表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/20

不器用な私の、大切な人

「ああ! はなやに行きたい!!」

ぼっすんと私はクッションに顔を埋めた。

ここしばらくはなやに行っていない私は、ストレスでどうにかなりそうだった。


住岡くんの作ってくれたクッキーのストックも4日前に切れてしまった。

住岡くんのクッキーは怪しい何かが入っているのだろうか。

食べていないとそわそわして落ち着かない。

市販のクッキーや有名な菓子店のクッキーも試したが効果がない。


「住岡くんのクッキーが食べたい住岡くんのケーキが食べたい住岡くんの紅茶が飲みたい住岡くんと会いたい!!!」

勢いよく起き上がりながら叫んだ私は、はあ、と長いため息をついた。

なんのことはない。はなやに行けばいいだけだ。

なのに勇気がなかなか出ない。


次に会ったら私は想いを伝えてしまうだろう。

でもダメだったら。

もう会えなくなったら。

そう考えると行くのが怖くなって、家に帰って来てしまう。


伝えない、という選択肢は無かった。

あの湧き上がる衝動を抑えられる自信がないのだ。

美味しいものを食べた時に思わず美味しいと言ってしまうように、笑う住岡くんを見たら好きだと言ってしまうだろう。


その時住岡くんがなんて答えるのか、良いものも悪いものも含めて数え切れないほど想像した。

よほどなのか夢を見るほどだ。

良い夢を見ては現実に目覚め虚しくなり、悪夢を見ては落ち込んでしまう。

負のループ、私の現状はまさにそれだ。

そうして尻込みしているうちに、時間だけが経過していった。


だけどそろそろ限界だった。

圧倒的住岡くん不足なのだ。

あの喫茶店で、あのカウンターで、住岡くんを独り占めしたい。

「どうしよう……」


結局この数日後、私は耐え切れずにはなやに向かった。


ーーーーーー


戸を開くとカランカランと聞き慣れた音が響いたが、自分の胸の鼓動が大きすぎてよくわからなかった。

「いらっしゃいませ」

それなのに、待ちわびた大好きな声だけははっきりと聞こえる。


「おひ、お久しぶりです」

住岡くんを直視できない私はキョロキョロとあちこちに視線をさ迷わせて声を絞り出した。

そしたら声が裏返った。死にたい。


「久しぶり。待ってたよ。前に言ってたケーキ、完成したから食べさせたくて」

「あ、嬉しい」

死ぬほどドキドキしているはずなのに食い意地が勝って思わず顔を上げると、住岡くんとばっちり目が合う。


ああ、やっぱり好きだ!

叫びそうになった自分を止めるように咄嗟に俯いた。

どうにかいつも通りにしようと思うのに、緊張して何も言葉が出ない。

いつもなら住岡くんが話題をふってくれるのだが、それがない今日は気まずい沈黙が流れるだけだ。


言いたい、でも言えない、でも言いたい。

ぐるぐると考えていると、目の前にケーキと紅茶が差し出された。


「……どうぞ」

「あ、ありがとう」

キラキラと美味しそうなケーキを見つめて私は息をついた。

私がココナッツのお菓子が好きだと言ったから作ってくれたケーキだ。

緩む口元を押さえて一口食べれば自然と「おいしい」と言葉が出る。

ハッとした美味しさに、さらに一口食べるとしまりのない顔になってしまう。

スポンジにベリーソース、ココナッツムースにホワイトチョコレート。

こんなに色んな味を合わせているのに、全てが調和して美味しくなるなんてすごい。

私にはこんなケーキ、絶対に思いつかないし、作れない。

「…んー! やっぱりおいしい! これすっごくおいしいよ住岡くん! 本当に住岡くんはすごい! こんなケーキも作れちゃうんだね!」

気付いたら私はいつものように住岡くんを絶賛していた。

やっぱり住岡くんは天才だ。さすが私の好きな人だ。

もう世界中の人に住岡くんを自慢したい。

私の好きな人を褒め称えろと叫びたい。


そんな風に考えていると、いつもなら照れながらありがとうと言ってくれる住岡くんが何故か私を眩しそうに見つめた。


ああ、この目が、好きだな。

吸い込まれそうだと見つめ返すと、住岡くんが口を開く。


「好きです」


住岡くんの唇は、確かにその言葉をかたどった。

聞こえたはずなのに、私は意味が分からなくて混乱する。


一瞬目を伏せた住岡くんは、私の大好きな笑顔を浮かべて再び私を見つめた。


ああ、どうして彼の笑顔は、こんなに優しいんだろう。


「僕は、花岡さんが好きだ」


……私も、私も好き。


私も……


あれ、住岡くんは今なんて言ったんだろう。

私が好きだと言ってくれた気がする。

おかしいな、妄想し過ぎて幻聴が聞こえたんだろうか。


咄嗟にそう思ったが、目の前の住岡くんが真っ赤になって俯いた事で幻聴の類ではないと気がつく。


いつも大人びて見える住岡くんの表情がなんだか幼く見える。

私なんか住岡くんと違って子供なんだと嘆いていたけれど、目の前いる住岡くんは私と同い年の男の子にしか見えなかった。

もしかすると、住岡くんも私と同じように悩んで、同じように思ってくれたのにもしれない。


「……っ」

それが分かった瞬間、自分でも引くくらい涙が溢れた。

大号泣と言っていいだろう。


だって住岡くんが私を好きだって言ったのだ。

これが泣かずにいられるだろうか。


「は、花岡さん!?」

私が泣いている事に気付いた住岡くんは慌てたように声を上げた。

「どうし……あ、迷惑だったかな? ご、ごめん僕は気持ちを押し付けたいとかじゃ…」


「私も好き!」


住岡くんが何か言うのを遮って、私は心のままに叫んだ。


「わ、わたしも! 住岡くんが好き! 大好き!! 」


余裕なんて無かった。

告げられた想いに答えることに必死で、涙でぐしゃぐしゃの顔を隠すこともできない。


「私なんか、住岡くんにふさわしくないって思って……でも好きって言いたくて。だけどもし駄目だったらもう会えないし、だから来れなかったの…」


言い訳するように呟いて、私はとめどなく流れてくる涙を拭った。

しばらくこの号泣を止められそうにはない。

下を向いてグスグス泣いていると、住岡くんの気配が近づいてきた。

そっと肩に触れられて、堪え切れず住岡くんにガシッと抱き着く。

一瞬身を硬くした住岡くんは、受け入れるように力を抜いた。

住岡くんは少しだけ柔らかくて、ふんわりと甘いバターの香りがする。

ほっと息をつける、私の大好きな香りだ。


私が甘えるように回した手に力をこめると、住岡くんが私の頭の上にポンと手をのせた。

そして子猫に触れる時のような優しい手つきで繰り返し私の頭を撫でる。


「好きになってくれて、ありがとう」

柔らかい声と言葉が私の胸にストンと落ちた。

「……私も、ありがとう」


住岡くんは、私が泣き止むまでずっと頭を撫でてくれた。


こうして不器用な私は、とびきり素敵な住岡くんと恋人になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