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連携プレイ(おたがいのわざ)

 盗賊団長は縦に連なり、廊下を走り近づいてきます。

 二人組なのに、まるで一人に見える陣形。

 先頭は赤肌で三つ目のモンスターさん。その後ろに白い肌の人間さん。


「気味が悪い奴らだ……!」


 お兄ちゃんも、向かって来る敵に対して駆け出しました。

 盗賊二人よりも、お兄ちゃんの方が動きが素早いみたいです。一瞬で目前へと移動し、右腕で薙ぎ払うように拳を繰り出します。

 予想以上のスピードに赤三つ目さんが少し驚いた顔を見せますが、低くしゃがみ込み拳を避け、そのままお兄ちゃんの腰へタックルしました。


「うおっ!?」


 赤三つ目さんの攻撃でお兄ちゃんは倒れたりはしませんでした。が、腰にしがみついて来た赤三つ目さんに、つい視線を集中させてしまいます。

 その隙を狙い、白人間さんが飛び跳ねながら、振り上げた剣をお兄ちゃんの頭上へと振り下ろしました。


「おい、ボケっとしてんじゃねぇぞぉ!」


 激しい金属音。

 お兄ちゃんを狙った剣の一撃を、戦士さんが短刀で受け止めました。

 白人間さんは後ろに飛び下がります。


「この……!」


 お兄ちゃんは右手を振り上げ、腰にしがみつく赤三つ目さんに向かって、思いっきり振り下ろしました。

 しかしそれに気付いた赤三つ目さんは、「おっと」と言いながらお兄ちゃんの腰から手を離し、後方へ退きます。

 お兄ちゃんは追いかけるように殴りかかりましたが、拳は赤三つ目さんの左手首をかすっただけで、避けられてしまいました。


「魔法でパワーダウンしてんのに、無茶してんじゃねぇよ。クソ狼がァ」

「むぅ……すまん。助かっ」

「礼なんか言うなっつっただろォ!」


 赤三つ目さんは、さっきお兄ちゃんの攻撃がかすった手首を抑えています。


「破邪の魔法が掛」「かっているというの」「に、まさかこんなにパ」「ワーがあるとはな」

「そんな喋り方されちゃぁ、どっちが痛がってんのか分かんねぇよ、クソ盗賊」


 お兄ちゃん達と、盗賊団長二人組は、睨みあって対峙します。

 膠着こうちゃく状態のまま、お互い隙の探り合いです。


「話に聞いてた『モンスターと人間の特性を活かした連携』ってのは、その破邪の魔法かぁ? 確かにそりゃあ人間にしか使えない魔法だもんなぁ」


 戦士さんが喋り出しました。

 きっかけを与えて、無理矢理相手の隙を作るつもりです。


「で、そっちの三個目野郎は? ただの数合わせか~ァ?」


 わざと挑発するような口調で言います。いやわりといつもこんな口調ですが。


「そうだ」「な、そろそ」「ろ見せてや」「る」


 そう言ってすうっと息を吸い……

 直後、赤三つ目さんの口から「ア”ア”ア”ア”ア”ア”」と甲高い声が発せられました。

 きーんと耳鳴りがするような高音です。


「な……ぐっ、ああ……!?」


 赤三つ目さんの声を聞いた戦士さんは、両耳を抑え、前屈みになりました。額は発汗し、顔は苦痛に歪みます。

 しかしお兄ちゃんやヴラコさん、ついでにまだ寝てるフォローさんは何ともありません。ただうるさいと感じるだけです。


「どうした!? 何が起こった!」

「この技は……なるほど」


 戦士さんの様子を見て、ヴラコさんが頷きます。


