不愉快な私と、素敵すぎる彼
「ねえ、花岡さん。最近住岡くんモテてるみたいだけど大丈夫?」
「あ、俺も見た。女子と楽しそうに話してたな」
「はあ」
唐突に、普段仲良くしてるわけでもないクラスメイトに話しかけられて私は生返事をしてしまう。
確か伊藤さんと鹿島くんだっただろうか。私の反応が薄いと感じたのか、2人は若干距離を詰めてくる。椅子に座っていたけれど、私は思わずその分引いてしまった。
「嘘だと思ってる? ほんとだって。住岡くんて優しそうだし好きになる子が出るのもわかるけど、優柔不断なところがあるのかも」
「そうそう。花岡さん、気をつけた方がいいぜ」
「…気にしてくれてありがとう。でも2人の問題は2人で解決するから大丈夫」
にっこり笑って言外に放っておいてほしいと告げると、2人は肩透かしを食らったように「何かあったらいつでも相談して」と去っていった。
誰が相談なんてするというのか。
直接的な言葉は使わないけれど、こういう「善意に見せかけた何か」を私はうんざりするほど知っている。彼らは決まって「大丈夫なのか」という言葉を使って心配のていを取るが、それが形の成さないもの、むしろ悪意にすら近いものだと私は思っていた。
心配という言葉を免罪符に、人はいくらでも人を貶めることができる。
自覚のある悪意も自覚のない悪意も、私には等しく迷惑でしかない。
(彼が優柔不断なんてあるわけないのに)
考えたくもないけれど、もし彼が私以外の人を好きになったら隠さずそれを告げるだろう。本当に考えたくもないけれど。
芯の通った彼を私は好きなのだ。よく知りもしない他人が優柔不断なんて失礼極まりない。
(でもそれはそれとして女子が彼に話しかけてるっていうのはちょっといやかも)
これはわがままでしかないけれど、やはり嫌なものは嫌なのだ。
だからその日の帰り道、私は彼にぽつりと呟いた。
「最近、私の彼がモテてると聞いたのですが」
今日は喫茶店には行かないので、少し遠回りをしながら彼に送ってもらっている途中である。
「そうだね。僕の彼女がモテるから、僕に興味があるみたい」
そんな風に言う彼は自嘲もなく自然体で、私はホッとしてしまう。
「そっか……。じゃあ、いいや。大成の魅力を知りもしないで話をかけてくる人に、私が負けるわけありません」
「美月に勝てる人なんかいないよ。美月は僕を喜ばせる天才だから」
ふわりと嬉しそうに笑う彼に、私はぼうっと見惚れた。
彼はとても不思議だ。
くだらない不安も、小さな不快感も笑顔ひとつで取り除いてしまう。
誰にも負けない優しさと強さを持っているのに、それをひけらかしもしない。
いつだって彼のくれる言葉は掛け値無しの本音だと分かって、嬉しいのに胸が苦しくなってしまう。
「う、でも私はもっと大成にふさわしい大人の女性になりたいの。だから油断できない」
言いながら恥ずかしくなって思わず俯く。それでも彼の反応が気になってちらりと視線を上げると、彼の頬が真っ赤に染まっていた。
「もう美月……あんまり可愛いこと言わないで。美月が可愛すぎるとどうしようもないなくなる……」
「は、え!? ななななにをいいい言って……大成の方がよっぽど!!」
突然の言葉に私は取り乱して叫んでしまう。きっと私の顔も真っ赤になってるに違いない。
どうしてただでさえ素敵なのに、こうして欲しい言葉をくれるんだらう。
だいぶ落ち着きはしたけれど、私の中にはいつだって新鮮な彼への恋心が爆発しているのだ。
顔も体も心も熱くてどうしようもなくなる。
今すぐベッドに飛び込んで枕に顔を埋めて暴れたい。
付き合って2年以上が経つと言うのに、私たちの情緒は未だ未発達であの時と変わらないままだ。
自らの衝動を持て余しながら、私ももう少し余裕のある大人にならなければ、そんな風に誓うのだった。