お日様吸血鬼(ざっしゅ)
ちょっとした騒ぎになったため、いつの間にか周りに野次馬さん達が集まってたみたいです。
「ありがとうございます」
鬼姉妹のお姉ちゃんが、泣きじゃくる妹さんの手を握りながら、お兄ちゃんにお礼を言いました。
お兄ちゃんはちょっと照れながら、返事の代わりに無言で頷きます。
私と同じく、褒められたりお礼を言われると照れちゃう家系なのです。
女の子達は次に、戦士さんの元へ駆け寄り、お礼を言いました。
「黙れ、うっとおしい」
とそっぽを向く戦士さんの姿を、お兄ちゃんは不思議そうな顔で見ます。
その時、野次馬の中で、一人の女性が軽い拍手をしました。
「素晴らしいね、お二人」
拍手をした女性はそう言いながら、お兄ちゃん達に近づいて来ます。
スラッとした体形にフィットする、肌を隠すような長袖の服。それにつばの広い帽子。
日光を遮るための格好。どうやら吸血鬼さんみたいです。
「お二人は、お友達なのかな?」
女吸血鬼さんは、女性的な見た目に反する男性っぽい喋り方で、そう聞いてきました。
「お友達でもお仲間でもねぇよ」
「ただの知り合いだ」
と、二人は答えます。
「そうなんだ。まあでもお知り合いならば、知らない仲よりは共闘しやすいよね?」
「……? 何だぁ、テメエは」
怪訝な視線を向ける二人に向かって、女吸血鬼さんは微笑みながら言いました。
「僕は吸血鬼ヴラコ。あなた達、僕と一緒にパーティーを組んで、冒険してくれないかな?」
―――――
「な、なんで急に洞窟なんかに行くのさ~? その人間のオニーサンも一緒? その吸血鬼のオネーサンは誰? ねえ、なんで~?」
フォローさんが混乱しています。
店の前で待ってるはずのお兄ちゃんが、ふらっといなくなって。
探していたら、裏通りから急に人間が吹っ飛んできて壁に大激突。
それにより集まった野次馬達の中に割り込んで行って、足を踏まれたり圧迫されたり。
やっとお兄ちゃんを見つけたと思ったら、開口一番、
「今から町の外へ出る。洞窟へ行き、そこを根城にしている盗賊たちから宝を奪い返す」
と言われたのです。
「こちらの狐さんもお知り合い?」
「そうだ。こう見えても魔王軍の兵士。役に立つだろう」
「何に役立つと思ってるのか知らないけど、嫌な予感がするな~……一応言っておくと、ボク広報担当なんだけど~?」
文句を言うフォローさんに対し、女吸血鬼さんは、
「僕は吸血鬼ヴラコ。よろしくね、狐さん」
と、改めて自己紹介しました。
その後、今回の冒険の目的をフォローさんにも説明します。
「実は、親の形見の指輪を、盗賊団に盗まれてしまったんだ」
その盗賊団は、町の近くにある洞窟を拠点に活動しているとの事です。
「取り返したいが、僕一人ではどうにも無理そうでね。報酬をはずむ約束で、こちらの狼さんと人間さんに協力を願った。お二人はそれを快諾してくれたのさ」
というヴラコさんの説明に続き、お兄ちゃんは承諾した理由を説明します。
「俺は別に報酬はいらんが、助けてくれと頼まれたのなら、断る理由は無い」
「はぁ、ダンナはそういう恥ずかしい台詞良く言えるね~。そちらの人間さんも困ってる人を助けられない系~?」
茶化すフォローさんの言葉に、戦士さんはちょっとイラっとした表情で、
「言っとくが、俺は報酬目当てで雇われただけだからなァ。今無職で金困ってんだよぉ」
まるで何かに言い訳するように理由を喋ります。
「ところでその報酬ってのは、おいくら~?」
「これだけ払おうかと思ってるよ」
ヴラコさんはフォローさんに小切手を手渡しました。
「どれどれ、一、十、百……こ、こんなに~? 行く行く! さっきお小遣い無くなって困ってたんだ~! ボクも行きま~す!」
こうして冒険の仲間達が揃いました。
「僕たちが立ち向かう盗賊団ってのは、あのならず者達だらけの町にさえも馴染めなかった、心底からのはぐれ者集団さ」
町を出て、洞窟へと向かう道の途中。ヴラコさんが敵の情報を皆に伝えます。
