お喋り僧侶(はなしがながい)
「いやそれはお兄ちゃん悪くないよ! えっちでもない。全然えっちじゃないよ。十六歳なら普通フツー! そりゃミィちゃんくらいのお年頃なら不潔に思っちゃうかもしれないけど、それでお兄ちゃんを嫌っちゃうのは可哀想だよ。出来るだけ優しい態度で目を合わせながら『誤解してごめんね。お兄ちゃんの事嫌いになんてならないよ』とか言ってあげるべきね。うん。だって男なんて皆そうなんだもん。聖職者でさえ裏で何やってんのか分かったもんじゃないのよね。私が教団にいた時も、お偉方がやれ女に手を出したとか男に手を出したとかたくさん噂が合ってさ」
「は、はぁ……いや別に、お兄ちゃんの事を嫌いになったわけではないんですけどね……あと話がどんどんズレてますけどぉ……」
わんわん洞窟入口近く。
私は倒木をベンチ代わりにして座り、何故か、僧侶さんに兄妹間問題の相談をしていました。
サイコロステーキスライムさんが隠れながら、心配そうにこちらを覗いています。
「手を出すと言えばさ、最近私寝る前のアロマに手を出してみたの。でも匂いが気になって逆に眠れなくなってすぐに止めちゃった。あははは、でも匂いと言えば、モンスターにも色々な匂いがあるじゃない? この辺にも生息してるサイコロステーキスライムとか、なんだか冷めた油のような匂い。あれ私意外と好きなんだよ、ミィちゃんはどう? え? 苦手? でもさ」
お話を聞きながら、私は考えました。
僧侶さんは勇者さんの仲間。
なので、ここはやっつけて捕虜にして、恐ろしい拷問により勇者さんの居場所を聞き出す……
という事を、やらないといけないのでしょうけど。
なんだか凄くフレンドリーに「あれ、ミィちゃんなんだか元気ない? お悩み中かな?」と話しかけられ。
私もつい「あっはい実はさっき……」とお兄ちゃんのえっちな本の事を言ってしまい。
お仕事を遂行するタイミングを失ってしまいました。
「それであのクソクソ言ってたガリガリ戦士、あいつ急に夜中に逃げやがったのよ。私を置いて……! しかも所持金全部持ち逃げよ、持ち逃げ! 全部! もう私悔しくて悔しくて。アイツもし見つけたら、あの他人の悪口ばっかり達者な口に石詰めて、縫い付けてやるんだから! あ、それとも縛って百叩きかな! そうそう百叩きと言えば! 私が教団にいた時、お布施を横領して百叩きにされた信者がいたんだけどね。その横領したお金の使い道ってのが、なんと大量の宝クジ。モンスターの村にしか売ってないクジらしくて、変装までして買い占めて。それも当たるのはお金じゃなくてお饅頭とか空気清浄機とからしくてさ、そんなの買うなんて馬鹿みたいよね」
「はぁ……あははは……」
男は皆えっちだという話から更にどんどん話題が逸れ、サイコロステーキスライムさんについて、僧侶さんが抱える身近な男への愚痴……さらにどこかで聞いた事があるクジの話になっていました。
しかし僧侶さんの愚痴によると、どうやら戦士さんは、ゲーム通り勇者さんを裏切ってしまったようですね。
本来のシナリオとはだいぶ前後しましたが、所持金全部パクって逃げちゃった所はゲームと一緒です。
ちなみに戦士さんは、その後ゲームには登場しなくなります。
おそらく今頃は、遠い国にでも逃げ去ったのではないでしょうか。
「あっそうそう、それでアイツがお金持って逃げたせいで、私達今路銀に困ってるのよ。それで前にアイツがミィちゃんと戦った? いや襲った? まあロリコンに目覚めた時ね。その時にこの洞窟前に、高級な剣を置き忘れてたらしいのよ。それを勇者様が思い出して、私がパシリみたいに探しに来たんだけど……やっぱ無いわよね。もう何日も前の話だし、誰か持って行っちゃったか。あ、そうそう持って行ったと言えばね」
また話が逸れていますが。
僧侶さんは意図しているのかいないのか、勇者さんの近況を所々で喋ってくれました。
長い、というか無駄な話が多いので、要点だけをかいつまんで言います。
現在勇者さんは、資金集めのため色々なクエスト依頼をこなしているそうです。
更に執拗な程に雑魚モンスターを狩っていると……おそらくRPGで言う所の経験値アンドお金稼ぎモードに入っているのですね。
