表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/138

変身(さいきょう)

「起きなさい。起きるのですミィ」


 お布団の中でぬくぬくと深い眠りについていた私は、突然の呼び声に起こされました。

 毛布を頭まで被り、目を閉じたまま返事をします。


「うぅーん、まだ眠いです……お兄ちゃんですか?」

「お兄ちゃんではありませんよ。いいからさっさと起きるのです」


 私はぼんやりとした意識で考えます。


 確かにお兄ちゃんの声ではありません。

 女性の声です。


 ママの声ではありません。

 お婆ちゃんの声でも無いです。



 ……誰?



 えっ?

 何?

 泥棒さん!?



「泥棒ではありませんよ」


 謎の声が返事をしました。

 自分で「そうです泥棒です」と言う泥棒もいないでしょうが、私は何故かすんなりとその言葉を信じてしまいます。


 しかし……枕元に立つ謎の女性。


 も、もしかして幽霊!?

 会った事は無いけど、死んだひいお婆ちゃんとか、ひいひいお婆ちゃんとか。

 もしくは大昔ここで自殺した女のひとがいたとか……


「ご先祖さまでも、地縛霊でも、当然浮遊霊でも背後霊でも守護霊でもありませんよ」


 それは良かった。

 オバケだったらどうしようかと。


「あなたがた人狼も、オバケみたいなものでしょう」


 そりゃあそうですけど、そこはそれ。

 確かに魔王軍にはゴーストの方々もいますけど、でも人狼の怨霊は見た事無いですし。

 怖いものは怖いのです。

 まあ何となく雰囲気で察してください。


 っていうか何かおかしいですねさっきから。

 もしかして、私の心読んでません?


「読んでますよ……そう、私は女神なのです」


 へえ、メガ美さんですか。

 どちらのメガ美さん?


「メガ美ではありません、イントネーションが違います。『メガ→美↑』ではなく『め↑がみ』です。オンナのカミサマと書いて女神ですよ。読んで字の如し、繰り返し言いますが女の神様ですよ」


 はぁ……神様なのですか……?


 私は毛布をちょいと上げ隙間を作り、声のする方をおそるおそる覗いてみました。


 眼鏡をかけた女性が立っています。

 何か見覚えのある顔。


 神ってわりにはなんだかラフな格好。

 だぼっとした黒っぽいカットソーに、白くて長いゆるゆるとしたスカート。

 まるで気の抜けた女子大生みたいな。


 ん、女子大生?

 あれ?


 私この人、知ってます。

 昔。とても昔。

 私の前世、美奈子さんのお友達だった……


「……あなた、ちーちゃんさんですか!?」

「誰ですかそれは。人違いでしょう……」


 ちーちゃんさん、いや女神様はそっけなく答えました。

 違うらしいです。

 でも顔も声も全く同じなんですけどぉ……


「実は今日は、あなたにとっておきのお得情報を伝えるため、参上したのです」


 と女神様が言いました。

 スカートがふわりと揺れます。


 そう言えば部屋は真っ暗なのに、女神様の姿はハッキリと見えます。

 女神様が発光とかしてるわけでもありません。

 何故でしょうか。神様パワー?


「お得情報とは、一体?」


 という私の問いに、女神様は「知りたいですか? 知りたい? ん~、どれくらい興味あります?」と、勿体ぶります。

 良いからさっさと教えてください。また寝ますよ。


「ミィよ。非力でチビで小生意気なワリに日頃頑張っているあなたに、神様ボーナスを授けます」

「チビで小生意気……?」


 急に罵倒されました。

 しかし何かボーナスをくれるらしいので、悪口は一旦スルーです。


「神様ボーナス。それは超強くなれる術です」

「超強くなれる!?」

「はい。全てのステータスが、なんと二百四十九と小数点七五倍になるのです」

「二百……えっと、約二百五十倍ですか……!?」


 そんなに!


 唐突なパワーアップ展開。

 青天の霹靂というヤツです。


 私は頭の中で慌てて計算します。

 以前エルフの里で、私は自分のステータスを知りました。

 物理防御、魔法防御、それに素早さは九百九十九なのですが。それの二百五十倍。

 ……つまり約二千五百にも!?


「上限値は九、九、九の九が三つまでです。それ以上は上がりません」


 ええっ、そうなんですか。

 じゃあ防御や素早さは据え置きか。


 しかし我が最大の欠点、攻撃力はどうでしょう?

 私の攻撃力は四。

 その約二百五十倍……


「二百四十九てん七五倍ですよ」


 あっはい。それ倍。

 えーと……


「電卓を貸してあげましょう」

「ああ、ありがとうございます」


 私は電卓を受け取り、計算します。

 四、かける……二、四、九、てん、七、五、イコール……ちょうど九百九十九!


