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恋をした僕と、笑顔の花岡さん

意外な事に、ほとんど間を置かずに女の子は喫茶店に現れた。

嬉しくてまた来てくれたんですねと言えば、はにかみながら「ケーキとクッキーが美味しかったから」と言ってくれる。

こんな嬉しいことはない。

この喫茶店のスイーツは、今ではほとんど僕が担当している。

母の手伝いから、作る事に目覚め、お店で出したらそれなりに好評で始めたものだ。

作るのが好きでやっている事だけど、こうして直に良い感想を貰えると素直に嬉しい。


それからも女の子はちょこちょこと店に顔を出した。

お店に入る時の女の子はいつも少しだけ空気が張り詰めていて、席に着くと安堵したように息をつく。

そんな姿を見ると、この場所が女の子にとってもっと安らげるようにしないとという謎の使命感が芽生えた。


女の子はお客様がいる時は一人で黙々と本を読んでいるけれど、一人の時は僕に話しかけてくれた。

最初は恐る恐るカウンターに座っていたが、今ではすっかり指定席のようになっている。

そして分かったのが女の子が「花岡美月」という名前で、同い年で、隣町の中学校に通っているという事だ。


花岡さんはお店に来るたびに色んな表情を見せてくれた。

それに、こんな僕を手放しで褒めてくれる。

僕は別に自分が嫌いなわけではないが、自分がどこまでも平凡な人間だという自覚がある。

そんな僕を、花岡さんは凄いと言う。

お世辞でないと分かるのは、僕が作ったケーキを食べる時の笑顔を見ているからだ。

本当に幸せそうに顔を綻ばせて、おいしい、住岡くんは天才などと言うものだから、僕はますますスイーツ作りに没頭した。

味見をするせいで、ちょっとだけ体重が増えたのは秘密だ。


僕がつい同い年の気安さで敬語が抜けてしまうと、花岡さんからと敬語が抜ける。

それがなんだか嬉しかった。

僕は花岡さんと話すのが楽しくて、お店を開けない日も決まった時間に喫茶店に行くようになった。

花岡さんの来る曜日はバラバラだけど、時間はだいたい決まっている。

こなかったとしても、お店のキッチンで料理の練習をしたり勉強をしたりするから無駄もない。

店が休みの日に花岡さんの姿が見えると、慌ててcloseの札をopenに変えたりした。


僕は、花岡さんの笑顔が見たかった。


だって花岡さんの笑顔には不思議な力がある。

例えばちょっとくたびれていたとしても、彼女の笑顔を見るだけで元気になれるのだ。

そのうち、ただ待つのではなく会いに行けるようになれたらいいのにと思うようになった。


もう隠しようもなく、僕は花岡さんが好きになっていた。


花岡さんは違う中学校だし、お店以外での事はよく分からない。

好きな人がいるのかも分からない。

ただ好きだと自覚すると、どんどん欲が出て花岡さんの事を知りたくなっていった。


そんな時、花岡さんが進学先の話を振ってくれだ。

なんと驚く事に、同じ高校を目指していることが分かった。

僕はどうしたってこの店が大切で、進路はこの店ベースに考えていた。

花岡さんは話を聞いているととても成績が良くて県内一の進学校に進めるレベルだと知っていたから、同じ学校は無理だろうと思っていた。

それなのにこんな嬉しい偶然があるんだ、とドキドキした。


しかも合格したら、一緒に帰ってこの店でのんびり過ごしたいと言ってくれた。

そんなの、まるで恋人同士みたいだ。

沸き立つような喜びと同時に、僕は心にブレーキをかける。


花岡さんはきっとこの店や僕を逃げ場所にしているのだろう。

恋愛感情は無いにしても、信頼してくれているのは伝わってくる。

それなのに僕の一方的な感情で、この関係を崩すわけにはいかない。

僕は、花岡さんを大事にしたかった。

きっといつか堪えられなくなって、君が好きだと言ってしまうだろう。

でもそれはまだ今じゃない。

僕自身、生まれてはじめての感情を大事にしたかったのだ。


その日は暗くなってしまったのを理由に花岡さんを家に送った。

毎回送ると言って変に思われるのは嫌なので、暗い時限定だ。

帰り道は花岡さんが父の小説のファンだという事が分かってはしゃぐ姿が可愛かったり、お祈り石に受験合格祈願したりですごく楽しかった。


花岡さんと、高校に合格しますように。

いつまでもあの笑顔を見れますように。


僕は贅沢にも、二つの願いを石に込めたのだった。

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