エルフの里(へんぴなどいなか)
「ミィ、目的地に着いたよ。そろそろ起きなよ」
「……はっ!」
ヨシエちゃんに揺り起こされ、私はドラゴンさんの背中の上で目覚めました。
「ふー、結構長旅だったね。もう夕方だよ。座りっぱなしで疲れたよ」
そう言いながらヨシエちゃんが背伸びストレッチをしています。
私は気絶していたので、一瞬の旅路だったんですけど……
ここは、私のお家から遠く離れた山奥にある、エルフさん達の住まう里です。
この里に伝わる秘薬を求めて、私と、ヨシエちゃんと、お兄ちゃんの三人でやってきました。
―――――
「ひやく……ですか?」
「ああそうだ。その秘薬を飲んで来てくれ」
昨日、お城の執務室に呼ばれて、ヴァンデ様にそう命令されました。
エルフの里に伝わる秘薬。
飲むと身体能力が向上し、関節痛、神経痛、眼精疲労に片頭痛が治り、健康長寿になれるという……
ゲーム的に言うと、使うとステータスがアップするアイテムです。
『剣モ』内では、勇者さん御一行がエルフさん達から秘薬を貰おうとしたけど、断られます。
なので忍び込んだり、暴力を振るったり、およそ勇者とは思えない行動を経て秘薬を入手し、パワーアップする……予定でした。
案の定ですけど、未実装のままトサカワープでカットされたイベントです。
そんな、勇者さんでさえ入手困難な秘薬なのですが、
「個人的にエルフの里長にツテがある。既に話は通してあるので、現地に行けばすぐに飲める」
私の心配を察したのか、ヴァンデ様がそう言われました。
なんとスムーズな段取り。さすがは魔王軍のお偉いさんです。
「身体能力に自信が無いと言っていただろう。秘薬で力を付けて来て欲しい」
なんと、ヴァンデ様にそこまで気に掛けて貰っていたとは。
私は感激してお礼の言葉を、
「あ、ありがとうございましゅ。ます」
緊張して噛みました。
「ところでお前の兄、クッキーの事だが」
私の滑舌の悪さをスルーし、ヴァンデ様は話を続けられました。
「クッキーにも秘薬を飲ませてくれ」
「え。お兄ちゃ……えっと、兄にも……ですか?」
「そうだ。お前の兄のデータと、今置かれている状況を調査させて貰った」
そう言ってヴァンデ様は、机の上に置かれていた手帳を開かれました。
「巨大人狼のクッキー。まだ十六歳の若さで、人狼集落一帯、特に『わんわん洞窟』のボスを任せられている」
わんわん洞窟とは、私が勇者さん達に襲われ、前世の記憶を取り戻した、あの洞窟の事です。
お兄ちゃんがボスキャラとして働いています。
妙に可愛い名前の洞窟であることは気にしないでください。
「先日、洞窟にて勇者と遭遇。その際に妹のミィ、つまりお前が勇者を撃退。勇者達の目的はおそらく、洞窟奥にある人狼族の秘宝『おいしすぎる骨』だろう」
秘宝『おいしすぎる骨』とは、その名の通り美味しい骨です。
誰も食べた事ないですけど、美味しいと言われています。
私の村に古くから伝わる秘宝で、お兄ちゃんはお仕事でそれを守っています。
そう言えば元々『剣モ』ゲーム内では、その骨を手に入れるために、勇者さん達が洞窟へ来るというシナリオでした。
骨を手に入れる理由は、お金持ちのコレクターに売って冒険資金を稼ぐためで……
思えば私とお兄ちゃんは、お金のために殺されるという悲しい役割だったのです。
「秘宝が目的ならば、おそらく勇者は近いうちに再び洞窟へ現れるだろう。そこでクッキーと交戦するはずだ」
「え……」
言われてみると確かに……勇者さんはあの時無傷のまま瞬間移動の魔法で逃げていきました。
ゲーム的に考えると、レベルを上げたり装備を整えたりしてリベンジにくるはずです。
このままじゃお兄ちゃんが勇者に襲われてしまいます。どうしよう……
……でもよく考えると、お兄ちゃんのイベント戦は特殊でした。
普通に戦ったら勇者さんでは勝てない所を、仲間の戦士さんが卑劣なアイテム(私の●●●)を使ってお兄ちゃんを怯ませ、隙をついてボコボコにするという……
私が生還した今、お兄ちゃんなら普通に勇者さんに勝てるのでは?
いやでも。うーん、もしかしたら勇者さん達が物凄くレベルを上げて来て、お兄ちゃんより強くなってる可能性も……?
