心乱れる瞬間(あおられまくったとき)
破壊。避ける。破壊。避ける。破壊。
壮絶な姉弟喧嘩。
騒々しい音を聞いて駆け付けた従業員のおじさん、確か旅館到着時に挨拶していた雇われ支配人さんですが……おじさんはこの廊下の惨状を見て、卒倒しちゃいました。
おいたわしや。気を確かに持ってください。
一応言っておきますが、この騒動は私関係ありませんから。恨むならあちらの御姉弟をどうぞ。
「どうして、帰りたくないの、ヴァンデちゃん? あ。分かった。お友達の中で、あなただけ、ツノが、生えてないからでしょう。しゃいぼーい、なんだから」
「そんな子供じみた理由ではない」
「子供の、クセに」
「姉上も大して歳は変わらないだろう」
ツノ。
確かにイローニさんの額には鬼のツノが生えていますが、ヴァンデ様には生えていません。
顔つきが似ている姉弟ですが、そこは明確に違いますね。姉弟の違いその一です。
「また、姉上って、言った。それ、可愛くない、よ」
イローニさんは大きく右足を踏み鳴らしました。
地面が揺れ、柱が折れ、天井が崩れます。
「お姉ちゃん、(はぁと)。って、言いなさい」
「断る、姉上。そもそも昔からそんな呼び方はしていなかった」
「してた、わよ。三歳。くらいの頃」
そんな会話中にも、どんどん壊されていく廊下……だった場所。
あれ、ここ屋内だったはずですが。いつの間にか建物が壊れ、完全に外に出ちゃっています。
しかしヴァンデ様、顔こそ無表情なままですが、珍しく怒っちゃっておられるのでしょうか。
意外とお姉さんに対して反抗的な態度で、なんだか子供っぽいです……事実、年齢はまだ子供ではあるのですが……
「最近、急に、クールぶって。姉上だとか、私だとか。昔はもっと、あたしみたいに、表情豊かでほがらか。だったのに」
「姉上のどこが表情豊かだ」
イローニさんは右手を筒状にし口に付け、息をフッと吐き出しました。
ヴァンデ様は、飛んできた虫でも避けるかのように、大きく首を横に傾けます。
直後、後ろの壁が吹き飛びました。空気の弾丸のようなものを、肺活量だけで飛ばしたようです。
「ヴァンデちゃんも、あたしも、かーさん似で明るく、いっつもニコニコ。なのに。最近弟が、とーさんみたいに、仏頂面」
「姉上こそ昔から、父上似の仏頂面だ!」
ヴァンデ様の声が、少しだけ高くなりました。眼の赤い光もちょっと強く。
挑発するように喋りつづけるイローニさんに対して、遂に怒っちゃったようです。
それにしてもお姉さんの方は怒っても無表情で分からなかったのに、比べると弟のヴァンデ様は多少分かりやすいです。
姉弟の違いその二ですね。
「その話し方。表情。父さんの、真似。かしら? それとも、くーるびゅーてぃー、と、噂になってる。あたしの、真似?」
「……!」
「きっと、軍で、辛いことがあったんだ。よね。だから、強くなりたくて。そんな、大人っぽく話すように、なった。とか?」
「違う……!」
「でもね、ヴァンデちゃんは、ヴァンデちゃん。お姉ちゃんの真似しても、お姉ちゃんには、なれないんだ。ぞ」
「違うと言っている! 黙れよ姉さん!」
まぶたを大きく開き、瞳が更に激しく真紅に光り出します。
ヴァンデ様らしからぬ、感情丸だしな御表情です。
私はふと、ヴァンデ様が以前私に見せてくれた笑顔を思い出しました。
ヴァンデ様が時々表に出される、気持ちの揺れ。
そして今まで避けに徹していたヴァンデ様が、急に魔法を使い、反撃に転じました。
大きな大きな炎の魔法。
これは、昔ミズノちゃんが私に撃ったものと同じ……いや、あれ以上の大きさの炎です。
って、ええ!?
