表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/138

皆助兵衛(ふけつです)

 扉を開けると、お兄ちゃんとフォローさんの間に、知らない男の人が立っていました。

 知らないと言うか、正確には顔が見えないので分からないと言うべきでしょうか。


「紹介しよう、この男は俺の友人の、えー……」

「謎の吸血鬼マスクだよ~! あははははは~」

「そう、そのマスク君だ」


 お兄ちゃんとフォローさんが、そう紹介した男性。

 吸血鬼っぽい黒いマントを羽織る……ような感じで、白い布団シーツを身体を隠すように羽織ってます。


 そして、その顔。

 プロレスラーのように、顔を全て隠すマスクを被っています。

 あれは前にフォローさんが持って来て壁に掛けていた、有名モンスタープロレスラーのなんとかって人のマスクです。

 そのマスクを怪訝に思いながらも、私と鳥居アナさんが挨拶をすると、謎の吸血鬼マスクさんも挨拶を返されました。


「よ……ヨロシクゥ……」

「あははははは~、あーっはっはっはははははは! よろしくだって、これ、この顔で、あははっはははは~」


 何故かフォローさんがお腹を抱えて笑っています。


「狐、テメェ殺す」

「おちつけウラ……吸血鬼マスク」


 お兄ちゃんが謎の吸血鬼マスクさんをなだめています。

 フォローさんは笑いながらも、謎のマスクさんから逃げるように数歩離れました。


「吸血鬼マスクさんは、何故今、プライベートの場でもマスクを被っておられるのですか?」


 鳥居アナさんが疑問を投げかけます。


「あぁ!? なんだこの鳥女ぁ、そんなのテメェに関係無」

「もの凄くシャイだし、日光も避けないといけないからだよ~」


 喧嘩腰のマスクさんの代わりに、すかさずフォローさんが答えました。

 何だか適当に言ってるだけな気もしますが……


「クッキーさんやフォ郎君とは、いつから御友人なのですか?」

「あっそうですね。お兄ちゃんに吸血鬼さんのお友達がいるなんて話、私も初めて聞きました。一体いつお友達に?」


 鳥居アナさんと私の質問に、お兄ちゃんは困った顔になりました。


「うっ、それは、だな……えーと」

「そもそもオトモダチなんかじゃねぇ」

「半年前にプロレスファンの交流会に行った時だよ~。狼男と吸血鬼で親戚みたいなもんなんだし、出会ってすぐにお友達に決まってんじゃ~ん」


 お兄ちゃんがプロレスファンだというのも初耳ですが……と言うと、フォローさんはすかさず、


「いっつも汗まみれでトレーニングやってるでしょ~。そりゃ格闘技にも興味出るよ~」


 と、それっぽい事を。

 なんだか嘘臭いですが、そう言われるとこちらもこれ以上何も言えません。


「そのマスクを脱いで頂く事は」

「ちょっと鳥居さ~ん。マスクマンさんは素人だから、そういう取材はダメだよ~」

「……分かりました」


 鳥居アナさんは、怪しいマスクマンさんへの追及を諦めたようです。

 何を言ってもフォローさんにかわされてしまうし、そもそもの目的である勇者さんのスクープとは関係ないと判断したのでしょう。

 まさか吸血鬼さんが勇者さんの関係者ってわけ無いでしょうしね。


「しかし先程、中々扉を開けてくれなかったのは何故ですか?」

「そ、それは……」


 鳥居アナさんがお兄ちゃんに問い詰めました。

 多分、この中で一番口を割りそうなのはお兄ちゃんだと思ってるようです。

 妹の私でさえも、そうだろうなと思います。


「何か隠しているのでしょうか? 勇者について、重要な情報がこの部屋に?」


 そう言って部屋の中をじろりと見回します。


