大好き!魔王様!(のほんばん)
洋風騎士さんは頭部だけとなり、ピクリとも動きません。
どうやら私のクリスタルレインボーが炸裂し、サンイ様が操る魔法効果も切れたようです。
この技の成功率は二パーセントですが、運良く最初の一撃で成功しちゃいました。
何度も避けて蹴って避けてを繰り返す覚悟でしたが、幸先良いです。
「素晴らしいぞミィ君! スネキック、良いものを見せて貰った!」
サンイ様がうるさ……大声で褒めてくださいました。
残っている武者さんと人体模型君も金属音混じりの拍手。
そしてなんとモニター内の魔王様まで、パチパチと拍手をしてくださっています。
体育館内は最初緊張感に包まれ静まり返っていましたが、
「すっげ、なんだあのチビ狼……いやミィ様」
「カチカチ少女とか言うから、防御力だけで四天王になったんだと思ってたわ。ゴリラやん」
「あの技スネキックって言うんだって。スネキック」
と、お喋りな妖精さん達が感想を漏らし出しました。
するとそれにつられ、他の口が悪いモンスターさん達も喋り出します。
「いいぞー! スネゴリラ!」
「おいまだ二体残ってるぞ! ゴリラキックだゴリラ!」
「ゴリラ頑張れー! ファイッゴリラファイッ」
「ゴリラじゃないですぅー! 狼ですぅー! それにスネキックじゃなくてクリスタルレインボーですぅぅ!」
私はつい叫んでしまいました。
妖精さん達が怯えて鍋の影に隠れます。
「あっすみません。別に怒ったわけじゃなくて……いや怒りましたけど、その……」
「ミィ君! 余所見は禁物であるぞ! スネキックは連発不可能! さあ再びスネキックを放てるようになるまで、残り二体をどうやって対処する!」
サンイ様の声に、私は戦い中である事を思い出します。
しかし連発不可能……というわけではないと思うのですが。
確率二パーセントとは言え、とにかく蹴りまくれば偶然連発する事も可能なはずです。
そう、蹴りまくればいいのです。
私は更なる覚悟を決めました。
今度は攻撃を避ける事もせず、とにかく人形さん達のスネを蹴りまくってみましょうか。
私にしては思い切った決断。
ギャラリーを前にして興奮しているのかもしれません。
武者さんと人体模型君が、二体セットで同時に襲い掛かって来ました。
人体模型君の方が少し早く、拳を振り上げ私の顔面を……
「ストップしてください」
魔王様の一声。
それに合わせ、人体模型君と武者さんの動きがピタリと止まりました。
殴られるのを待っていた私はちょっと拍子抜け。
「ど、どうしたと言うのですか、魔王様!」
サンイ様が問いかけます。
「先程の一撃だけで充分面白いものを見せて頂きました。それにサンイさんの傀儡人形には、まだ働いて頂く機会があるかもしれません。ここで全て失うのは痛手です」
魔王様はそうお答えになられました。
「おい。魔王様も、カチカチ少女は人形残り二体にも勝っちまうと思ってるらしいぜ」
「ほー魔王様がそう言うんならそうなんだろうなあ。やっぱ超ゴリラじゃんあの子」
「凄いねゴリ子」
ギャラリー、主に妖精さん達から失礼な声が発せられていますが、無視しましょう。無視。
まだ魔王様は喋り続けられてますし。
「そしてミィさんのスネキック……いえ、クリスタルレインボーですか。この技は厳密にはサンイさんの知っているスネキックとは違いますよ。発動方法が異なります」
「なんと……」
「とにかく、この演目はここで終了という事でお願いします」
「魔王様、わたくしに傀儡術をやめろとおっしゃられるのですか?」
「はい。そうです」
あらら。サンイ様がわなわなと震えておられます。
ノリノリでお人形さんを動かしてましたからね。
興を削がれた形になって、いくら魔王様相手でも怒っちゃって……
「おお、おぉぉぉおお! 魔王様から命令を頂けるとはこの上無き幸せ! なんと有難きお言葉! 我が身砕け散ろうとも必ずや遂行する覚悟でございます!」
な、泣いてる……
怒るどころか喜んでおられます。
えー……ヤバイ人だコレ……
「お姉ちゃん、凄いすごーい!」
席に戻ると、ミズノちゃんが抱き付いてきました。
戦いを見て興奮しているようです。
緊張しきっていた私も、ミズノちゃんの抱擁で日常に戻って来た感覚になり、ホッとしてへなへなと腰が抜けちゃいました。
「ミィちゃんのパワーを皆に見せつけられて良かったじゃない。これで例のマッチョマン達も不用意に近づいてこなくなるよ。多分」
