バランス崩壊(あほ)
サイサクさんがボタンを押すと、机の上に置いてあるお人形から微かな機械音が。
そして次の瞬間、部屋内に光が満ちました。
博士さん、スー様、その後ろのモンスター兵士さん達。
そしてこの土だらけの部屋に到着した時に尻もちを付き、そのままずっと地面に座っている私。
皆の顔が照らされます。
神々しい光です。
母性を内包しているような、いややっぱり父性のような。まあ何と言いますか、とにかくなんとなく暖かい光。
一つ言えることは、そのような神聖な光って類は、私達モンスターの肌には合わないって事。
「これは人間の……破邪の魔法ッスよ!」
スー様はそう言って、反射的に顔を隠すように腕を組みました。
モンスターさん達も、伏せたりしゃがんだり。
博士さんはヘラヘラ突っ立ってます。かく言う私もボケっとへたり込んだままですが。
「ガードポーズを取るのはナンセンスですよ軍師殿。破邪の光を見たという事は即ち、既に術に掛かったという事です」
サイサクさんは、右手で眼鏡をスチャリと上げます。
破邪の魔法。
モンスターの攻撃力および魔法攻撃力を、三ターンもの間、半分にしてしまうという便利魔法。
いや、私達モンスター自身にとっては迷惑極まりない魔法です。
スー様は腕を解き、眉間にしわを寄せます。
「うるせーッスよモヤシっ子! ウチはこれでも魔王軍幹部。破邪の魔法を相手にした事なんて、両手両足の指では数えきれない程経験してるッスよ!」
そう言って、右手をサイサクさんに向けました。
「力が半分になろが、力技で押し切るッス! 喰らえアホ人間!」
と啖呵を切り、火の玉なり、氷塊なり、雷なりの攻撃魔法を……使いませんでした。
いや、正確には使えないのでしょうか。
しばらく待ってみても、喰らえと言いつつ喰らうものは何も出現しません。
スー様はポカンとした顔で、自分の右手の平を眺めました。
「……魔法が出ないッス」
「まさか……ホントにぃ?」
博士さんは驚きながらスー様の顔を見て、そしてチラリと私の顔も見ました。
ちなみに私は破邪の光のせいで、ちょっと気分が悪くなってきました。
今朝食べたワッフルと塩サバを戻しちゃうかも。もしそうなったらごめんなさい。
でも土を掘って作った部屋なので、後片付けは楽ですよね?
「無駄ですよ。これは只の破邪術では無いのですから。もし普通の破邪術で魔力を半減させたとしても、特に軍師殿なんかはまだまだ十二分に凶悪な魔物のままでしょう? ですから僕は普通の上を行く」
「だってさスーちゃん」
「ウチは、か弱い女性ッスよ!」
その普通の上を行くという破邪の光は、机上のお人形さんから発生しています。
サイサクさんは、そのお人形を愛おしそうに撫でました。
「この機械人形は、僕が開発した破邪マシン……」
「技術開発部長、正確には破邪マッスィーンだよキミぃ」
部屋の隅で護衛兵に囲まれている、小太りで口ひげを生やしているおじさんが言いました。
私達がこの部屋に乗り込んだ時、真っ先に隅へ退避していた人間さんです。
サイサクさんの上司でしょうか?
「この面白味の無い名称はお偉いさんが勝手に付けたのものなので、気に入っていないのですが……名前以外はお気に入りです」
サイサクさんは、私達だけに聞こえるような小声で言いました。
そしてお人形を見て、軽く笑います。
両手に収まるくらいの、小さなお人形です。
色は全身黄色、いや金でしょうか?
元々光っているのか、破邪の光で輝いているのか、よく分かりません。
面長の顔に、上半身裸。ふわふわした布を腰に巻いています。
直立し、胸の前で一組の手を合わせています。
何故、一組の手、という言い方をしたのかと言うと。
このお人形さんには、背中からたくさんの腕が生えているからです。
人間さんの姿を模した物ではありません。
私の前世世界にあった、千手観音様みたい。
ただあれとは違って、目は見開いているし、舌をペロリと出しているし、背中から生えている手は何故か全部ピースサインしてます。
ちょっとおふざけが入ってますね。
「素敵なフォルムでしょう。魔力学的に、破邪の加護を増幅しやすい姿を追求した結果です」
素敵……ですかね?
