洞窟(せまいくらいこわい)
「作戦としては~、人間のオニーサンが囮になって、ダンナが狼に変身して噛み殺して、吸血鬼のオネーサンが血を吸って殺して、ボクが後ろで状況を確認しつつ指示する感じで~」
「お前一人で楽しようとしてないか?」
「なんで俺が囮なんだァ……殺すぞ狐」
洞窟入口に見張り番が二人います。ゴブリンさんと、スライムさんです。
如何にして彼らを倒し、なおかつ仲間を呼ばれる事も無く、洞窟内へ侵入するか。
近くの森に忍びながら、作戦を立てています。
「じゃあね~、オネーサンが色仕掛けであの門番を一人ずつ呼び出して、リンチしよ~!」
「僕が色仕掛けかい? ふふふ。僕みたいなオトコオンナでは、いささか勝算に欠ける作戦だね」
苦笑いで拒否します。
「え~、充分勝算あると思うけど……痛てっ」
ヴラコさんの胸部を見ながら言うフォローさんに、お兄ちゃんがゲンコツを浴びせました。
その姿を見て笑いながら、ヴラコさんは、
「そもそも、ゴブリンやスライムを誘惑するなら、美人のゴブリンや美人のスライムを用意する必要があるのではないかな?」
と、もっともな意見を出しました。
「そんなの、急には用意できねぇだろぉ」
「そうか~、そうだね~。じゃあ別の作戦考えなきゃ~」
どうにも緊張感の無い口調のフォローさんの隣で、お兄ちゃんはしばし何かを考えた後、
「いや……用意できる」
と言いました。
「ほう、君はゴブリン御令嬢のお知り合いもいるのか。しかしここに呼び出すとなると時間が掛かるだろう?」
「今すぐに用意できる」
ヴラコさんの言葉にそう答えながら、お兄ちゃんはフォローさんの顔を見て、ニヤリと笑いました。
「……あ~、ボクまた嫌な予感がして来たな~」
「あら~、素敵なお兄さん。ボ……アテクシと遊ばないかしら~ん?」
美人ゴブリンさんが、見張りゴブリンさんを誘います。
それはもうパーフェクトな美人(ゴブリン視点)だったらしく、「ゴブリン男子の夢と希望が詰まってたんだよ~胸に。あとお尻に」と、後にフォローさんが語りました。
ちょっと意味分かんなかったから私は聞き流しましたけど。
「こちらにいらして~ん。あの木陰に行きましょうよぉ~んうっふふふん」
とにかくその魅惑に、見張りゴブリンさんは乗り気になっちゃったようです。
「グッヘッヘッヘ。おい、ちょっとの間だけ、一人で門番頼むぜ」
「ぎゅぷぷぷぷ」
言葉の内容は分かりませんが、どうやらスライムさんは、ゴブリンさんがお楽しみの間、一人見張りする事を引き受けたようです。
見事ゴブリンさんの誘惑に成功しました。
「こっちよお~ん」
美人ゴブリンさんは草むらの中に入り、手招きをします。
見張りゴブリンさんはそれを追いかけ、スライムさんからは見えない所まで来ました。
「アテクシをお捕まえになってえ~ん」
「ぐっへっへ。つーかまーえ」
ついに美人さんに追いつき、抱き付こうとするゴブリンさん。
しかしその後ろには、気付かれないように近づいて来た戦士さんが。
「寝てろォ」
「ぶぎゃっ……!」
突如後頭部を殴られ、見張りゴブリンさんは変な呻き声を上げながら気絶しちゃいました。
直後にお兄ちゃんとヴラコさんも木陰から現れ、三人掛かりでゴブリンさんを縛り上げます。
戦士さんはついでに、ゴブリンさんが持ってたナイフとお金をちょろまかしました。
よく分かんないけど多分これも美人局ってヤツですね。
「いや~、ごめんねゴブリンさ~ん」
という台詞と同時に、美人ゴブリンさんから煙が立ちました。
一瞬にして、狐耳狐尻尾のお兄さんに姿が変わります。
あの美人ゴブリンさんは、フォローさんの女装……もとい、変化の術で変身した姿なのでした。
「素晴らしいゴブリン佳人ぶりだったよ。もしかして以前にそういう詐欺をしていたのかな?」
