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3.「これだから女は、おれのルーティンを狂わせる」

 金曜も定時をすぎれば誰もが家路に急ぐか、仲間と飲みに出かけるものだ。

 二〇時をまわると、営業部のフロアは伊能だけとなった。

 ――これで作業がやりやすくなったわけだ。

 上着をぬぎ、ワイシャツの袖をまくると、階段をかけあがった。


◆◆◆◆◆


 あらかじめ、踊り場には例のものを用意して白布をかぶせてあった。

 布を取りのぞくと、八〇インチを誇る大型の液晶テレビが現れた。

 画面サイズは縦幅は一メートル近くあり、横幅にかぎってはなんと一七七センチもあり、伊能の身長を超えている。

 ひとまず、屋上に出る出口の扉を開けた。

 ひんやりした夜気がなだれ込んできた。


 伊能はすべりどめのついた手袋をつけると、液晶部分と背面をはさみ込む形で抱え、えっちらおっちら出口をくぐった。重さは四〇キロを超えている。

 戸口にぶつけないよう細心の注意を払った。なにせこのテレビは営業部の応接室に設置していたものなのだ。

 階段室を出ると、屋上の広さはなにほどもない。


 真正面にテレビを据えた。すでにDVDデッキと、延長コードは準備していた。電源コードと、配線をつなぐのは五分とかからない。

 デッキには録画したディスクがおさめられていた。あとはしかるべきタイミングで遠隔操作にて再生するだけだ。


 何度かリハーサルをやってみた。

 とにかく落ち着いて、確実にリモコンのボタンを押さないことには起動しないようだ。

 いざ広重が現れて、うまくいくかは神のみぞ知るだった。


◆◆◆◆◆


 広重は不審に思いつつも、階段をあがっていた。

 なぜ深夜にさしかかろうとしている二十三時の時間になって、真純が会社に呼びつけたのか。

 それも屋上で会いたいだと? 誰かに目撃されたらコトだぞ。愛し合うなら、郊外のラブホテルと決めていたのに、おかしな気持ちの変化だ。それとも刺激を求めているのだろうか?


「これだから女は、おれのルーティンを狂わせるから面倒なんだ」


 と言いつつも、ネクタイをゆるめ、口もとをほころばせた。

 一階の総務部の部屋は灯りがついていた。通りしなフロアをのぞいたが、もぬけの殻だった。やはり彼女は屋上で待っているのか。


 最上階の営業部をふくめ、すべてのフロアは消灯されていた。

 つまり、今夜は真純だけが会社に残っているということだ。総務部の係長なので、最後に退社する際の施錠と、セキュリティシステムのセットの権限がある。それは営業部の主任をまかされている広重とて同様であった。


「おいおい、無用心だな。こんなときに泥棒にでも入られてみろ。コトだぞ。しかもおれと真純がいながら現金でも奪われたぐらいなら、おれたちの関係が疑われるってのに」


 檜作工業株式会社は東証二部上場を果たしているとはいえ、ブラック企業体質で、内部のシステムもずさんな体制だった。せいぜい現金出納機のある二階のフロアをのぞき、エントランスをふくめ、階段には監視カメラの類が設置されていなかった。USBメモリや紙媒体の個人情報が流失しようものなら、証拠も残るまい。いままでそんな事例がないのは奇蹟に近かった。


 屋上に通じる踊り場に、不自然な白布をかぶせられた箱のようなものがあった。

 一瞬、広重は訝しんだが、かまわず鉄の扉を開けた。


「真純、どこだ?」


 階段室から屋上に出るなり、暗闇に声をかけた。

 狭い屋上には、出口の真上に取り付けられたEXITの誘導灯があるだけで、常夜灯はない。隣接する雑居ビルの灯りと、月明かりだけが光源だ。


「人がせっかく祝杯をあげてるってときに、呼び出すなんてずいぶんな話だ。それとも、あれか。おまえも酒の席に招かなかったんで、すねてるわけだな。あいにくムリな話だ。課長たちも同席してた。おれたちの仲を勘ぐられるのは、なんとしても避けたかったんだ。察しろよ」


 広重は前へ進み出た。

 二メートルばかり歩いたところで、柵の手前に大型テレビが据えられているのに気づいた。

 おかしな設置ぶりに、言葉を失った。

 そのとき、背後の戸口で物音がした。


 ふり向いた。

 てっきりあの白布をかぶせられた箱のなかに、真純が隠れひそんでいたんだと思った。

 サプライズにしては子供っぽいやり方だ。


 ところが、戸口には体格のいいシルエットが立ち塞がっていた。

 蛍光灯の光を受け、誰かはわからない。男であることはまちがいない。

 男は片手に四角い物体――直感的に、拳銃だと思った――を、こちらに向けて突き出した。


 すべてがスローモーションになった。

 次の瞬間、やられる!――と思った。

 同時に、なぜ命を狙わねばならない?とも頭をよぎった。


 電光石火の速さで、それは社内で、いくつもの営業マンの屍を乗り越えてきたからだと結論をみちびいた。トップの成績をとるようになると、一人や二人、散っていった同僚の恨みを買うものだ。敗れた誰かの仕業にちがいない。


 広重は眼をつぶり、思わず両腕で顔面をかばった。

 仕事に夢中になっているときの、ノリノリの状態なら横へ跳び、回避することもできたはずだ。

 だが現実は疲れがたまり、いささか酒の入っているせいでどうすることもできない。


 …………

 …………

 なんともない。

 焼きゴテをねじこまれたような痛みも、ワイシャツの胸が血で染まることもない。

 かわりに、背後で「ブンッ!」と電子音がうなり、微弱な静電気の放出を肌に感じた。

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