罪悪感(あやまりがーるず)
「ごめんなさい……私……ごめんなさい……」
ミズノちゃんは、その大きな目から涙をぽろぽろとこぼしながら、私に謝り続けます。
私はミズノちゃんの肩を揺すりました。
「しっかりしてください、ミズノちゃん!」
「わ、私……ごめんなさい、ミィお姉ちゃん……私、お姉ちゃんのお友達になる資格なんて無いのに……」
「ミズノちゃん……?」
お友達の資格?
一体何を言ってるのですか……?
「おいコルァ鳥野郎このシャバガキ……い、いえ、おほん。この鳥! ミズノさんに何をしましたの!」
マリアンヌちゃんがトリとめ像を持ち上げて、問い詰めます。
「別に大した事じゃねーよ。離せよ、頭空っぽのガキのクセによ」
像は煽り口調で憎まれ口を叩きました。
「さっきも言っただろ。ただ混乱魔法の波長を変えて、頭の中で流れる記憶映像を切り変えたんだよ」
「映像……任侠映画とは別の映像を流しているということですの!?」
「そもそもヤクザ映画や不良映画流れてるのはテメーだけだぜ。金髪狼」
やっぱりマリアンヌちゃんの頭の中では、そういう映画が流れていたのですね……
いや今はそれより、ミズノちゃんの異変についてです。
幸いお喋りなトリとめ像は、ペラペラと話を続けます。
「なあに映像を変えたと言っても、別に複雑なモン流してるわけじゃねー。過去の自分のヤラカシの記憶さ」
「ヤラカシ……?」
「あの時こうしときゃ良かったとか、やらなきゃ良かったとかさ。後悔するとか、罪悪感に苛まれるって言うのかねー。いやー陰鬱とするから俺は嫌いなんだけどな、この手のつまんねー人生送ってるヤツには有効なんだな、これが」
後悔。
それはつまり、私がママの植木鉢を壊した時に黙って隠してたけど、結局バレて「なんで隠したりするの!」って余計に怒られて。
ああ、素直にすぐ謝れば良かったなあとか思った、ああいうのですか。
私には、その程度の小さな後悔しかありませんが……
ミズノちゃんはまだ小さいのに大人達に囲まれ、四天王として色々と苦労してきた子です。
人間は当然、仲間であるはずのモンスター達からさえも妬まれ、恨まれ、時には襲われ。
私とは比べ物にならない程の、大きな後悔を抱えるような目に遭った事も、あるのかもしれません。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
ミズノちゃんは謝罪しながら泣いています。
一体この小さな胸に、どんな後悔の念が詰まっているのでしょうか。
私はミズノちゃんの肩を掴み、語り掛けました。
「ミズノちゃん、落ち着いてください。泣いてたら相手の思う壺、余計に体力と魔力を吸われちゃいますよ」
「ごめんなさい……お姉ちゃん、ごめんなさい……」
尚も謝るミズノちゃんに、私は諭すように言います。
「何を後悔しているのか知りませんが、でも後悔しても仕方ないのです。問題はこれからどうするかだって、私が落ち込んだ時にお兄ちゃんが言ってました。ほら、言うでしょ、後悔先に……かかず?」
「後悔先に立たずだろ、馬鹿ガキめ。しかもそれは『後悔しないように前もって気を付けておきましょう』って意味で、励ましの言葉にはなんねーぞマヌケ」
像が茶々を入れてきましたが、私はちょっと赤面しつつも無視します。
私の代わりに、マリアンヌちゃんが像に蹴りを入れました。
「でも……違うの、ミィお姉ちゃん……私、お姉ちゃんを……お姉ちゃんを……」
ミズノちゃんは、真っ赤に充血した目を私に向けます。
そして少しためらう仕草を見せた後……意を決したように言いました。
「私、あの時……お姉ちゃんを、殺そうとしたのに……」
その言葉の後、ミズノちゃんは嗚咽しながら顔を伏せました。
エルフの里での、私とミズノちゃんの戦い。
その後ちゃんと仲直りして、またお友達になれたのに。
ミズノちゃんは、まだあの時の事を気にしていたのですね。
「あんな昔の喧嘩……あの時は、私もミズノちゃんに攻撃しましたし、ミズノちゃんが気に病むことはないですよ! 今仲良しだからそれでいいじゃないですか!」
「でも、私が先にお姉ちゃんを殺そうと……」
「はー、殺そうとした? はははははっ、さすがガキでもモンスター、まさにこの世の害悪だわー! 友達ヅラしてるクセに、ガキ同士で殺し合ってたのか!」
トリとめ像が笑い声を上げました。
私とマリアンヌちゃんが睨みつけましたが、像は気にせず喋り続けます。
「しっかしよー、後悔の相手、しかも殺し合ってた相手がこの場にいるってか。こんなシチュエーションは初めてだなー、さあどうすんのガキども。また殺し合う?」
像の言葉に、ミズノちゃんはビクリと肩を震わせます。
