本題(はなしあいがーるず)
「今日皆さんに集まって頂いたのは、他でもありませんの!」
マリアンヌちゃんが勢いよく机を叩きました。
くるくると巻いている長い金髪が、揺れ動きます。
お城の内装……とはあまり関係無い話になっていましたが、とにかくその話に一区切り付いた後、いよいよ今日の本題へと入るようです。
「何か緊急事態だって聞きましたけど」
「そうですの! わたくしがせっかくお店を開いたというのに、お客様が来ませんの!」
……という事らしいです。
「あれ? でもさっき店内を見た時は、結構繁盛してたみたいだけど?」
ミズノちゃんが言いました。
私もさっき、店内にお客さんがたくさんいるのを見ましたが。
「ええ、幸いにも一般のお客様には好評頂けてますの。それはそうなんですけど、でも……その……」
マリアンヌちゃんは軽く赤面し、両手を頬に当て、声が小さくなりました。
「当店のセールスポイントは、他店では珍しい『巨大人狼用の武器が豊富』だという事ですわ。しかし、肝心の巨大人狼のお客様が中々来なくて……つまり、狙ったターゲット層を確保出来ていませんの」
「ふーん。つまりクッキーさんが来ない事だね」
「そうですの……あっ、いや別にクッキー様個人を狙ったわけではありません事よ? まああくまでも結果的には、クッキー様に毎日通って頂けるような店舗作りを? 目指す? かもしれませんわね!?」
ヨシエちゃんを睨みながら、マリアンヌちゃんが喋ります。
「という事で巨大人狼を兄に持つミィさん、そして魔法に造詣が深く頼りになりそうなミズノさんをお呼びしましたの」
「ヨシエちゃんは?」
「アタシは暇だから、ここでゴロゴロしてただけだよ」
「この暇狼は、ずっと入り浸ってますの。ああ、ヨシエさんでなくクッキー様に入り浸って頂きたいのに……いえ、あくまでもメインターゲットのお客様としてですわよ! なんですのヨシエさんその目は!」
口元をニヤつかせながら、ジト目でマリアンヌちゃんを見つめるヨシエちゃん。
マリアンヌちゃんはコホンと咳をして、一度落ち着きました。
「とにかく。クッキー様はオープン当初に一度来店され、お祝いのお言葉を頂いたのですが……その日、ご祝儀的に武器と携帯食をお買いになって、それっきりですの」
「なるほどぉ……お兄ちゃんはショッピングを頻繁にするタイプじゃないですからね」
私はお兄ちゃんの仕事姿を思い返します。
基本的には洞窟の奥で人間さんを追い返したり、フォローさんとトランプとかしたり……
「お兄ちゃんは洞窟の防衛がお仕事なんで、別に毎日戦闘してるってワケでもないのです。武器をすぐ買い替えるって事は無いでしょうね」
もし戦場にいるなら、話は違ったんでしょうけど。
今の所、毎日武器を買う必要性は無いはずです。
「それに非常食や携帯食は、最近入った新人さんがたくさん作ってくださるそうですよ」
「新人って、例の……?」
「あの新人ですの……?」
ヨシエちゃんとマリアンヌちゃんの表情が変わりました。
あれ? 急に空気が冷たく……
「まあ。クッキーお兄ちゃんってば料理作ってくれる子がいるんだね。ふふっ、いがーい……あら、マリーお姉ちゃん魔力漏れてるわよ」
というミズノちゃんの言葉に、更に空気が冷えました。キンキンです。
雰囲気どうこうって事ではなく、本当に温度が下がっています。
マリアンヌちゃんはミズノちゃんに魔力漏れを指摘された後、熱い紅茶を入れ直し、身体を暖めました。
同時に室温も多少戻ります。
「……ふう、とにかく落ち着きましょう。新人さんの件は後で対策すると致しまして。とにかく今はクッキー様ですの」
「別にお兄ちゃんに狙いを定めなくても、他の巨大人狼さんは……」
「それでは意味がありませんの……い、いえ。一番身近なお方を顧客にする事から始めたいと思っておりますの。それが商売の鉄則ですのよ。多分」
「はぁ、そういうものですかぁ」
さすがマリアンヌちゃん。色々と考えているのですね。
私は感心しながらチョコを一口かじり、紅茶を飲みました。
「クッキーさんが好きなモノを置けば、来てくれるんじゃないかな」
というヨシエちゃんの提案に、「それですわ! 置きまくるのですわ!」とマリアンヌちゃんが手を叩き鳴らしました。
「お兄ちゃんの好きなモノですか……うーん……」
お肉でしょうか?
それともお菓子?
