原因(さけがわるい)
「巻き込んで済まなかった、ミィ。怪我は無いか?」
「あっはい。大丈夫です」
村長さんとイローニさん達が帰った後、支配人さんもそれを追って去りました。
破壊され吹きさらし状態になった廊下には、私とヴァンデ様の二人だけが残ります。
なんだかどっと疲れて、私はその場にへたり込み、体育座り中です。
「見苦しい所を見せてしまったな。俺……私もまだまだ未熟だ」
見苦しい所とは、さっきの姉弟喧嘩の最後に、魔法を撃っちゃった事でしょうか。
それとも、言葉遣いが変わっちゃった事? イローニさんの事も『姉上』ではなく『姉さん』なんて言っておられました。
今は瞳の赤い光も消え、いつものヴァンデ様に戻られています。
だけどなんだか、ちょっと動揺しちゃってるような気も……一人称俺って言いかけましたし。
「ヴァンデ様は、時々『俺』って言いますよね」
「……え?」
「え……あっ」
しまった。ものすんごく余計な事を、つい口走ってしまいました。
「い、いえあの! すみません! ただ、あの、なんか、ホントは俺だけど無理して私って言ってるのかなって……あ、ああああ! すみませんすみません! 変な事言っちゃってぇぇぇ」
私は慌てて立ち上がり、取り繕うと言い訳して、どんどん言葉がボロボロになっていきます。
いい加減な所で私は口をつぐみ、黙る事にしました。
ヴァンデ様は意外そうに私の顔を見つめます。そう、意外そうな表情で……まださっきの喧嘩を引きずっているのか、無表情になりきれていないようです。
「……そうだな。私は無理している。一人称も、父上姉上なんて二人称も。重々しい喋り方、佇まい。そしてこの」
そう言って、自分の頬に触れました。
「作り物の無表情」
ぼやりとヴァンデ様の瞳が光り、私の顔を照らしました。
「……どうした事かな。すまん、少し……誰かに、愚痴を聞いて欲しくなった」
「はぁ……ええ!?」
あのヴァンデ様が愚痴を?
私は驚きながらも
「ははははいぃ! あの、私でよければどうぞぉ!」
と返事をしました。
するとヴァンデ様は、いつもの仏頂面では無く……歳相応の少年みたいに、微笑みました。
そして壊れた廊下を見渡しながら、語り始めます。
「姉上の力を見ただろう。あれでもかなり力を抑えている」
「あ、あれでまだ本気じゃないんですかぁ?」
「博士の巨大ロボット相手でも、簡単に壊してしまうだろう。まあ、それはお前もやっていたが」
いえ、私の場合は、バグ技を使ったチートみたいなもので、無理矢理破壊したのですけど。
しかしさっきの暴れっぷりを思い出すと確かに、イローニさんは素手でロボット解体も出来ちゃいそうですね。
「……父上は、本当は私ではなく、姉上を部下にしたいと思っているのだ」
「ディーノ様が、イローニさんをですか?」
ヴァンデ様が頷きます。
「父上は忙しくてな。私たち姉弟は、幼少よりほとんど父に会ったことが無かった。以前、父のデスクにあった姉上の写真を見た事があるだろう?」
「あ、はい。確か、八年前のイローニさんの写真だって……」
私の初任務があった日。
ディーノ様のお部屋に報告へ行った時に、机の引き出しから偶然落ちた写真です。
「父上と姉上が顔を合わせたのは、あの写真を撮った時が最後だ」
「えっ! 親子なのにですか!」
「私も、あの写真を撮った日から魔王軍に入るまでの六年間、父と会う事は無かった」
六年間……
えーっと、さっきの話では八年前に写真を撮って、そこから六年間。
ヴァンデ様は今、十五歳くらいなので、七歳の時から六年もお父様と会わなかったって事ですね。
私より三つも年下の子が、パパと会えない……それは寂しくて堪らなそうです。私だったら泣いてます。
「だが三年程前、久々に父から姉上『だけ』に連絡が来た。当時姉上は祖父の護衛として働いて、既に村で一番強い鬼だと噂になっていたのだが。それを聞きつけたのだろう、父の使いが来て、スカウトされた。結局姉上は断ったが」
ヴァンデ様の赤い瞳が、輝き続けています。