「勇者の再来に備え、クッキーにも秘薬を飲ませ能力向上させておきたい。そしてミィ、お前とクッキーの二人で勇者を迎い撃ち、殺せ」
「な、なるほど……」
さすがヴァンデ様。今よりパワーアップしたお兄ちゃんと一緒なら、私でも勇者さんを倒せそうな気もします。
私が感心していると、ヴァンデ様は手帳から顔を上げ、私の目を見ておっしゃられました。
「そしてクッキーに恩を売り、我が父の派閥に引き込め」
「恩を……お、お兄ちゃんをヴァンデ様の派閥に、ですか?」
目をまっすぐに見つめられるのが苦手な私は、ちょっと目線を逸らしながら、そう聞き返しました。
「そうだ。クッキーはわんわん洞窟近郊の人狼族の推薦を受け、最終的には魔王様の勅命により地方のボスになっている。我々幹部派閥は、基本的にそこに介入は出来ないのだが……」
ヴァンデ様の目に怪しい光が灯ります。
「この際クッキー、ひいてはあの一帯の人狼集落全体を味方につけておきたい」
「な、なるほどぉ……」
私の住んでる村まるごとをお父様の派閥に入れたい。
なんだか話が大きくなってきてるような……私にはちょっと重荷な気がぁ……
「まあしかし、当面はクッキーに派閥の事は黙っていてくれ。まずは人狼族の長老達にも根回しが必要だろうからな」
「はぁ……」
十歳の雑魚モンスターである私には今まで縁が無かった政治話が続き、なんだか頭痛がしてきました。
「まずはエルフの秘薬をお前とクッキーの二人で飲め。やってくれるな?」
「あっ、えーと、はい……」
内心の不安はあれど、ここでヴァンデ様に逆らう勇気は私にはないのです。
「そうだミィ。秘薬を飲む時に、一つ覚悟しておけ」
その瞬間、ヴァンデ様がちょっと楽しそうな表情をしたような……いや、気のせいです。いつもの無表情でした。
「凄まじく不味いぞ」
―――――
こうして私は、お兄ちゃんと一緒にエルフの里へ行くことになったのです。
一泊二日の出張旅行です。
お家に帰った私はお兄ちゃんに、勇者さんがまた洞窟に来るかもしれない事と、エルフの秘薬を頂ける事を話しました。
お兄ちゃんはヴァンデ様の心遣いに感激したようで、
「もちろん飲ませて貰う」
と、エルフの里へ行くことを快諾しました。
ヴァンデ様に言われた通り、派閥の事は黙っていたのですが……なんだかお兄ちゃんに嘘をついているような気がしてちょっと罪悪感が。
ちょうどその時うちに遊びに来ていて、横で話を聞いていたヨシエちゃんが、
「じゃあアタシもついて行くよ」
と言いました。
理由を尋ねると、ヨシエちゃんはお兄ちゃんの顔をチラッと横目で見て、次に私の顔を見ながら答えました。
「別に……なんとなく。なんか心配だし」
私としてはお友達と一緒の方が楽しそうなので、ヨシエちゃんの提案を快く受け入れました。
そんなこんなで冒頭へ話を戻します。
私達三人はドラゴンさんの背中に乗せて貰い、エルフの里に到着したのでした。
正確には里の近くにある、森に囲まれている丘です。
エルフさん達は繊細らしく、ドラゴンさんが目立つ所に降り立つと騒ぎになりそうだから、という事で、辺りに民家がない場所に着陸しました。
その後、お迎えの若いエルフの男の人に案内して貰って、森を抜けて里の方に向かいました。
ちなみにドラゴンさんは「この丘で待っている」と言ってすぐにその場で寝ちゃいました。
エルフの里は、高い山の上、深い森の中にあります。
そんな辺ぴな場所にある理由は、他モンスターや人間の侵入を防ぐため……だと思うんですけど。
里のあちこちにお土産屋さんや旅館、ビジネスホテルまであります。わりと観光産業が盛んですね。
あのエルフ饅頭ってのが気になったので、お土産で買おうと思います。
「あれ見なよミィ。エルフ印のビーフジャーキーだって。美味しいのかな。やっぱりエルフの肉なのかな」
「普通に牛肉だと思うけど……」
なんてヨシエちゃんにツッコミを入れたりしている内に、案内のエルフさんに連れられて今夜泊まる宿に着きました。
新しそうで綺麗な建物ですが、なんだかあまりエルフの里には似合わない、現代的なビルのホテルです。
「なんかエルフって感じじゃないね」
ヨシエちゃんも私と同じことを思ったようです。
「今夜はここにご宿泊して頂きます。明日朝迎えに参りますので、今日はごゆっくりお休みくださいませ」
そう言って案内役のエルフさんは帰っていきました。