博士さんがそう言いました。
例のマッチョマン達とは、最近私に襲い掛かってくるモンスターさん達多数の事です。
新人の私から四天王の座を奪おうと、待ち伏せしたりストーカーしたりしてくるのです。
まあ最近はそれも少なくはなってきていましたが。
これをきっかけにスッパリ無くなってくれると良いのですが。
『はい、第一演目終了ッス。さっきのミィさんより凄い事出来ると思ってるヤツは、どしどしエントリーしてくれッス。しなくても良いッス。もうミィさんが優勝で良いとウチは思うけど』
やる気のないスー様のアナウンスが流れました。
早く終わらせたいと考えているようですね。
しかしそんなスー様の思惑を余所に、モンスター達が次々にエントリーしてきます。
「二番、スライム部隊精鋭三十体。皆で合体します! 繋がり隊!」
「三番、緑色の火を吹きまーす! まず銅の塊を飲み込んで……」
「四番、腹踊り!」
どんどん一発芸が披露されます。
魔王様は意外にも楽しそうに時々笑いを漏らし、芸が終わるたびに拍手をされています。
普段ゴツくて怖いモンスターの皆さんが、今日は愉快な芸を見せてくれて。
なんだかんだ私も楽しんでます。
「三十二番。僕達は酢豚とシューマイと中華スープを配りまーす」
妖精さん達が体育館内にいる全モンスターに、またもや食べ物を配りました。
これは一発芸と言って良いのか疑問ですが。でも美味しいです。
モニター内の魔王様の元にも、いつの間にか食べ物が運ばれています。
「これはお酒も欲しくなりますね」
「そう思って紹興酒も用意してますよー!」
魔王様のリクエストに即座に答える妖精さん達。
中々ヤリ手です。
『はいじゃあ次のモンスター……えっサンイ様、結局やるんスか……はぁ、嫌ッスけど……仕方ないッスね……チッ』
マイクを持ったスー様とサンイ様が、何やら揉めているようです。
舌打ちなんかしちゃってます。
『えー……では次の演目はサンイ様……と、ウチとミズノさん、それに吸血鬼の皆さんッス……はぁぁぁー……』
「呼ばれちゃった。行かなきゃ」
ミズノちゃんが立ち上がります。
そう言えばサンイ様とスー様、ミズノちゃんは同じチームで何かをやると言ってましたね。
「頑張ってくださいね、ミズノちゃん」
「うん。ふふっ、それなりに頑張るね」
ミズノちゃんは微笑みながら、体育館中央へと歩いて行きました。
「偉大なる魔王様を称える! 讃美歌合唱!」
サンイ様が両手を振り上げ叫ばれます。
笑顔のミズノちゃんに、ぶすっとした顔のスー様。それに吸血鬼さん達十数名が二列に並んでいます。
その列に向かって立つサンイ様。どうやら指揮者役のようです。
魔法で召喚された巨大なパイプオルガンにシンバルや太鼓が鳴り響きます。
荘厳で雄大な音楽。
『おおおおおー』
『我らが気高き魔王様よ永久にあれー我らに勝利を幸福を栄光をたまはせー』
合唱が始まりました。
この歌詞は、数日前からミズノちゃんが必死に覚えていたあのポエムですね。
『御世の長からむことをー』
あのポエムはこの一発芸大会のためだったのですね……
この大会は今朝開催決定されたはずですが。
もしやサンイ様は、以前からこの大会をやるつもりでいたって事でしょうか。
幹部会議中に「魔王様と同じ考えを持っておりました」と言われていましたが、あれは適当に話を合わせたわけでは無かったようです。
『我らが神たる魔王様ーよー』
じゃじゃーんとシンバルの音が鳴り、約五分にも渡る合唱が終わりました。
スー様の目が死んでます。
魔王様は拍手されています。それにつられて城内の皆さんも拍手。
そしてサンイ様は、振り上げた両手をぐっと握りしめ、
「す、素晴らしい……なんと美しき歌詞なのだ……!」
な、泣いてる……
ヤバイですよやっぱりこのお方……
「さあ吾輩の魔王様への忠誠心を越えられるか……! 次はディーノ殿、貴公の番であるぞ!」
サンイ様がディーノ様を指差しました。
城内の視線は、パイプ椅子に座り腕を組まれているディーノ様に集まります。
そうでした。元々この大会はディーノ様とサンイ様のいさかいが原因。
お二方の芸が本番なのです。
一体ディーノ様はどんな一発芸を見せてくれるのか。やはり武芸に関した見世物でしょうか。
「……私は」
ディーノ様が口を開かれました。
サンイの出し物を見ても、一度も顔色が変化しなかったディーノ様。
はたしてどんな芸を……?
