姉弟喧嘩(いがいとほんきでたたく)
試験一日目終了。
私達は、鬼人さんが経営する旅館に泊まります。
お風呂に入った後、大広間に集まり皆でご飯を食べて。
「このお料理美味しいです」
「そう。じゃあ、お土産に。百キロ、あげるぞ」
というイローニさんのご厚意を丁重にお断りし。
食べ終わると、ミズノちゃんと一緒に部屋へと戻ります。
ちなみに博士さんは、ご飯を食べている間も機械をいじって、ヴァンデ様やスー様に怒られていました。
今日の試験中に新開発兵器がたくさん壊れちゃって、大変なご様子でしたが。
「なんだかちょっと可哀想だから、燃やすのは許してあげよっかな。ふふっ」
と、ミズノちゃんが言ってました。これによりゴリラ発言の責任も有耶無耶に。
そんなミズノちゃんも、まだ小さなお嬢様なだけはあり、部屋に着くなりすぐに眠っちゃいました。
私も疲れていたので、今夜は早く寝ようとお布団に入ります。
「おやすみなさい。明日も怪我とかしませんようにぃ……」
しかしどうした事でしょう。
今日のお仕事でクタクタなはずなのですが、どうにも気になる事があり、眠れません
「うーん……? なんか……うーん……」
髪の毛がざらざらします。
砂場を走り回ったり転んだりして、砂まみれになったせいです。
さっきお風呂に入ったのに、ミズノちゃんと遊んでたからちゃんと洗えてなかったのでしょうか。
どうしても髪の泥臭さが気になり、私は再び身体を洗おうと、大浴場へと向かいました。
ちなみにここの浴場のお湯は、天然温泉らしいです。
「あ、この鬼さんネックレス可愛い」
一人で温泉へと向かう途中。
旅館の廊下に、いくつかのシルバーアクセサリーが壁に掛けてあるのを発見しました。
近くの工房で作っているらしく、地域特産品の紹介みたいです。
そのアクセサリーの中で私が目を付けたのは、デフォルメした鬼さんの顔が飾りとなっているネックレス。
横長い楕円形の顔に、ほぼ正三角形に近いツノが左右対称に二本。そして真ん丸な瞳。鼻や口は無し。
鬼さんと言っても、可愛さを追求した結果、ほぼほぼ猫さんです。
「あ、でも高い……バカみたいに高い……」
高いとは勿論お値段の事です。
隣に張り紙で『お土産にどうぞ』と書いてありますが、気軽にお土産に出来るような値段ではありませんでした。
「うーん、でも可愛いですね」
「さすが、狼ちゃん。お目が、高い。ぞ」
急に背後から話しかけられ、私はビクリと尻尾を立てます。
振り返ると、イローニさんが立っていました。
お風呂上りでしょうか、髪が少し濡れています。
着ている浴衣もさっきまでとは別のものです。
「そのアクセ。有名な、デザイナーズ、デザイン。お買い上げ、サンキュー」
「い、いえ。購入はしませんが……」
指で輪っかのジャスチャーを作るイローニさんにそう言うと、「残念。貴重な、村の収入源。なのに」とボソッと。
そんな彼女のお顔を見てると、やっぱりヴァンデ様に似ています。
髪と目の色だけでなく、全体的な顔の作りとか……まあ姉弟だから当然でしょうが。
そう言えば、ヴァンデ様のお父様……ディーノ様が持っていた写真の少女。あれはイローニさんだったのですね。
「ところで、今日は、狼ちゃん。足、速かった、ね。目で、追えなかった」
「あうぅぅ」
イローニさんが私の頭をガシガシ撫でます。
近くに来ると、お風呂上がりのイローニさんから石鹸の匂いが。
「今日、面接やってみて。どうだった? 疑問、質問、やりづらかった事とか。なんでも、ござれ」
イローニさんの言葉に、私はちょっと考えます。
やりづらかった事……まあ私にとっては、戦う事自体やりたくないのですが。それを言うと怒られそうです。
そうだ、試験中にちょっとした疑問は出ました。
「広い場所で乱戦になってますけど……採点、難しくはないんですか? それにトサカさんにすぐやられちゃった鬼さん達もいたけど、あれで不合格ってちょっと可哀想だったり……あ、すみません。出しゃばる様な言い方」
私の疑問に、イローニさんが撫でる手を降ろして答えました。
「心配、ない。みんな、合格する。ヤラセ。だぞ」
「えぇぇ? や、ヤラセ……?」
「元々、あたしやじーちゃんが、卒業テスト、実施済み。とんでもない失敗しない限り、採用内定、なの。今日明日は、形式的なもの。適正テストも、兼ねてる、けど」
なるほど、魔王軍と鬼人の里は、想像以上に結構ズブズブな関係だったのですね。
「……でもそれなら、どうして今年から試験形式を変えたんですか? 去年までは受験生同士が鬼ごっこしてたって」
「魔王軍の、実力。見せて。って、頼んだの。あたしが」
イローニさんは、壁に掛かった鬼さんネックレスに視線を移し、言いました。
「もし、魔王軍が、だらしなかったら。そんなトコに、置いて、おけないから」
「置いておけない……って、何をです?」
「弟」
イローニさんの弟。
というと……
「魔王軍が、弱かったら。ヴァンデちゃん、連れ戻して。うちの子に、します」
