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中途半端吸血鬼(むしょく)

 吹き抜けで、とても広いホール。その一階。

 充分なスペースがあります。

 お兄ちゃんは大きな狼に変身するやいなや、大口を開け牙を剥きだし、低い体勢でヴラコさんに襲い掛かりました。


「いざ相手をするとなると、まったく恐ろしい迫力だね君は。だがいくら身体が大きく、力が強くても、僕に対しては何の意味も無い」


 お兄ちゃんの渾身の噛み付きを、霧化する事でかわします。

 言葉の通り霧を掴むように、手ごたえの無いまま身体を突き抜けました。


「ガウゥ……」

「その通り、ただ君の体力を消耗するだけ……」


 ヴラコさんはそう答えた後、「おや?」と言って小首を傾げました。


「なるほど自分でも驚いたが……純血種になると、変身した人狼の言葉がなんとなく分かってしまうようだね。まるで外国人のような、カタコトの台詞に聞こえたよ」


 唸るお兄ちゃん。


「そう怒らないでくれ。吸血鬼と人狼は、よく一緒のお話に出てくる、親友のようなものじゃないか」


 ヴラコさんは楽しそうな顔で言います。


「文献に無かった能力も色々あるようだ……でもまずは、有名どころを試し打ちさせて貰おうかな」


 ヴラコさんは、右手を頭上に振りかざしました。

 すると、周りに落ちていた壁の瓦礫、木片などが、小さな無数のコウモリに変化し、一斉にお兄ちゃんへ襲い掛かりました。

 お兄ちゃんは暴れながらコウモリを追い払います。

 そこへヴラコさんの指先からビームが……


 ビーム!?


