平凡な僕の、大切な女の子
走り出したい衝動はそのままに、僕は相変わらずお菓子を大量生産する毎日を送っている。
両親が食べきれなくてもほとんど和希が平らげるので、僕もついつい作りすぎてしまい料理スキルだけが上がる日々だ。
和希も「大成の腕が日増しに上がってる感じがする」と言っていたので間違いない。
ああ、精神統一もできて訓練にもなるなんて、恋って便利だな。
だなんて、思えるわけがない。
あれからなかなか花岡さんが来ない。
前回送る時に何かしてしまっただろうか。
それともやっぱり邪魔されて怒っている発言が気持ち悪かったのだろうか。
不思議なもので時間が空けば空くほど、人間はマイナス思考になるらしい。
ただ、そんな考えに侵食されても花岡さんのあの時の顔が演技では無いと確信していた。
花岡さんは華やかな見た目に反してとても不器用だ。
一年以上見てきたけれど、不器用さ故に傷を作っているように見えた。
それでも傷を力に変えようと懸命に頑張る姿を好きになったのだ。
「大成、明日は店開かないけどまた行くの?」
リビングでぼーっとしていると母が声をかけてくる。
「うん」
「別にいいけどちゃんと勉強はしなさいね。ここのところ料理ばっかりしてるじゃない」
「分かってる。そろそろなんとかする」
母のありがたい忠告を重く受け取った僕は、部屋に戻ってベッドに倒れこんだ。
(こうなったら会いに行こう)
明日もし、いつもの時間に花岡さんが来なかったら、彼女の家に行こう。
本当は怖がらせたくないし、ストーカーめいているのでできれば避けたかったけれど、アドレスの交換すらしていない僕にはそれ以外に方法が無い。
この状態を放置してしまうと、さっきも言われた通りそろそろまずいのだ。
「……でもフラれて会えなくなるのはヤダなあ。せめて今まで通りに……無理か……」
僕の呟きは空に浮いて消えていった。
――――――
翌日。
花岡さんと僕は気は合うのかなんなのか。
挙動不審に目を左へ右へ走らせて顔を真っ赤にしながら花岡さんはやってきた。
「おひ、お久しぶりです」
ちょっと声を裏返らせながら花岡さんは僕と目を合わさない。
これは照れているのか、それとも僕を見たくないのかどっちだろう。
「久しぶり。待ってたよ。前に言ってたケーキ、完成したから食べさせたくて」
「あ、嬉しい」
ケーキにつられたのか花岡さんはパアッと目を輝かせて僕を見た。
目が合った嬉しさに、顔が熱くなるのを感じた。
花岡さんも目を見開いた後に顔を真っ赤にしてまた俯いてしまう。
とっさに何かを言いかけて、僕は口を閉じてケーキと紅茶の準備をした。
今日花岡さんに想いを伝えると決めている僕は、これまでになく緊張していた。
世間話をしようとしても、そればっかりが脳を支配して他の言葉が見つからない。
「……どうぞ」
「あ、ありがとう」
花岡さんが好きなココナッツを使ったケーキは、我ながらいい出来だ。
何しろいつ来るか分からないから毎日作っていた。死ぬほど試行錯誤もした。
花岡さんの笑った顔だけを考えて作った、花岡さんのためだけのケーキだ。
これだけは両親にも和希にもまだ食べさせていない。
「おいしい」
ケーキを一口食べた花岡さんはそう呟いて、もう一口ケーキを食べた。
「…んー! やっぱりおいしい! これすっごくおいしいよ住岡くん! 本当に住岡くんはすごい! こんなケーキも作れちゃうんだね!」
花岡さんはこれまでの空気を忘れたように屈託なく笑った。
キラキラとした笑顔の眩しさに、僕は息を止める。
ああ、やっぱりこの笑顔が、好きだ。
花岡さんが、好きだ。
本当に、本当に好きなんだ。
濁流のように気持ちが押し寄せて、すうっと息を吸い込む。
「好きです」
気が付いたらそう口にしていた。
花岡さんは驚いたように目を見開く。
「僕は、花岡さんが好きだ」
他にも言いたい言葉はたくさんあるはずなのに、苦しくてそう言うのが精一杯だった。
花岡さんは意味を理解していないのか、固まったまま僕を見つめた。
恥ずかしさと怖さに僕は俯く。
これからどうしよう、と思っていると、花岡さんの方から鼻をすする音が聞こえて咄嗟に顔を上げた。
「は、花岡さん!?」
花岡さんが泣いている。
ちょっと涙を流しているとかじゃない。とめどなく涙をながしている。大号泣だ。
「どうし……あ、迷惑だったかな? ご、ごめん僕は気持ちを押し付けたいとかじゃ…」
「私も好き!」
僕の言葉を遮るように花岡さんが泣きながら店中に響く大きな声で叫んだ。
「わ、わたしも! 住岡くんが好き! 大好き!!」
そこにいたのは無防備な一人の女の子だった。
しゃくりあげながら僕を好きだと言った彼女は、いつもの何倍も幼く見える。
「私なんか、住岡くんにふさわしくないって思って……でも好きって言いたくて」
嗚咽をこらえながら話す花岡さんを、僕は信じられない気持ちで見ていた。
「だけどもし駄目だったらもう会えないし、だから来れなかったの…」
花岡さんの流す涙がキラキラと光って下に流れ落ちていく。
その雫が落ちるたびに、なぜだか僕は落ち着いていった。
震えて泣く花岡さんを守りたいと自然に思えた。
カウンターから出た僕は椅子に座って泣きじゃくる花岡さんの肩に恐る恐る触れる。
「わ!」
肩に触れた途端、花岡さんが僕の腰に思い切り抱き着いてきた。
戸惑いながらも、小さな子供にするようにそっと彼女の背中に手を回す。
なんて細い肩だろう。強く抱きしめたら壊れてしまいそうだ。
それに花のようないい香りがして、とても温かい。
花岡さんが僕の腰に回す力を強めるものだから、思わず頭に手を添えて撫でてしまった。
綺麗な黒髪は、サラサラして柔らかくて子猫を撫でているようだ。
なんて可愛い生き物なんだろう。
僕はドキドキしながらも、沸き上がる温かな感情に胸がいっぱいになった。
「好きになってくれて、ありがとう」
「……私も、ありがとう」
花岡さんが泣き止むまで、僕は彼女の頭を撫で続けた。
こうして平凡な僕は、とびきり可愛い花岡さんと恋人になった。