ヴァンデ様、いくら怒ったからってお姉さん相手にそんな魔法……
「惜しい。姉さん、ではなく、お姉ちゃん。だぞ」
イローニさんはスッと息を吸い、胸を反らし……勢いよく息を吹きました。
炎はイローニさんに届く前に全て消火。
ローソクの火じゃあるまいし、そんな簡単に消えるものなのですか。
「でも、心乱れた、ね。やっぱり、ヴァンデちゃんは、子供。って事」
突風が顔に当たり、つい目を薄く閉じてしまったヴァンデ様。
その隙を付いてイローニさんは、拳を振り上げ突撃しました。
コンクリートを軽々と砕き、建物を素手で解体しちゃう程の拳。
あんなものが当たったら、いくらヴァンデ様でも……
「今から、殴るぞおっ」
という、イローニさんが発した変な掛け声と、ほぼ同時。
私の身体が、勝手に動き出していました。
骨と骨がぶつかる音。
衝撃が頭の中で暴れ回り、耳鳴りを起こします。
以前、巨大金棒で思いっきり頭を殴られた時にも耳鳴りがしていましたが、今回は素手で殴られたというのに、あの時よりも数段重症です。
「あ。狼、ちゃん……ごめん」
「み、ミィ……大丈夫か?」
姉弟お二人が謝ってきました。
イローニさんに殴られたのは、私の頭。オデコです。
ヴァンデ様が殴られそうになった時、私は咄嗟に、二人の間に割って入ったのです。
「……痛く、ないの?」
「は、はい一応……耳がキーンってなってますけど……」
耳は痛いですが、殴られた所自体は平気です。
私は頭蓋骨もカチカチなのです。
「えっと。なんで、痛くない、の? あたしの正拳。頑丈な鬼でも無い限り、普通は、脳ミソ飛んでって、死んじゃう」
「ブァアアアアアアアカ者ォォォォオオ!」
騒ぎを聞きつけたのでしょうか。
鬼神村長さんが叫びながら走って来て、背後からガツンと一発イローニさんの脳天を殴りました。
イローニさんは「おお」と、あまり効いてはいない様子でしたが、村長さんの方へと振り返ります。
「じーちゃん。痛い、じゃないの」
「嘘を付け! お前はこの程度痛くも痒くもないじゃろう!」
そう怒鳴ってまた一発ゲンコツを打った後、イローニさんを正座させます。
そして、気を失いかけている雇われ支配人さんに対し、謝らせました。
支配人さんは、まだ半分くらい朦朧としているご様子ですが、残る半分の正気で苦笑い。
この旅館の出資者、つまりオーナーは鬼神村長さんらしいので、支配人さんもイローニさんを怒りたくても怒れない。まあ大人ってのは色々大変ですね。
「狼ちゃんも、叩いちゃって、ごめんね。お詫びに、この鬼さんネックレスを、あげよう」
イローニさんは、壁……とまだ言って良いのか分かりませんが、壁だったはずのコンクリートに掛かっているネックレスを指差しました。
偶然なのでしょうか。破壊されまくった廊下の中で、その壁のネックレスが飾ってある部分だけは綺麗に残っています。
その残骸、見た目はまるで何かの石碑みたい。
「そ、そんな高級なモノはいいです……」
お断りすると、イローニさんは「そう? じゃあ、他に、なんかあった。かな?」と考え始めました。
「申し訳ない、お爺様」
ヴァンデ様が村長さんに謝ります。
すると村長さんは少し悲しそうな顔になり、
「……昔のようにジイちゃんとは呼ばんのか」
と、小さく呟きました。
「この馬鹿姉も、お前の事を本気で心配しておるのだ。そこは分かってやれよ」
「……分かっています」
村長さんは、正座するイローニさんの襟を引っ張り、歩き始めました。
イローニさんは正座の姿勢を崩さず、そのままこちらを見ながら、
「じゃあ、ね。また、明日」
と言って、ズズズズと引っ張られて帰っていきました。




