武者と騎士と内蔵(くぐつ)
お城の内装を決める勝負。
参加者は城内で働くモンスターなら誰でも良い、自由参加。
一番になった人が、内装を好き勝手に出来るらしいです。
「この『勝ったものの意見に従う』という決め方。魔王軍を発足する前から、父とサンイ様が度々取っている方法らしい。今回で六百四十五回目だ」
会議後、ヴァンデ様が教えてくれました。
勝負内容は毎回変わるようです。
純粋な戦いもあれば、腕相撲だったり、軽い時はじゃんけんだったり……そんなくだらない事を六百回以上も……
基本的にはディーノ様とサンイ様、そしてその直属の部下だけの争いが多いようですが、今回は多くのモンスターに関わる事柄のため魔王軍全員が参加可能。
突貫で決まったわりに結構大きな行事になっちゃいました。
「あのぉ。もし私が優勝したら、どんな内装案にしたら良いんですか?」
そう尋ねると、ヴァンデ様は「そもそも参加しなくともよいが」と呟き、私の目をじっと見て答えられました。
「なんでもいい。ミィの好きにしろ」
―――――
「博士! 君もそろそろ吾輩の部下になりたまえ!」
「いやー、自分はディーノ様に拾って貰った恩もありますし」
「魔王様以外の者に恩義を持つと言うのか!? なんと不毛、なんと無意味! その様な歪な思想は早々に改めるべきであるぞ!」
私が魔王城内体育館に行くと、サンイ様が博士さんを勧誘していました。
体育館の端に複数設置された長机とパイプ椅子。
色んな部隊の隊長さんや顧問さん、とにかくお偉方がたくさん集まっています。
その一番前の目立つ席に、サンイ様がとても偉そうにどっかと座っておられます。
チープなパイプ椅子なのに、雰囲気がまるで王侯貴族。
博士さんはその前に立って、頭を掻きながら苦笑いしていました。
そのすぐ近くでは、スー様が不機嫌な様子で「他の業務もあるのに……」と愚痴りながら座っています。
「同期入社のスー君もいる事だし、色々とやりやすかろう。スー君もそう思うであろう!」
スー様は急に話題が自分に振られ、嫌そうな顔を隠さずに返事しました。
「ウチはやりづらいからお断りッス。同期と言っても兵器開発局長は博士課程高学歴サマなんで、ウチより年上だし。絡みづらい事この上無い」
「はっきり言うねえスーちゃん。まあ部下になるつもりはないけど」
っていうか、博士さんとスー様は同期入社なのですね。
絡みづらいと言いながら、いつも遠慮なしに会話してる気がしますけど。
「そのような些細な理由! 魔王様へご奉仕したいという気持ちの前では小さき事! いかん、いかんぞ! 若者はもっと志を高く持ちたまえ!」
「若者って……中身は五百越えた爺さんとはいえ、見た目ハタチ程度の人に言われるとちょっとムカツクッス」
「相変わらずお元気ですよねえサンイ様は。どうしてそんな元気があるんすか」
「それは吾輩、本来夜型の所を必死にテンションを上げて昼に活動しているためである!」
なんて会話を聞きつつ私もパイプ椅子に座ると、その後すぐにミズノちゃんがやって来ました。
「あら、皆早いのね。ふふっ、上司より遅れて来ちゃった。ごめんなさぁ~い」
と笑って、私の隣の椅子に座ります。
すると妖精さん達が、紙の深皿を数人で抱えながら私達の前に運んできました。
お皿の中には熱々の中華スープが。
「な、なんでスープの配布を?」
「中華のよさをミィ様やミズノ様にも分かって欲しくて……あっ、欲しいアル~。もしこの勝負でお二人のどちらかが優勝したあかつきには、是非とも中華でヨロシク担々麺。ア~ル~」
妖精さん達はそう言った後、「ホイコーローにゴマ団子ー」と歌いながら、大鍋とカセットコンロが置いてある長机へと帰っていきました。
どうやらお城の内装を中華にしたい派のアピール作戦のようです。
何故、どう見ても西洋風なモンスターである妖精さんが中華派なのか。
そして何故、アルと言い直したのか。
謎は深まるばかりですね。
「わあ、美味しいねお姉ちゃん」
「はい。こんなコクがあるスープ初めてですぅ!」
