四天王(いろもの)
三人いる四天王の内、巨大ロボットさんを除く二人は、私達一般のモンスターに姿を見せることはほとんどありません。
なので、『今の私』はその二人の四天王の事は、名前さえも知りませんでした。
でも、『前世の私』は知っています。
・四天王のミズノちゃん。
・まだ八歳の魔族の女の子。黒髪白肌ゴスロリ少女。
・ゲーム中での活躍:特になし。
世界を守るには女子供だろうと容赦なくボコボコにしないといけないよね。がコンセプトのキャラです。
……えっと、設定はそれだけです。
あ、製作チームの中二設定大好きちーちゃんさんが
「魔法とか得意なんだろうね、多分。あと魔法効かない系のボスだね、多分」
とか言ってました。だから多分魔法得意で魔法効かないです。
……はい、すみません。未実装のキャラなんです、ミズノちゃん。
大雑把な設定が作ってあっただけです。
ゲームでは途中、四天王の一人目を倒したところでカットを入れてラストダンジョンにワープします。
そしてその一人目とはミズノちゃんではありません。
だから結局ミズノちゃんの出番は無かったんです。
そういうワケで私もすぐにミズノちゃんの事を思い出せませんでした。
今はもう夜中。私はお布団の中で、今日あったことを思い返していました。
今日はたくさんの四天王に会いました。
ミズノちゃんの他には、巨大ロボットさん。
・四天王の巨大ロボットさん。
・魔王軍の兵器。趣味はボランティア活動でのヒーローショー。
・遠隔操作してる博士が本体です。
・ゲーム中での活躍:特に無し。
ということで、このロボットさんも実は未実装のキャラです。
ゲームのカットに伴って出番が無くなりました。
本当は名前は未定で、ゲーム製作チーム内で仮に巨大ロボットと呼んでいたのですが……
この世界ではそのまま本名になってます。
そしてもう一人。唯一ゲーム実装済みの四天王。
実は今日お城で、その人の近くまで行ってたんです。
いや、人っていうか……まあ。
お城の中を案内してもらった時に、ミズノちゃんがこう言ってました。
「右の道は大きなニワトリさんが襲ってくるから、ここは左。それともニワトリさんに会ってみる?」
私はその言葉から察して、絶対に近づかないようにしたんですが……
そうです、つまりもう一人の四天王は、その巨大ニワトリさんなのです。
・四天王のトサカさん。
・とにかく巨大なニワトリ。
・ニワトリだから喋れません。
・ゲーム中での活躍:勇者と対決し負ける。ストーリーカット後、何故か勇者の仲間になっている。
ニワトリです。
ニワトリのモンスターと言うと、尻尾が蛇のコカトリスさんなんかが有名ですが、そういうのじゃなくて純然たるニワトリです。
そして名古屋コーチンです。
居酒屋のメニューで名古屋コーチンの文字を見て、ノリでそのまま四天王にしちゃった事は言うまでもありません。
ただのでっかいニワトリなんですけど、『剣モ』が未完成なせいで、結果として実質ゲーム内で二番目に強いボスキャラです。
ちなみにトサカさんを倒した後、ストーリーカットで急に魔王様のお城に移動する事を、ゲーム製作チームは『トサカワープ』と呼んでました。どうでもいい事ですが……
そう言えば、三人の四天王が各派閥に分かれている、との事でした。
一人がヴァンデ様のお父様派閥、一人が敵対派閥、一人がどっちつかず。
……誰が、どの派閥なんでしょうか?
私は前世の記憶を辿ってみます。
飲みながらちーちゃんさんとそういう話をしてたような気もしますが……
正直ゲーム製作にはあまり関係ないどうでもいい話だったので、あまり覚えていません……
でも前世の私にはどうでもいい事でも、今の私には結構重要です。
大ニワトリのトサカさんは、トサカワープ後に裏切ってヴァンデ様と戦うので、反対派閥派でしょうか?
いやよく考えると、勇者さんの仲間になって魔王軍自体を裏切るので、どっちつかず派かも。
巨大ロボットさんは、わかりません。
ヒーローのイメージから、なんとなく派閥とかとは無縁な気がしますし。
どっちつかず派であって欲しい気持ちが。
ゴスロリファッションのミズノちゃんは、私の胸のバッジを見て笑ってましたね。
親切にしてくれましたし、『またすぐに会う』とも言ってました。
やっぱりヴァンデ様のお父様派でしょうか。同年代の女の子が仲間だと嬉しいです。
うーん、考えてもハッキリわかりません。今度ヴァンデ様に聞いてみましょう。
とにかく少なくとも、この三人の中の誰か一人と、対立して争う事になるんですね。
いやいやいやいや。絶対無理です。無理無理。
特に巨大なロボットになんて勝てるわけありませんよ!
