平凡な僕と、人気者の幼馴染
僕にはそれはそれはモテる幼馴染がいる。
バレンタインには溢れるほどのチョコをもらい、ファンクラブまである三枝和希は、小学校3年の時からの付き合いだ。
小学生の時もかなりモテてはいたけれど、中学校に入ってからさらに加熱した。
確かに和希はかなりの美形だ。さらに運動がものすごくできる。
しかも気さくに話せるタイプとなれば、男女問わずにモテないわけがない。
僕にとってはちょっと困ったところのある幼馴染でしかないけれど、よく一緒にいる僕は羨ましがられたり妬まれたりした。
なんの取り柄もない僕と人気者の和希の取り合わせは確かに不自然なのかもしれない。
和希が僕とつるむのは、ウマが合うのと、僕の作るお菓子が目当てだ。
二つ挙げはしたけれど、恐らく後者の理由が大きい。
和希は僕の作るお菓子のファンだ。
練習で作ったお菓子をあげていたら懐いた、というのが僕の正直なところの感覚だ。
僕の方も練習のお菓子を美味しそうに食べてくれる人間を嫌いになれるわけもない。
ただ和希は付き合う女の子がかなりの頻度で変わる。
しかもちょっと無神経なところがある。
僕はそれが少しだけ好きではない。
それは本人にも言っているが、聞く気は無いようだ。
まあそれは仕方ないとは思う。
僕と和希は違う人間で、100%分かり合えるなんてあるわけがないんだから。
ただ、困ったことがある。
「なあ大成、今日部活ないから喫茶店行ってもいいか?」
「うーん…今日は開いてないんだよね」
「まじかよーつまんねえのー。つかいつもみたいに大成が入れてくれよ」
「今日は用事があるんだよ」
「なんだよ〜」
「ごめんて、ほらお菓子あげるから我慢して」
「大成えらい」
不貞腐れた和希はシフォンケーキでころりとご機嫌になった。
実は僕は今は嘘をついた。
お店は確かに休みだが、用事は特にない。
嘘をついた理由は簡単だ。
花岡さんと和希を合わせたくなかったからだ。
花岡さんがくるかもしれないのに、和希を招くわけがない。
さっきも言ったとおり和希はモテるし、彼女に不自由したことがない。
そして間違いなく花岡さんの外見は和希の好みだ。
だから僕は二人をまだ引き合わせたくは無かった。
花岡さんが和希を好きになったら嫌だから、という理由だけではない。
和希は悪いやつではないけれど、あまりにも彼女に対して誠意が無いのだ。
浮気をするわけではないけれど、興味を無くしたらすぐに別れてしまう。
そんな光景を何度となく目にすれば、僕が嘘をついた理由を分かってほしい。
その日、僕は一緒に帰ろうぜと言う和希をスルーしてさっさと喫茶店に向かった。
なのに、どういうわけだか今カウンターには和希と花岡さんがいる。
「大成、おっまえなんで嘘つくんだよ。しかもこんな綺麗な子と密会とか」
「……断ったのにどうして和希がここにいるの」
「お前の跡をつけたから」
殴りたい。
僕は好戦的な性格では無いけれど、今は和希の頭に拳を叩きつけたかった。
いつものように喫茶店で待機していた僕は、花岡さんの姿を見つけて店を開けた。
するとそこに「来ちゃった」と語尾にハートをつけた和希が現れたのだ。
そうして花岡さんを見た和希は、彼女の顔を見てピシリと固まった。
その後気を取り戻して、花岡さんの横に座って積極的に話をかける。
明らかに口説きに入っていた。
そんな花岡さんと言えばーー
見たこともない能面のような笑みを貼り付けていた。
そしてことごとく和希の質問を適当に流して、僕に話しかけてくる。
「美月ちゃんはさ、普段なにしてる?」
「名前で呼ぶのやめてください。住岡くん、この間言ってたココナッツの新作って何にする予定なのかな。私楽しみで…」
「ムースがいいなと思ってる。ココナッツムースとベリーソースを染み込ませたスポンジにホワイトチョコをかけて……あ、ムースだけならあるけど食べてみる?」
「いいの? 食べてみたい」
本日はじめての笑顔が出て、僕の心がホワッと暖かくなる。
「……大成、俺にも食わせろ」
「いいけど、その代わり二度と跡をつけないでね」
「ほーい」
なんて誠意の無い返事だろうか。
絶対に守る気が無いだろう。
冷蔵庫から取り出したムースをスプーンですくって盛り付けて二人の前に差し出した。
ついでに手近にあった棒で和希の頭を叩く。
「っでえ!なにすんだよ」
「花岡さん、これ試作中のベリーソース。ココナッツだけで味気なかったらかけて」
「無視すんな!」
「うん、ありがとう」
花岡さんは僕と和希のやりとりを驚いたように見てからふんにゃりと笑った。
あまりの可愛さに息をし忘れるが、どうやら和希も同じだったのか「ぐ、かわいい…」と呻いていた。
減るからお前は見るな、と言いかけて言葉を飲み込む。
どうにも昔から、和希に対して僕はちょっと乱暴になってしまうのだ。
和希がバカなのが悪いと思う。
花岡さんはココナッツムースがお気に召したようで、ご機嫌でペロリと食べてしまった。
ケーキの完成が楽しみ、と言いながらやっぱり和希の存在はスルーしている。
たぶん、いや、絶対にこれは大丈夫だろう。
和希が花岡さんに振り回されることはあっても、花岡さんが和希に振り回されることはない。
これなら必要以上に警戒しなくても大丈夫だろうと僕は安堵した。
でも邪魔なのは邪魔なので、これからも適当に躱して行こうと決意した。
帰り際、和希は花岡さんを送ると言い出したが、花岡さんは「けっこうです」と言いながらちらりと僕を見つめる。
なにかを言いたげな瞳に吸い込まれそうだった。
「僕が送るよ」
気がついたらそう言っていた。
「うん」
花岡さんは花が咲いたような笑顔で頷いた。
和希は一連のやりとりに不貞腐れて帰っていったが、翌日ガトーショコラをあげたらやっぱりご機嫌になった。
「でも美月ちゃんはこれからも口説く」
もう二度と店にあげてやらないと思った。