 吸血鬼が、指先からビームを出したそうです。

 この話を聞いた時、私はその唐突さにびっくりしましたが……

 ああ、よく考えると確かに。ゲーム中に吸血鬼ビームって名前の技、ありましたね……


 とにかくお兄ちゃんは、頭を目掛けて放たれた吸血鬼ビームを、咄嗟に伏せて避けました。


「これがビームか。見た目は派手だが結構疲れる。どうやら連発は無理みたいだよ」


 ヴラコさんは指先を眺めながら言いました。


「しかし君も責任感が強いね。他二人を逃がして、自分だけ戦って……もしくは意外と戦闘狂いなのかな?」

「ガルルル……」

「ふふふ、そうだね。早く終わらせて……」



 その時、部屋が急に明るくなりました。



「うっ……に、日光……?」


 光に当たった肌が、瞬時真っ赤に腫れ上がりました。

 慌てて瓦礫の影に隠れます。


「吸血鬼ってのは、鼻は利かないみたいだなァ!」


 頭上から戦士さんの叫び声が聞こえます。


「日の光を拝むのは、その姿になってから初めてだろぉ。どんな気分だァ?」


 上を見上げると、二階天井に、豪華なお城には似付かない板張りの足場が架かっています。最近後付けされたもののようです。

 その足場には戦士さんが立っており、その手の先には、


「天窓……? まさか」


 外へ繋がる、木材だけで出来た簡易的な天窓です。ガラス等は使われておらず、見た目は窓と言うより蓋。

 その蓋を、戦士さんが開け放っています。


「俺たちもこれを発見した時は、驚いたがなァ」


 最初に違和感に気付いたのは戦士さんです。ヴラコさんが純血種に変貌を遂げた、あの部屋。

 古いお城、古い扉。なのにドアノブは、円筒状の捻って開けるタイプ。明らかに近年、新しく後から取り付けられたものです。

 盗賊団の中に、大工仕事が得意な団員がいたのでしょう。


「こんな密閉した城じゃ、モンスターはともかく人間は息が詰まっちまうんだよォ。心の問題だけじゃぁ無く、実際に呼吸が出来ねえって意味だ。そりゃあ窓の一つも作るさ」


 この部屋に入った直後、そんな事を考えながらふと天井を見上げると、案の定、空気穴代わりの天窓が。

 ヴラコさんが悠々と歩きながら追いかけて来たおかげで、作戦タイムも充分取れました。


「なるほど、狼さんは囮だったというわけか。そう言えば妙に低い姿勢で戦っていたね。上を意識させないためか」


 ヴラコさんは冷静にそう言った後……歯ぎしりをしました。実はそんな冷静でも無かったようです。


「……だが、あまり調子に乗らないでくれよ!」


 ヴラコさんは霧ヴラコさんへと変身し、今までにない速度で動き出しました。

 天窓からの直射日光を避け、回り込むように上昇していきます。


「ガウッ!」


 お兄ちゃんは止めようと襲い掛かりましたが、霧をすり抜けるばかりです。

 霧ヴラコさんはお兄ちゃんを振り切ると、一瞬で天井の戦士さんの元へ辿り着きました。

 生身ヴラコさんに戻ります。


「そんな悪戯はもう出来ないように、君を完全に僕のシモベにしてあげるよ……!」

「あわわわ~っ」


 戦士さんは焦り顔で怖がりますが、何故かあまり抵抗せずに噛まれました。

 首筋に牙。つぷりと刺さり、血が噴き出します。ヴラコさんはごくりと飲み込み……


 目を見開き、慌てて戦士さんから離れました。


「……ううっ!? ……あ、ああ……何だ? 頭が痛い。身体が、気分が……うぷ……」


 ヴラコさんの目が真っ赤に充血しています。ただでさえ青白い顔がますます真っ青になり、しゃがみ込んでしまいました。


「魔力酔いってヤツだね~。吸血鬼が、他のモンスターの血を間違えて飲んじゃったら起こる症状だよ~。知ってるでしょ?」


 血を吸われた戦士さんが、いつもと違う軽い口調で言います。


「こんな単純な手にかかるとはなァ」


 屋根上に潜んでいたのでしょう。天窓を通り抜け、もう一人の戦士さんが現れました。戦士さんが二人並びます。


「何故二人……も、もしかして君は……」

「そうだよ~」


 戦士さんが煙を上げ、フォローさんの姿に変わります。

 ヴラコさんが飲み込んだのは、人間の血では無く、化け狐の血だったのです。


「だ、だが……今の僕が魔力酔いなんて……ありえない……」

「そうだね~。魔力酔いするのは雑種吸血鬼だけだもん。ボク仕事で、魔王軍お偉いさんの純血種吸血鬼に一日張り付いて取材した事あるけど。そのおじさんはモンスターの血でも平気で吸ってたよ~」


 フォローさんの説明を聞き、戦士さんがニヤリと笑います。


「って事は、ざぁんねん。テメエは中途半端な偽物って事だァ」

「な、何……!」

「ついでに言うと~、その純血種のお偉いさんは、召喚するコウモリも一匹一匹もっと大きかったし、ビームも連発してたし、人狼語もカタコト理解じゃなくて流暢に会話してたよ~」

「馬鹿な……!? 僕は、僕のこの力は古代の、純血……ぐああっ!?」


 急に痛む足。血が噴き出ます。

 戦士さんが、ヴラコさんの太ももに短剣を突き刺したのです。


「どうやらもう霧にもなれねぇみたいだなァ……ククッ」


 戦士さんは、それはもう悪そうな顔でほくそ笑みます。


「そう言えばテメエ、その失敗作純血種になる儀式ン時言ってたよなァ? 異性の血が必要、ってよォ」


 ヴラコさんは失敗作という言葉を不快に感じ、睨みつけました。

 しかし戦士さんは気にせず話を続けます。


「そんで、あの盗賊の人間の血を吸ってたが……実はよぉ、俺ぁちょっとした事を黙ってたんだ。でも本当の事言ったらテメエは『じゃあ代わりに』つって俺の血ィ要求してきそうだったしよォ。それはちょっとキモかったんだ。しょうがねぇよなァ?」

