変装(めがね)
試験二日目。
場所は一日目と同じ、鬼人の里演習場。
「おおお、おはようございますぅ!」
「ああ、おはよう。昨夜はよく眠れたか?」
「えっと、その……あんまり」
私は昨晩、破壊された廊下での出来事を思い出し赤面しながら、ヴァンデ様から目を反らしました。
顔を見ることが、出来ない……!
「そうか。あまり無理はするなよ」
「はいぃ……」
ヴァンデ様はいつも通りのご様子で、受験鬼さん達の方へと向かいました。
昨日の事、あんまり気にされていないのでしょうか?
まあヴァンデ様からすると、泣いてる子供をあやしたくらいの感覚なのかもしれませんけど……
で、でも、「私だけには本音を語れる」って……
いやいや落ち着きましょう私!
なんか勘違いしてカノジョ面してる痛い女みたいになっちゃってませんか?
よく考えて。冷静に!
「どうしたの、ミィお姉ちゃん。なんだか顔が赤いけど、風邪?」
「ひゃ! み、ミズノちゃん。いえ違います、これはえっと……ちょっと考え事で知恵熱、みたいなぁ」
手をばたばたさせながら慌てて言い訳する私を見て、ミズノちゃんは不思議そうな顔をします。
そんな私たちの前に、博士さんが意味深な笑みを浮かべながらやって来ました。
「ふふふふふ、ミズノちゃんにはまだ早いかなあ。ミィちゃんにも、お年頃な事情があるのよ」
「げっ。博士さん……」
「『げっ』て何。『げ』って」
昨日ヴァンデ様に、あの……くっついちゃってた所。博士さんに偶然見られちゃいました。
言いふらしたりなんかは、しない……ですよね?
私が不安そうな目で見ると、博士さんは内心を察してくれたのか、グッと親指を立てウインクしました。
どうやら黙っててくれるようです。
「うーん、なんだか分かんないけど。おじ様のウインクが気持ち悪くて、ちょっとイラっとしちゃった」
そう言ってミズノちゃんは、腕に付けていたリング……博士さんの発明品に触れました。
するとパキッと軽い音を立て、リングが粉々に。
「ちょ、ちょっとちょっとミズノちゃん! オジサンのアイテムなんで壊しちゃうの!」
「ごめんなさぁ~い。ただ動作テストしようと思って魔力込めたら、壊れちゃった。ううん、最初から壊れてたのかも」
「わざと壊したよね、今!」
「ふふっ。それは誤解でぇ~す」
博士さんとミズノちゃんが騒いでいる中、イローニさんが私の傍に歩いてきました。
「狼ちゃん、昨日は、大丈夫、だった? 頭。痛くない?」
「あっイローニさんおはようございます……頭は大丈夫です。私頑丈なので。えへへ」
そう返事をすると、イローニさんは何かを考えるように小首を傾げました。
表情としては眉一つ動かしていませんが。
「そう。頑丈、なんだ。あたしの、パンチでも、平気だとは。ほーう」
試験官、面接官、受験鬼さん達が揃いました。
いよいよ試験開始の時間です。
ヴァンデ様は受験鬼さん達に向かい、昨日と同じようにルール確認をされました。
「本日の受験生は十一名。面接官四人に対し割り切れない数だが、別に四チームに分かれる必要は無く……うん? 姉上……?」
イローニさんが無言で前に出て、ヴァンデ様の前に立ちました。
ヴァンデ様と受験鬼さん達の間に割り込む形で、絶妙に邪魔な位置。
突然の行動に困惑する皆の前で、イローニさんが喋り始めます。
「ちょっと。待った。弟、よ」
「……どうしたのだ、姉上」
イローニさんは何故か一度私の顔をちらりと見て、再びヴァンデ様の方を振り向き、言いました。
「本日、急遽、受験生が増えた、ぞ。補欠繰り上げ、って、ヤツよ」
「なんだと? 待て姉上、そんな話聞いていない……」
「今、呼んで来る。から」
