御加護(げーむしすてむ)
ヴラコさんは、戦士さんの首筋から牙を抜きました。
戦士さんは痙攣しながら、お兄ちゃんの足元に倒れます。
「僕はいまや、純血種……それも、古代の吸血鬼の王が有していた、とっておきの力を持つ吸血鬼になったのさ」
そう言って、見せつけるように牙を出しながら、微笑みます。
その牙はついさっきよりも長く、鋭く。付着した血に松明の光が反射し、怪しく輝いています。
お兄ちゃんは暫く呆然として、その牙を見つめていましたが……ふと我に返り、倒れ込んだ戦士さんを抱え起こします。
「しっかりしろ人間!」
お兄ちゃんは戦士さんの頬を叩き、起こそうとしました。
ヴラコさんはその様子を、邪魔する事無く、笑顔で見ています。
ちなみに一人だけ先に部屋の外へ避難したフォローさんは、扉の影に隠れて様子を伺っています。
「ところで狼さん。純血種が人間の血を吸うと、どうなるか。知ってるよね」
戦士さんのまぶたが開きました。
「おい、痛てぇなクソ狼。何回ほっぺ叩くつもりだァ?」
と、いつものように憎まれ口を叩く戦士さん。
気を失っていたわりには元気で、そこについては一安心なのですが……
喋るたび開く口の中に、鋭い牙が生えています。
一応言っておくと八重歯や犬歯じゃないです。
「まさか……!」
「そう、そのまさかさ。彼はもう僕の意のままに動くシモベ。吸血鬼として生まれ変わったのだよ。雑種だけどね」
戦士さんはお兄ちゃんの手を払い、立ち上がりました。
そしてヴラコさんの傍へ寄り、横へ並びます。
「……まったく、やっかいだな」
「ヤバイよダンナ! さっさと逃げようよ~。ボクらも血吸われちゃうよ~!」
扉の影からフォローさんの声がしました。
ヴラコさんはクスリと笑います。
「君達の血を吸うつもりはないよ。狐や狼の血は、お腹を壊しそうだしね」
「えっ! それホント~?」
「それにもう用は無いから、逃げるならお好きにどうぞ。報酬はその辺にある盗品でも適当に持って行けばいいさ。出来れば狼さんには、覚醒した僕の力試しに付き合って欲しかったけど。ふふふ」
お兄ちゃんは戦士さんの顔をちらりと見ます。
吸血鬼化し、青白くなった肌。
しかしその表情は以前と変わらず、人を小馬鹿にしたようにニヤついています。
「ダンナ、早く帰ろうよ~! 出来れば何かお宝を持ち帰りつつさ~!」
「この人間を、このまま放っておくわけにもいかんだろう。とりあえず純血吸血鬼とやらを倒してから帰る」
そう言った後、お兄ちゃんは文字取り牙を剥きながら、今すぐにでも飛びかかれるような臨戦態勢を取りました。
「あははは、さすが、それでこそ血気盛んな巨大人狼だ。でもそれならまずはシモベと戦ってもらうよ」
戦士さんが、ヴラコさんを守るようにして、お兄ちゃんの前に立ちはだかります。
お兄ちゃんは眉をひそめ、苦々しい顔をします。お兄ちゃんピンチです。
元々戦士さんは、私やお兄ちゃんの敵でした。でも。
お兄ちゃんの性格的に、人間だろうと元敵だろうと何だろうと、ちょっとでも仲良くなったら本気で殴れなくなっちゃうのです。
「さあシモベ。僕のために、狼さんと戦ってくれないか」
「了ぉ解ぃ……」
戦士さんは短剣を手に取りました。刃に魔力を込め、握る手に力を入れ……
「なぁんてなァ!」
振り返り、ヴラコさんの首を目掛けて、勢いよく斬りつけました。
―――――
「ミステリアスな美女の依頼により古城へ。しかしそれは罠だったー! 古代の吸血鬼の王、ブラム公爵の力を手に入れた美女が、勇者達に襲い掛かるー!」
「王様なのか公爵なのか、ハッキリしなさいよ」
「公爵だよ! 王はニックネーム!」
ゲーム研究部の部室にて。
美奈子さんとちーちゃんさんは、ビール片手にピーナッツをぼりぼり食べながら話しています。
「で、その古代の王様の力で、勇者達が血を吸われて吸血鬼になっちゃうの?」
「いやいやちーちゃん、いやいやいや甘いねちーちゃん。勇者やその仲間はなんか特別な力で無効だよー! 勇者Tueeeeee!」
「いや違うな! 一番強いのは女の涙」
「黙れ和田君」
―――――
「……何故、君はシモベにならない?」
「そんなの知るか馬ぁ鹿。テメエの力不足だろぉ?」
口では煽るように言っていますが、戦士さんの内心は疑問だらけです。
吸血鬼の力……噛まれる前より、明らかに力が増しています。
本当に吸血鬼になってしまったのでしょうか?
でもそれなら何故、『吸血鬼の手下』に成り下がらずに済んだのか?
