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恋をした私と、優しい住岡くん

それからというもの、嫌な事があると私はあの喫茶店に行くようになっていた。

また来てくれたんですねと笑った男の子に「ケーキとクッキーが美味しかったから」と告げると本当に嬉しそうにほほ笑んだ。

私はその笑顔をずっと見ていたいと思った。


他にお客さんがいる時はほとんど話せないけれど、誰もいない時には話をする事ができた。

そして分かったのは男の子が「住岡大成」という名前で、私と同い年だったこと。

14歳なのにお店の手伝いをしててすごいな、と思っていたら、なんとあのおいしいスイーツは住岡くんが作っていたということ。


私はびっくりして会う度に住岡くんを褒めた。

そうすると住岡くんはいつも顔を赤くして嬉しそうにはにかむ。

その顔がやっぱり好きだなと思った。


何度も顔を合わせていると同い年の気安さからか住岡くんからちょっとずつ敬語が抜けていった。

親しくなっていくようで、すごく嬉しい。

「花岡さん、はいこれ」

持って帰って、初めはそう言ってたし、私も遠慮していたけれど最近では当たり前のようにクッキーを渡してくれる。

私は断ることなく「ありがとう」と住岡くんが差し出したクッキーを受け取った。

「おいしいって言ってくれるのが、すごく嬉しいからそのお礼」だなんて言ってくれるので、私もついつい甘えてしまうのだ。


だって、住岡くんのクッキーには不思議な力がある。

辛い事があった時に食べると、気持ちがふんわり軽くなるのだ。

私はお守り代わりにクッキーを持ち歩いて、クッキーが無くなるとまたあの喫茶店へ行った。

そのうち私は帰り道の願い事が叶うという大きな石に、願い事をするようになった。


“彼ともっともっと一緒にいられますように”


もう隠しようもなく、私は住岡くんが好きになっていた。


住岡くんは違う中学校だし、お店以外の事はよく分からない。

好きな人がいるのかも分からない。

好きだと自覚すると、どんどん欲が出て住岡くんの事を知りたくなっていった。


「住岡くんはどこの高校受けるの?」

喫茶店を見つけてから一年経った頃、受験シーズンを迎える私はさりげなく話題を持ち出した。

「僕は家から一番近いところがいいから、北高かなあ」

「そ、そうなんだ! 偶然だね、私も同じところ、受けるんだ!」

ちょっと食い気味に前のめりに言ってしまった。

わざとらしくなかったろうか。

もちろん私は進学する高校を決めかねていた。

先生や親からは有名な進学校を進められていたけれど少し遠いので、一番この喫茶店に近い北高がいいと思っていたのだ。

北高もそこそこの進学校だし、決定打があれば立ち向かえると思っていた。


決定打、そう、住岡くんの進学先情報だ。

確信は無かったけれど、この喫茶店を大事にしている住岡くんは近場の高校を選ぶ気がしていた。

我ながら不純な動機だなあと思いながらも、住岡くんと同じ学校に通えるという誘惑には抗えなかった。


「ほんとう? 嬉しいな。同じ学校に通うために頑張らないと」

「ね、そしたら一緒に帰ってメニューを住岡くんに聞きながら何を頼むか考えるの。……そう考えたら勉強頑張れる気がしてきた」

「いいね。僕もお菓子ばっかり作ってないで、頑張らないと」

ふふ、と私たちは笑いあった。


「あ、もうかなり暗くなってるね。今日は送るよ」

住岡くんが窓の外を見てから私に言った。

冬先で、日が落ちるのが最近早い。

気を付けているつもりだったが、外は大分暗くなっていた。

住岡くんは、こういうところがすごい。

気遣いのプロというか、さりげなく当たり前のように誰かのために動くことができる。

明るい時はめったに言わないけれど、日が落ちると必ず店を閉めるか従業員の人に任せるかして私を送ってくれる。

「うんありがとう。お言葉に甘えるね」

私は少しでも一緒にいられるので、遠慮などせずありがたくお願いをした。

家にも大丈夫だと連絡したし、問題はないだろう。


「あ、これ今日のクッキー。ココナッツなんだけど、けっこう自信作」

「わあ! 私ココナッツのお菓子ってすっごく好きなんだ! ありがとう」

「そっか。じゃあ今度スイーツセットでココナッツに挑戦しようかな」

「ほんと!? 絶対に行くから教えてね!」

「もちろん」

クッキーをそっと鞄に入れながら、住岡くんと一緒に店を出る。


暗がりの道を歩きながら私たちは高校に行けたら、という話で盛り上がった。

「花岡さんは部活とか入るの?」

「うーん…今のところ考えてないんだ。本を読むのが好きだけど、一人でもできるし。気軽にはなやに行けなくなるのが嫌」

「それはどうもありがとうございます」

「どういたしまして? 住岡くんは、部活とかしたいの?」

「基本は手伝いがあるから考えてないけど、料理関係の部活があったら見てみたいな」

「え、お菓子以外にも作るんだ?」

「作る作る。母さんが料理研究家なんだけど、手伝ってたら色々覚えちゃって」

「え、お母さん、料理研究家なの!? てっきり喫茶店が仕事だと思ってた」

「あれは趣味だから。だって、週に3~4日閉めてるなんてざらだからね。まあ店を作ったの自体は父さんなんだけどさ。父さんは建てただけで、通うのが専門だから」

「へ、へー…すごいねえ…」

一年通ってたのにまったく知らなかった。

さらに驚いた事に、住岡くんのお父さんは私も大好きな小説家さんだった。

これにはもう仰天してしまって、興奮して思わず跳ねてしまった。思い出すと恥ずかしい。

確かに巻末で、自由な喫茶店が欲しかったから、自由な喫茶店を作った、みたいな事を読んだことがあった。

「うわああ、ファンですって伝えておいてね」

「父さんすごく喜ぶと思うよ。しかも可愛い女の子から言われたら一週間は機嫌良くなるね」

「かわ…そ、そう…」

「うん」


住岡くんは、割とさらっと可愛いとか言ってしまえる。

普通はもっと照れたりするものなんじゃ?と思うが、指摘したところで不思議そうに首を傾げそうだ。


「あ、願いの叶う石」

お祈りが習慣化しているせいで、つい石を見ると立ち止まってしまう。

住岡くんはそんな私を楽しそうに見つめた。

「せっかくだし、二人で高校に合格しますようにって願っておこうか」

「うん」


石の前で私たちは手を合わせた。


“住岡くんと二人で高校に合格しますように”


そう願って、


“そしてずーっと住岡くんと一緒にいられますように”


やっぱり習慣なので祈ってしまった。

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