そして今日は勇者さん一人でこなせる依頼だったので、暇になった僧侶さんが剣の回収に来てみた。
という事らしいです。
「えぇぇ……人間の女性一人で人狼族の縄張りに入って来て、襲われなかったんですか?」
「別に何もなかったけど。えっ、もしかして襲われちゃうの? やだ聞いてないよそんなの、怖っ! 会ったのがミィちゃんで良かった!」
いや、私も魔王軍のモンスター、しかも幹部なんですけどぉ……まあいいか。
しかし、一人の人狼とも会わずにここまで来れたとは。
流石勇者さんのお仲間なだけはあり、運が良いです。
わんわん洞窟が、人狼族縄張りの端っこに位置するから、って事もあるでしょうが。
「それでその最近勇者様がよく会ってる、反モンスター同盟の技術開発部長って男。まだそこそこ若いんだけどムカツク奴でさー、もう! 『貴女、身体中を緑の絵の具で塗りたくって、魔王軍に潜入してみませんか?』とか意味不明な事を大真面目で言うのよ。『モンスター、特に魔人は迂闊なので、気付かれませんよ。ふふふ。メガネチャキッ』なんて馬鹿な事言ってさー。私があんまりいい学校出てないからって舐めてんのよね、あー思い出しただけでムカついてきたー! あ、ムカツクと言えばこの間勇者様も意味分かんない事言っててね」
「あ、あはは……」
私は愛想笑いを浮かべ、僧侶さんのお話を聞き続けます。
長い。
話が長い。
そして大半がどうでもいい。
この僧侶さん、思いついた事をどんどん喋っています。
私の前世、美奈子さんに非常に似ている性格です。
まあ美奈子さんが製作に関わったキャラなので、当然と言えば当然なのかもしれませんが。
しかし、美奈子さんの生まれ変わりである私が言うのもなんですが……こういうタイプ、私苦手です。
愛想笑いで乗り切るしかないのです。
そう言えば博士さんとの約束の時間は、とうに過ぎちゃっています。
でも『勇者さんの仲間から情報を引き出していた』という名目があるので、多分許されるでしょう。
許されなくても、オレンジジュースが貰えないだけなので別にいいのですが。
「でね、最近人間界で流行ってる武器ガチャってのがあって。これが武器ガチャって名前のクセに当たるのは薬草ばっかり。詐欺よねあれ詐欺。本当に当たりクジ入ってんのかしら? 私は多分入って無いと思うんだけど。入って無いと言えばこの前たこ焼きにたこが入って無くて、代わりにホタテが」
そろそろ相槌を打つのにも疲れ、正直帰りたくなってきました。
しかし、このまま僧侶さんを放って帰るわけにもいかないでしょう。
なんだかお友達みたいに接して頂いているので心苦しいのですが、勇者さんを倒すってヴァンデ様との約束もありますし……
ここは心を鬼にして、僧侶さんを捕まえ……捕まえる。
捕まえる?
攻撃力の無い私が、どうやれば僧侶さんを捕まえられるのでしょうか?
うーん……良い考えが浮かぶまで、とりあえず話を聞き続けるしかありませんね。
時間を稼げば、お兄ちゃん達が洞窟から出て来たり、博士さんが迎えに来たりしてくれるかも……
「ったくあの鳥女しつこくて仕方がねぇな……」
ナイスタイミングです。
洞窟内から声と足音。誰かが出て来たようです。
私と僧侶さんは、声がした方へ顔を向けました。
「……あら、何あのプロレスラー」
「あァ!? ……あ」
洞窟から出て来たのは、謎の吸血鬼マスクさんでした。
私は僧侶さんには見えない角度で、吸血鬼マスクさんに対し、声を出さずに『捕まえるの手伝ってー』と唇を動かしたり、ウインクしたり、指差したりして、サインを送ります。
しかし思うように意図が伝わりません。
謎の吸血鬼マスクさんは僧侶さんの顔を見て、驚いたように口を半開きにして固まっちゃいました。
「そうそう、プロレスと言えば……ん? ああっ! あのレスラーが腰に差してるの、探してた短剣に似てるー! ねえねえそこのプロレスラーさん、もしかしてその短剣この辺で拾ったものだったりする? だったら、それ実は私の仲間が落としたもので」
僧侶さんが立ち上がり、謎の吸血鬼マスクさんへ近づこうとします。
「…………チッ」