「一体何を……ま、まさか……?」



「あの盗賊、女だったぜ?」



 戦士さんは、腹を抱えて大笑いします。

 盗賊団長二人は、男性のモンスターと、女性の人間のコンビだったのです。

 実は裏設定ではあの二人は夫婦。まあそこまでは戦士さんが知る由も無いのですが。

 とにかくヴラコさんの儀式には、『異性の血』という、重要なアイテムが抜けていたのです。


「つまりハナから失敗してたんだよぉ! でも気付かないテメエが悪いよなァ。吸血鬼のクセに、血の味には詳しくねぇのかよ、この出来損ない!」

「で、出来損ないではない……! 僕は、僕は……あたしはぁぁぁああ!」


 逆上し、叫びながら襲い掛かろうとするヴラコさん。

 しかし戦士さんはその顔を蹴り上げます。

 ヴラコさんはそのままの勢いで、階段を転げ落ちちゃいました。


「なぁ~にが『あたし』だよ。やっぱり僕っ子はキャラ作りかァ?」


 一階まで落下したヴラコさん。身体中の痛み、吐き気、だるさを堪えながら、立ち上がろうとして……

 異様な気配に、振り返ります。

 そこには狼姿のお兄ちゃんが、唸り声を上げながら、待ち構えていました。


「や、やめて……あたしはもう……」

「グルルルル……」


 顔が恐怖で引きつるヴラコさん。

 お兄ちゃんは大口を開け、鋭い牙を光らせて……



「グオオオオオオオッ!」



「やめてえええええええっ!」




―――――



「あのオネーサンは、どうして純血種になりたかったんだろうね~?」


 フォローさんが、金ぴかのネックレスを太陽の光にかざしながら言いました。

 このネックレスは、お城にあった盗品から一つ頂戴しちゃったものです。

 泥棒から盗むのも泥棒なのですが、そこはモンスターなので。あしからず。


「失敗作って言葉に妙にいきり立ってたからよぉ、出来損ないって言ってみたら思惑通り逆上しやがった。まぁ、その辺、なんかあったんだろうよォ」


 戦士さんは他人のコンプレックスを鋭く察して、そこを刺激し煽る事が得意なタイプみたいです。

 邪悪ですね。出来れば私はもう会話したくないです。


 三人は今、天窓を通り抜け、屋根の上に立っています。

 上から脱出しようと考えたのですが……周りを見回すと、出口が無い岩山のバリケード。

 横着せず、素直に来た道を帰らないと駄目なようです。


「雑種だからって、嫌な事があったのかな~。そんな事気にしないでれば良かったのにね。胸大きかったし~」


 そのフォローさんの言葉に、胸は関係ないだろうと前置きをして、お兄ちゃんが答えました。


「そうだな。雑種吸血鬼だろうと、充分強力なモンスターである事には変わりない」

「そりゃあ、俺に気ぃ遣ってんのかァ?」


 戦士さんが、手をかざしながら、太陽を見上げて言いました。

 牙が生え、力も増して……今や完全な雑種吸血鬼です。

 吸血鬼なのに、太陽の光を浴びても平気。にんにくを食べても平気。夜に眠って、お昼に行動。


「人間の血も、別に吸わなくても大丈夫らしいよ~」

「はっ、ますます中途半端な存在だなァ。あの女の気持ちがちょっと分かったよ」


 戦士さんは自嘲気味に言います。


「お前はこれからどうする気だ。もう人間社会では暮らせないだろう」

「そうだなぁ。こんな姿、もし勇者の野郎に見つかったら問答無用でぶっ殺されるだろうな」

「えっ。勇者なのに、元仲間相手でもそんなシビアなの~? 怖~」


 途方に暮れている戦士さんの顔を見ながら、お兄ちゃんは暫く考えて……ふと、尋ねました。


「今更だが……お前、名前はなんだ?」

「俺か、俺は……」



 なまえを にゅうりょくして ください。

 →デフォルトネーム



「……? なんだ今の変な声は。どこから聞こえた?」

「気にすんな。勇者の仲間になった時から、自己紹介するたび聞こえるようになったんだよ。まぁさか、まだ付いて回ってるとは思わなかったが」


 気を取り直して、戦士さんは自分の名前を言います。


「俺の名前はウラセだ」


 この名前は、ゲーム開発チーム内で「後で裏切る戦士」と呼ばれていたものがどんどん縮まって、ウラギセンシ、ウラセン……途中でポラギノールとかウッセーとかに枝分かれしつつ、最終的にウラセに落ち着いた、由緒正しくも何とも無い適当なネーミングです。

 ゲーム的に言うところの、戦士さんのデフォルトネーム。

 ちなみに名前は自由に変えることが出来ますので、前世の私は『クソ野郎』と付けていました。


「ウラセか。俺はクッキーだ。ウラセよ、ここに来る前に、無職で金に困っていると言っていたな。仕事を探してるんだろう?」

「ああ……なんだよ、無職で文句あっかぁ?」


 戦士ウラセさんは、太陽を眺めたまま返事をします。


「俺と一緒に来ないか?」

「……はぁ?」


 やっと、お兄ちゃんの方を振り返りました。


「ああ、それいいかもね~。人狼と吸血鬼がいる職場っていかにもモンスターってカンジだよ~」


 フォローさんが能天気に言いました。


「仕事は洞窟の宝を守る事。主に人間を……時々トチ狂ったモンスターも倒す。他に魔王軍に召集される事もあるが……当然だが、勇者を倒す事も目的の一つだ」

「……いいのかよ? 俺は勇者の仲間だったんだぞ」


 その疑問に、お兄ちゃんは笑顔で答えます。


「今は、モンスターだろう?」


「……ふん。お前ら兄妹は、やっぱ変な奴らだなァ」

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