変身(さいきょう)
「起きなさい。起きるのですミィ」
お布団の中でぬくぬくと深い眠りについていた私は、突然の呼び声に起こされました。
毛布を頭まで被り、目を閉じたまま返事をします。
「うぅーん、まだ眠いです……お兄ちゃんですか?」
「お兄ちゃんではありませんよ。いいからさっさと起きるのです」
私はぼんやりとした意識で考えます。
確かにお兄ちゃんの声ではありません。
女性の声です。
ママの声ではありません。
お婆ちゃんの声でも無いです。
……誰?
えっ?
何?
泥棒さん!?
「泥棒ではありませんよ」
謎の声が返事をしました。
自分で「そうです泥棒です」と言う泥棒もいないでしょうが、私は何故かすんなりとその言葉を信じてしまいます。
しかし……枕元に立つ謎の女性。
も、もしかして幽霊!?
会った事は無いけど、死んだひいお婆ちゃんとか、ひいひいお婆ちゃんとか。
もしくは大昔ここで自殺した女の狼がいたとか……
「ご先祖さまでも、地縛霊でも、当然浮遊霊でも背後霊でも守護霊でもありませんよ」
それは良かった。
オバケだったらどうしようかと。
「あなたがた人狼も、オバケみたいなものでしょう」
そりゃあそうですけど、そこはそれ。
確かに魔王軍にはゴーストの方々もいますけど、でも人狼の怨霊は見た事無いですし。
怖いものは怖いのです。
まあ何となく雰囲気で察してください。
っていうか何かおかしいですねさっきから。
もしかして、私の心読んでません?
「読んでますよ……そう、私は女神なのです」
へえ、メガ美さんですか。
どちらのメガ美さん?
「メガ美ではありません、イントネーションが違います。『メガ→美↑』ではなく『め↑がみ』です。オンナのカミサマと書いて女神ですよ。読んで字の如し、繰り返し言いますが女の神様ですよ」
はぁ……神様なのですか……?
私は毛布をちょいと上げ隙間を作り、声のする方をおそるおそる覗いてみました。
眼鏡をかけた女性が立っています。
何か見覚えのある顔。
神ってわりにはなんだかラフな格好。
だぼっとした黒っぽいカットソーに、白くて長いゆるゆるとしたスカート。
まるで気の抜けた女子大生みたいな。
ん、女子大生?
あれ?
私この人、知ってます。
昔。とても昔。
私の前世、美奈子さんのお友達だった……
「……あなた、ちーちゃんさんですか!?」
「誰ですかそれは。人違いでしょう……」
ちーちゃんさん、いや女神様はそっけなく答えました。
違うらしいです。
でも顔も声も全く同じなんですけどぉ……
「実は今日は、あなたにとっておきのお得情報を伝えるため、参上したのです」
と女神様が言いました。
スカートがふわりと揺れます。
そう言えば部屋は真っ暗なのに、女神様の姿はハッキリと見えます。
女神様が発光とかしてるわけでもありません。
何故でしょうか。神様パワー?
「お得情報とは、一体?」
という私の問いに、女神様は「知りたいですか? 知りたい? ん~、どれくらい興味あります?」と、勿体ぶります。
良いからさっさと教えてください。また寝ますよ。
「ミィよ。非力でチビで小生意気なワリに日頃頑張っているあなたに、神様ボーナスを授けます」
「チビで小生意気……?」
急に罵倒されました。
しかし何かボーナスをくれるらしいので、悪口は一旦スルーです。
「神様ボーナス。それは超強くなれる術です」
「超強くなれる!?」
「はい。全てのステータスが、なんと二百四十九と小数点七五倍になるのです」
「二百……えっと、約二百五十倍ですか……!?」
そんなに!
唐突なパワーアップ展開。
青天の霹靂というヤツです。
私は頭の中で慌てて計算します。
以前エルフの里で、私は自分のステータスを知りました。
物理防御、魔法防御、それに素早さは九百九十九なのですが。それの二百五十倍。
……つまり約二千五百にも!?
「上限値は九、九、九の九が三つまでです。それ以上は上がりません」
ええっ、そうなんですか。
じゃあ防御や素早さは据え置きか。
しかし我が最大の欠点、攻撃力はどうでしょう?
私の攻撃力は四。
その約二百五十倍……
「二百四十九てん七五倍ですよ」
あっはい。それ倍。
えーと……
「電卓を貸してあげましょう」
「ああ、ありがとうございます」
私は電卓を受け取り、計算します。
四、かける……二、四、九、てん、七、五、イコール……ちょうど九百九十九!