「人間にしか効かない怪音波だね。これを聞いている内は頭痛発熱悪寒により、思考力と身体能力を奪われる。厄介だね」

「そういう事か……!」


 つまり盗賊団長は、『モンスターの力を封じる技』と『人間の力を封じる技』の両方を駆使するコンビだったのです。

 お兄ちゃんは、怪音波の発生源である赤三つ目さんへと殴り掛かりました。


「寄るな」


 しかし、白人間さんの放った雷の魔法により、行く手を遮られます。

 お兄ちゃんが雷を避けます。その隙に、赤三つ目さんは怪音波を発声しつつ、白人間さんの剣を受け取りお兄ちゃんへ振り下ろしました。

 急いで剣を避けたお兄ちゃんは、その勢いのまま背中で石壁に激突します。その衝撃で壁から欠けた石つぶてを掴み、白人間さんに投げつけました。

 白人間さんは魔法の防御壁バリアを張り、石つぶてを防ぎます。


「クソ狼ぃ、変身しろぉ……!」


 戦士さんが頭痛に耐えながら叫びました。

 お兄ちゃんはそれを聞き、少し戸惑います。

 こんな狭い場所で巨大狼に変身したら、廊下が壊れ、すぐ近くにいる戦士さん達を巻き込んで……いや、そもそも変身の衝撃で戦士さんが吹き飛んでしまいます。

 しかし、そんな躊躇をしている暇も無く。


「どうなっても知らんからな!」


 そう叫んで、狼に変身しました。

 ずどんと重い音がして、床、壁、天井を圧迫します。

 団長二人組、それにヴラコさんは、衝撃から逃げようと慌てて飛び退きました。

 戦士さんも逃げようとしましたが、怪音波により動きが鈍り、避けきれずに吹き飛ばされてしまいます。


「うぐっ……」


 床を数回転がり、やっと止まりました。どうやら無事みたいです。


「おいクソ狼、そのまま突撃しろぉぉ……!」


 再び戦士さんが叫びます。

 それ聞き、巨大狼となったお兄ちゃんは、廊下を破壊しながら突進を始めました。

 しかしお兄ちゃんは、破邪の魔法により力が落ちています。

 壁や天井は既に古くぼろぼろではあったのですが、それでもお兄ちゃんの進行を邪魔して、思うように速度が出ません。


「くっ……来るなあ!」


 とは言え、やはり巨大な狼が壁を破壊しながら迫ってくる様子には、恐怖を感じざる得ないのでしょう。

 白人間さんは、二人交互で喋るあの独特な話し方をする事も忘れて、普通に叫んじゃってます。

 そして急いで手の平を顔の前で合わせ、呪文を唱え始めました。

 

「グァアオオオオオオオオンッ!!」

「ひぃっ!」


 お兄ちゃんの突然の咆哮。

 遠くにいても吹き飛ばされそうになる、台風のような息吹。

 白人間さんはビックリしてしまい、一瞬呪文を中断してしまいました。


「おいバカ……ふん、だがあんなトロくてデカい狼、恰好の的。この剣に魔力を込めろ」


 赤三つ目さんはそう言いながら、剣を投げ槍のように構えました。こちらもあの独特な話し方を忘れちゃっています。

 ……しかし当然ですが、普通に喋ってしまったことで、あの怪音波は止みました。


「迂闊だったなァ赤いの」

「ガウッ」


 お兄ちゃんが急に縮み、人型に戻りました。巨大狼の体躯と体毛でぎちぎちに詰まっていた空間に、ぽっかりと隙間が空きます。

 その隙間から飛び出してくる、戦士さん。


「ああっ……!」


 白人間さんは剣に魔力を込める事を中断し、とっさに別の魔法を戦士さんに向かって放とうとして……飛んできたナイフを見て、また更に魔法を切り変え、防御壁バリアを張ります。