「何故姉だけが……当時まだ十歳そこらの子供だった私は、悔しくなった。兵士養成機関へ入り、まだ兵士としては歳が若く特例だったが、一応正規の手段で軍へ入隊した。姉上も父上も驚いていたようだがな」
お父様のツテで入隊したのでは無かったのですね。
「コネ入隊ではなかったのか、って顔をしているな」
「えぅっ。そ、そんな事はぁ」
「良い。実際多くのモンスターにそう言われた。だから私は周りに馬鹿にされないように、戦場で実力を示し……そして、キャラ作りをした」
「きゃ、キャラづくり、ですかぁ……?」
なんだか意外な言葉。
ヴァンデ様にしては、またずいぶんと軽い言い方です。
「舐められないようにキャラを作るというのは、モンスターにはよくある事だ。鬼が金棒を持ったり、化け猫族が語尾を気にしたり、女吸血鬼が男装したり」
「なるほどぉ……」
そう言えば最近、フォ郎さんが妙に深刻な顔をして、
「僕っ娘吸血鬼女子は信用しちゃダメだよ~。あんなの嘘っこ。キャラ付けだから、気を許しちゃダメ~! どんなにおっぱいが大きくても、ね……」
と、謎の台詞を喋っていました。おそらく美人局か何かに遭ってしまったのでしょう。
なんてくだらない思い出は頭の中から打ち消して、私はヴァンデ様のお話を聞き続けます。
「さっき姉上に『真似するな』と言われたが……あれは図星だ。私は、父上や姉上の真似をする事にしたんだ。無口で冷静、物々しい父上の喋り方。そして内心を全く表に出さない、姉上の顔」
確かにイローニさんは先程の喧嘩中も、表情を微塵も崩すことはしませんでした。
まあただディーノ様と違って冷静って感じではなく、結構怒ってたみたいですけど。
とにかくその怒りは、顔には出てませんでしたね。
「しかしやはり無理だな。さっきは図星を突かれ、ついカッとなり表情に出た。それに……そうだ。以前、ミィの前で笑いを我慢できない事もあった」
「わ、私はヴァンデ様の笑顔好きです!」
そんな私の台詞に、ヴァンデ様はちょっと意外そうな顔をされました。
そして二人ともしばしの間、無言に。
……そして私は、何気なく言った自分の台詞に、ハッと気付きます。
「あ、あ、ああああああの、好きって言ってもそういう意味じゃなくて、その、一般的な、アレで、あの漫画が好きとかそういうレベルの」
「分かっている。だが私は、それでも姉上のようになりたかった……いや、ならないといけないんだ。父上は……」
慌てる私を落ち着かせるヴァンデ様。
その目には、なんだかちょっと寂しそうな光が宿ります。
「私が軍に入り、数年ぶりに会った父上は……姉上の写真を持っていたが、私の写真は持っていなかった。俺は最初から期待されていない」
「えぇぇ……?」
なんだか、いつものヴァンデ様らしからぬネガティブ発言です。
「そんな、写真くらいで……か、考え過ぎじゃないんでしょうか……あっ、すみません、また出しゃばった言い方をぉ……」
「そうかもしれん。私も自分でそう思う……が、そうでないかもしれない。どちらにせよ私は、あの姉上と、同等以上の働きをしないといけないのだ」
ヴァンデ様はそう言って、無事だった壁の鬼さんネックレスへと目を向けました。
いけない。なんだか暗い、気まずい雰囲気。こういうの嫌いなんです。
私はこの空気を払拭するため、あえて明るい声で言いました。
「で、でもお父様のためにそこまで考えるって、ヴァンデ様はディーノ様の事がお好きなんですね! な、仲良い親子ぉなんちゃってぇ」
「いや、むしろ憎んでいるかもしれない」
はっ、新たなネガティブワード。
裏目に出ました。
「姉上もそうだ。父を嫌っている……だから、姉上が魔王軍に入る事は無い」
「……ど、どうしてですか?」
私が質問すると、ヴァンデ様は少し歩き、鬼さんネックレスの前に立ちました。
「姉上もあれだけ暴れながら、このアクセサリーだけは巻き込まないようにしていたようだな……これは昔、母がデザインしたものなんだ」
「はぁ……お母様、ですか」
「父は、母を見殺しにした」
……えっ?