まるで予め計っていたかのように、ピッタリとカンスト値です。
「これであなたは名実ともに最強モンスターです」
「本当ですかぁ! 凄いです、ありがとう神様!」
「よかよか。気にせんでよかばい」
唐突に方言になったのは謎ですが、とにかく神様に感謝。
「ではミィよ。この超パワーアップ術の発動方法を教えます。さあベッドから出て」
「発動方法?」
私は言われるがまま布団から起き上がり、床に立ちました。
「私の真似をするのです。まずは下半身を、こう」
「足を……こうですか?」
「グッド」
女神様の真似をして、足を肩幅程度に広げ、膝を軽く曲げ中腰になりました。
「次にこうやって、両手の指を折り曲げるのです。まるで卵を掴むように軽く」
「はい、曲げました」
「そして右手を前に突き出し、左手は後方へ突き出す。はいそのポーズのまま一秒くらい静止して、軽く『うおー』と唸る」
「う、うおぉぉ……」
唸るのですか。
ちょっと恥ずかしいですが、とりあえず言う通りにします。
「はいそこで急いで両腕を胸の前でクロス! 指の形は崩さず、手の平は自分の顔に向けて!」
「く、くろす!」
「はいまた少し静止したあと、手の平をくるりと回し、手の甲が自分の顔に向かうように! そして両腕をぐるりと、車のハンドルを回すような動作!」
「は、はいえっと……こうですか!」
「そしてまた最初のポーズ、右手を前に、左手を後方に突き出す! そして叫びなさい、変身んんんん!」
「へ、変身んんんんん……!」
一瞬私の身体がペカーッと光りました。
部屋内が白い光に包まれ、そして大きな爆発。
すぐに光は収まりましたが、本棚が倒れるわ、窓ガラスや照明器具が割れるやで、大変な状況です。
「さ、さっきの光は一体……?」
「さあ、今の自分の姿を見てみるのです」
女神様の言葉に従い、私はスタンドミラーの前に立ちます。
そこには、全身青黒いプロテクターに身を包み、額にVの字のツノが生えたフルフェイスの仮面を被り、身長も二メートルくらい、そして痩せマッチョな男性の姿が。
「こ、この男の人が……私?」
声は変わってませんでした。
ちょっとアンバランスですね。
「おめでとうございます。これであなたは正義のヒーロー、オオカミライダーになったのです」
「お、オオカミライダー!? 何故ライダーなのですか?」
「勿論バイクに乗って戦うからですよ。原動機付きの二輪車、俗に言う単車です。今日からあなたの相棒となる、バトルオオカミーです」
ふと気付くと、いつの間にやら私の隣にでっかいバイクが。
ヘッドライトの部分が、狼の頭を模しています。
バトルオオカミー。
それならバトルウルフの方が語呂が良さそうですが、まあそういう名前なら仕方無いです。
「でも私、免許持ってませんけどぉ……」
「大丈夫です。警察より早く走れますので」
「な、なるほどぉ……」
正義のヒーローらしからぬ理屈ですが、モンスターですし一応納得しておきます。
「この姿になったあなたは最強です。最強のステータス、最強の技。必殺技は相手が爆発して粉々になるキックです。頑張ればビームも撃てるでしょう」
「ビーム! 一度撃ちたかったんですよそれ!」
「そうでしょう、そうでしょう。ビームは男の子の憧れですからね」
「私、女の子ですが……」
ともあれ私は、好奇心も相まってとりあえずバイクに跨ってみました。
その瞬間、ブルンブルンとけたたましいエンジン音が響きます。
ミラーやライトも勝手に動き出し、位置調整がかかりました。
「キーとか刺してないのに、勝手に動き出しましたよ!」
「仕様です。ヒーローが発進するたび、いちいちミラーやライト調節したり、クラッチやブレーキ握ったり、キーを回したり、ボタン押したり、『エンジンつかないなあ。寒いからなあ』とか呟きながらチョークいじったりしたら、サマにならないでしょう」
「はぁ。そういうものですか」
何となくしか分からない考え方ですが、とりあえず納得しました。
「さあミィよ、夜の町に飛び出すのです。そしてあなたを改造人狼に仕立て上げた、悪の秘密結社と戦うのです!」
「分かりました! 改造したのは女神様のような気もしますが、何はともかく、ありがとう神様!」
「よかよか」
私は、思いっきりバイクのハンドルを回しました。
バトルオオカミーは勢いよく発進し、私の部屋内を滅茶苦茶にした後、壁を突き破り外に出ます。
心地よい風が私の顔を刺激しました。
「さあ、待ってろ秘密結社ピョッキャー! 今すぐ壊滅させてやりますよ!」
私はそう叫び、月明かりの下を爆走するのでした。
…………
「はっ!?」
そこで目が覚めました。
私はお布団から飛び出します。
部屋は昨日の晩、寝る前のままです。
特に荒らされた形跡はありません。
棚も、窓も、壁も無事です。
バトルオオカミーもありません。
「ゆ、夢……?」
私はガッカリします。
パワーアップやビームが、ただの夢……
いやしかし……万が一と言う事もありますよ。
一応、試しにオオカミライダーに変身してみようかと考えます。
とは言え、さっきは変身の衝撃で部屋内が滅茶苦茶になっていました。
私はパジャマのまま、慌てて庭に出ました。
ちょうど日の出。
まだ皆寝ている時間です。
気合いを入れて変身ポーズ。
足は肩幅、中腰、指は卵を掴むように軽く曲げて、右手を前に、左手を後ろに。
「うぉぉぉぉ……」
一秒ほど唸った後、手を胸の前でクロスさせ、一瞬の静止後に手の甲をひっくり返し、ハンドルを回すような腕の動き。
そして再び右手を前に、左手を後ろに……
「へんっしんんんー!」
「……何やってるんだい」
お庭で寝ていたドラゴンさんが、片目を開けてポツリと呟きました。
私の寝ぼけていた頭が、スッキリクッキリしてきました。
自分のしている事が、急に恥ずかしくなります。
当然ですが、私は変身しませんでした。
そうですよね、あんなの夢に決まってるじゃないですか。
馬鹿なんですか私は。
オオカミライダー?
なんだそりゃ。
なんで変身したら成人男性になるんですか。
百歩譲って成人男性に変わるとしても、声帯も変わって、声も成人男性のものにならないとおかしいでしょ。
いやそこはどうでもいいか……
「……えっと……」
私は顔を真っ赤にして、ドラゴンさんに言いました。
「なんでもありません。本当にどうでも良い事なので……」