「勇者ァ? この鳥女何を……あっ、クッキーに狐ェ、テメエらなァんか余計な事を……」

「あ~! あ~~!」


 フォローさんが手足をばたばたさせ、鳥居アナさんの視線を遮りました。


「ダメだよ鳥居さん、勝手に家捜やさがしなんかしちゃ~。妹ちゃんもいるし~!」

「ミィ様がいると、何か不都合な事があるのですかフォ郎くん」


 鳥居アナさんの言葉に、フォローさんは「あ~口がスベっちゃった~」等とわざとらしく呟き、ため息をつきました。


「仕方ない、正直に言うよ~。さっき慌ててたのは、皆でエッチな本読んでたからなんだよ~」

「はい?」

「……え、えぇぇぇぇ……?」


 突然の告白。

 私は変な声を出しちゃいました。


「おいフォ郎、何を言って」

「まあまあまあまあまあ~」


 フォローさんはお兄ちゃんを手で制し黙らせ、話を続けます。


「だからこの部屋をガサ入れしても、エッチな本しか出てこないんだよ~」

「……誤魔化していますね。やはりこの部屋に何かが」

「だから~、エッチな本とプロレスラーのサインしか無いよ~」


 鳥居アナさんは冷静なようですが、私はショックで頭が真っ白になりました。


「お、お兄ちゃん……えっちな本を読んでいたのですか……?」


 そう聞くと、お兄ちゃんは汗をかきながら慌てます。

 私はお兄ちゃんの目をじっと見つめました。


「い、いや。ミィそれは誤解」

「ダンナ~?」


 フォローさんが肘で小突くと、お兄ちゃんは「そうか……いや……でも……」と悩むように呟き、渋々という感じで頷きます。


「……そ、そうだ。読んでいた」

「お兄ちゃん、不潔です」


 私はお兄ちゃんにそっぽを向き、そう呟きました。

 お兄ちゃんは愕然とした表情で、膝から崩れ落ちます。


「妹に嫌われた……もうダメだ」


 なんだかちょっと可哀想になるくらい落ち込んでいますけど。

 でも私は幻滅したのです。


「も~、ダンナしっかりしなよ~。妹ちゃんもさ、男の子がエッチな本を見るのなんて当たり前なんだよ~。ねえ、鳥居さんも説明してあげなよ」

「わ、私がですか?」

「当然でしょ~。鳥居さんのせいでこんな話になったんだから~」


 鳥居アナさんは納得いかない顔ですが、それでも私の肩に手を置き、諭す口調で言います。


「ミィ様、男子には……いいえ男性も女性も同じなのですが、生物の目的として子孫を残すと言う、本能というか使命のようなものがありまして……」

「鳥居さん、それじゃ分かんないよ~。ともかく妹ちゃん、男子に幻想抱きすぎてると、好きな男の子相手にした時困っちゃうよ~。あはははは~」


 好きな男の子。そんなの、今の私には別にいない……と思うのですが。

 それでも私は急にそう言われ、ちょっと顔が赤くなります。


「あはははは、その反応は妹ちゃんにもボーイフレンドが出来たのかな~?」

「ち、違いましゃうぅ!」


 私は噛み噛みで反論しました。

 しかしお兄ちゃんが顔を上げ、この話題に食いつきます。


「何、男が出来たのかミィ!?」

「まあ十歳なら、好きな男の一人二人いんだろォよ」

「しゅ、しゅきな人なんていません……!」

「本当かミィ!」



 騒ぐ私達の姿を、牛さんが面白そうにカメラに収めています。

 最初の論点がなんだったのか、既に分からなくなってきました。

 後で考えると、それがフォローさんの作戦だったのでしょうか。


「またあの狐……フォ郎君に有耶無耶にされてしまいました。もしかすると、そもそも最初からあの部屋自体には、情報も何も無かったのかもしれません。あと一応言っておきますがミィ様、エッチな本というのは重要な事実を誤魔化すための嘘ですよ、アレきっと」


