平凡な僕と、可愛らしい女の子
両親が趣味で作った喫茶店は、平日の15時を過ぎると人があまり来なくなる。
いつ開いているか分からない気まぐれな店だ。
午前中からランチタイムまでは開いている確率が高いため、お客さんがその時間帯にどうしても集中してしまう。
その日は従業員の人も休みで、母も「今日はもういいわ」と自宅に戻っていた日だった。
しばらく様子を見て、僕も今日は帰ろうかなあなんて考えていると、カランカランとベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
現れたのは、僕と同い年くらいの女の子だった。
この場所に若い子がくるのは珍しい。しかも女の子はちょっと見ないくらい綺麗な子だった。
少し驚きながら、いつものように店内を案内して注文の品を運ぶ。
手伝いをするうちに身に付いた習性だ。
ケーキと飲み物を運んだ後は、見えないけど声の届く位置に引っ込んだ。
一対一だ。見えてしまうと気まずいだろう。
小さくつけていたラジオに耳をすませながら、新作のお菓子の事を考えていると微かに「おいしい」と呟いた女の子の声が聞こえて、心が温かくなった。
しばらくして、女の子はレジまでやってきた。
お会計の時、女の子の目が赤い事に気が付く。
理由は分からないけれど、泣きたいことがあったのかもしれない。
見えないところにいて、本当に良かった。
知らない人に見られるのは、彼女も嫌だろうから。
「ありがとうございました」
お釣りを渡しながら僕はレジに置かれたクッキーの存在を思い出す。
「これ、どうぞ」
「え?」
女の子は大きな目でぱちくりと瞬いた。
「今日はもうお店閉めちゃうので、よければ」
「え、でもいいんですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます…」
女の子は嬉しそうにはにかんで、いそいそとクッキーの袋を鞄にしまった。
すると何かを思い出したのか、女の子は唐突に固まって意を決したように顔を上げる。
どうやら彼女は道に迷っていたらしい。
この店を見つけたのも偶然だったのだと恥ずかしそうに言う姿はとても可愛らしかった。
微笑ましく思いながら、ちょうど店を閉める予定だった僕は女の子を送る事にした。
案内をしながら、女の子が迷わないように昔父が聞かせてくれた目印を教えてあげた。
女の子が一つ一つに目を輝かせて笑ってくれるものだから、僕も嬉しくなってついつい話を膨らませてしまう。
何気ない日常の中にある、ちょっとワクワクする不思議なものが僕は好きだった。
二人で歩く道中は、ワクワクのかけらを共有するかのような、不思議な空気に満ちていた。
夕暮れが彼女の白い肌をオレンジ色に照らしている。
大きな黒い瞳は光を浴びて、キラキラと輝くようだった。
「あの、ここまでくれば大丈夫です。ありがとうございました!」
「良かった。気をつけてくださいね。もし良ければまたお越しください」
「はい!」
来店した時とは見違えるような眩しい顔で女の子は笑った。
もっと話をしていたかったな、そんな風に思いながらも僕は踵を返す。
あれだけ綺麗な子だ。
善かれ悪しかれ、あの容姿に興味を持って多くの人が集まるだろう。
僕の何気ない振る舞いが、女の子を怖がらせてしまうかもしれない。
僕は本当に平凡な人間だけれど、両親はちょっと特殊だ。
有名な小説家に、料理研究家。
利点を求めて近付いてくる人間は少なくはない。
困るなと思う事も何度も経験した。
だからこそ、女の子に同じような思いをさせたくなかった。
それでももっと女の子と話してみたかったから、いつかまた来店してくれるといいなと思いながら家路についた。