そう言ってイローニさんは少し屈み、スクワットの体勢から勢いをつけ、高く飛び跳ねました。
反動で突風が起き、その場にいる皆さんの髪や服がバサバサとなびきます。
イローニさんは空を飛び……いや正確には空を飛ぶ能力は無く、ただの大ジャンプだと思うのですが。とにかく空から林の方に突っ込んで行きました。
残されたヴァンデ様は唖然として……とりあえず、受験鬼さん達に尋ねることにしたようです。
「……皆、補欠がいるという事を知っていたか?」
その質問に対し、鬼さん達は「いや知りません!」「我々で全部のハズです!」と元気よく大声で返答しました。
「姉上、一体何を企んで……」
「おまた、せー」
上空から一人の女性が落ちてきました。
落下の衝撃で大地を揺らし、砂埃が舞い上がり、地面に小さな割れ目が出来ます。
「やあ、おはよう、ございます。みなさん」
空から現れた女性。
真っ白な長い髪、真っ白な肌、真紅の瞳。
桃地の浴衣に、小柄な身体ながらも、豊満なお胸。
そして……ピンク淵の眼鏡。
「あたしが、補欠の、受験番号、二十四番ちゃん。だぞ」
イローニさんです。
ただ眼鏡をかけただけの、イローニさんです。
よく見ると眼鏡もレンズが無く、フレームだけです。
「……姉上、何をやっている」
「あたしは、ヴァンデちゃんの、お姉ちゃんじゃ、ないぞ。イローニちゃんは、腹痛で、帰った」
どこからどう見てもイローニさんです。
「ふざけるな姉上。どうしてそんな……むぐっ」
「お姉ちゃんじゃ、ない。ってば」
イローニさんは、人差し指でヴァンデ様の口を押さえ、黙らせました。
ヴァンデ様は喋れないまま、博士さんやスー様、鬼部隊隊長さん達大人組の方を見ます。
「まあ、仕方ないんじゃないッスかね。そちらの事情もあるみたいッスし」
スー様が溜息をつきながら言われました。
ヴァンデ様は暫く考えていましたが、イローニさんの手を払って口を自由にした後、
「分かった。姉上の好きにするが良い」
と、最後には折れちゃったようです。
「お姉ちゃんじゃ、無いけど。ともかく、試験。よろしく、ね」
そう言ってイローニさんは、再び私の顔を見ました。
昨日砂だらけになってしまった反省を活かしたいと思います。
私は砂場から遠い、草原エリアに陣取る事にしました。
今日は木陰に隠れてやり過ごす作戦は取りません。
結局見つかっちゃう羽目になるみたいですし。
それなら最初から、逃げやすさを重視し、この広々とした草原を選ぶ事にしました。
ちなみにミズノちゃんは林、副隊長さんは湖、そしてトサカさんは昨日と変わらずスタート位置に座っています。
「よーし。今日も逃げ回って、怪我とかしないようにぃ……」
私は安全第一をモットーに、気合いを入れました。
「いくぞー! 鬼さんファイトー! オー!」
受験鬼さん達の掛け声が聞こえます。
昨日は開始ブザー後に叫んでいましたが、今日はブザー前、開始直前に合わせて円陣を組んだようです。
そして、試験開始のブザーが鳴りました。
私はスタート地点の様子を伺い……
「うおぁー!?」
受験鬼さん達の悲鳴が、演習場内に響き渡りました。
一人の鬼さんが勢い良く地面を蹴って、地割れが起き、何人かが巻き込まれてしまったようです。
鬼さんは地面を蹴った勢いで、矢のようにこちらへ向かって飛んで来ています。
矢のように、という比喩表現そのまま。本当に宙を浮いた状態での突撃です。
その鬼さんとは勿論、謎の受験番号二十四番ちゃん……
「勝負、だ。狼ちゃん」
「え、えええ! な、なんでですかぁ!?」
というか、イローニさん。
迷うことなく真っ直ぐに、私に攻撃を仕掛けてました。




