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夕日(あかい)

 ヴァンデ様が優しく微笑んでいます。


 どうしたのでしょうか。

 いつもは、立場に似合う無表情なキャラ作りをしておられるのに。


「……って、わわわわっ!?」


 ヴァンデ様は私を抱えたまま、大きく飛び跳ねました。

 穴から抜け出て、そのままの勢いでお城のてっぺんまで上昇。

 屋根の上に飛び乗りました。

 衝撃にびっくりし、私は思わず目を瞑りながら、ヴァンデ様の首に手を回しちゃいます。


「目を開けてみろ」

「えっ、はい」


 目を開けると、一面の赤でした。

 屋根の上から見える夕焼け、夕日。


「綺麗……」


 思わず目を奪われる景色です。


「寂しい時、私はいつも気晴らしにここで夕日を見ていた。秘密の場所だ」


 寂しい時、ですか。

 ヴァンデ様でも、そう感じる時はあるのですね。

 それもそっか。まだ子供なのに魔王軍に入って、周りも敵だらけの環境で……


 私がさっき「寂しい」と呟いたので、気を遣ってここに連れて来てくれたのでしょうか。

 ヴァンデ様の秘密。

 慰めてくれるような、オレンジ色の光が私達を包み込みます。


「あの、ありがとうございます」


 私はそう言って顔を上げ……今更気付きました。


 顔が近い。


 というかお姫様抱っこされてます。

 そして私も、ヴァンデ様の首に抱き付いてます。


「あ、あああああ! 申し訳ございまひぇん!」


 私が慌てると、ヴァンデ様は察して降ろしてくれました。

 泥だらけの私。

 ヴァンデ様の胸とお腹にも、泥がたくさん付いちゃってます。


「ごめんなさいぃ、お召し物に汚れが」

「私は気にしない」


 ヴァンデ様はそう言って、夕日を眺めています。

 私も空を見上げました。

 楽しい、悲しい、少し落ち着く。

 夕日……そう言えば私の前世、美奈子さんは、ガサツな酒飲みだったワリに夕日が好きでした。

 そのせいか、私も嫌いではないです。


「赤いなぁ……」

「ああ、そうだな」


 しょぼい感想しか出ませんでしたが、それでもヴァンデ様は相槌を打ってくれました。

 私はヴァンデ様の顔を、バレないように横目で見ます。

 今はいつもの無表情キャラ。でもさっきはちょっと笑ってたような。

 そう言えばさっき穴の中で、「見つけた」って呟かれていました。


「あ、あのぉ……私の事、捜索してくれてたんですか?」

「うむ。ミズノがお前の事を探していてな。行方不明になったと」


 約束の時間になっても現れなかったせいで、やっぱりミズノちゃんに心配をかけちゃってました。

 送迎用ドラゴンさんはお庭にいるので、私はまだ城内にいるはずだと探し回ってくれていたらしいです。

 後でお礼と謝罪をしておかないと。


「そしてお前が城門に向かう姿を見たというモンスターがいてな。あの辺りを探し回った」


 ヴァンデ様の服を見ると、私が付けた泥以外にも、草の切れ端や小さな植物の実がくっ付いています。

 私のために、ヴァンデ様が?


「あ、ありがとうございます。あの、えっと、私……」

「構わん。それに俺も、今日はお前に用があったんだ」

「用、ですか?」


 ヴァンデ様は空に顔を向けたまま、懐から黒いケースを取り出しました。

 手の平に乗る程度の大きさで、四角く、装飾品を収めるケースです。


「ミィには姉上の件で世話になった。それに父上も……写真、感謝している」


 ヴァンデ様はこちらを振り向き、どこかぶっきらぼうにケースをパカッと開きました。


「気に入っているようだったのでな」


 中に入っていたのは、ネックレスです。

 鬼人の里で見た、鬼さんネックレス。

 鬼さんの顔を模した飾りが付いています。

 可愛くデフォルメして、ツノがまるで猫耳みたいに見える鬼さんです。

 えっと、このネックレスが一体……


「誕生日プレゼントだ」

「ふぇっ?」


 急な展開に固まる私の首に、ヴァンデ様がネックレスを掛けてくれました。

 頭の後ろに手を回され、ドキッとしちゃいます。

 えー、誕生日プレゼントらしいです。


 誕生日プレゼント。


 ヴァンデ様が、私に!?

 プレゼントぉ!?


「そそそそそそそそんな、こんな高級なモノをぉ!?」


 このネックレス、お値段が中々な物でした。

 しかも確か、ヴァンデ様のお母様がデザインしたという大切な……


「受け取って欲しいんだ。ミィに」


 そう言われては、断るのも失礼です。

 私は素直に受け取り、お礼をいいました。

 あ、いけない。顔がにやける。

 なんだか……とっても嬉しい。


「あの時、姉上に向かって……私を守ると言ってくれて嬉しかったんだ。俺は軍に入っていつも孤独だった」


 ヴァンデ様は私の目を見つめて、そう言いました。

 夕日のように真っ赤な瞳。

 人と目を合わせるのは苦手な私ですが、何故だか今日はじっと見つめ返す事が出来ます。


「あぅっ、えっと、その……そうだ」


 私はふと思いついて、ポケットに手を入れました。

 痩せたからまた履けるようになったジーンズ。

 普段はポケットに物をいれません。

 でも今日は朝、バッグから出した小物をきまぐれにポケットに入れっぱなしにしていたのです。


「これ。あの、ちょっと形が崩れて、泥も付いちゃいましたけど……守る御利益があるかもって、その、えっと……」


 私が取り出したのは、白くて無地のお守りです。

 エルフの里で貰った、恋愛成就のお守り。

 本当は今日、マリアンヌちゃんのお店で鑑定するつもりで持って来ていたのですが。


「くれるのか?」

「ひゃい!」


 自分でも分かりません。

 どうして突然このお守りを、ヴァンデ様に渡したくなったのか。

 魔力も切れてて、何の役にも立たないお守り。


 私が持ってる高級なものなんて、このお守りと空気清浄機くらいしかないから、お返しとして咄嗟にこんなものしか思い浮かばなかった?


 いいえ、違います。そんなんじゃないです。

 分かんないけど、多分。


 以前、ヨシエちゃんが戦闘に赴くお兄ちゃんにこのお守りを渡した時は、「恋愛目的じゃなくても、身を守ってくれるかもしれないから」って言ってましたけど。

 それと同じ理由?

 私、ヴァンデ様をお守りするって約束しましたし。


 ……ううん。それもなんか違う気がする。


「ありがとう。大事にする」


 ヴァンデ様はお守りを受け取った後、夕日を見上げました。

 いつも真っ白なヴァンデ様のお顔が、真っ赤に染まっています。

 夕日に照らされているからでしょうか。


 私の顔が赤いのは、お日様のせいだけじゃないです。

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