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平凡な僕の偽りのモテ期と、可愛すぎる彼女

相変わらず男子生徒には絡まれるものの、基本は平和。

しかも可愛い彼女との仲はとても良好だ。

そんな中、平凡な僕に訪れるはずのないあるものが来ていた。


そう、モテ期だ。

僕は最近、学校では目立つタイプの女子生徒から妙なアプローチを受けていた。


「住岡くんて、お菓子上手なんだよね。今度私のために作ってほしいんだけど」


こうして笑みを浮かべながら僕の側に寄ってくる子が定期的に現れる。


もちろんこれが本物のモテ期だなんて思うほど、僕は思い上がってはいない。

恐らく彼女たちは「学校で一番可愛い花岡美月の恋人」を奪いたいのだろう。そうでなくても、波風が立てばいいと思っているのかもしれない。

美月がお菓子で持って断る中、僕たち二人は周囲に仲が良いところを積極的に見せていた。

そのお陰で、最近ようやく彼女が本気で僕を好きだと周囲に伝わり始めたのだ。


それからだ。僕に声をかける女子生徒が増えたのは。

だけど僕に近付く女子生徒が、僕を見ていない事はよく分かった。

僕自身に価値が無かったとしても、「花岡美月が好きな人間」には価値があって、その人間を奪えたら自分の方が魅力的、と考える人もいるらしい。

しかも彼女はたいそうモテるので、意図せず敵を作っている。

たとえ彼女に非がなかろうと関係ない。

女子生徒たちが好きな男子の大半が彼女を好きなのだ。それだけで攻撃するには十分なのだろう。


だからこうして休み時間に僕の友人をすり抜けてやってくる女子生徒を見ても、特になにかを思うことは無かった。

「ねえ、聞いてる? 今度作ってきてよ。プロ並みなんでしょ、食べてみたいの」

ソッと女子生徒の手が僕の肩に触れそうになって、不自然にならない程度に手を躱す。

「ごめんね、学校では彼女のため以外には作る気は無いんだ。バイトもあるし」

僕の言葉に女子生徒ーー隣のクラスの伊野尾さんはムッと眉を寄せた。

「お断り用のお菓子はたくさん焼いてるじゃない」

「彼女に悪い虫がついたら嫌だからね」

そう返すと伊野尾さんは器用に眉を上げた。

「…ていうか嫌じゃないの? お菓子目当てに付き合ってるとか言われて。私ならそんな彼女嫌だし、彼女だったら絶対言わない。そもそもちゃんと断ってないから何度も告白されるんじゃないの」

