エピソード0-3
「……あの、そこのあなた」
突然の背後からの声。ユイは体勢を変え、後ろを向いた。
白く煌びやかな服を着た女性だった。優しそうで柔和な瞳。手入れのされた美しく長い金髪。背中には目を引く白い翼。しかし、左右でその翼の大きさが半分近く異なっている。けれど、その風貌は間違いなく、天界に住む天使の人だろう。
「私はアリアと申します」
「あたしはユイ。もしかして、あんたも……」
「はい。私も連れ去られた者です。私、いえ、私たちは、操縦者を引きつけておくように言われていました」
「私、たち?」
複数いるのか。ユイはアリアの奥を覗き込んだ。
「……ここ」
「いつの間にっ」
気づかないうちに、アリアの後ろにもう一人の人物がいた。黒いローブに身を包んだ、小柄な女の子だった。眠たそうな半開きの目。肩までの青い髪。そして頭には三角形の猫のような耳が付いていた。獣の部分を持つということは、魔界の人だろうか。
「……名前はファル。あなたはユイ」
「私はファル様と一緒に操縦者を引きつけていました」
ユイは思い出す。最初にヘリに乗せられた時、男たちが会話していたことに。あれが操縦者なのだろう。そして、ナイフを持った男と対峙している際、その操縦者がこちらに関与してくることはなかった。
「その操縦者、今はどうなってる?」
「……こっち来て」
とファルが答えたので、ユイは操縦席に近づいた。ファルが向かって左側の副操縦席にちょこんと座る。
「……視覚と聴覚、発声を塞いである」
「え?」
「……自分は一応魔術師だから」
魔術師。魔術を扱う者のことを言う。魔術とは簡単に言えば、体内の魔素を目的に合わせて変換し、望む結果を引き起こす術のことだ。世界の事象を極小単位で操るのである。
ユイは操縦者を見た。確かにこれだけ近くで会話しているのに、全く自分たちに気づく様子がない。そして口が動いているにも関わらす、その声は一つも聞こえてくることはなかった。
ファルの言ったように、視覚と聴覚、発声が塞がれていた。
「……あ」
ユイは一つ推測する。
「機体がすごく傾いたのって、もしかして……」
「……たぶん、視界を塞いだとき」
そりゃあ視界がなくなったら驚くに決まってる。まともな操縦はできないだろう。むしろ今ちゃんと飛んでいることに驚きだ。
「これからどうするのですか?」
アリアが肩越しに訊いてくる。ユイは少し考え、口を開いた。
「二人って、ヘリの操縦できる?」
「……自分はできない」
「私は……」
「? 何かあるの?」
「私、この……ヘリ? ……というものの操縦はしたことはありません。しかし、私――いえ、天使の能力として、物の使い方が直感で分かるというものがあります」
「つまり、操縦できる可能性があるということね?」
「はい」
これは助かった。もし誰も操縦できなかったら、このあとの計画が全て終わるところだった。
「じゃあ、この男をポイッ、しましょうか」
ファルとアリアが絶句する。ユイは二人の顔を交互に見る。
「あれ? 何かおかしなこと言った?」
「……発想が悪魔的」
「人としてそれは……」
「大丈夫、やるのはあたしだから」
何はともあれ行動を開始。まずはファルが男に掛けていた魔術を解除する。
「あッ!? 見える!?」
「はい、動かないで」
そう言って、ユイは男の頭に銃を突きつける。
「立て」
男を操縦席から立たせ、ヘリ後部に進ませていく。男が操縦席を離れると、アリアがすぐさまそこに座った。ユイはちらりとアリアの様子を窺う。特に慌てた感じもない。おそらく操縦は大丈夫だろう。