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7.「おれがやらねば誰がやる。――酒乱Qの『言い訳』!」

 山崎 パコの『呪い』を熱唱していた貞子もどきは、無慈悲に鐘を一つ鳴らされ、あえなく撃沈した。吉本新喜劇そこのけにずっこけた。観客席で爆笑がおきた。

 逃げ場を失った広重は溺れかけの人のごとくパニックになっていた。


 テレビのボリュームは大きく、耳を覆ってもやりきれない素人の歌が入り込んでくる。

 どれも神経をなで斬りするような歌唱力だった。おまけに道化を演じる出場者が観客から浴びる失笑までも、我がことのように胸に突き刺さる。


 液晶テレビ本体にはチャンネルをかえる手動式のボタンはなかった。リモコンはさっきの扉の向こうの男が持っているのだろう。

 いっそのことコードを引き抜くことも考えたが、もはや全身の力が萎え、テレビに近づく気力もなくなっていた。

 階段室の扉の前でうずくまり、頭を抱えるしか術がない。



 恥だ。

 テレビの向こうの出場者は厚顔無恥な表情で歌を披露し、ことごとく審査員からダメの烙印らくいんを押されているにもかかわらず、恥を恥とも思っていない恐るべきメンタルの持ち主ばかりだった。

 隔靴掻痒かっかそうようのごとき気まずさを感じずにはいられない。耐えがたい精神的殴打であった。

 そうこうするうちに、番組は進み、いよいよ真打の登場と相なった。


「続きましてはエントリー八番、養老の星・幸ちゃんこと、養老町で酒店を営む佐竹 幸一さんです。地元の特産物である柿を使った柿ワインなるものまであつかっているそうです。長年つれそった妻を昨年亡くされました。天国の、愛する人に届け。おまえのために魂をこめて歌う。おれがやらねば誰がやる。――酒乱Qの『言い訳』!」


 なぜか八番の男だけ、カットインの演出が入り、個人酒店にて前かけ姿でビールケースを運ぶ映像が挿入された。名物の柿ワインの瓶をかかげ、ニカッと笑ったカットがそのあとにかぶさる。

 酒乱Qの『言い訳』の演奏がはじまったとたん、温厚そうな福顔が、真剣そのものにかわった。なんらかのスイッチが入ったらしい。肩でリズムをとった。

 この養老の星・幸ちゃんの歌が破壊力バツグンだった。やけのやんぱちみたいに元気だけが取り柄の、自分さえ気持ちよければそれでいいといった、独りよがりな歌いっぷりだった。


「さみしぃユルは、グミンナアッア~イ! さみしぃユルは、つまんナハッハ~イ! さみすぃユルは、アッイ~タアッア~イッ! さみしぃユルは、クェングェンジャアッア~~~イッ!」


 広重は歌い出しのところですでに悶絶して、卒倒寸前だった。口から泡をふいていた。

 歌唱力に自信がなく、謙虚さがあればまだいいが、幸ちゃんはヘタなくせに恐るべき自己陶酔の域に達していた。


 マイクの持ち方からして、いっぱしの玄人なみの握り方なのに、夜のよがり声みたいな癖のある合いの手を入れ、流し目をよこしながら調子っぱずれに高歌放吟こうかほうぎんしている。

 一カメ、二カメとカメラが切りかわるたび、しっかり目線をあわせてくるところが堂に入っており、パフォーマンスまで絶大な殺傷力を秘めていた。


 サビの部分ではシャウトしすぎて、ただでさえ歌詞が日本語になっていないのが、ますます意味不明になった。まるで尿意を我慢しているかのようなナヨナヨとしたダンスと、うめき声のコラボレーションで会場を別の意味で沸かしている。

 

「こんなぁおんなわぁ、二度といないとぅ、無臭でチョれたぅ! おれのきゅったおん~なにっい~、にげるれたりしたっあ~! あいすぅみたいなぁきゃおに~、うんまれんらぃあ、きっとたでゅしい人生のけづぅ ! なんて考えたりしたっあ~~~!」


 男根の先からいけないおつゆ(、、、)でも洩らしているかのような振り付けと、盛りのついたインコの囁きのごとき癖の強すぎる小声と、ただひたすら本能のおもむくままがなり立てている大声をまじえた歌い方だった。


 ――これこそ最終兵器。

 広重は朦朧たる意識で、なんとかテレビの前から離れようともがいていた。

 が、凶暴な粘着の沼地にはまり込んでしまったかのように、ろくに身体がいうことをきかない。


 広重はいやな夢想をしていた。

 場末の公民館のステージに立っているのは、四十二歳にしては――厄年真っ只中だ――、やけに老けた養老の星・幸ちゃんこと佐竹 幸一ではない。ジジむさいスーツを着ているのは、幸ちゃんのごつい身体はそのままで、頭だけ広重本人だ。


