エピソード2-1
エピソード2 魔術の都へ
「それでは上昇します」
エヴァの掛け声を合図に、ヘリのプロペラが回転を始める。特徴的な断続音が発生し、機体が上昇していく。だが、そのプロペラの音は極限にまで聞こえなくなっていた。
完全にプロペラ音をゼロにしなかったのには理由がある。主に操縦者であるエヴァのためだ。
一度、完全に無音にした状態でテスト飛行をしてみた。しかし、完全に回転音をなくすと操縦がどうも落ち着かないのだ。感覚的に不安になるのである。
ミキとレミィには、そういった理由でプロペラ音を残しておいてもらっているが、実際はもう一つ理由がある。どちらかというと、こちらの方が個人的に重要だ。
そして個人的であるがゆえに、二人には言えない。それは何かというと――。
――プロペラの音が好きなのだ。あの小気味よい断続音が。
自分でもよく分からないが、いつの間にか好きになっていた。あの音が好きで、聞いていたいと思うようになってしまったのである。
そんなことをエヴァが内心で思っているとはつゆ知らず。ヘリは上空を滑るように移動し始めた。目指すは北西。目的地は魔界北部、魔術の都ロンドールだ。
ヘリの操縦席に座るのはもちろんエヴァ。そして副操縦席にはレミィが座る。ミキは二つの操縦席の真ん中に座っていた。隙間に収まるように体育座りを。
「そこに長く座るのは辛くないですか?」
エヴァがミキを気に掛けるようにそう言った。
「辛い」
「でしたら、後ろの座席に座るとか」
「やだ」
「ど、どうしてですか?」
「寂しいから」
一人だけ後ろにいるとか寂しすぎる。ミキはこれはこれで意外と寂しがりやだった。たとえお尻が平らに潰れようとも、ここを動かないという決意を見せる。
移動まではそれなりに時間が掛かるため、必然的に暇を潰す必要があった。しかし、この状況でできることはお喋りくらいしかない。
「ねぇ、お喋りしない?」
ミキは二人に声を掛けた。だが二人からの返事がない。
「あれ? ちょっと? 無視しないで?」
「す、すみません。操縦に集中していました」
エヴァは嘘をついた。実際は操縦を、空の旅を楽しんでいた。天使でも嘘はつくのだ。
「レミィ何か面白い話してよー」
「…………」
「レミィ? ……寝てる!?」
彼女は座ったまま寝ていた。自由人すぎる。あ、でも寝顔は可愛い。
「お話なら私が付き合います。ボス様」
「ボス様?」
「そ、そうです。レミィ様がミキ様のことを、ボスと呼んでほしいと言っていたので」
知らないうちにエヴァとレミィの間で謎の決定がされていた。
「ボスと呼ぶのは構わないけどさ。でも何で様を付けるのよ?」
「私は『様』を付けるのが癖になっていまして」
「天界の習慣みたいなやつ?」
「そうですね。天界は礼儀作法と言葉遣いに厳しいので」
「へぇー。面倒ね」
それからしばらく、ミキはエヴァと他愛無い話をする。好きな食べ物のこととか。
「……ボス。一つ訊きたい」
「あれ起きてたの?」
さらっと起きたレミィがさらっと会話に混ざってきた。
「……ボスのその服について」
「これ?」
レミィはミキの着ている服について興味があるらしい。ミキが着ているのは人間界で『セーラー服』と呼ばれるものである。上半身は白をメインに、胸元には赤いスカーフ。そして下半身は紺のプリーツスカートという服装だ。
「これはセーラー服って言うやつ。学校の制服」
「……学校の制服がそれ?」
「そうだけど?」
「……ふむ」
レミィは無表情のまま興味深そうにしていた。そこにエヴァが口を挟む。
「そんなに肌が露出して恥ずかしくないのですか?」
「別に普通だけど」
「やはり感覚が違うのですね」
人間界と天界。地形的に隣接してはいるものの、その文化と感覚はやはり大きく異なる。一度そこに根付いたものというのは、すぐに混じって変化するということはない。
だが、レミィという黒ローブの魔界の少女だけは違った。
「……可愛いから着てみたい」
いつもと何ら変わらない表情だが、確かにそう言った。さすがのミキとエヴァも、これには驚きを隠せなかった。