パッと思いつきませんね。
妹の私でも、特に好き嫌いしている所を見たことがありません。
「あら簡単よ。ふふっ、クッキーお兄ちゃんの好きなモノなんて、言うまでもないじゃない」
ミズノちゃんが紅茶を片手に呟きました。
「言うまでもないって……それは一体!?」
ヨシエちゃんとマリアンヌちゃんが、机に身を乗り出します。
「クッキーお兄ちゃんの好きなモノ。それは」
「それは……?」
息を飲む二人。
「それはミィお姉ちゃんよ」
「……」
「……それはまあ、そうでしょうね……」
ヨシエちゃんとマリアンヌちゃんが、がっくりとうな垂れました。
「うーん……確かに、お兄ちゃんはちょっと私に過保護なんです。いつまでも子供扱いして」
「いいじゃない、兄妹愛があって。羨ましいな、ふふっ」
ミズノちゃんは微笑みながらそう言った後、マリアンヌちゃんの顔を見ました。
「マリーお姉ちゃんも素直に『もっと来て』って言えばいいのよ。『何も買わなくて良いから顔だけ出して』ってね。クッキーお兄ちゃん優しいから、それで週二、三回くらいは来てくれるよ」
「……まあ確かに。クッキーさんなら来てくれるだろうね」
ミズノちゃんの提案に、マリアンヌちゃんはうつむいて、両手の指先をもじもじと動かします。
「でも、その……わ、わたくしからそう言うのはちょっと、はしたないと申しますか……」
頬を染め、恥ずかしそうに言いました。
「じゃあ私からお兄ちゃんに伝えましょうか?」
「や、やって頂けますの? それならミィさんに甘えさせて頂こうかしら……感謝いたしますわ」
マリアンヌちゃんは私の手を取り、頭を下げました。
こんな些細な事でも、感謝されると照れてしまいます。えへへ。
「ああ、わたくしの気弱さが恨めしいですわ。ヨシエさんのようにズケズケとモノが言える性格でしたら、気苦労しませんのに」
「へー……マリアンヌも結構言う方だと思うけどね……」
そう言って、ヨシエちゃんはコーヒーを一口飲みました。
「ヨシエさんほどではありません事よ。ヨシエさんってば昔……あら?」
「……?」
「……ん?」
突然、私以外の三人が、不思議そうな顔をしました。
マリアンヌちゃんは首の後ろを手で押さえ、ヨシエちゃんは額に手を置きます。
ミズノちゃんはティーカップを机に置き、眉間にしわを寄せました。
「どうしたんですか皆。頭が痛いんです?」
「いや……ミィは何も感じなかった?」
ヨシエちゃんの言葉に、私は首を傾げました。
特に何も感じませんでしたが……?
ミズノちゃんは無口になり、険しい顔で辺りをきょろきょろと見回しています。
「……そうそう。お話の続きですけど。昔のヨシエさんについてでしたわね。昔……そうわたくし達が中学生だった頃……」
「……えっ、中学生?」
マリアンヌちゃんは、手を首の後ろに回したポーズのまま、喋り出しました。
「ヨシエさんは相変わらず無口な女でしたの。それがこの前、うだうだ説教たれてた校長に頭突き八連発も食らわして、停学! そんでボウズですの。アホですの。校長? あれから見てねーよ」
「ああ、あの頃はなんか知らないけど毎日イライラしてたね……家でも学校でも道歩いてても……」
「あ、あのマリアンヌちゃん……? ヨシエちゃん……?」
意味が分からない事を喋る二人に、私は若干引きながら呼びかけます。
「人狼に学校はありませんけどぉ……もし学校があっても、私達まだ小学生ですし」
「……はっ。そうですわよね? あら、あらあら? わたくしったら一体何を口走って……?」
「……なんだ今の……? アタシ何喋ってた?」
何が何やら分かりませんが、とりあえず二人とも正気に戻ったようです。
ヨシエちゃんは頭を押さえながら、自分を落ち着かせるように呟き出しました。
「そうだよね。アタシはまだ小学生。ランドセルにファッション誌と口紅入れてたら、先生に見つかって没収されちゃってさ。でも口紅にプラスチック爆薬を仕込んでたから先生はオシャカ。今頃あの世で大好きなロックンロールを演奏してる所だろうさ。アイツの歌声は世界を狙えるって監督も」
「よ、ヨシエちゃん!?」
「え、ヨシエ? うん、アタシの名前もヨシエ。へえ、アンタもヨシエって言うんだ?」
まったく正気には戻っていませんでした。
「わたくしはマリアンヌですわ。それより最近監督の娘さんが逆上がりをしていたら、空から大きなバナナの葉っぱが落ちて来たらしいですの。おめでたいですわね」
「ど、どうしちゃったんですか二人とも!」
二人ともおかしいです。
異常です。
喋り続けていますが、内容に筋が通っていません。
「み、ミィお姉ちゃん……ちょっとヤバイかも……?」
ミズノちゃんが苦しそうな声を出しました。
顔中に大量の汗をかいて、今にも倒れそうな様子です。
「だ、大丈夫ですかミズノちゃん!?」
「私達、いつの間にか攻撃されちゃってるよ……」




