エピソード0-1
エピソード0 邂逅
この世は平等だ、と言う奴らがいる。
そんなことを言える奴は大抵、人並以上の生活を送れている上位者だ。今までさぞ豊かに、楽しく、賑やかに生活してきたんだろう。
生活の豊かな奴は、心も豊かな奴なのだ。そんな奴らだからこそ、この世は平等、なんて甘ったるいことが言える。
このような――。
ーー両手を縛られ、頭に布袋を被せられた人間を見ても、そんなことが言えるだろうか?
男の肩に担がれ、ユイは移動している。今がどこなのかも分かっていない。
しばらくして、半ば放り投げられるようにどこかへ降ろされた。固く、冷たい感触。土ではない。金属の上か何かだろうか。
耳元に足音が響く。自分を運んできた男が移動したのか? 音の感じからして、男も何かに乗り込んだかのような音だった。ここは、どこかの中なのか。
男がユイの体を掴み、引っ張り上げる。上体を起こされ、無理矢理移動させられた。お尻が浮く。次の瞬間、お尻が何かに触れた。これは――座る場所?
どこかに座らされた。それだけは分かった。
「オッケーだ」
男が言葉を発する。ニホ語だった。人間界の南の国で使われる言語だ。ユイも世界共通語の次の第二言語としてニホ語は理解できる。
「了解」
別の方向から、異なる男の声がした。ここには、もう一人誰かがいる。
聴覚に集中していると、突如として、重低音が唸りを上げた。何かが動きを始めた。
次に聞こえ始めたのは、何かが空を切るような音。それは、次第に音の発生間隔を短くしていき、最後には連続した猛烈な音へと変わった。
そこまで来ると、自分が今いる場所がほぼ間違いなく推測できる。
ここは――ヘリコプターの中だ。
ヘリが上昇していくのを肌で感じる。これからどこへ行くのか、どうなってしまうのか。
あーあ、こんな人身倍版の的になんかなるなんて。
今思えば、一瞬だった。
父が愛人と共に蒸発。母は父がいなくなった途端、どこかへ失踪。一瞬で、自分は人並という生活を送れなくなった。
父も母も、自分が大切だとは微塵も思っていなかったのだ。一応、とりあえず。その程度の認識で自分を育てていたのだ。
うすうす気づいてはいた。自分が大切にされていないということには
人生って、何が起こるか分からないと言うけれど、まさにその通りだった。転落人生とはまさにこのことだ。
…………。
――。
ヘリが上昇・移動を始めてどのくらい経っただろうか。
思考を止め、ただされるがままになっていた頃――。
「……ねえ、そこのあなた」
ふと、どこかから声が聞こえてきた。ギリギリ聞き取れるくらいの声だった。
意識を集中する。どうやらその声は、右から聞こえてきたようだった。
――右に誰かいるのか?
「……私はリコ。この声が聞こえていたら、咳払いを一回して」
言われるがままにユイは小さく咳払いをした。
「……よし。私が縄を切るから、そうしたら目隠しを取って」
次の内容を理解したのちに、再び咳払いをする。
「……その後、左に向かったら、男を取り押さえて。いい?」
咳払いをする。だが、待て。今何と言った?
……男を取り押さえる?
理解はしたが、状況がよく呑み込めていない。隣にいる彼女は誰なんだ? 一体何が目的なんだ? 彼女も同じく人身売買の被害者なのではないのか?
……考えても答えは出ない。ならば、言われた通りにしよう。
どうせ、このままじっとしてても、良いことなんてないのだから。
少しして、後ろ手に縛られていた縄が、本当に切れる感触がした。一気に腕が自由になる。ユイは目隠しを取り、左を向いた。瞬間、別のシートに座っていた男と目が合う。
「お前ッ!」
男が腰を上げると同時にユイも腰を上げ、床を蹴った。ヘリの機内は思ったよりも高さがない。完全に立ち上がると頭をぶつけてしまう。ユイは上半身を倒した姿勢で距離を詰め、男の腰に飛びつく。背中が壁に激突し、男は再度座席に倒れ込んだ。
「こんのクソガキ!」
男の拳がユイの頭を捉える。鈍い痛みが頭部に走った。しかし、その手は離さない。何度も何度も頭を殴られる。歯を食いしばり、ただ耐える。
このままでは埒が明かないと思った男は、隣の座席にあるハンドガンに手を伸ばす。だが、その動作にユイは気がついていない。