人気者の俺と、腐れ縁の幼馴染
俺には料理がやたら美味い幼馴染がいる。
父親が小説家で母親が料理研究家という少し変わった家庭環境だが、料理以外で言えば特段変わったところも無い男だ。
ただ付き合いやすいのと、そいつが作る料理目当てで高校に入った今も付き合いがある。
小中学校時代は俺の友達という事以外ではほとんど目立つことの無かった幼馴染――住岡大成は、高校ではかなり有名になっているようだ。
それというのも、大成が学校一の美少女と付き合っているからだ。
学校の奴らは大成とその彼女――花岡美月の組み合わせが不釣り合いだと騒いでいるが、全くもって大きなお世話だなと思う。
小中学校の時は『和希ってなんで住岡くんと一緒にいるの? 退屈じゃない?』だの『住岡がいてもつまんねーし、連れてくんなよ和希。つーかなんでいつもつるんでんだよ』だの俺も散々周囲から言われてうんざりしていた。
なんで他人の人づきあいに口を出すのか理解できない。
ただ、自分のせいで大成が嫌な思いをしているのも目覚めが悪いので何度か聞いてみたことはある。
するとあいつは必ず
『別に気にならないよ。それに嫌だったら和希が気が付かないうちに離れる自信あるしね。でも和希はいい試食係だから手放すには勿体ないんだよな』
とのたまった。
イラっとしないでもないが、俺も似たような感覚だったので「あっそ」とだけ告げて少し安心する。
大成は、俺にとって休憩所みたいなものだ。
はっきり言って俺はかなりモテる。
何しろ顔が良い。もちろん自称ではない。
周囲からの評価と、自分の評価両方を鑑みて出した結論だ。
成績はまあ…普通だけど、運動神経は抜群でサッカー部エースだ。
顔が良くて運動ができるとあって、モテないわけはない。当たり前だ。
生まれてこの方何回告白されたか分からないし、女子と付き合った人数も途中から数えていない。
自分でも人好きのする性格だと知っているので、女子だけじゃなく男の友達も多いと思う。
部活の仲間ともうまくやれているし、一言でいえば順風満帆というやつだ。
もちろん弊害もあった。
人と多く付き合えば付き合うほど、人間関係の面倒くささというものが出てくる。
自分が一番俺と仲がいいだの、誰それが彼氏彼女を奪っただの、友達に裏切られただの学生は忙しい。
特に俺の交友関係はなんというか自業自得で奔放だし自由だしたまにドロドロしていたので疲れる事もあった。
そんな時はいつも大成のいる喫茶店に逃げ込んだ。
大成は早くから喫茶店の手伝いで大人に触れているからか、落ち着いている方だと思う。
激しい感情を誰かにぶつける、というのを見たことが無い。
本人もそれは自覚しているようで、周囲が俺との関係性に首を傾げても『人は自分が思いたいように思う生き物だから仕方ない』と軽く笑うような人間だった。
俺が自業自得で落ちている時も遠慮なく「口出しする気は無いけど、慰める気もないからね」と言ってくる。
こんな相手だからこそ、俺も気がねすることなく遊ぶことが出来た。
まあ幼馴染との距離感なんて、そんなものなのかもしれないが。
しかし中学二年のある時期から、大成はあまり俺を喫茶店に寄り付かせなくなった。
俺が文句を言えば、代わりのように俺に自作の菓子を渡して誤魔化す。
これは何かあると踏んでこっそり後をつけると、喫茶店に見たことも無い美少女が現れた。
大成は嬉しそうに美少女を出迎えて店に向かい入れる。
俺の心の中に住む女好きの虫が体を勝手に動かして、気付けばカウンターで美少女と並んで座っていた。
大成がなんでこいつがいるんだ、という目で俺を見ていたが気にしない。
それにしてもこの美少女、驚くことに俺を一度も見ない。
代わりに大成を熱心に見つめて、俺を丸無視していた。
女子にこんなに冷たくあしらわれた事なんか人生で一度も無い。
俺は懸命に彼女を振り向かせようと頑張ったが、全て空振りに終わった。
あげく大成とのイチャイチャを見せつけられてこんにゃろうと店を後にした。
翌日ガトーショコラで簡単に買収されたものの、それでもいつか美月ちゃんをもう一度口説く、という目標は忘れなかった。
それなのに、間もなくして二人は付き合い始めてしまう。
完全に油断していた。
その時期の大成は何故か手料理を大量に作り、俺にこれでもかと与え続けていた。
毎日訪れる至福の時間に、俺の胃袋と心が満たされてそれどころではなくなっていたのだ。
どうやら彼女の事を考えるといてもたってもいられなくなった結果らしかったのだが、気付いた時には二人は恋人になっていた。
もう一度口説けなかった事は悔しかったが、二人が付き合っている、という事実は自然な事に思えた。
大成は地味だし目立たないけど、卑屈さもなくいつでもフラットで付き合いやすい。
人の事を良く見て動くし、誰かを助ける時もすごく自然だ。
なにより、大成の人づきあいの判断基準は平等だ。
あいつが誰かといる時に大事にするのは容姿や立場ではなく、自分が一緒にいたいかどうかである。
俺は自分の容姿を楽しんで利用していたが、彼女はあまり楽しそうではなかった。
そこに容姿関係なく接してくれて、しかも優しくがっつくこともない大成と出会えば、惹かれるのも頷ける。
なによりあの喫茶店の居心地の良さは他にはない。
失いたくないと思うのは当然だろう。
俺は容姿目当てで自分に近付く人間を嫌だとは思っていないが、それだけ見て勝手に期待されて勝手に失望されるのは面倒な事でもあった。
だから気兼ねしないですむあの地味な幼馴染の隣は存外居心地がいい。
そんなわけで、この二人が付き合っている事にはなんの不自然さも無いし、じじばばのようなお付き合いをしているのも、なんというかお似合いだ。
休日出かけるのに植物園とか趣のある町とかお前らなんなんだとは思うけど、二人はとても楽しそうである。
あんな美少女と付き合っているのに、のんびり構えて今日も菓子作りに励む幼馴染は平凡だけど少し変わっている。
それでも地道に穏やかに歩いている二人を見て、少しだけ羨ましいと思っているのは、俺だけの秘密だ。