次の瞬間、謎の吸血鬼マスクさんは高く飛び上がり、木々を飛び越し、あっと言う間に山の向こうへと去っていきました。
まるで風のよう。吸血鬼さんは身体能力が高いですね。
「な、何で急に逃げたのあのプロレスラー、失礼ね! 女性に慣れてないの!? シャイなの!?」
「ああ、そう言えばそうですね。謎の吸血鬼マスクさんは、シャイだからプライベートでもマスクを被ってる。って言ってました」
「えっあのレスラー吸血鬼だったの!? マスク被ってるし、ダンジョン攻略に来た人間だと思ってた! いやでもそうか、人間ならあんな身のこなし出来ないかー!」
何故、『プロレスマスクを被っているので人間』という判断になるのでしょうか。
「でもそれならヤバイってこれヤバッ! もしかして私の姿を見て仲間を呼びに行ったのかもしれない! じゃあねミィちゃん色々まだ話したい事あるけど、私も逃げるから! またどっかで会えるといいわね! 色々お話してくれてありがとうね! じゃ!」
「え? あ、あの」
さようならの返事をする間もなく、僧侶さんは瞬間移動の魔法を使い、風を巻き起こしながら空高く飛んで行きました。
完全に取り逃がしてしまったようです。
しかし、去り際まで騒がしい人間さんですね。
―――――
その日の夜。
「分かっているんですお兄ちゃん。私、お兄ちゃんの事嫌いになったりはしませんから」
私は、「話がある」と言って部屋を訪ねて来たお兄ちゃんに、そう言いました。
出来るだけ優しい態度で、目を合わせて。
「ん? あ、ああ。それは嬉しいが、何の話を」
「あの後知り合いの女の人に相談したら、お兄ちゃんの歳なら、えっちな本を読むくらいは普通の事だって教えて貰いましたから」
「……何? 相談……?」
お兄ちゃんは顔に汗を流し、ちょっと動揺しています。
「はい。それに夕方偶然会ったマリアンヌちゃんも同じような事を言ってました。あと、何故かこれをお兄ちゃんに渡すようにって」
私はバッグから一枚の紙片を取り出し、お兄ちゃんに見せました
「……写真?」
マリアンヌちゃんが高そうなお洋服を着て、椅子に座り、自信満々なお顔で写っている全身写真です。
私はそれをお兄ちゃんに手渡し、マリアンヌちゃんから託った伝言も知らせます。
「えっと……『わたくしは理解があるので大丈夫ですことよ。でももしそのようなお気持ちになられた時は、どうかこの写真で』……えー、ごめんなさい、ちゃんと全部覚えてないんですけど、とにかくこの写真でどうにかして欲しいそうです」
一体何をどうしろと言うのでしょうか。
お金持ちの言う事はちょっと意味が分かんないんです。
伝言しながらも、私の頭にはハテナマークが浮かんでいました。
「……いや、まあいい。とにかくその事ではないんだ」
お兄ちゃんは引きつった表情で、話を続けました。
「あの後ウラ……吸血鬼マスクから聞いたのだが。今日、勇者の仲間が洞窟前まで来ていて、ミィもそいつと遭遇していたらしいな」
「は、はい。そうなんです」
吸血鬼マスクさんが急に逃げたのは、僧侶さんが勇者さんの仲間だと知っていたからなのですね。
だとしても、私を置いて逃げるのは薄情と言うものですけど……
「まあちょっと取り逃がしちゃいましたけどぉ……えへへへぇ……面目ない」
「いや、無事でよかった」
お兄ちゃんはそう言って私を軽く抱きしめました。
ちょっと恥ずかしいけど、私もお兄ちゃんの背中に腕を回します。
海外の大袈裟なホームドラマみたいですね。
「ところでその女は、勇者の現状について何か言っていたか?」
「ああはい。そうですね、最近勇者さんはクエスト……えっと、お金持ちからの依頼をこなして資金稼ぎしてるみたいですけど……あと、戦士さんが裏切って逃げちゃったとか言ってました」
この事は、ヴァンデ様達にも一応報告しました。
まああまり役に立つ情報とも思えませんが。
「そうか、なるほど。わかった」
お兄ちゃんは何かを考えるように顎を触れながら、部屋から出て行きました。
私はお兄ちゃんと仲直り出来た事に安心して、まあそもそも喧嘩してたわけではないのですが、とにかく安心して眠りにつきました。




