試験開始(とりあえずかくれる)
「はじめまして。魔王軍の、皆さん。あたしは、イローニ。兵士育成機関の、代表だぞ。えへん」
浴衣を着たフードファイターのお姉さんが言いました。
というか正確には、フードファイターでは無かったようです。
ここは鬼人の里、村長さんの家。
村長さんの自己紹介に続き、喫茶店で出会った鬼のお姉さんが自己紹介をしています。
えへん。などと言っておられますが、無表情のままで、なんとも抑揚のない喋り方です。
「そして、こっちの村長は、あたしのじーちゃん。つまりあたしは、コネ採用。えへん」
「余計な事を言わんでよい」
鬼のお爺さん……村長さんはそう言った後、「そもそも里には、お前以上の強さの鬼がおらんからだ」と、ボソっと呟きました。
村長さんは『鬼神』と呼ばれる程の強い鬼さんだそうです。
この浴衣のお姉さんは、その鬼神さんよりお強いらしいです。
「そして、こっちは、あたしの弟。ヴァンデちゃん。魔王軍で、軍師だか、秘書だか。やってます。好きな食べ物は」
「皆知っている。私の紹介は必要ない」
淡々とした口調で弟を紹介するイローニさんと、これまた淡々と姉にツッコミを入れるヴァンデ様。
このお二人は、姉弟らしいです。
……あれ? そうだったっけ?
私の前世、美奈子さんは、この世界の元であるゲームの製作メンバー。
当然ヴァンデ様の事も、イローニさんの事も知っています。
でも姉弟関係って設定は特に無かったような……
ゲーム中でのイローニさんは、ボスキャラです。
民家や倉庫を荒らし回る勇者さんにブチギレた鬼さん達は、勇者さん御一行を戦闘訓練『鬼ごっこ』に、追いかけられるチームとして参加させます。
追いかけるチームの指揮を執っていたのが、鬼神村長さんと、その孫娘のイローニさん。
ボスのお二人は会心の一撃を出しまくるので、勇者さん(=プレイヤー)は回避力を上げるアイテムを使ってどうにかしましょう。
ゲームバランスが非常に悪いので、一度アイテムを使ってしまえば、村長さんとイローニさんの攻撃は全く当たりません。
戦闘訓練に参加させるとかじゃなくて、最初から普通にリンチすればいいのでは。とも思うのですが、
「鬼ごっこさせないとダメでしょー? だって、鬼なんだから」
という美奈子さんの自信満々な謎理論で、多少強引な展開となったのです。
ちなみにイローニとは、色鬼を適当にもじって即興で付けたお名前です。
そしてヴァンデ様の設定。
竜と人間とハイエルフと鬼神のクォーター。
改めて考えると『鬼人』でなく、『鬼神』でした。
これは特別意味を込めたわけでなく、「なんとなくカッコいいからそういうカンジで」と適当に作った設定だったのですが。
しかし鬼神とは、同時に、鬼人の里の村長さんの異名でもあって……
ああ、なるほどぉ……
製作者達の意図しない所で、設定の辻褄を合わせると、こうなっちゃうんですね。
「まず。皆さんに、言っておくことが、あるぞ」
イローニさんは改まって、魔王軍の皆の顔を見回しながら言いました。
「こんな和服、着てるけど」
着ている浴衣の襟を引っ張ります。
「あたし、忍者では、無いから。ね」
…………?
台詞の意味が分からず困惑する一同。
イローニさんは、何故か私と目を合わせて、更に言葉を続けます。
「あーいむ、のっと、NINJA」
「……は、はぁ」
言われなくても、和服ってだけで忍者だとは思いません。
唖然としていると、イローニさんは半歩進んで、私の前に立ちました。
「飴。食べる?」
イローニさんは右手で私の頭をガシガシと撫でながら、左手で懐から飴を取り出します。
よく分からないけど、とりあえず飴は貰っておきましょう。
「冗談は、置いといて。本題」
忍者のくだりは、どうやら冗談だったみたいです。
独特過ぎる上に、無表情で、笑い所が分かりませんが……
「皆さん。明日から、二日間。あたしが育てた、鬼兵士見習い達。総勢二十三名。しっかり試験、してね」
と、私の頭をずっと撫で続けながら話されます。
髪がボサボサになってしまいそうです。
「特に面接官は、あいつらと、戦ってもらうけど。あたしが、愛のムチで、半殺しとかにしながら鍛えた、兵士。手強い。わよ」
と、物騒な事を口走った後、イローニさんはヴァンデ様の顔を見ました。
「もし、魔王軍が、無様な姿見せたら。分かってるよね。弟」
「……ああ、分かっている」
ヴァンデ様が頷きます。
もし無様な姿を見せたら……何か、あるのでしょうか?