「母は八年前、人間に誘拐され殺された。父は仕事で忙しく、連絡を取っても帰ってくることは無かった」
ヴァンデ様のお母様が、亡くなっている。
……そうか。
……そんな。でも……それは。
それは、私が……
「……ど、どうした、ミィ?」
「私……私の……」
ヴァンデ様の話を聞き。
気付くと私は、目から大粒の涙を流していました。
―――――
「ねえちーちゃん。この鬼のお姉さん、なんでこんな強いのー? アイテム無いと絶対倒せないー」
ある日、私の前世、美奈子さんがそう疑問を投げかけました。
現在チームで製作中のゲームに出てくる、鬼人の里イベント。
そこでのボスキャラ、鬼のイローニさんについてです。
「そりゃ村長の孫だし、目もなんか光ってるし、ムカツク事に乳でかいからね。全ての要素がなんか強そう」
「あとー、ちーちゃんイチオシのヴァンデ様に、なんか似てるしねー」
美奈子さんはビールを飲みながら言います。
「でもでもー、こんなおっぱい以外は小柄な女の子が、ゲーム中で一番攻撃力高いんだよー? なんかもっと説得力欲しいよねー」
「そうね。じゃあ、もの凄い修行したとか」
「修行かー。そう来たかー! ちーちゃんならそう言ってくれると思ってたー!」
美奈子さんは、漫画を一冊取り出します。
その頃ハマっていたバトル漫画です。
主人公が過酷な修行で強くなるストーリー。
その主人公が強くなろうとした理由、それは……
「よし、じゃあねー。おっかさんを人間に殺されてー、だから強くなりたーいって思って修行始めた感じで! それで行こー!」
―――――
「ごめんなさい、ごめんなさぁぁぁい……」
私は泣きながら顔をクシャクシャにして、ヴァンデ様に謝り続けました。
「な、何故お前が謝るんだ?」
「だって、だってぇぇぇ私がぁぁ、私のせいでぇぇ」
ヴァンデ様のお母様が亡くなったのは、私のせい。
前世の私が酔っ払って、適当な設定を作ったせい。
私はただ泣いて、謝るしかなく。
「ごべんだざいぃぃぃ」
「お、おいミィ。とにかく涙を拭いて」
「ああありがどうございばずぅ……」
ヴァンデ様から渡されたハンカチで、涙を拭きます。
ついでにヨダレも、自分の服の袖で拭きます。
「落ち着いたか?」
「はいぃぃぃ……ぶぇぇぇん、ごうぇんなさああい」
ハンカチがびしょ濡れになり、これ以上涙を吸い取りきれなくなりました。
それでもまだまだどんどん涙が溢れてきます。
「全然落ち着いていないじゃないか……」
「だっでええええ」
急にヴァンデ様が私の手首を握り、ぐっと引き寄せました。
「え? えぇ?」
私はそのままの勢いで、ヴァンデ様にぶつかります。
身長差から、私の顔がヴァンデ様の鳩尾部分にすっぽりと埋まりました。
あ、涙とヨダレがヴァンデ様のお召し物にべったり。
「あ、あのぉ……?」
ヴァンデ様は、私の背中に腕を回して。ギュッと。
こ、これは……これは俗に言う……
「落ち着いたか?」
「ひゃい……」
抱擁。ハグ。だっこ。
「子供の頃泣いていると、よく母がこうやってあやしてくれた……お前は優しいな。私のために泣いたりして」
「いえ、そんな……その……す、すみません……」
「だが、私も何だかスッとした。愚痴に付き合ってくれてありがとう」
耳元で囁かれる声。
私は混乱してちょっと意味が分からなくなってきました。
「これからもたまに相談してもいいか? お前だけになら、俺も笑って本音を話せるかもしれない」
「は、は、は、はははい。どうぞ。年齢も、ね! 近い事ですしぃ!」
「すまない」
その後は、二人とも言葉が続きませんでした。
夜風が吹き、鳥の鳴き声が聞こえます。
グェグェグエーって変な鳴き声で、ちょっとムードがありませんけど……
「ええ、暗っ。なんで明かりが無……えええっ、寒っ! なんで壁がぶっ壊れて……ええええっ!? な、なんで二人抱き合っちゃってるのお!?」
突然聞こえた博士さんの声に、私とヴァンデ様は慌てて離れます。
私は顔が真っ赤になり、恥ずかしさの余り足腰に力が入らなくなって、その場に尻もちをついちゃいました。




