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酔っ払って作ったクソゲーの最弱ザコキャラな私  作者: くまのき
走るのは嫌いだけどなるべく走れ編
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甘い誘惑(さとうたっぷり)

「あああ甘ぁぁぁいぃぃぃ……」


 私は、お兄ちゃんから貰ったお菓子……いや、保存食を口に入れ、歓喜の声を上げました。


「最近職場に来た新人が、元人間……いや、人間の文化に詳しくてな。人間社会に伝わっているレシピで、保存食を大量に作ったんだ」


 そう言うお兄ちゃんが持っている袋の中には、たくさんの乾パンが入っています。

 保存のために生地に砂糖が練り込んであり、コーティングも砂糖。砂糖のフェスティバルです。

 さらにジャムを挟んだものや、ピーナッツバターを挟んだもの等もあります。


「味はお菓子みたいなものだったからな。お前にもどうかと思って持ってきた」

「ありがほうごじゃいまふう!」


 私は頬張りながらお礼を言います。

 お兄ちゃんは微笑みながら私を見ています。

 甘くて美味しいのです。

 ついつい食べ過ぎて晩御飯を食べきれなくなり、ママに怒られちゃった程の美味しさです。



 ……そう。ついつい食べ過ぎてしまったのです……





 その数日後の夜。

 私はスタンドミラーの前で冷や汗をかきながら、呟きます。


「パンツが……履けない……?」


 ツにアクセントを置く方のパンツ。ズボンの意味でのパンツです。



 私は最近、ジャージでお仕事に行っていました。

 四天王の座を狙うマッチョな方々から即ダッシュで逃げるため、動きやすい恰好をしておきたかったのです。

 走り回って汗まみれになっても、ジャージなら気にしないで済みます。


 試しに一日ジャージで過ごしてみたら、中々良い具合でした。

 これはナイスなアイデア。よし、今から私のユニフォームはジャージですよ!


 と、ジャージ出勤を始めて……それから三日後。私は、非常に重要な事に気が付いたのです。



「……もしかして私の恰好、可愛く無い?」



 ミズノちゃんが優雅に紅茶を嗜む姿を見て、ハッとしました。

 真っ黒で、ふわふわひらひらなゴスロリファッション。

 長くてサラサラの黒髪と、雪のようにまっしろで傷一つないすべすべのお肌。

 可愛い。ミズノちゃんはどこからどう見ても完璧な美少女です。


 それに比べて私は、だっさいジャージです。

 低身長でスタイルも良くなくて、カチカチ少女というふざけた異名をひっさげてて、その上ファッションもだっさいジャージ。

 十代の女子として致命的な気がしてきました。


「そのジャージも可愛いよお姉ちゃん。部活中の小学せ……女子高生みたいで。ふふっ」


 ミズノちゃんが気を遣ってくれています。

 人狼族には学校に該当するような施設が無いので、女学生というものは、ドラマでしか見たことがありません。

 そんなテレビの世界みたいな女学生気分を味わえるのは、それはそれでちょっと嬉しいかもですが。

 いや嬉しくないです。やっぱりこれは問題です。

 

「これは、早急に対処する必要がありますよぉ……」



 という訳でその夜。

 私は衣裳箪笥からありったけの服を引っ張りだし、スタンドミラーの前に立ち、改めてお仕事中の服装を選ぼうとしました。

 可愛いスカートも考えたのですが、ミズノちゃんより年上な私としては、ここはオトナっぽさをアピールすべきでしょう。

 という事で大人カジュアルなデニムパンツで、出来る女ってイメージのコーディネート……コーディネ……コーディ……あれ?

 履けない……何故?

