われ、猟師少女からはドン引きされていた。

 店主のそれはまだいいのだが、年頃の少女にドン引きされるのは流石に堪える。これでは俺が常軌を逸した大食いみたいじゃないか……いや、大食いだが。

 しかし、この唐揚げに使われてる肉は……鳥じゃないのか?


「店主、この唐揚げの肉は……鶏肉ではないのでは?」

「ん? あぁ、言ってなかったか? 猪肉だよ。ソイツのジーさんが獲ってきた奴だな」


 言ってねぇよ。聞いてねぇよ。しかし猪肉ね……匂いがキツイとか不味いとか聞いていたが、全くそんな事はないな。普通に旨い。


「なんだ、猪肉は食えないか?」

「いえ、普通に美味しいので……意外で」

「そうだろうそうだろう。ちゃんと料理すれば食えるのさ。この辺りで獲れた奴だし、獲った猟師の腕も良いしな」

「当たり前」


 ふーん……そんなものか。

 ん? いや、待てよ。この辺りで獲れた猪肉?


「この辺りに猪がいるんですか?」

「あぁ、町の西側の山に居るらしいぞ。俺ぁ詳しくは知らんが……」

「かなりの数がいる。毎年農作物が酷く食い荒らされるぐらいには」

「と、いうことは……そのお爺さんは町の西側の山に入って猪を獲れる程度には詳しい?」

「詳しい。あそこはお爺ちゃんにとって庭も同然」


 ほぉ? これは、予想外の収穫だ。まさか町の西側……あのスライムが出現した付近にある山に詳しい人物が居るとは。渡りに船とはこの事か。

 この三日の間に町の西側は散々調べ回ったが、実は山だけは調べてなかったのだ。神社の林と違って広いから調べるにも時間が掛かるし、後回しにしていたのだが……山に詳しい猟師が居れば一気に調べ易くなる。いや、その前に。


「そのお爺さんは何か言っていませんでしたか? こう、山で変なモノを見たとか」

「変なモノ……?」

「はい。緑色の不定形生物とか、ケモミミの女の子とか」

「なんじゃそりゃ」

「不定形生物、ケモミミ……?」


 そのお爺さんが猪を獲る際に山に入ったというなら、その山でスライムや例の狐に遭遇してはいまいかと思って聞いてみたが……店主には一笑され、少女も直ぐには返答してくれない。これは、アテが外れたか?


「ごめんなさい。そういう話はお爺ちゃんからは聞いてない」

「そう、ですか……」

「ただ」

「ただ?」

「……小鬼と会った、とは言ってた」

「小鬼」


 小鬼。それは地獄ならともかく、この現代日本ではあり得ない存在だ。居てはならない、居るはずのない存在。スライムや例の狐さんと同じ様に。

 どうやら、この店に入ったのは正解だったようだ。


「その小鬼について、詳しく教えてくれませんか?」

「ん。私も詳しくは聞いてないけど……体長はだいたい一メートルと少し、肌はゴツゴツとした緑色。力はかなり強くて、鹿の首をへし折ったのを見たってお爺ちゃんが言ってた」

「首を、へし折る」

「うん。そして性格はかなり狂暴で、悪辣。殺した鹿で遊んだり、人に率先して襲い掛かる習性があるみたい」

「襲い掛かる……ん? それでは、そのお爺さんは……?」

「襲われたって言ってた。咄嗟に銃で眉間を撃って殺せたみたいだけど……それが出来なかったら、殺されてたのは自分だろうって」

「……なるほど」


 これは、スライムと同じ様に新たなモンスターが現代日本に現れた……そういう事か? そのお爺さんの話を信じるならば、発見したのが猟師であるお爺さんでなかった場合死人が出るような……そんな狂暴なモンスターが、この現代日本に……?

 分からん。分からんが……知らんぷりはしづらい話だ。


「お爺ちゃんは猟友会の知り合いや警察に報告したけど信じて貰えなくて……今は狐に化かされたんだろうって言ってる」

「狐。……それで、それは何日前の事ですか?」

「確か、三日前かな」

「三日前。なるほど」


 その辺りは傷が塞がってきたから、積極的に狐さんを探し回っていたんだが……山には行かなかったからなぁ。行っていればその緑色の小鬼に会えたのか。チッ、惜しい事をした。

 だが、同時に良い事を聞いたともいえる。


「その小鬼は一匹だけだったんですか?」

「うん。一匹だけだったって」

「なるほど、なるほど」


 俺はそこで会話を一度打ち切り、冷めだした唐揚げを頬張ってご飯を掻き込む。そして思うのは複数いたスライムの事、そしてなぜかその場に居た狐さんの事だ。

 少女の話ではそのお爺さんは小鬼一匹としか遭遇しなかったみたいだが、スライムが複数居たのだから小鬼も複数居てもおかしくない。ならばその山にはまだ何匹かの小鬼が残っている可能性は高いはず。そして、そこにスライムのときの様に狐さんが居る可能性も……無くは無いだろう。


「ムグムグ……」


 何にせよ、行ってみる価値はある。退治する力があるのに人を襲う様なモンスターを放置するのもアレだし、何よりあの狐さんがいる可能性もあるのだ。行かない理由を探す方が難しい。

 それに、こうして普通ならあり得ない現象を追っていれば、あの推定邪神をブン殴れる日も手繰り寄せれそうだし。


「ムグムグ……ング。では猟師少女さん、頼みたい事が一つ」

「猟師少女……」

「名前、知らないので」


 これは猟師少女に頼んでお爺さんを紹介してもらい、山に入って調査する他ない。

 そう思って少女に声を掛ければ、実に不満そうに顔をしかめられる。確かに失礼極まりないと思うが、知らないものは知らないので仕方ないと思うのだ。だからジト目で睨むのは止めてくれ。何かに目覚めそうになる。


「はぁ……私の名前は――」


 やれやれ仕方ない、そう言いたげに少女が自己紹介を始めようとした……その瞬間。勢いよく店の扉が開けられる。客だ。なんと間の悪い。

 だがそれならそれでやり直せばいい話。そう出鼻を挫かれて口を閉じてしまった少女を見て思いつつ、何気なく入って来た客を見てみる。後悔した。


「うわぁ……」

「……随分な挨拶だな? 白い嬢ちゃん」


 なんと新たに店に入って来たのは俺が苦手とし、俺を重要参考人として追う……天敵、石山警部だったのだ。

 あぁもうなんというか。俺、逃げ出してもいいですかねぇ……?

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