全モンスターに緊張が走ります……
「私は参加するつもりは無い。そもそも城内の内装案について、思う所は無い」
……え?
「何を言うのだディーノ殿!? 貴公は和風派であると聞いていたが!」
「言った覚えは無い」
意外な展開に場内がざわつきます。
でも確かに、そう言えば、内装案についてヴァンデ様は「何でも良い」と言われてました。
それがディーノ様の意見であったのならば……
「えー。ウチはてっきりディーノ様は和風派だと思ってたんスけど。ヴァンデ君も」
スー様の言葉に、ヴァンデ様は何だか気不味そうな顔をし、下を向かれました。
もしかして、ヴァンデ様個人が和風を好きなだけなのでしょうか。ふるさとも和風な村でしたし。
その情報が拗れてサンイ様に伝わり、ディーノ様が和風派だって事になっちゃってたのでしょうか?
そして勝手にサンイ様がハッスルして、「ならば吾輩は洋風派である!」とか言って張り合っちゃったりして……
「とにかく私は、魔王様に選ばれた者の意見に従う」
ディーノ様は座ったまま微動だにせず、そう言い切られました。
サンイ様は目を大きく開け、しばし唖然とされていましたが、
「ふ……ふふふ……そうか……ふっふふふ……」
と、急に笑い出しました。
「ふふ……ハーッハッハッハ! そうか、そうだったのか! ハーッハッハッハッハ!」
大きな高笑いが体育館に響き渡りました。
あまりの大声に壁が揺れてます。
そして急にピタリと笑うのをやめ、
「ならばどうでも良い」
と、真顔で言い放たれました。
「はぁ? ちょっとサンイ様、どうでも良いってのはどういう事ッスか……」
「魔王様! そろそろ良いお時間でございます! 審査の程をお願い申し上げますぞ!」
サンイ様はスー様を無視し、床に膝をついて魔王様に話しかけられました。
急に大会を終わらせようとしています。
えっと……結局ディーノ様と勝負したかっただけみたいですね。
露骨に熱意が無くなってます。
モンスター達から不満の声が上がっていますが、それも完全無視です。
「そうですね。ミィさんの戦いが一番面白かったです」
「では勝者を発表する! ミィ君! これにてお開き!」
「はぃ!? えっ、ちょっと……」
唐突すぎる優勝者決定に、皆混乱しています。
「終わりですか、今日は楽しかったですよ。では私は次の予定もありますし、ここで失礼します」
魔王様は早々に通信を切ってしまわれました。
「それでは吾輩も失礼する!」
「ちょっとサンイ様! 無責任ッスよお!」
スー様の叫びも虚しく、サンイ様は霧になって消えちゃいました。
ディーノ様も無言で立ち上がり、体育館出口へと向かわれます。
慌ててそれを追いかけるヴァンデ様。
残されたモンスター達からは、ブーイングの嵐です。
「おい、納得出来ねーぞ!」
「俺まだ一発芸やってないよ!」
「カチカチ少女様! 是非全面鏡張りの内装でお願いします!」
『うるせーーーッス! 黙らないと魂抜くッスよ!』
マイク越しのスー様の怒声に、城内が静まり返ります。
『優勝はミィさん! 以上! 解散!』
「でも……」
『解さぁああん!』
こうしてグダグダの内に、隠し芸大会は終わったのでした。
私が優勝らしいです。
私が優勝。
……どんな内装にしよっかな?