 さらに戦士さんは赤三つ目さんの顔に向かって、魔力を込めたカミソリを投げつけました。

 赤三つ目さんは剣でそれを払いのけ……次の瞬間、後方から頭部を思いっきり殴られ、吹き飛びました。


「丁度今、力が戻った」


 と、殴った拳をさすりながら、お兄ちゃんが言います。

 戦士さんの攻撃中、お兄ちゃんが背後に回り込んでいたのです。

 赤三つ目さんは廊下の角まで吹き飛んでいきました。


「な……く、くそうっ!」


 相棒が壁に激突し倒れ込む姿を見た白人間さんは、再び手の平を顔の前で合わせ、呪文を唱えます。

 しかしすぐに戦士さんに右腕を掴まれ、そのまま手首を捻り上げられました。


「ああっ、痛い……いたたたた、離せ……!」

「ヤダねぇ」


 戦士さんは白人間さんの腕を捻り上げたまま、足を引っ掛け、床に倒します。

 うつ伏せに倒れ込んだ白人間さんの肩を踏み、そのまま思いっきり腕を引っ張り上げ……


「あ、あ……いたああああああい!」


 肩と肘の骨を折ってしまいました。

 白人間さんは痛みにのた打ち回り、体を転がし仰向けになりながら、左手で折れた右腕を抑えます。


「テメエみたいに『振り付けが必要な魔法』使うヤツは、腕折っちまえばいいってなァ。この前散々学ばされたんだよぉ」


 この前……とは、おそらくエルフの里にて、ミズノちゃんと戦闘になった時の事でしょう。

 ミズノちゃんは僧侶さんの両手の骨を砕く事で、回復魔法を封じていました。


「……クソ白助。テメエのせいでヤな事思い出しただろォ……!」


 自分から言って勝手に思い出したクセに、怒りながら白人間さんの顔を踏みます。

 前歯が折れ、そのまま失神してしまいました。


「両腕折るまでも無かったなァ……って、何見てんだよ」

「別に。人間も意外とやるもんだと思っただけだ」


 お兄ちゃんがニヤリと笑った、その直後、



「ア”ア”ア”ア”ア”ア”」



 再び怪音波が発生します。

 音の方を見ると、廊下の奥で赤三つ目さんが起き上がり、必死の形相で技を出しています。


「痛ってぇ……しつけぇなァ、オイ!」


 戦士さんは痛む頭を手で抑えながら、廊下奥を睨み付けました。

 お兄ちゃんは赤三つ目さんを黙らせようと、走り出します。

 しかしお兄ちゃんが止めるまでもなく、突然怪音波は止みました。


「ぐくく……ぐほっ」

「そろそろ静かにして欲しいね。音の外れた大声で、耳が痛い」


 いつの間に近づいていたのでしょう。

 ヴラコさんが、右手で赤三つ目さんの首を絞め、持ち上げました。

 首吊り状態になった赤三つ目さんは、手足をじたばたさせています。


「あっちの白い人が使う破邪の魔法は、自前で取得したものだろうけど。その怪音波は、本当は君の技では無いはずだ」

「ぐっぷ……がは……」


 ヴラコさんの右の腰辺りが、一瞬赤く光りました。


「返して貰うよ」


 パキッと小気味良い音。

 赤三つ目さんは首が折れ、そのままピクリとも動かなくなりました。首から手を離されて、床にどさりと落ち、横たわります。

 ヴラコさんはその後ふらつき、座り込んでしまいました。


「大丈夫か」


 お兄ちゃんがヴラコさんに駆け寄ります。


「破邪の魔法が掛かったままなのに、少し無理をしてしまったようだ。君達のようにはいかないものだね」


 ヴラコさんはそう言って、倒れている白人間さんの方へと指を差しました。


「すまないがあの人間をこちらへ連れてきてくれないか。魔力補給のため人間の血……それも、異性の血が飲みたくてね」


 その言葉を聞いた戦士さんは、白人間さんを引きずってヴラコさんの前まで運びました。

 白人間さんの袖をめくり、腕をヴラコさんの口の前に差し出します。


「ご丁寧にすまない。君は意外と気が利くんだね」

「黙って飲め」


 ヴラコさんは白人間さんの手首の動脈から血を吸い、元気になりました。


「さあ、後はまだ寝てるあのアホ狐を起こすかァ……」

「いやそれは不要だ。とっくに起きて、ずっと気絶したフリをしていたのだろう、フォ郎?」

「ギクッ」




―――――



「この部屋の中に、目的のものがあるはずだよ」


 団長二人組と戦った廊下を抜けた先。

 大きな扉があり、四人はそこに入りました。

 中々広いお部屋です。そして、なんだか怖いお部屋です。

 扉から入り、すぐ正面に見える壁には、男性の大きな肖像画が掛かっています。かなり年代物の絵です。

 そしてその壁手前の床には、六芒星の魔方陣が描かれています。


「まるで魔女の部屋だね~」

