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夕暮れの喫茶店と、幸福な僕

「今日は僕も一緒に食べるから向こうの席にしようか」

「うん!」

庭が良く見える窓際に美月を促すと、彼女は迷うことなく初めてここに来た時に座った席に向かっていった。

いつもはカウンターが特等席だけど、向かい合って話したい時なんかは大体あの場所になる。


「スコーン焼くのに少しかかるから待ってて」

「わかった」

レモン入りのお冷やを美月に出して、僕はプチアフタヌーンティーセットの準備に取り掛かった。

とは言っても、朝のうちにあらかた準備を終えているから楽なものだ。

スコーンが焼けるのを待つ間にサンドイッチを完成させて、小さめのケーキスタンドにケーキと一緒に盛り付ける。それに加えて軽くつまめるクッキーと、しょっぱいものが欲しくなった時用のじゃがいもチップスを別の器に用意した。


「あ、そうだ」

僕はカウンターから頭を出して美月に声をかけた。

「美月、飲み物の希望ある?」

「うーん…今日はちょっと疲れたからカモミールがいいかも」

「了解」

気持ちは分かる、と、僕は棚からカモミールの茶葉を取り出した。

美月は紅茶も好きだけどハーブディーも好きだ。それを知ってからはハーブも数種類常備するようになった。

贔屓と言われればその通りだ。だって可愛い彼女の笑顔を見るためなんだから仕方ない。


そうこうしているとバターと小麦の香りが店中に広がって、あっという間にスコーンが焼き上がった。

(いい匂いだな)

「いい匂い〜」

合わせたようなタイミングで美月の声が聞こえてきて、思わず僕は吹き出した。どうやらまた被ってしまったようだ。

笑いを堪えながら出来上がったセットをワゴンに乗せて、僕は美月の座るテーブル席に向かった。


「わあああああ!可愛い!美味しそう!」

運ばれてきたプチアフタヌーンティーセットを見て美月が目を輝かせた。

内容は朝に両親に出したものとほとんど変わらない。

1段目には卵と照り焼きチキンのサンドイッチ、二段目にはスコーンとたっぷりのクロテッドクリームとリンゴのジャム、三段目には小さめのチョコレートケーキと桃のタルト。そしておまけのように小皿に乗せたクッキーとじゃがいもチップスを添えれば、プチとは言っても結構なボリュームになる。

テーブルにケーキスタンドと小皿をセットしてカップにカモミールティーを注いだら完成だ。


「はい、どうぞ」

「ありがとう!」

ゆるゆるに頬を緩めた美月は写真を何枚か撮ってから「いただきます!」と嬉しそうにたまごサンドを頬張った。

「んー! 大成のたまごサンド、本当に好き! 甘みがちょうど良いし柔らかくて飲めちゃいそう」

ちょっとおかしな感想を言う美月にありがとうと言いつつ、僕もテリヤキチキンサンドを食べる。ミニサイズだから小腹を満たすのにはちょうどいい。


「いろんなところのスコーン食べたけど、大成のスコーンが1番好きだなあ。このりんごのジャムも手作りだよね?瑞々しくて甘さがちょうど良くてクロテッドクリームと合わせると美味しすぎるよ」

美月は何かを口にする度に、こんな風に僕の作ったものに嬉しい感想をくれる。

そんな彼女を見るだけで、くだらない事を言う同級生のことなんかどうでもよくなってしまう。

だって彼女の言葉一つで、僕の心は綺麗なもので満たされていくんだから。


「あのね、美月。今日呼んだのは僕の進路のことで話があったからなんだ」

「進路?」

僕が改めて今日の本題に入ると、美月はきょとんと目を瞬かせた。

「うん。まだちゃんと決めたわけじゃないんだけど、美月には今のうちに話しておきたいなと思って」

「………」

「美月?」

返事もせず目をまんまるにした美月に僕は首を傾げた。


「あのね、私もちょうど進路の話がしたいなあって思ってたの。だからびっくりしちゃった」

「えっ!」

「また被っちゃった、ね?」

そう言って美月が悪戯っぽく笑うものだから、僕はなんだかおかしくなってきた。

「それを言うなら、さっきも被ってたよ。いい匂いだなって思ってたら同じタイミングで美月もおんなじこと言ってたから」

「えっ!うそ!」

「ほんと。なんだろうね、一緒にいすぎるとそうなるのかな。なんかそれって…」


それってちょっと、ほんのちょっと、ふ、夫婦みたいじゃないかな、なんて思考が脳裏をよぎってしまい、言いかけて僕は口を噤んだ。


「……そうだったら嬉しいな」

言葉にしなかった僕の思考を拾ったのか、美月が幸せそうに目を細めてはにかむ。

夕暮れの光を浴びて微笑む彼女があまりに美しくて、湧き上がる衝動に僕の胸が震えた。


ねえ美月。

こんな風に2人で分かち合うたびに幸せで泣きそうになるんだって言ったら、君はなんて言うかな。

大袈裟だって笑うだろうか。

それとも、いつもみたいに嬉しそうに「私も」って言ってくれるだろうか。


「うん、そうだね。そうだったら僕もすごく嬉しい」


どちらにしても、きっと僕はやわらかく広がるこの幸福に感謝を捧げるんだろう。

有難いことに本日のMBSラジオ「寺島惇太と三澤紗千香の小説家になろうnavi」にて本作を朗読して頂いてます。

寺島惇太さんの大成と伊瀬茉莉也さんの美月がとても素敵でした。2人がそこに生きて存在していたので機会があればぜひ…

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