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わんわん洞窟潜入(ますこみあたっく)

「え~? ボクが何か隠してるって~? あははははそんなまさか~。あっ、この子四天王のミズノちゃん様だよね~、カメラ回してるって事はついに取材オーケーになったの~? あははは~痛てっ」


 フォローさんがミズノちゃんに触ろうとし、「気安く触れないでね?」と、手をバシッと払いのけられました。

 しかしこのフォローさんの行動。話題を逸らそうとしています。


「と言っていますが、クッキーさんは何か心当たりは?」


 鳥居アナさんがそう聞くと、お兄ちゃんはビクリと肩を震わせ、ガチガチの固い笑顔を浮かべました。

 この笑い方には私との血縁を感じますね。


「……それは……うん……知らな……知らないな、俺も」


 お兄ちゃんが動揺しています。

 これは、知ってて隠しています。

 ちなみに、何故お兄ちゃんが魔王様のお城にいるのかというと、今日は人狼部隊さん達と合同のミーティングだったらしいです。


「お兄ちゃん、何か隠してないですか?」


 私もフォローさんが持っているという勇者さん情報が気になっているので、お兄ちゃんを追及してみる事にしました。

 のらりくらりと話題をかわすフォローさんより、嘘をつくのが苦手なお兄ちゃんの方が御しやすいと踏んだのです。


「い、いや。知らない分からない」

「お兄ちゃん?」


 私はじーっとお兄ちゃんの目を凝視しました。

 お兄ちゃんは額に汗をかき、目線をすーっと横にずらします。

 フォローさんは慌てて私とお兄ちゃんの間に割って入り、「あー、あ~!」と大声を上げました。


「もう時間だよダンナ、帰ろうよ~! じゃあね皆~!」

「時間って、何の時間だ?」

「いいから~!」


 フォローさんは急いで稲荷寿司をもぐもぐ頬張りながら、お兄ちゃんの背中を押して、食堂の出口へと向かいました。

 お兄ちゃんが頼んだうどんが、手を付けずに丸々残っていますが、


「ミィ、代わりに食べていいぞ」


 と去り際に言われました。

 もうお腹一杯なのですが……勿体ないので牛カメラマンさんにあげました。

 牛さんがうどんを食べ始めたのでカメラも止まり、撮影が終わったミズノちゃんは再び魔王様を称えるなんとかというポエムの暗記を再開します。


「怪しいですね。どうやらクッキーさんもこのスクープに一枚噛んでいるようです」


 鳥居アナさんが腕を組み、どうやってあの二人の口を割るか考えているようです。

 ぶつぶつと何かを呟いた後、私の顔を見て言いました。


「ミィ様。お願いがあるのですが……」




―――――



 わんわん洞窟。

 でっかい入口がぽっかり開いて、空気が出入りする音がひゅうひゅうと鳴っています。

 この可愛らしい名前の洞窟は、人狼族の村外れにあるダンジョンです。

 洞窟奥には、人狼族至高の秘宝『おいしすぎる骨』が祀ってあり、それをボスキャラであるお兄ちゃんが守っています。


「ここがわんわん洞窟ですか。名前のわりに不気味な佇まいですね」


 鳥居アナさんが言います。

 ちなみに不気味な、というのはモンスターダンジョン的には褒め言葉です。

 私は鳥居アナさんとカメラマンさんの二人を、わんわん洞窟へと案内するために来ました。


「最近フォ郎君は仕事をサボりながら、わんわん洞窟に入り浸っているようです。いや以前からそうでしたが、ここ最近は特に」


 そして先程のお兄ちゃんの反応。

 勇者さんに関するスクープの手がかりが、この洞窟にあるかもしれない。

 鳥居アナさんはそう考えたのです。


「しかし洞窟の場所は知っているのですが、鳥や牛である我々が単独で行くのは危険なので……」


 と鳥居アナさんから相談され、私が案内役を引き受けました。

 人狼族は縄張り意識が強く、他種族がここまで来るのは危険なのです。

 他モンスターが無事に縄張り内に入るには、今回のように人狼と一緒に歩くか、もしくはずっと通い詰めて顔を知られるか。

 フォ郎さんや、洞窟内の雑魚モンスターさん達は、顔を覚えられたパターンですね。


「あっ、妹様……いえ四天王ミィ様。お久しぶりです、クッキー様なら先程洞窟内にお戻りになりましたよ。友人の狐さんも一緒に」


 入り口近くにいるサイコロステーキスライムさんが、そう挨拶をしてきました。

 どうやらお兄ちゃんとフォローさんは中にいるようです。

 私達は洞窟内へと足を踏み入れました。

 牛さんはカメラのテープ交換をして、撮影準備万端です。





「我々は今、魔の巣窟わんわん洞窟へと侵入しています……」


 鳥居アナさんが小声でカメラに囁きます。


「一体ここに何が眠っているのか。謎の勇者、太古の魔神、異世界の神々……はたして本当に魔王様を脅かす程の謎が……そしてスタッフFは、本当に裏切り者だったのか……どのような結果になろうとも、ワタクシ心の準備は出来ております」