「さっきの盗賊団長達が、魔術の儀式でもやっていたのだろうか?」


 不気味なインテリアへの感想を漏らすお兄ちゃん達。

 しかしヴラコさんは部屋の奇妙さを気にする素振も無く、つかつかと壁の肖像画へ近づきました。


「この絵は、大昔ここの城主だったブラム公爵デュークだよ。実に堂々とした姿じゃないか」


 と、絵画の紹介をします。

 その足は、ちょうど魔方陣の真ん中に立っています。


「……形見の指輪ってヤツ、探さねぇのか?」

「うん? ……ああ、そうだね。指輪」


 戦士さんの問いに気の無い返事をして、ヴラコさんは壁の絵画を見つめ続けます。


「一つ聞いてもいいかぁ、吸血鬼」

「なんだい? 何でも聞いてくれ」

「どうして、この部屋に来れたァ?」


 ヴラコさんは壁の絵画から戦士さんへと視線を移し、微笑みました。


「言ったはずだよ。目的の指輪がどこにあるのか、僕は感じることが出来るんだ」

「あぁそうだったな。でもあの時『この方角から感じる』って言ってたハズだァ」


 戦士さんとヴラコさんの、どこか不穏なやり取り。

 お兄ちゃんは怪訝な顔を向けます。


「そう言った後に、道を右に曲がって、その後もまた右に曲がって……ぐるっと回っちまってんだよぉ。この部屋は、テメエが最初に『こっちの方角だ』と指差した向きから、まるで見当違いな方角にある」 


 戦士さんは言いながら、ナイフを抜きます。


「指輪の魔力を感じるってのは嘘で、本当はどの通路を行けば良いのか、事前に知ってただけじゃぁねえのかァ?」

「ふふふ、君は見かけによらず目聡いようだね」


 ヴラコさんは再び、壁に掛かった肖像画へ視線を戻します。


「このブラム公爵はね、吸血鬼の王(ヴァンパイアロード)と呼ばれる、古代の偉大な純血種吸血鬼だったのさ。ただでさえ優れている純血種の中でも、殊更優秀だったらしい」

「吸血鬼だと?」

「そう。能力が高いだけでなく、研究熱心でもあった。そして自己愛も強く、ロマンチスト……彼は、自分自身の強大な力を後の世に残す。そんな研究をしていたのさ」


 肖像画から視線を落とし、次は自分の足元、床に描かれた魔方陣を眺めます。


「あの盗賊団に吸血鬼がいなくて良かったよ。先を越されると厄介だ。まああの盗賊団長の片割れは、一部の力だけ引き出せたようだが……本来即死するはずの技も、吸血鬼でない彼では、ただ頭痛を起こす程度の不完全なものに過ぎなかった。それにこれが無いとね」


 服の裾を少し上げました。ベルトループに、赤く光る指輪が通してあります。

 ベルトループを引き千切り、指輪を外し、左の人差し指にはめました。


「指輪……?」

「この指輪は旅先で偶然手に入れてね。一目見て異質な魔力を感じ取った。運命だったんだよ。僕は必死に色々な文献を漁り、この城について、そしてこの部屋について調べ上げた。だが不運にも盗賊の縄張りになっていて……非力な女の子である僕一人では、到底ここには辿り付けなかったよ」


 ヴラコさんは左手の赤い指輪を、愛おしそうに撫でます。


「皆には感謝している。そして申し訳ないとも思っている。形見の指輪ってのは嘘。存在しないんだ。要が指輪であることには相違無いのだけどね……ブラムの指輪。それにブラムの肖像画、ブラムの魔方陣、そして、異性の血を吸ったばかりの吸血鬼……」


 ヴラコさんは戦士さんの顔を指差します。


「本当はどうにか言い包めて君の血を頂く予定だったのだけど、直前に丁度良い人間が現れてくれて助かった」

「俺の血だとぉ……? ざけんな」


 戦士さんは手に持ったナイフを構え……

 その時、ヴラコさんの左手のリングが、赤く強い光を発しました。

 光は瞬時にして部屋中に広がり、まるで血に染まったようになります。


「……よく分からんが危険だ、逃げろ!」


 赤い光に包まれ、全員目が眩みます。


「ナニナニ、何が起こってるの~!?」


 三人は視界を遮られながらも、部屋の扉方向に向かって駆け出します。

 肩がぶつかったりしちゃってもお構いなしです。

 扉にはフォローさんが最初に辿り着きました。ドアノブを捻り、慌てて外に……


 それとほぼ同時に、赤い光がさーっと引いていきます。

 お兄ちゃんは、まだちかちかする目で、ヴラコさんの姿を確認しようとしました。

 あの魔方陣の上……いません。姿が消えています。


「あ……が……っ!?」


 目が慣れると。

 お兄ちゃんの隣。

 ヴラコさんが戦士さんの首筋に噛み付いて、血を吸っていました。

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