そもそもモンスター最弱の戦闘能力しかない私が、勇者さんを倒して四天王に入るって事自体が不可能な気がするんですけど。
ほぼ反則技のクリスタルレインボーはありますけど、都合よく会心の一撃が出ることはないでしょうし。
でもどうにか頑張って勇者さんを倒さないと、ヴァンデ様に怒られちゃうんでしょうね。
怒られるだけじゃなく最悪死刑でしょうね。
いやしかし、そもそもその前に勇者さんに殺されちゃいますね。
詰んでる……
ふと私は、今日の夕食の席でのお兄ちゃんの言葉を思い出しました。
今日は私の就職祝いという事で、ママは
「プチギのあんたがまさか魔王城にお務めだなんて!」
と喜んで、ご馳走を用意してくれました。
そこでお兄ちゃんが、
「お前は俺と違って、力はないが頭が良い。今は力よりも頭を使う時代だ。ミィならきっとヴァンデ様が言われたように四天王にもなれる」
と、激励してくれました。
私はその言葉に感激しながらも、「頭じゃなくてクリスタルレインボーという力技のおかげですけどね……」と思ったりしたのですが。
力より頭……
私の場合、効率的に頭を使うとなると、やっぱり前世の記憶を利用するってトコロでしょうか。
一応前世の記憶を利用したおかげ(?)で、本当なら勇者御一行と出会った時点で死んでいたのに、今こうして生き残っているわけですし。
前世の記憶。
勇者さんを倒すヒント……
一つだけ言えることは、時間が経てば経つほど勇者さん達はレベルアップして強くなっちゃうので、早く倒しておかないといけないという事ですね。
特にトサカワープが起こっちゃうと勇者さん達はレベル99になって、ヴァンデ様さえも二、三ターンで倒されちゃいます。
そうなったら完全におしまいです。
つまり、勇者さん達がトサカさんと戦う前にどうにかしないといけないんですよね。
でもどうにかするも何も、玉砕覚悟で勇者さんに挑んで、一パーセント以下の確率で出る会心の一撃に掛けてスネを蹴りまくるしか……
無理無理無理。
うーん、でもワープ前にどうにか……ワープ……
そう考えていると、トサカワープについてある事を思い出しました。ワープ後にレベル99になる仕掛けについて。
あれは確か……そうだ。
魔王様のお城の入り口に”透明な箱”のオブジェクトを置いていました。
勇者さんがワープして来た時にその箱が発動し、レベル99になる分の経験値を付与する。そういう仕掛けです。
あの箱、もしかして。
私が使っちゃえば、レベル99の強モンスターになれるのでは……?
もしくは勇者さんのパーティーにしか経験値は付加されない仕組みになっているかもしれませんが。
それでも私が透明な箱を持ち去ってしまえば、勇者さん御一行の大幅パワーアップを未然に防げます。
こ、これはもしかすると、一発逆転の超ナイスアイデアなのでは!
私は居ても立ってもいられなくなり、今すぐ魔王様のお城に向かおうと、布団から抜け出しました!
そして家の扉を開け、夜空の下に飛び出して、真っ暗で怖かったのでまた部屋に戻りました!
明日。明日のお昼に行きます。
―――――
日が昇りました。魔王様のお城に行く準備をします。
ハンカチ、ティッシュ、着替えの上着、ビニール袋、お菓子。これらを全部バッグに詰めて。
さあドラゴンさんの背中に乗って出発です!