そして今戦士さんの右手にある短剣。これで完全にヴラコさんの首を斬りました。
今目の前にいる女吸血鬼さんの身体には、首から上がありません。
当然口もありません。
なのに、喋ってます。声がします。
ヴラコさんの頭が、宙に浮いています。
「おいおいおい、純血種ってのは不死身なのかァ?」
「ははは、まさか。この力の元の持ち主、ブラム公爵は実際大昔に亡くなったのだよ。いくらなんでも、首が取れたら僕も死んでしまうさ」
「……生きてるじゃねぇか」
ヴラコさんの姿が半透明になっていきます。
「君に首を斬られる前に、姿を霧に変えたのさ。剣撃は僕には効かない」
霧ヴラコさんはふよふよと上昇します。
天井で生身ヴラコさんに戻り、逆さまに立ちました。
「しかし、どうして君は、僕の言う事を聞かないのかな? 雑種吸血鬼にはなったようだけど……僕の能力がまだ安定していないのか、それとも君の体質が特殊なのか……」
「体質ねぇ。勇者の加護がまだちょっと残ってんのかもなァ……どうせなら吸血鬼になるのも防げよ、って言いたいけどよぉ」
戦士さんが呟きました。
ゲームでは、勇者さんとその仲間は吸血鬼化が無効。勿論、手下になる事もありません。
しかし戦士さんは、いまや『元』勇者の仲間。
効果無効のシステムが、なんだか中途半端にしか働かなかったようです。
「もう一度血を吸えば、完全なシモベになるかもね。後学のために試しておこう」
ヴラコさんはそう言って、再び霧へと姿を変えました。
「おい、逃げるぞ!」
戦士さんが無事……まあ吸血鬼にはなっちゃいましたけど、一応無事だと分かり、これ以上ここにいる理由は無くなりました。
お兄ちゃんは、霧ヴラコさんが襲って来る前に脱出しようと、扉の外へ駆け出します。
「……ちっ。あの女、殴らねぇと気が済まねえんだけどよォ……」
戦士さんは文句を言いながらも、攻撃が通らない霧相手ではどうにも出来ないと考え、渋々お兄ちゃんの言葉に従います。
霧ヴラコさんが天井から降りてくる前に、扉から出ました。
三人とも部屋の外に出た後、扉を閉め、元来た通路を走り出します。
「逃げても無駄だよ」
扉の下から、霧が分散しながら噴き出てきます。
少しの隙間があればどうとでも出来るようです。
便利な身体ですね。
「あんな能力反則だよ~!」
フォローさんが泣きそうな声で叫びます。
攻撃が効かないし、あの調子じゃどこかに閉じ込めるなんて手も使えそうにありません。
「……だが、完璧な吸血鬼になったのなら、日光に弱いはずだ」
お兄ちゃんは走りながらそう呟いて、周りを少し見回して……気付きました。
そう言えばこのお城に入ってから、一度も『窓』を見ていません。
「さすが吸血鬼の古城だな」
「古城……待てよぉ? でもさっきドアが……いや、そりゃどうでも良いかァ」
戦士さんが何かに気付いたようですが、今は逃げることに専念するため、余計な考えを振り払いました。
「とにかく、律儀に出口を探すしかなさそうだなァ……」
三人は廊下の角を曲がりました。
先程、巨大狼に変身したお兄ちゃんが破壊した通路……壊れて、左右別の通路へと繋がっています。
壊れた壁穴が日の当たる外へと繋がっている事を、一瞬だけ期待しましたが、そう上手くはいかないようです。
「ここは広いお城の中心部。脱出するのは中々骨が折れるよ」
ヴラコさんが、廊下をゆっくりと歩き、三人に近づきながらそう言いました。
余裕の笑みを浮かべています。
戦士さんは、壊れた壁の向こう側を覗いてみました。
左側の壁の向こうは小さな物置部屋。壊れた壁穴も小さく、通り抜け出来そうにありません。
右側の壁の向こうは吹き抜けの広いホール一階。二階へ通じる階段近く。
こちらの壁穴は大きく、すぐに向こう側へ行けます。
「狭い廊下よりはマシだろぉ」
そう言って、ホールへ繋がる壁穴に飛び込みました。
お兄ちゃんとフォローさんも続きます。
「こんな所を通るだなんてヤンチャだね。まるで追いかけっこだ。僕も子供の頃、男の子達に混じってよく遊んでいたよ。懐かしいね」
遅れて、ヴラコさんも壁穴の前に到着しました。
霧になり穴を通過します。
壁の向こう側に着くと、霧から生身の姿に戻りました。
すぐ傍に、お兄ちゃんが一人でヴラコさんを待ち構え立っています。
「おや、追いかけっこはもう終わりなのかい?」
「俺は不器用だから、逃げるってのは苦手だ。力試しに付き合って欲しいと言ってただろう? 相手してやる」
その言葉を聞き、ヴラコさんは不気味な笑みを浮かべました。
「それはまたご親切にどうも……素敵なエスコートをお願いするよ」