私は何も聞いていませんけど。
姉弟二人のやり取りの意味を理解しているのでしょうか、鬼神村長さんは眉間にしわを寄せました。
隣を見ると、博士さんまでちょっと困った顔をしています。
どうやら大人達は、何か知っているみたいですね……
「み、ミィお姉ちゃん! 頭、頭!」
ぼんやり考えていると、ミズノちゃんが肘で軽く小突いてきました。
「頭……あれ? え? えぇ? ええぇぇぇぇぇえええ!?」
頭を触ると、なんだか凄いふっわふわ。
イローニさんに力強く撫でられ続けた結果、私の髪型は、実験失敗して大爆発した人みたいになっていました。
―――――
きちんと髪型を整えて、翌朝。
私達は、鬼さん達の演習場へ集まりました。
柵に囲まれた広い敷地に、小さな林や湖、丘、砂場などが配置されています。
この中で鬼ごっこをやるのですね。
第一印象で決めました。とりあえず私は林の木々に隠れます!
「面接官のメンバーは、鬼部隊の副隊長、四天王ミィ、四天王ミズノ、四天王トサカの四名だ」
「オッス、よろしくお願いします!」
ヴァンデ様の紹介に続き、受験生鬼の皆さんが大きな声で挨拶をします。
皆さん背が高く、筋骨隆々のマッチョマン達。
こんな方々と戦闘訓練……しかも私達は、一方的に攻撃されるのを待つ方。
早くも逃げ出したくなってきました。
というか、トサカさんの名前が挙がっていましたね。参加するという事を初めて聞きました。
しかし、どういう事でしょうか。トサカさんの姿は見えませんが。
面接官は、私とミズノちゃん、それに鬼部隊副隊長おじさんの三人しか……
「コケエエエエエエエエエエエエッッ!」
上空より、けたたましい奇声。
大ニワトリのトサカさんが旋回しています。
「クアァアアアパッパッパッパパパ」
そんな恐ろしい鳴き声と共に、大地を揺らしながら降り立ちます。
そして片羽を上げ「コケッ」と一鳴き。
多分「よろしくな、皆!」的な事を言っているのだと思います。
「な、なんだアレ?」
「反則だろ……無理だってあんなん」
鬼さん達の身体も大きいのですが、トサカさんはそれを遥かに凌ぐほどの巨体。しかもあんな登場方法。
受験鬼さん達は面喰い、少々怯えているようです。
「受験者は本日十二名、明日は十一名。面接官に対して約三倍の数だが……別に三体一で戦えと言うわけではない。自分の特技をアピール出来そうな相手を自由に選び、攻撃して欲しい」
受験鬼さん達に対するヴァンデ様の説明。私はそれを聞いて、ふと気付きます。
この形式、もしかして。いやもしかしなくても。
見た目一番弱そうな私が、集中攻撃されちゃうのでは……?
これは嫌な予感が沸々と。
「そしてその戦いぶりを評価する試験官。魔王軍軍師スー様。兵器開発局長。合格者が所属する事になる鬼部隊の隊長、及び面接官である副隊長も、同時に評価を行う。それに私、魔王軍軍師のヴァンデ。以上五名」
ヴァンデ様と副隊長さん以外の試験官、それにイローニさんや鬼人村長さんは、演習場の柵外にあるテントに座っています。
今日到着されたスー様は、何故か既に疲れたような顔をして、服や髪の毛がぼろぼろボサボサ、白い羽などがくっ付いちゃっておられますが……
トサカさんが参加すると聞いて、分かりました。
きっとスー様が、トサカさんを引っ張って連れて来たのですね。
「では五分後に開始する。面接官は各々好きな配置へ」
ヴァンデ様はそう言って、テントの方へと向かわれました。
受験鬼さん達は「よろしゃーっす!」と元気にご挨拶。
副隊長さんは丘の方へ駆けて行き、トサカさんはこの場から動かずに座り込んでいます。
「ミィお姉ちゃんはどこで戦うの?」
「そうですね。とりあえずは木の影に身を潜めようかと」
ミズノちゃんの問いに私はそう答え、林へ向かって歩き出しました。
「じゃあ私もそうしよっと」
ミズノちゃんも私の隣を歩きます。
これは大助かりです。
強いミズノちゃんと一緒なら、私もあんまり戦わなくて済むかも。
しかし、背負っているリュックが重く、歩くのがちょっと辛いです。
このリュックには、博士さんから渡された新兵器テスト品が入っているのですが……
「……近くに来ると、思った以上に小さくて、スカスカな林ですね」
「そうだね。これじゃ隠れる事出来ないね。ふふっ」
林に足を踏み入れ、早くも作戦失敗した事に気付いた、その瞬間。
試験開始のブザーが鳴り、同時に受験鬼さん達の、
「いくぞー! 鬼さんファイトー! オー!」
という、なんだか可愛い内容だけど、野太い掛け声が響き渡りました。