「でもスープと内装って関係無いわよね。内装が中華風になっても、別に毎日中華スープが飲めるわけじゃないもの」
ミズノちゃんが冷静に突っ込む中、ディーノ様とヴァンデ様もやって来られました。
ディーノ様は一番前の列に、サンイ様から数席離して座られます。
その直後、ゴブリンさん達が机とモニターを運んできて、ディーノ様とサンイ様の間の丁度真ん中に設置しました。
「あのモニターに魔王様が映るの」
ミズノちゃんが教えてくれた通り、魔王様の白い仮面がモニターに映し出されました。
場が緊張に包まれ、静まり返ります。
そう言えば体育館内のいたる所に、カメラが設置されています。
どうやらこちらの映像を魔王様のお部屋に送っているようですね。
「開始まであと五分程あるので、皆さんどうぞお気軽にご歓談などを」
という魔王様のお声が、モニター横のスピーカーから流れました。
でも、魔王様の前で雑談しろってのは無理な話。
皆一様に口をつぐみ、時間になるまで静かに待つつもりです。
妖精さん達もスープ配布をやめて、鍋の横に体育座りしています。
しかしただ一人、サンイ様だけが大きな声を出されました。
「おおお、なんという寛大なお心遣い! 我ら愚かなる魔物達を導く、荘厳なるお言葉! さあ何をしている皆の者、懇話せよとの魔王様からの命令ぞ!」
いやだから無理ですって。
モンスターの皆さんは、一斉にサンイ様から目を逸らしました。
「お姉ちゃんはどういう内装にしたいの?」
ミズノちゃんは魔王様の前でも慣れているためか、それともサンイ様に気を遣っているのか、普通に雑談モードに入りました。
私もここ数ヶ月幹部として働いて、魔王様がこんな事でお怒りになる事は無いと分かっているので、気軽に返事をします。
「そうですね。そもそも参加するつもりは無いし、特に希望は無いんですけど……」
上司に合わせるべきかなと思っていたのですが、ディーノ様がどんなお考えを持っておられるのか、まったく知りません。
ヴァンデ様には「好きにしろ」って言われちゃいましたし。
私の好きな内装っていうと……
「お菓子の家……いや、家じゃおかしいですね。お菓子の部屋とか、お菓子の廊下」
「ふふっ……ふふふふっ。お姉ちゃんらしいね……ふふっ」
ミズノちゃんが可愛らしく笑いました。
口を手で隠しながら、珍しく爆笑しています。
そ、そんなに変な答えだったかなぁ?
「ミズノちゃんは、優勝したらどうします?」
「私はお父様の考えに従うだけよ。私とスー様はお父様と同じチームで参加するの」
「えっ、チーム?」
てっきり個人戦かと思っていましたが、チーム戦だったのですか。
これは漫画とかでよくある、団体戦バトル展開ですね。
主人公は仲間達と一緒にチームを組んで、トーナメントを勝ち上がる。
トーナメント参加のきっかけになった敵がいるチームは、偶然上手い具合に決勝戦で当たるような組み合わせに。
途中でチームの大黒柱かつ師匠ポジションだった年長キャラが死んだり、補充要員で昔の敵キャラが仲間になったり。
準々決勝あたりで唐突に新技思いついたり、決勝前なのに激しい修行始めたり、優勝しても大会運営の人が実は黒幕で新たな敵になったりするんですね!
『えー、時間になったから始めるッス。ウチが司会進行、および参加もする軍師のスー。よろしくッス』
いらぬ妄想をしていると、スピーカーからスー様の声が大音量で流れ、現実に引き戻されました。
ついに始まっちゃっいました。
とはいえ私は参加しないので気楽なもんです。
『サンイ様曰く。城内の内装は、魔王様の事を第一に考えた上で決めないといけないらしいッス。今日はそういう考えを持ったモンスターを選出するための勝負。なので今回のルールは、生まれつき図体デカかったり魔力高い者が有利になるような戦闘方式にはしないッス。ノーバトル』
「うむ! 誰もが平等に勝者となれるのだ!」
マイクとスピーカーを通して喋っているスー様よりも、サンイ様の肉声の方がうるさ……大きいです。
『簡単に言うと、一発芸を披露して、魔王様に一番喜んでもらったヤツの勝ちッス。参加は個人でもチームでも可』
……一発芸?