テヘペロとピースが全てを台無しにしている気もしますが。
なんだか『事前に私が想像していた姿』より、幾分チャラいです。
まあ酔っ払いが作った世界で御加護を得ようとしたら、こんな姿に行き付くのかもしれませんね。
「この破邪マシンの光を浴びると、パワー半減どころではありませんよ」
そう言いながら、サイサクさんは指を鳴らしました。
人間の兵士さん達が私達モンスターを囲み、剣や槍を突き付けます。
「あなた方モンスターは、魔力、腕力、共にゼロとなったのです」
そう、その効果は知っています。
私の記憶通り。
そして、博士さん達に事前に教えていた通り。
このお人形は……
―――――
「ねーねー、ちーちゃん。破邪の魔法って結局三ターンしか効果もたないんだねー?」
美奈子さんが、剣モ完成品をプレイしながら言いました。
剣モとは、チーム皆で作ったRPGゲーム。
そして完成品と言いつつ、正確には時間切れで未完成のままなのですが。
まあとにかく一応の完成品。
「だって攻撃力と魔法攻撃力が半分ってのが、ボスにも効いちゃうのよ。三ターンくらいにしないとバランス悪いでしょ」
「バランスなんて今更じゃーん!」
「あんた達が酔っ払いながら適当な設定やシステムぶっこむのを、私が必死に辻褄合わせたのよ。一人でね」
ちーちゃんさんはそう言って、美奈子さんに軽いデコピン。
「うぎゃー!」
「痛くないでしょ」
美奈子さんはオデコをさすります。
「破邪のマホーなんて中二っぽくて恥ずかしい名前なんだから、もっと強くてもいいのにー」
「どんな理屈よ」
「ふっふっふ! しっかーし! そんなちーちゃんも、私が仕込んだ……いや和田君に仕込ませた、とあるアイテムには気付かなかったみたいだねー?」
不敵に笑う美奈子さん。
怪訝な表情のちーちゃんさん。
「……一体何を仕込んだの?」
「じゃじゃーん! これだー!」
美奈子さんはボス戦中に、アイテム欄の『破邪マッスィーン』を選択しました。
モンスターに、攻撃力ダウンのエフェクトが掛かります。
その後ボスモンスターが勇者さん達を物理攻撃。しかし、ダメージ無し。
魔法攻撃。ダメージ無し。
普通だったら、勇者さんの体力を三割は削る攻撃のはずですが。
「何よこれ。なんで?」
「なんとこの破邪マッスィィィ~ン。モンスター達の攻撃力と魔法攻撃力をゼロにしちゃうのです! しかも永続効果!」
「……ちょっと見せなさい」
ちーちゃんさんはゲームを操作し、破邪マッスィーンのアイテム説明を見ました。
『小型のロボット人形。破邪の光でモンスターのパワーをゼロにする。足はあるけど飾りなので歩けない。一度で良いので青空の下を散歩したいと常日頃から考えている、仏像ロボ。ナームー』
「……無駄に悲しい設定まで付いてるわね」
そう呟くちーちゃんさんに対し、美奈子さんが説明を始めます。
「反モ同の研究所に、眼鏡白衣のガリガリ男いたでしょー? いかにもマッドサイエンティストですと言いたげなー」
「ああ、巨大ロボット乗っ取りマシンを開発したって設定のヤツね」
その巨大ロボットさん乗っ取りイベントは、製作時間の都合上カットしちゃいましたが……
ちなみに反モ同とは、反モンスター同盟の略。
勇者さんに協力する、ちょっと過激な思想団体です。
「あのモヤシ男に百回話しかけると、このアイテム貰えるんだよー!」
「……やられた。全然気付かなかったわ」
「アレだよ。破邪の魔法と機械の融合で超便利アイテムを作り出した的なー?」
説明を聞いたちーちゃんさんは唖然としていましたが、暫くすると笑い出しました。
「あはははっ、もう完全にバランス崩壊じゃないの。アホだねーアンタ達全くもう!」
「バランスなんて崩壊しちゃってる方が、私達のゲームらしいじゃーん?」
「まあ、そうかもね。ははは」
―――――
ってなワケで、破邪マッスィーン。
ゲーム中にグラフィックが用意されていないアイテムでしたので、実物を見るのはこれが初めてですが。
私も良く知っているアイテムなのです。
サイサクさんはこの名前が嫌いなようですが。
すみません。
実は、前世の私が付けた名前です。
「……驚いたなあ」
「……確かに。ウチも実は半信半疑だったけど……まさか本当に。驚いたッス」
博士さんとスー様は、汗を掻きながら呟きました。
その言葉を聞き、サイサクさんは得意気な顔になります。
「そうでしょう。僕も博士の猿真似ばかりでは無いのですよ。対モンスターとして最も有効と言われる破邪術。それに科学の力を合わせ、効果を何倍にも高め……」
「そうじゃないんだよサイサク君。いや確かに成長したキミの独自技術にも驚いたけどさ」
博士さんが、サイサクさんの言葉を遮りました。
「オジサンが驚いたのはね……我が軍の新人四天王ちゃんが『言ってた通り』になってるって事でね」
その台詞の途中。
地面に腰を降ろしていた私は、すっと立ち上がりました。
足に力を入れ、駆け出します。
この走法は、他の皆さんからは『ワープ』に見えるらしいです。
動き回っていれば、誰にも気付かれない。
サイサクさんの机にワープして、上に置いてある破邪マッスィーンを手に取りました。
私は元々非力な上に、破邪の光でパワーダウンしていますが。そんな私でも難無く持ち上げられる程度の軽さです。
破邪マッスィーンを持ったまま、博士さん達の横に走って戻りました。
「新人四天王? そうか、その人狼の子供はどこかで見た顔だと思っていましたが、数か月前に四天王に……」
サイサクさんはそこまで言って、ようやく私が手に持っているものに気付いたようです。
「……破邪マシン……?」
慌てて机上を手で探りながら確認しますが、そこに破邪マッスィーンはありません。
そして再び私の方を見て、驚愕の表情を浮かべます。
「あなた、何故……いつの間にマシンを盗んだのですか?」
私はその問いには答えず、破邪マッスィーンを床に立て、中腰になって蹴り始めました。




