体力問題(さいきんつかれやすいので)
「はろー、狼、ちゃん」
「うぁあ……!」
人間大砲……いや、鬼人大砲状態で、けたたましい風切り音と共に飛んで来るイローニさん。
周囲に発生している衝撃波で、上空を通った後の地面がえぐれて、干上がった川みたいになっています。
「ひゃあっ!」
私は慌ててイローニさん大砲を避けました。余裕を持って五十メートル程先まで走って退避。
イローニさんは、私がさっきまで立っていた場所の後ろ、少し斜面になっている地面に衝突しました。
そしてそのまま頭から地面に突き刺さります。まるで大地が豆腐みたいに、スルッと。ヌルッと。ブスリと。
どれだけ力強く突っ込んだら、ああなるのか……
「残念。避けられ、た。か」
イローニさんは地盤を破壊しながら大地に刺さった上半身を抜き、起き上がります。
砂埃がもうもうと舞い上がりました。
「あ。あのぉ! ど、どうして私を攻撃するんですかぁ……!?」
私は遠くから叫んで、質問を投げかけてみました。
イローニさんは髪に付いた泥を払いながら、返事をします。
「腕試し、したく、なった」
「う、腕試し……ですかぁ……?」
「あたしが殴ったのに、狼ちゃん、怪我もせず。ぴんぴん。平気だったし。そんなの、初めて。興味、沸いた」
えっと、それはつまり?
私のカチカチ防御力に目を付けて、自分の修行のために戦ってみたかった……という意味でしょうか?
そ、そんな迷惑な話、あって良いんですかぁ!?
「いざ、じんじょーぉに、勝負だあ」
「嫌ですぅぅう……!」
イローニさんは、直線的な突進ではまた避けられると考えたのでしょうか。今度は飛ぶ事はせず、走ってこちらへ向かってきました。
「来ないでくださぁぁいぃぃ!」
私も走って逃げる事にします。
とりあえず全力疾走……他の方々から見ると瞬間移動したように見えるらしい走りで、イローニさんの背後に回り込み逃走。
「あ。狼ちゃんが、消えた」
ぼそりと呟くイローニさん。
私は一旦落ち着いて対処法を考えようと、大きく息をつき……
「狼ちゃん。昨日も、受験生相手に、やってたパターン。後ろ、だあ」
「ぅきゃあああぁっ?」
イローニさんは体を思いっきり反らし、いわゆるブリッジの体勢になり、こちらを見ました。
そして目が合う私とイローニさん。
胸が揺れてて、お色気ポーズにも見えないことも無いのですが……
怖い……
「待て。待てー」
「あああああっ! こ、来ないでくださいぃぃぃ!」
ブリッジで駆け出すイローニさん。
お腹を空に向けたまま、手足をシャカシャカ動かし、こちらへ突撃してきます。
恐るべきはその速度。変なポーズなのに、その辺の鬼さんが普通に走るよりも速いのです。
「あ、は、は、は、は、は、は」
わ、笑ってる……!? の、でしょうか……?
無表情なまま「は、は、は」と声を出しながら近づいてきます。
私は恐怖を感じ「あわわぁ」なんて言いつつ、再び全力疾走でイローニさんの背後に移動し……
「また、後ろ。ね」
即座にイローニさんはブリッジを解き、跳ね上がるように起き上がりました。
そしてやはり私と目を合わせ、今度は二本の足で走ってこちらへと近づいてきます。当然さっきのブリッジ移動よりも高速度。
「待、てー」
「待ちませんんー!」
私はまたまた全力疾走。イローニさんの横をすり抜け……
「!?」
イローニさんが、私の走る姿に合わせ、首を回しました。
真横をすり抜ける時に、目があって、
「見え、た」
ぼそりと呟きます。
「な、な……今、え……? はぁ、はぁ……」
とりあえず安全な所まで逃げ、立ち止まった私は、イローニさんの言葉を頭の中で冷静に考えようとします。
いい加減走り過ぎで息があがって来ましたが、落ち着いて。
イローニさんがこちらを振り向き、再び向かって来ています。
遠くからはトサカさんの奇声と、それにやられている受験鬼さん達の悲鳴。それに、おそらくミズノちゃんの放った魔法の爆発音。
みんな試験をやっているのに、私は何故受験生でなく先方の教官であるイローニさんと戦って……いやいや、そんな事は今どうでもいいです。
見えた、と言うのは私の走っている姿を目で捉えた、という意味でしょうか?