「それは不要だ。今日の試験で分かったはずだ、姉上」
いつの間にか、背後にヴァンデ様のお姿が。
この姉弟お二人は、気付かれずに狼の背後へ立つことがお得意ですね……
「おお弟。この、ネックレス。狼ちゃんが、欲しいって。買ってよ」
「そそそそんな買って頂くなんて、恐れ多い事はぁ。確かに可愛いとは思いましたけど」
慌てる私に、ヴァンデ様は表情を変えずに言いました。
「今日はご苦労だったな、ミィ。良くやってくれた」
「え? えへへへ、そうですかぁ?」
急に褒められ、照れて頭を掻く私。
ヴァンデ様はイローニさんの方へと顔を向けます。
「もう良いだろう姉上。魔王軍の強さは判断出来ただろう? 私は魔王城で働く」
「あら。生意気、言うように、なったね。ヴァンデちゃん」
イローニさんは無表情なままで言います。
この姉弟二人組は、楽しんでいるのか、怒ってるのか、表情だけでは全然分かりません。
「姉上、私は父上と」
その言葉を遮り、イローニさんは人差し指をヴァンデ様の口に押し当て、喋れないようにしました。
ヴァンデ様が諦めたように口を閉じると、イローニさんは指を離します。
「ねえ。どうして、前みたいに、『お姉ちゃん』って、呼ばない。の?」
「……姉上、私は」
「なんで、一人称、『私』なの? ここに住んでた時は、俺とか、僕とか。だったのに」
な、なんだか空気が震えてます。
ゴゴゴゴ言ってますけどぉ……
「ヴァンデちゃん。無理に、とーさんのお手伝い。する必要は、無いんだ、ぞ」
「無理などしていない。私は」
イローニさんは、ヴァンデ様の頬をムギュっとつねります。
「のっと私。俺、おあ、僕」
「……聞いてくれ、姉上」
「お姉ちゃん。って、呼びなさい」
突如、めきっという破壊音。
「ひ、ひぃっ!?」
私は驚き、慌てて飛び退きます。
イローニさんの足元の木床に亀裂、そして隣の石壁がヒビだらけになりました。
そしてイローニさんの真っ赤な瞳が、なんだか光を放っています。
「魔王軍が、強いのは、分かった。わよ」
この光る眼。どこかで見たことがあります。
瞳の色は違いますが……私をいつも送り迎えしてくれているドラゴンさん。
もしくは魔王様のお城で良く見かける、様々なドラゴンさん達。
そう、この瞳は竜の……
「でも、帰ろう? ヴァンデちゃんは、まだ子供、だよね? あたしは、弟が心配。なんだぞ」
「余計なお世話だな。姉上」
次の瞬間、旅館の廊下が悲惨な状況になってしまいました。
イローニさんが大振りでビンタ。その際足の踏ん張りで床板が粉々になり、飛び散りました。
ヴァンデ様は、ビンタをさっと避けます。
そしてイローニさんの手の平は勢いよく壁にぶち当たり、そのままコンクリートを木っ端みじんに破壊して、出入り可能なほどの大穴が。
「うきゃああっ!?」
私は恐怖で、叫びながら遠くへ避難しました。
イローニさんの瞳が、まるでそのままレーザービームでも出してきちゃいそうな程、真紅に光り輝いています。
先程まで無表情で淡々と喋っていましたが、やっぱり内心は怒っていたのですね……分かりづらい。
「お姉ちゃんと、呼びなさい」
「断る。姉上」
ヴァンデ様の瞳も同じように、赤い光を帯びてきました。
柱の影に隠れて、様子を伺う私。
これって、姉弟ゲンカってヤツですか?
仲裁に入った方がいいのでしょうか……?
「おしおき、たいむ。だぞ」
そう言ってイローニさんが平手で床を叩くと、地震が起き、そして床がぱっかりと割れちゃいます。
これは以前、マリアンヌちゃんが見せてくれた地割れの魔法にそっくりです。こちらは魔法では無く、純然たる力技ですが。
「相変わらずの怪力だな、姉上」
「おねえ、ちゃん。でしょ?」
上にジャンプして地割れを避けたヴァンデ様。
しかしイローニさんは床板の欠片を、ヴァンデ様の頭上、天井に投げつけます。
どかんという音がして、天井が粉々に砕け散り、ヴァンデ様の頭上に降り注ぎました。見る見るうちに瓦礫の山が出来上がります。
あんな木片で、コンクリートの天井を粉々に。とにかくデタラメなパワーです。
「ヴァンデちゃん。ごめん、ね。痛かった?」
イローニさんは、瓦礫に向かって言いました。
中にヴァンデ様が埋まっていると思っているようです。
しかし私は見ていました。ヴァンデ様は一欠片の瓦礫に当たる事もなく、すぐに避難して、
「私はこっちだぞ姉上」
イローニさんの背後に回っていました。
「やるーう。成長した、ね。褒めてあげるぞ。いいこいいこ」
そう言って、振り向きざまに裏拳。
ヴァンデ様はそれも軽々と避け、イローニさんの拳は壁に激突しました。
パーの平手でも、大人が通り抜け出来る程の穴が開いたのに、今度はグーの拳です。
壁は爆弾で発破を掛けたかのように、綺麗に吹き飛んでしまいました。
「あ、あのぉ……暴れると、怒られちゃいますよぉぉ……!」
私は遠くから注意しましたが、お二人とも聞いていないようです。