「他人に化けるのは狐の十八番。さっきのは前お仕事で会った俳優ゴブリンさんの姿だよ~。スタイルや性格をちょこっとアレンジしたけど~。でももうこんな危険な役割はゴメン……」
「……静かに。隠れろ」
お兄ちゃんが狼耳を立て、指を口に当てました。
皆再び木陰に隠れます。
お兄ちゃんは気絶しているゴブリンさんを抱え、木の上に飛び上がりました。
がさごそと草むらが揺れ、見張りのスライムさんがやってきます。
「……ぎゅっぴぴ?」
どうやら先程のゴブリンさんの呻き声が聞こえ、不審に思ったようです。
きょろきょろと辺りを見回し、ゴブリンさんを探しています。
そこへ、先程のように戦士さんが後ろから近づき……
「ぎゅぴいっ!」
布袋を被せ、スライムさんを詰め込んでしまいました。
「ぎゅっぷっぷ!」
戦士さんは慣れた手つきで袋を閉じ、紐で縛りました。
まるで笑い袋のように、布袋の中からスライムさんの声がします。
しかし戦士さんが勢いよく袋を振り回すと、声が消えました。どうやら気を失っちゃったみたいです。
「ふ~、どうやら美人のスライムには変身せずに済んだね~。容姿端麗なスライムってのがどういうのかイマイチ分かんなかったから、助かったよ~」
フォローさんが安堵のため息をつきます。
戦士さんはスライムさん入りの布袋を木に吊るしました。
ついでに先程気絶させたゴブリンさんも、同じ木に縛り付けます。
「君はこういう状況に慣れているみたいだね。頼もしい限りだ」
ヴラコさんが、吊るされたスライム袋をまじまじと見ながら、言いました。
「ああ。こないだまでの雇い主サマが、目的のためなら盗みだろうと押し込み強盗だろうと何だってやる奴だったからなァ……それより、他の盗賊が気付く前にさっさと洞窟に侵入すんぞォ」
四人は、洞窟に足を踏み入れました。
中は暗く、奥がどうなっているのかよく見えません。
「なるべく見つからないように進みたい所だが……」
お兄ちゃんが呟きます。
盗賊に勘付かれないように、明かり等は点けずに、夜目だけを頼りに進みます。
とは言っても狭い洞窟内、もし敵が偶然近づいて来たら、否応も無く見つかってしまうでしょうが。
先程は門番の二人を騙し打ちで気絶させましたが、もしアジト中で見つかってしまったら、今度は戦闘せざるを得ません。
「実は盗賊団の住処はこの洞窟自体ではなく、ここを抜けた先にある廃墟なんだ。ここは通り道……」
ヴラコさんはそう言って地形の説明をします。
盗賊団拠点となっている廃墟は、まるでバリケードのような天然の岩山に囲まれ、容易に近づけない場所にあります。
なんでも大昔の貴族モンスターさんが建てたお城だとか。
その貴族モンスターさんがお城を出入りする時は、空を飛んで岩山を越えていたらしいです。
「しかし本人が飛べたとしても、城の建築や、家具や食料の運搬、それに家来たちの行き来にはどうしても地上通路が必要だった。だからこの洞窟が掘られたって話さ」
つまりここは自然に出来た洞窟ではなく、人工的に作られた抜け道という事です。
「へ~。さすがオネーサン、下調べバッチリだね~」
「ふふ、まあね」
暫く進んだ後、突然戦士さんが立ち止まりました。
「……危ねえぞ、そこ」
戦士さんは、先頭を歩いていたお兄ちゃんの服を掴み引っ張りました。
お兄ちゃんも立ち止まり、後ろを振り返ります。
「なんだ、何を」
「黙って見とけ」
戦士さんは地面に落ちている大きめの石を両手で抱え、お兄ちゃんが進むはずだった道の先へ放り投げました。
石は鈍い音を立て地面に落ち、少し転がって……
突如、壁から数本の槍が突き出て、空を切ります。
「トラップか……!」
「チンケな罠だけどなァ」
戦士さんは、槍を全て根元から叩き切りました。
「へ~。良く分かったね~、人間さん」