「一発芸では無い! 神である魔王様への奉納儀礼である!」
『あー、奉納ギレーらしいッス』
なんだか想像していた勝負と違います。
もっとモンスターらしく激しい戦いを繰り広げるものだと思っていました。
まあしかし見学者の私としては、見るのも怖い喧嘩より、楽しい一発芸の方が良いですね。
魔王様も「なるほど。面白そうですね」とおっしゃっています。
「しかぁし! 血沸き肉躍る争いもまた我ら魔物の本分である! そこでオープニングセレモニー兼最初の奉納儀礼は、それに相応しい荒々しき演武とすべき!」
おや、なんだかきな臭い流れですよ。
私には関係ありませんけど。
「勇気ある第一演者が、おどろおどろしき深淵の妖達と一人で闘ってくれるという! まずはその妖を紹介致しましょうぞ!」
サンイ様はそう叫んで、指をパチンと鳴らされました。
すると体育館の真ん中に、三つの模様が浮かび上がります。
魔方陣と言うのでしょうか、円の中に四角やら三角やら複雑な図柄が描かれています。
「詛呪の鎧武者! 殺戮の甲冑騎士!」
サンイ様の紹介に合わせるように、二つの魔方陣から人型のモンスターさんが迫り上がってきました。
まるで舞台仕掛け……いやどっちかというとタケノコですね。地面から生えて来ます。
魔方陣から現れたのは、全身和風武者鎧のモンスターさんと、全身西洋風甲冑騎士のモンスターさん。
剣を構えポーズを取っています。
洋風騎士さんはフルフェイスの鉄仮面を被っているため顔は見えませんが、和風武者さんは本来顔があるべき場所が空洞となっています。
どうやら鎧だけが動いているタイプのモンスターさんらしいです。
なるほど。今回の内装案は主に和風、洋風、中華風の三派に分かれています。
その三つに合わせて、和風、洋風、中華風の鎧モンスターさん三種を用意したって事ですかね。
きっとこの後は、私の前世世界で言う所の三国志に出てくるような中華風鎧のモンスターさんが……
「夜中になると動く恐怖の人体模型君!」
中華は全然関係ありませんでした。
身体の右半分の皮膚が無く、内蔵が丸出しの人体模型が現れます。
カタカタ動いてピースサインしてます。怖いです。
「ほほう、サンイさんお得意の傀儡人形ですね。お目に掛かるのは軍立ち上げの時にお世話になった以来です。しかもあの頃使っていたのと同じ三体。懐かしいですね」
モニター内の魔王様がそう呟かれました。
その言葉を聞き、サンイ様は「お心にお留めくださっておられたのですか! なんと有難き事!」と目を輝かせています。
でも今の話によると、あの鎧と人体模型さん達は生きているモンスターではなく、無機物のお人形をサンイ様が動かしているようですね。
「しかしその鎧達は、一体で一部隊に匹敵する程の強さでした。それを同時に三体も相手に出来る方がいるのですか?」
わあ怖そう。
そんなのと戦おうって思ってるモンスターさんがいるのですか。まさに命知らず。
両親から貰った体をもっと大事にすべきですね。
まあいいか。今日の私は見てるだけですので。
「そう。並のモンスターでは無理でしょう! 部隊長クラスでも不可能! しかしこれに挑戦する第一演者は違う! 余力を残した上で、軽々と勝利を掴む!」
へぇ。そんな強い方がいるんですね。
誰でしょうか。
四天王の誰か?
もしかしてミズノちゃんやトサカさん?
そんな、ダメですよミズノちゃん。もっと自分を大切にしないと。
「そう、その演者とは……そなただ!」
サンイ様はその長い指を伸ばし、私の顔を差しました。
「……えっ?」