ホテルではなんと、私達三人それぞれに一人一部屋用意されていました。
さすが魔王軍。大判振る舞いのリッチな出張です。
まずは一旦ロビーに集合しました。と言っても今日はもうやる事が無いので、後はご飯まで自由時間なのですが。
「ちょっとお土産買ってきますね!」
私は初めてのお泊り旅でテンションが上がってます。
さっそく里の中に繰り出してエルフ饅頭を買ってみたいと思います。
「ヨシエちゃんも行きませんか」
「そうだね、アタシは……」
私の誘いに、ヨシエちゃんはちょっと考えた後、お兄ちゃんの方を向きました。
「クッキーさんはどうすんの?」
「俺は夕飯まで自分の部屋にいる。人狼の、それも背が高い俺が出歩いていると、エルフ達を無駄に怯えさせるかもしれない」
と、お兄ちゃんは答えました。
「ふーん。じゃあアタシも」
「でもお前達はまだ子供だから平気だろう。ヨシエはミィについて行ってやってくれないか?」
「……うん、いいよ」
「じゃあ行こ、ヨシエちゃん」
夕飯までには戻るからとお兄ちゃんに言い残し、私はヨシエちゃんの手を引っ張って意気揚々と外へと飛び出したのでした。
―――――
エルフ饅頭は、つぶあん、こしあん、うぐいすあん、抹茶、カスタード、クリームチーズに、お好み焼き味まで種類豊富でした。
「えっと、どれにするか迷う……お小遣い的に三種類が限界です」
「お小遣いって、魔王軍から給料は入ってないの?」
「お給料はまだです。来月二十日から支給ってヴァンデ様に言われて……あっ、やっぱりヴァンデ様にもお土産買った方がいいですよね。何味がいいかな……」
「あの人、甘いモノとか食べなさそうな雰囲気あったけど」
「じゃあ抹茶味で……むっ、試食してみると抹茶味でも結構甘い。じゃあお好み焼き味で」
「アタシはこのエルフ印のビーフジャーキー……ああ、やっぱり牛だこれ」
だからさっき牛だって言ったじゃないですかー、とかキャッキャ言いながら、私達はショッピングを楽しみました。
「…………っ!?」
その時、急にヨシエちゃんが身を震わせ、その場から飛び退きました。
「えっ、ど、どうしたのヨシエちゃん……?」
私もお土産屋のおじさんもビックリです。
ヨシエちゃんは軽く牙を剥きながら、辺りをキョロキョロと見渡しました。
「……なんか急に寒気がしてさ」
「風邪なんです?」
「そういうんじゃなくて……ゴメン、気のせいだったみたい」
そう言ってヨシエちゃんは、腑に落ちないような顔をしつつも臨戦態勢を解きました。
結局私はこしあん味とカスタード味と、意外と甘くなかったクリームチーズ味を買いました。
ヴァンデ様へのお土産はクリームチーズ味です。
「カスタード味は今夜お兄ちゃんと三人で、三個だけ食べちゃいましょう」
「うん、そうだね。アタシが買ったジャーキーもクッキーさんに食べてもらおう」
すっかり落ち着きを取り戻したヨシエちゃんも、お土産としてビーフジャーキーをたくさん買いました。
「クッキーさんは人狼が出歩く事を心配してたけど、観光で色んな種族のモンスターが里の中にいるし、人狼も別に平気そうだね」
「はい。明日はお兄ちゃんも誘って三人で観光しましょう」
「うん、そうしよう」
などと明日の予定を決めながら、私たちはホテルへ戻るため歩いています。
「そう言えばさ、さっきの土産屋のオッサンの髪型はまるで茄子……あっ、ねえミィあれ見てみなよ」
ヨシエちゃんが空を指しました。指が向けられた先を見てみると、
「うわあ……おっきい鳥さん」
いつも背中に乗せて貰ってるドラゴンさんと同じ……いやもっと大きいサイズです。
真っ黒な鳥さんが羽ばたいていました。
「でっかいねあのカラス。んー、カラスじゃないかも。なんか黒い鳥」
「はい。さすが山奥……」
鳥さんはそのまま山の向こう側まで飛んでいき、姿が見えなくなりました。
私とヨシエちゃんはその迫力に圧倒されて、鳥さんが飛び去って行った方向をしばらく眺めていました。
「あれ~? ふふっ。ミィお姉ちゃん達、こんな所で会うなんて奇遇だね」
大きな鳥さんに呆気に取られている私たちの背後から、急に女の子の声がしました。
振り向いてみると、そこには、
「言った通りだったでしょ。やっぱり、またすぐに会えたね。お姉ちゃん」
真っ黒ドレスのゴスロリ少女。四天王のミズノちゃんが立っていました。