 このパンツ、つい半月前くらいには履けてたはずなんですけど。


「ああそうか、私の背が伸びたんです。きっとそうです」


 と、裾を確認しましたが、半月前と同じく、私の足の長さにピッタリ。

 特に身長が伸びたわけではないようです。


 というかお腹です。お腹の部分の留め具がはまらないのです。

 って事はつまり。



「……太った」



 こうして、過酷なダイエットの日々が始まりました。




―――――



 翌朝。

 私はお庭で、準備運動として軽い体操をしています。


 四天王になってから始めた早朝ジョギングでは、時間にして約十五分の間、走り続けることが出来るようになりました。走る速度は非常にスローですが。

 でもそのジョギングだけでは、どうやらカロリー消費が追い付いていないようです。

 なので、何か追加のトレーニングを導入してみようと思います。

 そうですね、まずは筋トレなどをやってみましょうか。

 という事で、私は地面にうつ伏せに倒れ、腕立て伏せの体勢になります。


「いー……ちぃ……無理ぃぃぃ……」


 一度も腕を伸ばすことなく体勢が崩れ、胸とお腹を地面にくっつけます。

 私は腕立て伏せが出来ません。圧倒的筋力不足。攻撃力のステータスがたったの四ですし。

 つい最近も同じ挫折を経験していましたが……まったく成長していませんでした。


 仕方ないので腕立て伏せは一旦諦め、腹筋を鍛えましょう。上体起こしというヤツです。


「いーぃぃぃぃ……やっぱり無理ぃぃぃ……」


 目を閉じ、歯を食いしばり、額に汗をかくほど頑張ってみました。

 それでも、上体は起き上がりません。


「今日はまた、何をやっておられますの?」


 目を開けると、一人の少女が私の顔を覗き込んでいました。

 綺麗な金髪をくるりとロールにして、高級なお洋服を着ている、お金持ちな人狼貴族のご令嬢。

 私のお友達、マリアンヌちゃんです。


「ちょっとした運動を……えへへへ。お、おはようございますぅ」


 醜態を見られた私は、照れ隠しの笑みを顔に浮かべながら挨拶をしました。

 マリアンヌちゃんは挨拶を返した後、頷きながら言います。


「さすが、四天王ともなると運動方法も特別なのですわね。わたくしごときの洞察力では、ただ寝転んでうめき声を出しているだけに見えましたわ」


 その通り。結果としては、ただ寝転んでうめき声を出していただけです。

 

「そうやって、毎日トレーニングしているのですわね」

「いや、えっと、まあトレーニングも兼ねてはいるんですけどぉ……実は、ダイエットで……」

「ダイエット?」


 小首を傾げるマリアンヌちゃんに、私は恥ずかしがりながらも、例の履けなくなったデニムパンツの話をしました。


「あら。そんなにお太りになったようには見えませんことよ? 気のせいではなくて?」

「だと良いんですけど、思い返すと最近ずっとお菓子ばかり食べてて……自分で買ったお菓子もそうですけど、最近はお兄ちゃんもたくさんお菓子を持って帰ってきて」


 正確にはお菓子でなく保存食ですが。


「クッキー様がお菓子を。珍しいですわね」

「なんでも、手作りしたものを貰ってるみたいなんですけど」

「……手作り? クッキー様が、手作りお菓子を頂いているんですの?」


 マリアンヌちゃんの眉がピクリと動きました。


「はい。職場の新人さんらしいです」

「新人の子!?」


 今度は顔色が変わりました。

 風邪でしょうか。


「お、オフィスラブ……大人の女性……い、いえ。そんな……でも……」

「あのぉ……どうかしましたか、マリアンヌちゃん?」


 なんだかぶつぶつ言っています。

 マリアンヌちゃんは自分の体を見下ろし、胸やお腹をぺたぺた触りました。

 そして「むぅっ」と唸った後、


「わたくしもダイエットいたしますわ! 今よりもっと優雅で可憐な女性になりますの!」


 と、決意を抱いたような顔で宣言しました。


「マリアンヌちゃんもですかぁ!」


 仲間が増えて嬉しいです。

 お友達と一緒に頑張れば、楽しくダイエットできるかもしれません。


「じゃあマリアンヌちゃんも私と一緒に、筋トレやジョギングを」

「筋トレなんて汗臭そうで、わたくしのイメージに沿いませんの。そんな地味なダイエットは必要ありませんことよ!」


 マリアンヌちゃんはそう言って、指をパチンとならしました。

 すると草むらから、黒服の人狼さん複数人が現れます。マリアンヌちゃんのボディーガードさん達です。


「きっと楽して綺麗に痩せられる方法があるはずですわ! あなた達、今すぐお調べなさい!」

「はっ、了解致しましたお嬢様」


 黒服さん達が散っていきます。

 いつもお疲れさまです。


「明日にでも良いお話をお聞かせ致しますわ! オーホッホッホッホ! こーうご期待遊ばせ!」


 口に手を当て、笑っています。


「ではわたくしはここで。クッキー様によろしくお伝えくださいまし」


 何をお兄ちゃんに伝えればいいのかよく分かりませんでしたが、そう言ってマリアンヌちゃんは帰っていきました。

 私は一人お庭に取り残された状況です。隣でドラゴンさんが寝ていますが。


 しかし、楽して綺麗に痩せるとは……なんと魅力的な言葉でしょう。

 そんな夢の方法があるのなら、私も無理して筋トレやる事は無いですよね! 無いですよぉ!

 私はそう考えながら、自分のお腹を見て……

 とりあえず、上体起こしを再開しました。





 そして更に、翌日の朝。


「わたくし、決意の表れとして、自宅のお菓子を全て他の人にお譲り致しましたの! オーホッホッホッホ!」


 マリアンヌちゃんが胸を張って高笑いしました。


「な、なんとぉ……思い切りましたね、マリアンヌちゃん! 私には無理です……ところで譲ったとは、一体どなたに?」

「ヨシエさんですわ。うふふふふふふふ、今頃大量のお菓子をお食べになって、丸々と太っ……いえ、まあそれは良いと致しまして」


 マリアンヌちゃんはパンパンと二回手を打ち、よく通る高い声で「ここへ」と言いました。

 一人の黒服さんが、アルミ製のアタッシュケースを持って現れます。


「わたくしが昨日別れ際に申しました事、覚えていらっしゃるかしら?」


 アタッシュケースを見て不敵な笑みを浮かべながら、マリアンヌちゃんが私に聞きました。


「別れ際に……はい。ええっと、お兄ちゃんによろしくって。でも何をよろしく言えば良いのか分からなくて私」

「そっちじゃありませんわ! その前ですの!」

「ああ。確か楽して綺麗に痩せるって……でも、そんな都合良い事あるんでしょうか」


 私がそう言うと、マリアンヌちゃんは「おーほっほっほ」といつものように高笑いをしました。


「それがありましたの! さあ、ご覧あれ!」


 黒服さんがアタッシュケースを開けました。

 そこには、小さな袋がずらりと並んでいます。

 袋の中に入っている、これは……?