 と、後で鳥居アナさんが言ってましたが。

 とりあえず今はフォローさんの策略に引っかかり、私がお城に帰る時間になるまで、このグチャグチャな会話を続けたのでした。




―――――



 ボス部屋を出て、私は一人、洞窟内を走っています。


「はやくお城に帰らないと……!」


 洞窟周辺には広い駐(ドラゴン)スペースが無かったため、送迎用ドラゴンさんはお家のお庭で待ってくれています。

 なので一旦お家に戻り合流し、ドラゴンさんにお城まで飛んで送って貰うのです。

 ちなみに鳥居アナさん達は、お兄ちゃんとフォローさんが一緒なので、人狼族縄張りから無事に帰る事が出来るでしょう。


 それにしてもお仕事中なのに、今日は遊びすぎました。

 この後は博士さんから、


「新しい兵器開発のテスト手伝ってよ」


 と頼まれていたのです。

 最近は博士さんも開き直って、直接私に『実験台になれ』と頼んできます。

 私ももう諦めて、自分の防御力を信じつつ、軍の戦力増強に貢献するためなるべく引き受けることにしました。

 それに、終わったらオレンジジュースも貰えるのです。



「うーん、やっぱり無いなあー。情報間違ってないよね?」



 洞窟入口付近まで近づくと、ふと女性の声がしました。

 どこかで聞き事がある声。私は気になって足を止めます。

 すると、洞窟内で雑魚モンスターとして働いている、サイコロステーキスライムさんが話しかけてきました。


「ああっ、ミィ様大変! 大変です!」


 このスライムさんの声は、さっき聞こえた女性の声とは別のようです。


「どうしたんですか?」

「洞窟の前に、人間! 人間の女がいるんですよ!」

「に、人間さんですかぁ!?」


 私はこそっと岩陰に隠れ、入口の様子を見ました。

 洞窟の入り口付近……それは、私の前世、美奈子さんの記憶を思い出した場所。

 勇者さんに襲われた、あの忌まわしい思い出の場所です。

 そして確かに、そこには一人の人間さんがいました。

 何かを探しているのでしょうか。下を向き、ぶつぶつ独り言を言いながら、歩き回っています。


「あれは人間の尼さんですよ。頭沿ってないけど」


 サイコロステーキスライムさんがそう教えてくれました。

 確かにあの女性、尼さんというか、神官というか……

 身も蓋も無い話をすると、このゲーム内における、人間の僧侶キャラの服装をしています。


「回復とか光の魔法とか使う系の、聖職者のお方ですね。確かにあの服装は見た事ありますぅ……そうだ、早くお兄ちゃん達にお知らせを」

「ふぎゅっ」

「あ、ごめんなさいスライムさんごめんなさいぃ!」


 私は慌てて、サイコロステーキスライムさんを踏んでしまいました。

 反射的に謝り……そして、ちらりと人間さんの方を見ると。


「…………あっ」


 こっちを見てます。そして目が合いました。つまり見つかっちゃいました。

 もうダメだ、これはいわゆるバトル展開ですよね。

 私はそう覚悟を決め……それとも逃げちゃおうかな、なんて考えをブレさせていると、人間さんが口を開きました。


「あー! あなた、ミィちゃんでしょ! ミィちゃんだ! わー久しぶりだね元気だった? 私は元気、でもないかあ! もう最悪なのよ、ねえ聞いてよミィちゃん。あ、そうそうあなた四天王になったんだってね、凄いねまだ十歳って聞いてたけど、やっぱり私が見込んだだけの事はあるよねー。あ、そうだチョコレートあるんだけど食べる? 狼にチョコってダメなのかな? うーんでも一応食べてみる? あ、ダメだったら吐き出してね!」

「は、はぁ……?」


 突如大声で取り留めのないマシンガントークを炸裂する、人間さん。

 ここからでは逆光で顔が良く見えません。

 どうやら私のお知り合いのような口ぶりですが……私には知っている人間さんなんて……


「えー何々その顔、忘れちゃったの? ほら私よ私。エルフの里でお話したでしょ、あの時の!」


 洞窟内に一歩入ると、逆光から外れ、顔が見えました。

 汎用的な僧侶衣裳は当然として、その顔にも見覚えがあります。

 前世の私がゲーム製作中に、何度も何度も見ていた顔……


「……あぁ!」

「ねっ。思い出した?」


 そのお方は、勇者さんパーティーの一員。

 この世界の元になったゲームで、重要なメインキャラクターの一人だったお方。

 女僧侶さんです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