……
「早く起きな」
「……はっ!」
高所恐怖症の私はいつの間にか気絶していました。
ドラゴンさんの声で目覚めた私は、背中から降ろして貰い、お城の外庭に立ちました。
「今日は城には呼ばれてないだろう。何しに行くんだい」
「透明の……いやえっと、忘れ物しちゃいまして。えへへぇ」
箱の事を説明すると変な子だと思われそうなので、とりあえずドラゴンさんを誤魔化して、私は城門の方へと向かいました。
歩く途中で後ろを振り向くと、ドラゴンさんはもうお昼寝してます。
さて、例の”透明な箱”は、城門横の深い草むらの中に設置されていたはずです。
草むら……思っていたよりも長い草が生い茂っています。
手入れなどは一切されていないようです。
この中に入って探すんですね。草かぶれしそう……
しかし生き残るためにはやっておかないといけません。
覚悟を決めた私は、草むらの中に分け入っていきました。
と言っても、透明の箱を見つけるのは至難の業な気がします。
休憩しつつお菓子を食べつつ、気長に数日スパン覚悟です。
とりあえず今はそれ以外やる事ないですし。
どんっ
あれ? 今何かにぶつかって
「コケーーーックォーーーッ!」
頭上から急に大きな叫び声が聞こえ、私はびっくりして顔を上げました。
そこには、おっきなニワトリさんが……
「クァーパパパパパッ! クェーーー!」
「あ、あ、わぁ……むぐぅ」
思わず叫び声を上げそうになったので、私は慌てて手で自分の口を塞ぎました。
この巨大なニワトリさんは、間違いありません。
四天王のトサカさんです。
昨日は会わないように避けてたのに。
こんな所で会うなんて。
私は逃げようと後ずさりして……
「コケッ?」
「あっ……」
目が合いました。
……
「コケエエエエエエッ」
「ぇぇぇぇぇえええぇぇぇ」
トサカさんが興奮した様子で私に襲い掛かってきました。
私は後ろ向きの体勢のまま逃げようと、華麗なバックステップを披露しました。
そして言うまでも無く、転んで尻もちをつきました。
もうダメです。
トサカさんの巨大で鋭いクチバシが目の前に迫って……このままでは無残に食べられ……私は恐怖で目を固く瞑り……
つんつん
「コケッ」
「……あれ?」
トサカさんがクチバシで、私のお腹をつんつんと突いてきました。
一瞬、お腹を突き破って内臓食べられちゃうのかと思っちゃいましたが、なんだか妙に優しいタッチ。
恐る恐る目を開けると、ちょうどトサカさんがクチバシで突いている部分、私の上着のボタンが、掛け違えてズレていました。
「え……あの、もしかして……ボタンを注意して……?」
「コケッ」
トサカさんが頷きました。
私がボタンを直すと、トサカさんは満足そうにコケーと鳴きました。
も、もしかして良い人(鳥)?
「あ、ありがとうございます。あの、これお菓子……」
「コケッパッパッパッパッ、クワーーーーッ」
私はお礼と挨拶代わりに、持っていたお菓子を差し上げました。
トサカさんはお菓子を一瞬で平らげ、嬉しそうに鳴いて飛び去っていきました。
ニワトリって飛べるんですね。
飛び去って行くトサカさんを見送った後、私は右手の違和感に気付きました。
なんだか固くてヒヤッとしたものに手を付いています。
見ると、私の右の手の平が地面から浮いていました。
いや、浮いているというより、これは透明なものに手を乗せている……”透明な箱”?
なんと、ものの数分で、目的のものを見つけてしまいました。
―――――
箱を回収した私は、早々に魔王様のお城を去り、自分の部屋に戻ってきました。
通算四度目のドラゴンさんの背中では、高所恐怖症の私はいつの間にか気絶……いやもうこのくだりはいいでしょう。
石英でも無い、トパーズでもない。
見た目は本当に言葉の意味そのままの『透明』で、触ってみないと、そこにある事さえ分からない。
この”透明な箱”は、とても不思議な物質で出来ています。
二十センチメートル四方の立方体で、触り心地は固くてちょっとひんやり。
見えないせいで紛失してしまいそうだなと思ったので、紐をくくって印を付けてみました。
「うーん、可愛さが足りない……やっぱり紐じゃなくてリボンにしておきましょう」
この箱で、勇者さん達がレベル99になるのですが……撫でてみたり、叩いてみたり、頭上に掲げてみたりしても、一向に私のレベルは上がりません。
一体これはどうやって使えばいいのでしょうか?
頭の上に乗せてみたり、寝転んでお腹の上に乗せてみたり、頭上にポーンと投げてキャッチしてみたり、箱の上に立ってバランス崩れて転んでみたり……やっぱり何も起きません。
ちょっと舐めてみたりもしましたが、
「しょっぱい! ぺっぺっ」
思いの外辛かったくらいで、特には何も。
これ実は岩塩とかじゃないですよね。
箱に対する愛が足りないのでしょうか。
私はリボンの他にカラフルな包装紙で箱を包んでみました。
もっとリボンも付けてみたり、星とか書いてみたり、キラキラの石を張り付けてみたり……
「ふー。結構可愛くなりました!」
ある程度デコった所で満足した私は、結局この箱は勇者さん達にしか効果ないんだろうなという結論を出しました。
私がレベルアップできなかったのは残念ですが、これで勇者さんのパワーアップを阻止できます。
とりあえずの目標は達成です。
ヴァンデ様が一方的に勇者さんに倒される事もなくなったでしょうし、勇者さんが魔王様のお城に乗り込んでフリーズするって可能性も低くなったと思います。
私もしかして、就職二日目にして、魔王軍にとても貢献したのではないでしょうか!
いやー、いい仕事したと思いますよ私。
なんとなく達成感と充実感と満足感が身体を満たし、私は一人で鼻息荒く胸を張ってみました。
後残ってる当面の問題は、数日掛かると思って大量に用意してたこのお菓子を、どうやって処分しようかって事くらいですね。
こうして私は、『自分が勇者さんを倒さないといけない』という最大の無理難題がまだ残っている事を忘れ、小一時間程充実したお菓子タイムを満喫するのでした。