「私、やっぱり……ミィお姉ちゃんのお友達には、なっちゃいけないんだよね……」
顔を上げ、泣き腫れた目で私を見ます。
いつも堂々としているミズノちゃんが、怯えています。
「おーおー、その魔族っ子の後悔を断ち切るには、原因である赤毛狼が引導渡してあげるのがいいと思うぜー。友達の資格が無いってさ。うん、俺も殺しに来るようなヤツとは友達にはなれんと思うな。ほら殺せよ、殺せ! 魔力吸えなくなるのは勿体ねーけど、そっちの方が楽しそうだわ。ほーら殺せ殺せ、殺し合」
「違います!」
像の台詞を遮るように叫んだ後、私は、震えるミズノちゃんの背中に手を回しました。
「誰が何と言おうと、私はミズノちゃんのお友達です」
そう言って、ミズノちゃんを強く抱きしめます。
ミズノちゃんの嗚咽が止まりました。
「お姉ちゃん……でも、私は……」
「そう言えば、まだきちんと言った事は無かったかもしれませんけど……ミズノちゃん」
私は抱きしめていた手を緩め、ミズノちゃんの顔をしっかりと見て、言いました。
「私と、お友達になってくれますか?」
私のその問い掛けに、ミズノちゃんはしばらく唖然としていました。
しかし徐々に目に生気が戻って来て、返事をくれます。
「……うん。うん……! 私も……お願い……ミィお姉ちゃん、私の、お友達になって……!」
「勿論ですよ! 私達お友達です!」
ミズノちゃんは私の胸に顔を埋め、声を上げて泣きました。
私も、いつの間にか涙を流しながら、ミズノちゃんを抱擁します。
「人間に作られた鳥像さんには分からないでしょうけど、ワテらはナニワのゼニ貸し……いえ、わたくし達は高潔なモンスターですの。殺し合いくらいで友情は壊れません事よ! オーッホッホッホッホ!」
マリアンヌちゃんが高笑いをしながら、トリとめ像をぐりぐりと踏みつけます。
確かにそうです。
ヨシエちゃんとマリアンヌちゃんは昔、言い争いが過ぎて殴り合っちゃった事があります。
でも、すぐに仲直りして、その後もずっと親友同士です。
そんなマリアンヌちゃんの言葉には、説得力がありますね。
「それにわたくし、こういう『昔のライバルが戦って分かりあう』って展開が好きですの!」
……ですね。
マリアンヌちゃんが好きなヤンキー漫画とかに良く出て来そうな展開です。
「当然ですけど、わたくしもミズノさんのお友達ですわよ!」
「アイツと一緒に始めたジョギング。ホントはもっと早く走れるはずなのに、アイツはアタシの速度に合わせてくれて」
「ヨシエさんも、多分わたくしと同じ事を言われておりますわ!」
ヨシエちゃんは錯乱した台詞を言いながらも、私とミズノちゃんの背中をぽんぽんと軽く叩きました。
意識があるのか無意識なのかは分かりませんが。
「ほーお、やるね狼ども。そのガキ、また混乱魔法を跳ね除けやがったよ」
そんな像の呟きに対し、ミズノちゃんは、
「……そうみたい。お姉ちゃん達のおかげで、『今まで生きて来て一番後悔してる事』ってヤツが入れ替わったようね。今は博士のおじさまの発明品をわざと壊しちゃった事と、かき氷を間違えて地面に落としちゃった事の二つが同率一位ね」
こう言って悪戯っぽく笑い、「どっちもたいして後悔してないわ」と舌を出しました。
顔色は悪いですが、いつもの調子に戻ったようです。
「もう私には効かないんだから」
「へー、俺に動く手足があったら拍手してるね今。やあ、お安いけど感動的な寸劇見せてくれてありがとな。でも、混乱魔法跳ね除けたからなんだっつーんだ。今の騒ぎの間にもどんどん体力と魔力は食わせて貰ったぜ。てめーら既に死にぞこないだろうが。もう改めて混乱魔法を掛ける必要もねーわ」
像が憎々しい口調で言い放ちました。
マリアンヌちゃんが悔しそうに歯ぎしりをします。
確かに、ミズノちゃんの混乱が解けたのは喜ばしい事ですが、まだ事態が根本的に解決したわけではありません。
「お姉ちゃん達、私とお友達になってくれてありがとう」
急にミズノちゃんがそう言って微笑みました。
「……ミズノちゃん?」
ミズノちゃんは私から離れ、床に転がっているトリとめ像の前まで歩きました。
そして像に手の平を向けます。
「鳥さん、魔力欲しいんでしょ。それも攻撃魔法に変換したら、消化が良くなるんだってね?」
「おー、そうだぜ。なんだ、観念して一気に魔力吸ってくれってか? なら俺は雷の魔法がいいな。あれが一番消化吸収の効率がいいんだな、何故か知らねーけど」
「分かった。雷ね? 私の残った全魔力……それに生命力も、雷の魔法に変換してあげる」
ミズノちゃんの手の平から、バチッと電気の弾ける音がしました。
「ミズノちゃん!? 一体、何を……」
「私の全部……吸収出来るものなら、やってみて?」