「慣れてんだよぉ、こういうの」
ゲーム内での話になりますが、戦士さんはトラップ解除のスキルを持っています。
まあゲームシステム中には特にトラップらしいトラップは無いので、正直言うとただの名前だけの死にスキルでしたが……
それも現実となると、結構活躍出来るようです。
前世の私、美奈子さんが思い付きで付けてた名前のみスキルが、四人を救ったみたいですね。酔っ払いのわりにはナイスです。
「すまん、助かった。ありがとう」
「……礼とかすんな、気持ち悪りぃなぁクソ狼。たまたま気付いただけだ」
不愛想に睨む戦士さんに、お兄ちゃんは苦笑しました。
とにかく気を取り直して、四人は再び前へ進もうとしたのですが……
急に、前方が明るくなりました。ランプの光。
暗闇に慣れていた目が眩みます。
「なんだ!? なんだ貴様らは!」
不味い遭遇です。
盗賊に見つかってしまいました。見張りの交代時間だったのでしょうか。
相手は二人。一つ目の悪魔さんと、人間さんです。
「は~、ホントに人間もいるんだ~」
呑気に喋るフォローさん。
お兄ちゃんと戦士さん、そしてヴラコさんは戦闘態勢になり、構えます。
「どうやらここからは戦わないといけないようだね。出来ればお城に着くまでは、戦闘したくなかったのだけど」
ヴラコさんはため息をつきながら、牙を光らせ言いました。
「違う種族の方が戦い易いだろぉ? 俺はあの一つ目、お前らはあの人間をやれ」
そう言って戦士さんは、一つ目さんに向かってナイフを投げ放ちました。
先程ゴブリンさんから頂戴していたナイフです。刀身が光っています。魔力を込めたようです。
一つ目さんは慌ててそれを避けようとして……光るナイフに気を取られすぎ、気付けなかったのでしょう。一瞬のうちに距離を詰めて近づいた戦士さんに、首を一気に掻き切られます。
断末魔を上げる事無く倒れ込み、動かなくなりました。
「クソ弱ぇ」
戦士さんがそう呟いて初めて、盗賊の人間さんは、相棒の一つ目さんの身に何が起こったのか理解したようです。
「お、おい!」
「お前はこっちだ」
一瞬の出来事に驚き慌てる人間さんの頭に、お兄ちゃんは振りかぶった右拳を思いっきり叩きつけました。
人間さんは「ぬぎゅえっ」と声を立て、気絶。
「お二人ともお見事。どうやら僕の出番は無かった……」
その時、洞窟入口側の道が光りました。またもやランプの灯りです。
「……でも無いようだね」
「おい何だ今の音は! 見張りもいなかったぞ、どういう事……誰だ、お前たち!」
光の中から叫び声がしました。
後方から、人間さんがもう一人来ちゃったようです。
一番後ろにいたフォローさんは、慌ててお兄ちゃんの傍に避難します。
「お前たち、もしや俺たちを捕まえに来た……」
「ちょっと黙っててくれないか。僕らがお巡りさんに見えるかい?」
ヴラコさんは人間さんに近づき、尖った爪で両目をトンッと突きました。
「うがっ!?」
人間さんは痛そうに両目を閉じ、手で抑えます。
その隙にヴラコさんは、人間さんの背後に回り込み、首筋に噛み付きました。
人間さんは充血した目を見開きかすれた呻き声を上げ、しばらくすると白目になり、昏倒しました。
「偏った食生活をしているようだね。酷い味の血だ」
ヴラコさんは口の周りをハンカチで拭きます。
「ここにいてはまた賊と出くわしてしまう。さっさと先に進もう」
「そうだなァ……あーあ、汚ぇ血が髪に付いちまったよぉ」
お兄ちゃん、戦士さん、ヴラコさんの三人は、そう言って再び歩き出しました。
三人に遅れて、フォローさんも前へ進みます。
「皆、なんか怖ぁ~い……ボク、広報職だからこういうの苦手なのにぃ~」
駆け足になって、お兄ちゃんの背中にくっ付きました。いざという時の盾にするつもりみたいです。