不思議な事に、僕が何の反応もしないと大抵はこうして攻撃的になってくる。

マニュアルでもあるのかなと意味の無いことを考えて苦笑してしまった。


「嫌じゃないよ。それに彼女がちゃんと断ってるの、知ってるから」

「……男って結局女を顔で判断するよね。誰彼構わず愛想振りまく女のどこがいいんだか」

彼女と話した事もない人間が、平気で彼女を悪く言う。

僕自身今まで幾度となく経験したけれど、気持ちのいいものじゃない。

ましてや好きな子の事を悪く言われて気分がいいわけはない。


「美月が誰かを悪く言わないのは、愛想を振りまいてるからじゃなくて優しいからだよ」

僕は気持ちを落ち着けてゆっくりと笑った。

僕の言葉に伊野尾さんは驚いたように目を見開く。

「美月の顔はすごく可愛いと思うけど、美月は中身の方がもっとずっと可愛いんだよ」

伝わらなくてもいいと思いながら、僕はきっぱりと言った。

確かに僕は彼女の可愛い顔が好きだけど、もし中身が彼女ではなくなったら付き合う事はないだろう。

僕は不器用で頑張り屋な彼女が好きだから。

僕の話を目をキラキラさせて聞く彼女が好きだから。

僕のケーキを美味しそうに頬張る彼女が好きだから。

そんな彼女が彼女で無くなったら、たとえ絶世の美女だったとしても意味がない。


「…豚のくせに調子に乗るんじゃないわよ。つり合ってもないくせに。身の程知らず」

言外に込めた意味を理解した伊野尾さんは、怒りを込めた瞳で僕を睨んで去っていった。

ただ、悪口の対象が彼女ではなく僕にすり替わったので、もうあまり気にならない。


「女って怖」

女子生徒が近寄ると途端に離れる同じクラスの友人が身を震わせながら戻ってきた。

入学当初、なにかと目をつけられる僕は幼馴染の和希以外から避けられていた。

しかしここ最近はそれなりにうまくやっていた。

目の前の長谷川もその一人で、事態が落ち着いてからよく話すようになった。

「お前よくもまああんな風に相手できるな」

「この場合ボカすと後からどうなるか分からないし」

「そうだけど…」

長谷川は腕をさすりながら伊野尾さんが消えた扉を見やった。

「お前なら落とすのちょろいと思ったんだろうな」

「だろうね」

否定しないで僕はうんうんと頷いた。

「お前見かけによらず頑固だもんな」

「頑固は初めて言われた」

似たような事は言われたことがあるけれど。


僕は大抵の事なら相手に合わせてしまうけれど、自分の中の決め事に反した場合には絶対に従わない。

そんな時相手は決まって驚くけれど、おかしな事では無いはずだ。

僕は誰かの所有物ではないし、自分の意思がある。

それは誰にも変えることはできない。


「あんだけ女子に話しかけられてんのになんとも思ってなさそうだし」

「みんな僕に興味なさそうだし、あったとしても僕には美月が一番だから」

「……お前ってなんかそういうのサラッと言うよな。イラッとする」

顔を顰めた長谷川に僕は苦笑する。

そういえば彼女も前にその事で照れていた。

「相手が誰にしても、いいなと思ったら言葉は惜しまないって決めてるから」

「へーそうですか」

「そうですよ」

長谷川はケッと言った後、何故か僕の頭に手刀をして自分の席に戻っていった。痛い。

理不尽で友達がいのないヤツだなと思った。


ーーーーーー


「最近、私の彼がモテてると聞いたのですが」

放課後、彼女がぽつりと呟いた。

今日は喫茶店には行かないので、少し遠回りをしながら彼女を送っている途中である。

「そうだね。僕の彼女がモテるから、僕に興味があるみたい」

「そっか……。じゃあ、いいや」

尖らせた唇を引っ込めて彼女はにっこりと笑う。

「大成の魅力を知りもしないで話をかけてくる人に、私が負けるわけありません」

「美月に勝てる人なんかいないよ。美月は僕を喜ばせる天才だから」

僕はおかしくなって思わず笑った。


彼女はとても不思議だ。

そもそも誰にも負けないような容姿や能力を彼女は持っている。

それなのに彼女の勝ちの基準は「僕の魅力を知ってるかどうか」になっているらしい。

常々彼女は僕を褒めてくれるけど、掛け値無しの本音だと充分に伝わってきた。

僕はそれが誇らしいし、嬉しい。


「う、でも私はもっと大成にふさわしい大人の女性になりたいの。だから油断できない」

僕の言葉に顔を赤らめながら彼女は俯いた。

その可愛さに僕の頬も熱くなる。

どうしてただでさえ可愛いのに、さらに可愛くなれるんだろう。

だいぶ落ち着きはしたけれど、僕の中にはまだまだ走り出したい衝動は残っている。

こうして彼女にとんでもなく可愛い事を言われると、全身が熱くなってどうしようもなくなる。


ああ、今すぐ生クリームを泡立てたい。小麦粉をこねたい。フルコースでフランス料理を作りたい。というかもう今晩はそれだ。


「もう美月……あんまり可愛いこと言わないで。美月が可愛すぎるとどうしようもないなくなる……」

「は、え!? ななななにをいいい言って……大成の方がよっぽど!!」

僕が真っ赤になって言うと、彼女もさらに赤くなる。


付き合って2年以上が経つと言うのに、僕らの情緒は未だ未発達であの時と変わらないままだ。

自らの衝動を持て余しながら、僕ももう少し余裕のある大人にならなければ、そんな風に誓うのだった。

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