「ゼリー、ですか?」

「ただのゼリーではありませんの」


 マリアンヌちゃんは胸を張り説明します。


「これは薬草学の粋を集めて作られた、スーパーダイエットフードですの! これを毎食前に一つ頂くだけで、どんどん怖いくらいに痩せていく! ……らしい、ですわ!」

「ええええぇぇ! そ、そんなステキなものがこの世にあっただなんて!」


 私は目を輝かせました。

 そんな私の様子を見ながら、マリアンヌちゃんは小袋を一つ持ち上げ、封を解きます。


「とりあえず一週間分、ミィさんにも差し上げますわ。さあ二人で賢く綺麗で優雅に、レッツダイエットですの!」


 なんと一週間分も頂けるそうです!

 さすがマリアンヌちゃん太っ腹……この言葉はダイエット前には不吉ですね。言い直しましょう、細っ腹。

 私が感謝の気持ちを伝えると、マリアンヌちゃんは得意気な顔をして、ゼリーを一つ口に入れました。


「うっ……まっずい……あっ、あら。わたくしとした事が乱暴な言葉遣いでしたわ。おほほほ……わたくし、このお味は少々苦手ですわね」





 そしてそして更に、一週間後の朝。

 例のごとく、うちのお庭に集合しました。


「……ミィさん。お痩せになりましたかしら?」


 マリアンヌちゃんがボソッと言いました。

 今日はいつもの覇気がありません。


「いえ、全然……まったく……少しも……」


 かくいう私も、今日は元気が無いです。


「あの酷い味のゼリーを食前に食べるせいでしょうか……お口直しとして、ついいつもより沢山のドレッシングやソースを使ったり、ご飯を一杯食べちゃって……」

「奇遇ですわね……わたくしも同じ状況でしたわ……」


 顔を合わせ、力なく微笑みます。


「だけど『ゼリー食べてるし別に良いか』と気軽に考えてたんですよ。でもなぜでしょうか、今朝体重を計ったら……先週より体重が増えちゃってるんですけどぉ……!」

「同じくわたくしも、何故か逆に太っ……い、いえ」


 マリアンヌちゃんは言い淀みました。その台詞の先を言いたくなかったみたいです。

 どんな言葉を選べばいいのか、暫く考えて……ふと、気付いたような顔をして、言います。


「成長期……どうやらわたくし、成長期みたいですわ」

「成長期……ですよね、成長期!」

「そうですわ! 成長期! オーホホホホホホ」

「成長期! えへへへへへ!」


 私達二人は、大声で笑い合いました。

 お日様の光がきらきら光って、私達を優しく包み込みます。


 少しの間笑い続けた後、マリアンヌちゃんが急に真顔に戻りました。

 

「……素直に運動しますわ」


 私も真顔に戻ります。


「ですね。ゆっくりジョギングしましょう」


 最初からそうしておくべきでした。



「私最近トレーニングで毎朝軽く走ってるんです。結構早いですよ! ついてこれますかねマリアンヌちゃん!」

「あら、頼もしい限りですわねミィさん」


 私は自信満々に言い放ち、走り始めました。服装は例のだっさいジャージです。

 同時にマリアンヌちゃんも走り出します。なんだかオシャレでぴっちりしたスポーツウェアです。ブランド物みたいです。


 得意の素早さを活かして全力疾走すれば一瞬で町内を回れるのですが、それでは数秒で疲れ切ってしまいます。

 なので、ゆっくりと、「一、二。一、二」のリズムでジョギングです。


「いっち、にーぃっ。いっち、にーぃっ」



 五分後。



「いっちぃぃ……にーーぃぃ……ぜぇぜぇぜぇはぁ……うっ、ごほげほっ、おえええ……マリアンヌちゃん、もっとゆっくりぃ……」

「そんな悠長な事言ってると、痩せることはできませんわよ!」


 マリアンヌちゃんのペースに付き合って、私は既に体力の限界へと到達しました。

 ごめんなさい。数日ジョギングしただけなのに、それで走る事に慣れたと勘違いしてました。調子に乗ってました。

 やっぱり私は……ダメだもう……


「無理ぃぃぃ……」

「ミィさん、しっかり足を前へ……ミィさ……ミィさん? ミィさん!? み、ミィさーん!」


 頬に当たる地面が、ひんやりしてて気持ちいいです。

 もう暫くは動けません。

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