空のお守り(かちはあるか)
「わたくし、来月ついにお店をオープン致しますの! オーホッホッホッホ!」
ある日の朝。
マリアンヌちゃんが、いつもより一層大きな声で高笑いしました。
お店とは、マリアンヌちゃんのママが新しく経営するセレクトショップ、という名目の実質大きな百貨店の事です。
その百貨店建屋内の一店舗を、マリアンヌちゃんが任せられることになっているのです。
「ふーん。何の店? 肉屋? 八百屋? あ、分かった乾物だ」
「食べ物屋さんではありませんわ」
ヨシエちゃんの質問に、マリアンヌちゃんは「コホン」と咳払いをし、胸を張りました。
「わたくし、考えましたの。商売として狙い目、つまりこの村に足りない物は何か。せっかくお店を任せられるからには、繁盛させたいですもの」
さすが中ボスのマリアンヌちゃん。
しっかりした責任感とビジョンを持っています。
「この村に足りない物。それは、戦う人狼のためのお店ですわ!」
「戦う人狼のため?」
「そうですわ。つまり……」
マリアンヌちゃんの説明によると、いわゆるRPGで言う所の『武器屋』や『道具屋』の事らしいです。
確かに人狼の村には、そのようなお店はありません。
なぜならゲーム中でも無かったからです。
「今まで入手困難だった、特殊な人狼用アイテムを揃えようと思っていますの」
「なるほどぉ。そう言えばお兄ちゃんや魔王軍の人狼部隊でも、特に巨大人狼用の武器調達で苦労してるみたいです」
「ですわよね! わたくしも部下に調査させ、そのようなアンケート結果になりましたの!」
巨大人狼はボスキャラなので個体数が少なく、巨大狼変身後にピッタリな武器があまり作られていないのです。
なので遠くからの取り寄せだったり、場合によってはオーダーメイドで注文しています。
ちなみにプチギである私も、更に個体数が少ないレア種族なので、ピッタリな武器がほとんどありません。
単純に非力で武器を持てないから、という側面もあるのは否定できませんけど。
「という事で、巨大人狼にもピッタリの付け爪、付け牙、エクステ、プロテクター等々。それに巨大人狼も満足出来る、大盛り兵糧などを仕入れておりますの」
「凄いです! まるで、私のお兄ちゃんに狙いすましたかのようなラインナップですね!」
「いや。実際狙いすましてるよね、それ」
ヨシエちゃんがそう呟くと、マリアンヌちゃんはゴホゴホと咳をし、
「勿論普通サイズの人狼用アイテムも豊富ですわよ?」
と言いました。
「と、とにかく。そういう便利なお店を目指す志を持っておりますの」
「お兄ちゃんや魔王軍の皆さんにも言っておきますね。きっと常連さんになると思います!」
「オーホホホ! ぜひお願い致しますわ、ミィさん!」
マリアンヌちゃんは再び大きな高笑い。
人狼族専用のアイテム屋さんとなると、お兄ちゃんや軍の人狼部隊さん、それに私も通う事になると思います。
目の付け所が鋭いですね。
「クッキーさんが常連かあ……」
ヨシエちゃんは、マリアンヌちゃんの顔をじーっと見ています。
「その時はアタシも常連になってあげるね」
「……よ、よろしくお願い致しますわ、ヨシエさん。オホホホ」
マリアンヌちゃんの笑顔が、何故か引きつりました。
「ところで、建物の中にはパーティーホールもありますの」
そう言ってマリアンヌちゃんは、一枚の紙を出しました。
百貨店建物内の図が描かれています。
マリアンヌちゃんが「この一角ですの」と、三階にある広いスペースを指差しました。
「来週のミィさんのバースディパーティー。ここで開きたいと思っておりますの」
「ぱーてぃー!」
マリアンヌちゃん、いや正確にはマリアンヌちゃんのお爺ちゃんに、私のお誕生日パーティーを企画して貰っているのです。
元々マリアンヌちゃん宅内にある大ホールで予定されていましたが、変更したいとの事です。
「お母様の宣伝のためですわ」
四天王である私のパーティーには、人狼族の色んな偉い人が参加されるようです。
その方々に、新しく作った百貨店ビルのアピールも、ついでにやっておきたいと言う事ですね。
まあ色々な思惑がありますが、お誕生日パーティーを開いて頂くのはとてもありがたいです。
「そうですわ。パーティーには、何か珍しい小物なんかを持参頂けると、面白いものを見ることが出来るかもしれませんわよ」
「珍しい小物?」
「そうですの。実は仕入れで偽アイテムを掴まされないように、お母様が鑑定機を購入致しましたの!」
鑑定機とはその名の通り、アイテムの使い方や価値を鑑定してくれる機械。
ゲーム中では、ステータス画面で読めるアイテム説明文そのままと、そのアイテムの値段を表示してくれます。
プレイヤーからすると「いやもうその情報知ってるよ」としか言いようが無い、どうしようもない機械だったのですが……
実際今いるこの世界では、ステータス画面確認なんて出来ませんので、中々便利な機械になっています。
しかしとても高級な機械なので、私も実物を見たことはないです。
「しかも最新型。さらに外見はお母様特別デザイン仕様。うちの店にしかない鑑定機ですわ!」
さすがマリアンヌちゃんのママ。
その鑑定機を、誕生日パーティーでの余興ついでに試運転してみるそうです。
―――――
お守りが真っ白になっています。
エルフの里で貰った、恋愛成就のお守りです。
白い厚めの布地で出来ています。
貰った時は『えるふ祈願』と、一見何がご利益なのか分からない黒文字が書かれていたのですが。
今日久々に棚から出して見てみると、その文字が消え、ただ白いだけの小袋になっていました。
「魔力が無くなったからでしょうか?」
エルフの里での一件。
ミズノちゃんに、このお守りに込められていた魔力を分け与えました。
勇者さんに刺された傷を回復するため、魔力の補給が必要だったのです。
今思うと、あの時点でちょっと文字が薄くなってたような気も、するような。しないような。
「でも、これじゃ価値を測ってもしょうがないですね」
私は、試しに鑑定機に通してみたい小物が何かないか、部屋の中を漁っていたのです。
と言ってもロクなものが無く。
高そうなものと言えば空気清浄機と……うん、空気清浄機だけですね。
珍しいものと言うと、以前魔王様のお城で拾った『透明な箱』なんかがありますが。
これはなんだか鑑定するのが怖いのでやめておきましょう。
「となると、やっぱりこのお守りくらいしかないんですけど」
でも、魔力の無くなったお守りです。
そんなものに価値があるのでしょうか?
鑑定してみた所で……
「みた所で……いくらになるのでしょうか?」
魔力切れのお守り。
当然、ゲーム中にそんなアイテムはありませんでした。
では一体どんな説明文と、お値段になるのでしょうか?
「……ちょっと、気になってきました」
どうでもいいこと程、気になっちゃう時ってありますよね。
私はお守りをバッグに入れました。