 なんだかいつの間にか大袈裟な脚色がなされています。

 テレビのこういう演出にもちょっと慣れてきましたので、私は気にせず洞窟内を進むことにしました。


「あの扉の先が、いつもお兄ちゃんが働いている部屋です……」


 すこし窪んだ岩壁に隠れ、扉を指差しました。

 洞窟内の広いスペースに、板張りで建て付けてある部屋。

 ここが代々続く、人狼族ボスのお部屋です。

 昔はマリアンヌちゃんのお爺ちゃん、つまり長老さんもこの部屋を使ってたらしいです。


「……でも、どうするんですか? 忍び込もうにも、多分今はお兄ちゃん達がいますけどぉ……」

「正々堂々、正面突入します。何かあるならボロを出すはず。マスコミアタックです」


 鳥居アナさんが言いました。

 いつもは丁寧な物腰なのに、こういう時は意外と強気なのですね……

 さすがテレビ関係の人です。これは偏見じみた感想ですが。

 鳥居アナさんは更にカメラに向かって喋ります。


「ではここは怪しまれないように、人狼族ボスの妹、Mさんに扉を開けて貰います」

「えっ。わ、私ですかぁ!?」

「お願いしますミィ様。もしこの映像を使う事になった場合は、顔にモザイクをかけますので」


 カメラが私に向けられています。

 私は左手で顔を隠しながら、観念してノックする事にしました。

 まあいつもお兄ちゃんに会いに来る時に、扉を開けるくらいやっていますしね。


「あのぉ……すみませぇぇん……」


 そう言って、右手をグーにして扉を叩きます。


「あぁ? 誰だ、客かァ?」


 モンスターのダンジョンらしい、荒々しい返事。

 おそらくお兄ちゃんの部下です。なんだかどこかで聞いた事ある声ですし。


「すみません、お兄……えっと、クッキーに用があって参りました」


 扉の向こうにはなんだか怖い男の人がいるようなので、私はちょっとビクビクしながら丁寧に言いました。


「用だとォ? 誰か来るとか聞いてねえけど……おいクッキー客だぞォ!」

「ダンナは今、奥でご飯食べてるよ~」

「チッ……」


 こちらに近づいて来る足音。そして扉の前に立ち止まったようです。

 一応警戒しているのか、まだ扉を開けてはくれません。

 自分から開けても良いのですが、それではちょっと失礼ですし、ここはあちらで開けてくれるのを待ちましょう。


「ところでテメエ誰だ? なんの用だァ?」

「えっと、私はお兄ちゃ……クッキーの妹です」


 私がそう言うと、ガチャリと音がしました。

 ……私は嫌な予感がし、ドアノブを回そうとしてみました。

 回りません。鍵を掛けられています。


「あ、あのぉ……どうして鍵を?」

「うるせェな、ちょっと待て! なんであのクソチビが……おいクッキー! 狐ェ!」

「うわーどうしようどうしよう~」


 部屋の中でなにやら騒いでいます。

 鳥居アナさんはここぞとばかりに扉をドンドン叩き、


「どうしたんですか! フォ郎君、そこにいるのでしょう! 一体何を隠しているのですか!」


 と、活き活きとした顔で問いかけ続けます。マスコミの本領発揮です。


「おいどうした……この匂い、ミィがいるのか?」

「あっおいクッキー、テメエの妹が来るなら先に言っとけよ、コラァ!」

「いや俺も知らなかった。急に来たんだ……すまん」

「あっ、そうだボクにいい考えがあるよ~」


 物が倒れたり、破れたり、騒々しい音が聞こえます。


「おいなんだコレ、ふざけんじゃねェぞクソ狐ェ!」

「も~、我慢しなよ。吸血鬼でしょ~?」

「関係ねェだろォ!」


 こちらからは見えない騒動は、その後数分続きました。

 一旦落ち着いたようで部屋の中が静まります。

 そしてお兄ちゃんが、扉越しにこちらへ話しかけてきました。


「すまんミィ達。ちょっとあの……色々あって」

「色々とは何ですか!?」


 鳥居アナさんが鋭く突っ込みます。


「それは、その……あー」

「部屋が汚れてたから掃除してたんだよ~」

「そうだ。掃除していたんだ」


 どう考えても嘘ですが、そこを追及しても仕方ないので、私達はとりあえず納得します。


「今開けるので、ちょっと待っててくれ」


 そして、扉の鍵を開ける音がしました。

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