 厚顔無恥のドヤ顔で、酒乱Qの『言い訳』をおかしなコブシで熱唱する自分自身である。

 観客は腹をかかえて笑っている。

 笑わせるつもりなどないのに、一生懸命歌ったつもりなのに、コントを見せられたかのように笑っている。

 広重はピエロとなっていた。



 そのとき、コン、キン~!と、申し訳なさそうに鐘が鳴った。

 自信たっぷりに熱唱していただけに、養老の星は思わず天を仰いだ。

 と、同時に広重は気が触れたように立ちあがり、わめきながらテレビに体当たりした。

 こんな耐えがたい恥辱は、どうにかして消し去らねばならない。


 肩からぶつかった。テレビはうしろに倒れ、大音響をたてた。瞬時にして画面はブラックアウトした。

 テレビが壊れても、広重のなかで共感性羞恥の責め苦はやまない。

 酒乱Qの『言い訳』のサビの部分が頭のなかをグルグルまわる。


「ロンリィられもが、こぉどくなのかっ、ロンリィ、ボキもひどにだアッハァイッ!」と、狂った広重はでたらめに歌った。「おぉとこなら、カッコつけろ! おんななら、見抜けヨッオッホホーーーイ!」


 と、おかしなふしをつけて、幸ちゃんとどっこいどっこいの調子っぱずれの声でがなりたてた。

 広重は柵をまたいでのり越えた。

 ためらいもせず、夜の向こうにジャンプした。

 狂気にとらわれた男は真っ逆さまに落ちた。

 駐輪場のトタンの屋根にぶつかり、甲高い音で『カーーーン!』と盛大に鳴った。バウンドし、反転してアスファルトに叩きつけられた。





        了

        ★★★あとがき★★★


 ミスチルや西野カナのパロディは、あえて言うまでもないですが、山崎パコの『呪い』の元ネタは、山崎ハコの『のろい』です。1979年に、ちゃんとこんなキワモノの歌がリリースされています。興味ある方はYouTubeで検索してみてください。僕はリアルタイムで聴いていませんが、一時期、変な歌ばかり蒐集していたら、検索に引っかかったので知っていただけです。


 最後に広重を死に追いやる(みごと伊能たちの計画は成功しました。ですが、おそらく二人は犯行がバレて逮捕されたでしょう。悪いことはすべきじゃない)養老の星・幸ちゃんこと佐竹 幸一氏は、まんま、養老の星・幸ちゃんこと佐竹 幸二さんです。

 ちなみに岐阜県養老町の養老であって、町田市に養老町は存在しません。このへんはツッコんでくださいと言わんばかりです。


 この方は一時期(2006年)、のど自慢で伝説の歌い手として有名になり、さまざまなバラエティー番組で引っ張りだこになった人物ですので、ご存知の方も多いかと思います。

 ご存じないのなら、ためしにYouTubeなどで検索してみてください。その歌声とパフォーマンスに悶絶すること必至です。この動画を見ていたら、笑いすぎて背中の筋を痛めたほどです。

 同時に本作で再現した文章と比較してみるのもオツでしょう。多少の脚色はありますが。けっしてバカになどしてはしておりません。リスペクトですよ^^。



 さて……。僕の家系はみんな、この共感性羞恥の持ち主らしく、やはり〇HKのど自慢を視聴するのが苦手です。

 家族全員でテレビを観ていると、妙にソワソワしてきて、「やめてくれー!」みたいな心境になり、すぐチャンネルをかえてしまいます。歌唱力のある出場者ならいいのですが、そうじゃないと、まるで自分がステージ上に立って辱めをうけているような落ち着きのなさを感じてしまうと口をそろえて言います。


 当然、会社の飲み会でカラオケ店に行くのもいやです。ひたすら大声をがなりたて、自己陶酔している人を見ると、うわああああ……って思います。この人は面の皮が厚すぎるのではないかとも心配してしまいます。

 萩本欽一氏の仮装大賞も同様に苦手です。


 芸人だとスギちゃんの芸風は耐えがたい。彼はきっと根がまじめなはずです。まじめな彼が必死こいて、無理してコントをしている姿は涙ぐましいものを感じ、もういい、よく頑張ったと背中を叩いてやりたい気分になります。最近、彼の姿を見かけなくなったのは、いろんな意味でうれしい。もう堅気にもどってくれ。君は芸人に向いていない。


 どれも、よけいなお世話ですがな。



※参考文献


『観察者羞恥と役割取得 ・ 共感的配慮 ・ 個人的苦痛 との 関連』 桑村幸恵

『観察者と行為者との関係性が観察者羞恥に与える影響』 原奈津子

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