自分で言うのもなんですが、このカンストした素早さを手に入れてから、そんな事は一度も無かったはず。
「逃げず、に。戦おうよ。狼ちゃん」
と言いながら、イローニさんがすぐそこまで迫って来ました。
考えている暇が無くなりました。とりあえず体力を振り絞って、もう一度背後に回り込みつつ逃げましょう。
今度は少し無理して遠くまで逃げ、身を隠して体力を回復させるのです。
私は大地を踏みしめ、足に力を入れ、以前二度と言うまいと誓った「よーいドン」という掛け声を無意識に口ずさみつつ、駆け出して。
「そこ、だ」
「ふぎゃっ!?」
次の瞬間。
気付くと私は仰向けになって、大空を眺めていました。
突然何が起こったのか、混乱する頭を整理します。
私が走り出した瞬間……いや、正確には走り出そうとする直前。
イローニさんが腕を広げながら、私が走ろうとする進路へと飛び出して来たのです。
私はイローニさんの左腕に顔面から激突。自分からラリアットされに行ったような状況になり、足だけ前に進もうとするけど頭は進まない。
必然的に、仰向けに倒れてしまったのです。
幸い、というかいつも通りというか、とりあえず身体の痛みはありませんが。
「狼ちゃん。やっと、つーかまーえ、た」
イローニさんが私を見下ろしています。
私は度重なる全力疾走で息も絶え絶えですが、なんとか振り絞って質問してみました。
「はぁ、はぁぁ、えほっげほっ……ど、どうして私の、げふんっ、私の前にぃ……おええっ」
「息、整えて良い、よ」
私はお言葉に甘え、上半身だけ起き上がり、深呼吸をしました。
その間にイローニさんが説明をしてくれます。
「狼ちゃん、疲れて、どんどん動きが、遅くなってた。から」
「あぁ……」
それは確かに、私自身も感じていました。
自分の体力の無さにはガッカリですよ、もう。
「それに走る前に、右足に力を、入れてる。分かりやすい、合図。そして絶対、狼ちゃんは、右に向けて走りだす。あたしにとっては、左側から、回り込む。あと、疲れてから、回り込む時に取る距離も、どんどん、狭くなってた。よ」
つまり、私が走るタイミングも、ルートも、予測できたと。
だからその『タイミング』に、その『ルート』上に自分から行けば、私と激突して止めることが出来た。
そういう事らしいです。
「あと、よーいどん、とか言ってた、し」
「うぅぅ……勉強になりました。それと、よーいドンは忘れてくださいぃ……」
「じゃあ、狼ちゃん。逃げずに、勝負。だ」
私は、渋々立ち上がろうとしました。
しかし勝負と言われてもですねぇ。
私は逃げる、もしくは防御するしか能がない、カチカチモンスター。
攻撃に使えるような博士さん製のアイテムも、今日は全部ミズノちゃんが持っています。
「ミィお姉ちゃん。あの兵器、全部私が使っていい? ふふふふふっ……」
と、ミズノちゃんが、なんだかイタズラっ子な顔で提案してきたからです。
あんな顔はエルフの里で見た以来。
ミズノちゃんが何を企んでいるのか、というか全部壊しちゃおうってつもりなのは、すぐに分かったのですが。
それもなんだかちょっと面白そうだな~と思ってしまい、私は全部アイテムを渡してしまって、
「隙ありじゃい、人狼娘ええ!」
突然の叫び声。
振り向くと私の背後に、マッチョな受験鬼さんが金棒を振り上げ立っていて……次の瞬間、その鬼さんはイローニさんの飛び蹴りを喰らい、吹っ飛び、近くの岩に背中からぶつかってめり込みました。
「ど、どうじでぇ……イローニ教官……」
「狼ちゃんは、あたしが、相手してる。邪魔、するんじゃ、ない。わよ」
受験鬼さんはそのままガクリと意識を失いました。
死んでませんよね……?
あ、いびきしてます。生きてます。
「あと、あたし。イローニちゃんじゃない、よ。関係、ございません。謎の、美少女。受験番号、二十四番ちゃん」
尚も正体を隠しているつもりらしいです。
イローニさんは改めて私の方を向き、言いました。
「さあ、狼ちゃん。戦おう、ね。ヴァンデちゃんの、部下の、腕。見たい」