「しかし、はぐれ者同士で気が合うんだろうね。盗賊団としての統率は取れているとの噂なんだ」
「統率? 盗賊がか?」
お兄ちゃんが信じ難いと呟きました。
「発端があのモンスターも人間も関係無い町なだけあって、盗賊団もモンスターと人間の両方で構成されているんだ。各々の特性を生かした連携技を得意として、人間軍の小隊を襲って勝利した事もあるんだってさ」
「モンスターと人間の連携だと? そんなものあり得るのか」
「仲が良いんだね~」
フォローさんの感想に、ヴラコさんは微笑みながら頷きました。
「そうだね。世界ではモンスターと人間で戦争しているというのに、盗賊のような小さい悪党がお互い仲良くやっている……皮肉なものだね。ふふふ」
「そう言えばよぉ。吸血鬼なのに、こんな真昼間から太陽の下出歩いてて良いのかぁ?」
戦士さんが、ふと気付いたような顔で、ヴラコさんに質問をしました。
「ああ、その事」
案内がてら先頭を歩いていたヴラコさんは、振り向いてクスリと笑いました。
身体のラインが出るようなピッチリめの服を着ていたんで、振り向きざまに胸がぷるんと揺れて目のやり場に困ったよ~。
と、フォローさんがこの時の事について言ってました。
私は「セクハラ発言はやめてください」と抗議を……すみません、これはどうでも良い事ですね。
話を戻します。ヴラコさんはクスリと笑った後、戦士さんの質問に答えました。
「僕は吸血鬼と言っても、雑種なんだ。日の光を浴びても平気なのさ」
「雑種ぅ?」
「そう、雑種」
吸血鬼の雑種。
この世界の吸血鬼は二種類います。
純血種と呼ばれる、正統派な吸血鬼。
人間の血を吸い、生命力を奪うモンスター。
強靭な肉体と強大な魔力を持ちますが、日光だったり、ニンニクだったり、日常生活を送る上で不便そうな弱点も多いです。
血を吸った後の人間を、吸血鬼に変えてしまう能力もあります。
そしてその血を吸われて吸血鬼になっちゃった元人間、及びその子孫達が、雑種吸血鬼と呼ばれています。
人間の血を吸い生命力を奪いますが、その人間を吸血鬼化させる事は出来ません。
それだけでなく、純血種に比べると、肉体も魔力もかなりパワーダウンしちゃってます。
ただその代わりに、日光やニンニクも平気です。
「デイ・ウォーカーなんて洒落た呼ばれ方もするけどね。他にも昼吸血鬼だったり、お日様吸血鬼だったり……」
ヴラコさんは「雑種って呼び方が一番ポピュラーだけどね」と言って、声を立てて笑いました。
「同じ吸血鬼でもそんなに変わるもんなのかァ?」
「そもそも雑種は、純血種の手下でしかないからね」
日光を浴びても平気な手下を作り、自分の代わりに昼間の用事をやらせる。
そして反乱なんかを起こさせないよう、力を弱くし、仲間を増やす能力などは使えなくする必要があった。
といった事を、ヴラコさんが説明しました。
「人間にも広く知れ渡っているような名のある吸血鬼は、全員純血種さ。君が吸血鬼イコール日光に弱いってイメージを持っているのは、人間はそういう高名な吸血鬼の事しか知らないからだね。彼らは世界中に数える程しかいない超エリート種族。それに比べて、その辺をうろうろしている吸血鬼達は、だいたい僕のような雑種なのだよ」
ヴラコさんは歩く速度を少し落とし、戦士さんの横につきました。
「だから僕が血を吸っても、君は吸血鬼にはならない……ふふふ、試してみるかい?」
戦士さんは「冗談じゃねぇ、ごめんだよ」と呟き、再度質問をします。
「じゃあなんでテメエは、そんな日光を遮るような服や帽子してんだぁ?」
「日光で死ぬことは無いが、それでもやはり普通の人間よりも日焼けに弱いのさ。これでも僕は女の子だからね。これは紫外線対策」
そう言って、かぶっている帽子のつばを軽く摘み、ちょっとだけ持ち上げ、悪戯っぽく笑いました。
「ちなみに僕は純血種に血を吸われたわけでは無く、先祖代々、由緒正しい雑種なのさ。それも変な言い回しだけどね……さて」
ヴラコさんは前を指差しました。
「早くも到着したね、あの洞窟が目的地だ。皆、用意は良いかい?」