 まるで予め計っていたかのように、ピッタリとカンスト値です。


「これであなたは名実ともに最強モンスターです」

「本当ですかぁ! 凄いです、ありがとう神様!」

「よかよか。気にせんでよかばい」


 唐突に方言になったのは謎ですが、とにかく神様に感謝。


「ではミィよ。この超パワーアップ術の発動方法を教えます。さあベッドから出て」

「発動方法?」


 私は言われるがまま布団から起き上がり、床に立ちました。


「私の真似をするのです。まずは下半身を、こう」

「足を……こうですか?」

「グッド」


 女神様の真似をして、足を肩幅程度に広げ、膝を軽く曲げ中腰になりました。


「次にこうやって、両手の指を折り曲げるのです。まるで卵を掴むように軽く」

「はい、曲げました」

「そして右手を前に突き出し、左手は後方へ突き出す。はいそのポーズのまま一秒くらい静止して、軽く『うおー』と唸る」

「う、うおぉぉ……」


 唸るのですか。

 ちょっと恥ずかしいですが、とりあえず言う通りにします。


「はいそこで急いで両腕を胸の前でクロス! 指の形は崩さず、手の平は自分の顔に向けて!」

「く、くろす!」

「はいまた少し静止したあと、手の平をくるりと回し、手の甲が自分の顔に向かうように! そして両腕をぐるりと、車のハンドルを回すような動作!」

「は、はいえっと……こうですか!」

「そしてまた最初のポーズ、右手を前に、左手を後方に突き出す! そして叫びなさい、変身んんんん!」

「へ、変身んんんんん……!」


 一瞬私の身体がペカーッと光りました。

 部屋内が白い光に包まれ、そして大きな爆発。

 すぐに光は収まりましたが、本棚が倒れるわ、窓ガラスや照明器具が割れるやで、大変な状況です。


「さ、さっきの光は一体……?」

「さあ、今の自分の姿を見てみるのです」


 女神様の言葉に従い、私はスタンドミラーの前に立ちます。

 そこには、全身青黒いプロテクターに身を包み、額にVの字のツノが生えたフルフェイスの仮面を被り、身長も二メートルくらい、そして痩せマッチョな男性の姿が。


「こ、この男の人が……私?」


 声は変わってませんでした。

 ちょっとアンバランスですね。


「おめでとうございます。これであなたは正義のヒーロー、オオカミライダーになったのです」

「お、オオカミライダー!? 何故ライダーなのですか?」

「勿論バイクに乗って戦うからですよ。原動機付きの二輪車、俗に言う単車です。今日からあなたの相棒となる、バトルオオカミーです」


 ふと気付くと、いつの間にやら私の隣にでっかいバイクが。

 ヘッドライトの部分が、狼の頭を模しています。


 バトルオオカミー。

 それならバトルウルフの方が語呂が良さそうですが、まあそういう名前なら仕方無いです。


「でも私、免許持ってませんけどぉ……」

「大丈夫です。警察より早く走れますので」

「な、なるほどぉ……」


 正義のヒーローらしからぬ理屈ですが、モンスターですし一応納得しておきます。


「この姿になったあなたは最強です。最強のステータス、最強の技。必殺技は相手が爆発して粉々になるキックです。頑張ればビームも撃てるでしょう」

「ビーム! 一度撃ちたかったんですよそれ!」

「そうでしょう、そうでしょう。ビームは男の子の憧れですからね」

「私、女の子ですが……」


 ともあれ私は、好奇心も相まってとりあえずバイクに跨ってみました。

 その瞬間、ブルンブルンとけたたましいエンジン音が響きます。

 ミラーやライトも勝手に動き出し、位置調整がかかりました。


「キーとか刺してないのに、勝手に動き出しましたよ!」

「仕様です。ヒーローが発進するたび、いちいちミラーやライト調節したり、クラッチやブレーキ握ったり、キーを回したり、ボタン押したり、『エンジンつかないなあ。寒いからなあ』とか呟きながらチョークいじったりしたら、サマにならないでしょう」

「はぁ。そういうものですか」


 何となくしか分からない考え方ですが、とりあえず納得しました。


「さあミィよ、夜の町に飛び出すのです。そしてあなたを改造人狼に仕立て上げた、悪の秘密結社と戦うのです!」

「分かりました! 改造したのは女神様のような気もしますが、何はともかく、ありがとう神様!」

「よかよか」


 私は、思いっきりバイクのハンドルを回しました。

 バトルオオカミーは勢いよく発進し、私の部屋内を滅茶苦茶にした後、壁を突き破り外に出ます。

 心地よい風が私の顔を刺激しました。


「さあ、待ってろ秘密結社ピョッキャー! 今すぐ壊滅させてやりますよ!」


 私はそう叫び、月明かりの下を爆走するのでした。




 …………




「はっ!?」


 そこで目が覚めました。

 私はお布団から飛び出します。


 部屋は昨日の晩、寝る前のままです。

 特に荒らされた形跡はありません。

 棚も、窓も、壁も無事です。

 バトルオオカミーもありません。


「ゆ、夢……?」


 私はガッカリします。

 パワーアップやビームが、ただの夢……


 いやしかし……万が一と言う事もありますよ。

 一応、試しにオオカミライダーに変身してみようかと考えます。

 とは言え、さっきは変身の衝撃で部屋内が滅茶苦茶になっていました。


 私はパジャマのまま、慌てて庭に出ました。

 ちょうど日の出。

 まだ皆寝ている時間です。


 気合いを入れて変身ポーズ。

 足は肩幅、中腰、指は卵を掴むように軽く曲げて、右手を前に、左手を後ろに。


「うぉぉぉぉ……」


 一秒ほど唸った後、手を胸の前でクロスさせ、一瞬の静止後に手の甲をひっくり返し、ハンドルを回すような腕の動き。

 そして再び右手を前に、左手を後ろに……




「へんっしんんんー!」




「……何やってるんだい」


 お庭で寝ていたドラゴンさんが、片目を開けてポツリと呟きました。

 私の寝ぼけていた頭が、スッキリクッキリしてきました。

 自分のしている事が、急に恥ずかしくなります。



 当然ですが、私は変身しませんでした。



 そうですよね、あんなの夢に決まってるじゃないですか。

 馬鹿なんですか私は。


 オオカミライダー?

 なんだそりゃ。

 なんで変身したら成人男性になるんですか。


 百歩譲って成人男性に変わるとしても、声帯も変わって、声も成人男性のものにならないとおかしいでしょ。

 いやそこはどうでもいいか……


「……えっと……」


 私は顔を真っ赤にして、ドラゴンさんに言いました。


「なんでもありません。本当にどうでも良い事なので……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