早朝の僕と、楽しそうな両親
ここ数ヶ月、僕の朝は前よりも早い。
お店に出すスイーツや趣味で何かを作るため、というのもあるのだが、最近になってランニングを始めたからだ。
ダイエットの目的もあるけれど、1番は体力作りが目的だった。今はある程度自分のペースでできているけれど、はなや以外で働いた時についていけないのは嫌だから、今のうちから持久力をつけておきたいのだ。
それでもまずははなやに行ってアフタヌーンティーセットの準備をする。
本当は家で作ってもいいけど、設備が揃っているはなやで作る方が美味しくできる。
喫茶はなやは自宅から歩いて10分ちょっとの位置にあるからそんなに時間はかからない。父曰く、遠過ぎず近過ぎない場所にあるのがこだわりらしい。単に帰りる時に長くなるのが嫌なだけな気もするけれど。
昨晩仕込んだ材料やタネを取り出して、両親の朝用アフタヌーンティーセットと放課後用プチアフタヌーンティーセットの準備を始める。
スコーンは出来立てが美味しいから、放課後用は後回しだ。
パンを焼き終えてスイーツの準備もあらかた終えると、覚ましてる間にランニングに向かった。
僕の住む住宅街には、少し行くと大きな公園がある。ここがランニングにはちょうどいい。僕以外にもランニングをしている人はそれなりにいて、すれ違う時に軽い挨拶を交わす。
枝分かれする並木道には緑の葉が生い茂り、揺れる葉が綺麗な木漏れ日を作っていた。季節毎に咲く花も綺麗で、見ているだけで楽しくなる。
それにこの時期は公園内の池に蓮の花が咲く。一面の緑の葉の中に咲く蓮を走りながら横目に鑑賞していると贅沢な気持ちになった。
そしてそんな時は大抵、美月のことを思い出す。
きっとこの景色を見るだけで彼女は目を輝かせるだろう。もちろんこの公園には何度も一緒に来ているけど、彼女との散歩に飽きることはない。
美月に聞いて、見たいと言ったらはなやから送る時に少しだけ寄り道をしてもいいかもしれない。
しばらく走って満足した僕ははなやに戻った。一軒家を改装したはなやにはシャワーが付いているから、先に入って汗を流してしまう。一旦自宅に戻らなくていいのはラクだ。
恵まれた環境に感謝しつつ、サンドイッチを完成させてスコーンを焼き終えたら、籠に作ったものを詰めていく。
自宅に戻ってセッティングすると、いい感じのアフタヌーンティーセットができた。とは言っても今は朝だから、モーニングティーセットといったところだろうか。
一段目にはトマトとレタスにチーズを削ったサラダと卵と照り焼きチキンのサンドイッチ。
二段目にはスコーンとクロテッドクリームとリンゴのジャム。
三段目には小さめのチョコレートケーキと桃のタルト。
仕上げに父にはコーヒーを、母には紅茶を準備して僕はようやく一息ついた。
グゥとお腹がなったので、サラダを食べてサンドイッチを牛乳で流し込む。朝から動き回っていたからお腹が空いたのだ。
「うん。おいしい」
たまごサンドの卵サラダの味も、照り焼きチキンのタレもいい具合だ。
「でももっとうまくなりたいな」
「その歳でこれだけできれば充分じゃないか?」
「あら、向上心があるのはいいことじゃない?」
僕の呟きを拾ったのは、匂いに誘われて起きてきた両親だ。
父は満足そうにコーヒーの匂いを嗅いで、母も「朝からこんなセットを楽しめるなんて最高」とご機嫌である。
「今日ははなやで美月とプチアフタヌーンティーするんだ」
「やだ素敵。できたら写真撮って見せてね」
「分かった」
「美月ちゃんに今度またうちに遊びにおいでって言っとくんだぞ」
「えー…別にいいけど、そのうちね」
両親と美月は何度か会ったことがあるし、僕たちが付き合っていることは知っている。
彼女は可愛いしとても性格がいいから、両親共に彼女が大好きだ。
特に父は自分のファンだと知って浮かれてるから、こうして遊びに連れてこいと事あるごとに要求してくる。美月が喜ぶから別にいいけど、邪魔なことに変わりはないから面倒くささもある。
僕は僕で美月のご両親には何度か会っていて、思い込みでなければ嫌われてはいないと思う。
好かれていると自信を持っては言えないけど、「大成くんに会ってから美月が楽しそうで嬉しい」と涙目で言われたからきっとたぶん大丈夫。たぶん。
因みに美月のご両親は、やはり美月のご両親なだけあってとんでもない美男美女だった。3人でいると発光してるのかな?という気持ちになる。ほんとうに凄かった。
「今日は美月に僕の進路の話しとこうと思って」
「ああ、どっちにするかもう決めたの?」
「まだだけど、迷ってるのも含めて言っとこうかなって」
「そう。いいんじゃない?それにしてもついこの間高校受験の話をしてたっていうのに、もう進路の話なのね。時間が経つのが早すぎるわ」
「そうかな?」
「そうでしょ。一年なんて三ヶ月くらいの感覚で過ぎるんだから!」
僕の言葉を聞いた母が頭を抱え、父がそっと母の背を撫でる。
「由香里ちゃん、若人の時間感覚と俺たち中年の時間感覚には大きな隔たりがあるからね…」
「やめて。朝からそんな話聞きたくない。もういい。このセットで元気を出す!」
頭を上げた母がサンドイッチを食べながら「おいしい!息子が天才すぎる!」と叫ぶと、それに乗った父が「わかる!このスコーンとコーヒーを全人類に食べさせてやりたい!」と騒ぎ出す。
恥ずかしいからやめてよと思いつつ、美味しそうに食べる姿に嬉しくなる。
自分も大人になった時、こんな風に前向きに、おいしいものをおいしいと楽しめたらいいなと両親を見て思ってしまった。
こんなこと、恥ずかしいから絶対に言わないけれど。