苺(うま)
これは、後になって聞いたお話です。
私が化け猫の町で、巨大猫パンチのサンドバッグになっていた日。
その日は、お兄ちゃんも休日でした。
同じくお休みのフォローさんと二人で、遊びに行ったらしいです。
「俺は狼だ。ギャンブルはしたことが無い」
「それって狼関係あるの~?」
二人は、ちょっと遠出したみたいです。
モンスターと人間、どちらの領土でも無い中立の町。
中立と言っても、平和主義というわけではありません。
どっちの領土か曖昧なまま、モンスターと人間双方のならず者達が集まって……しかし法の秩序が無い代わりにお金が全てを支配する事で、逆に治安が保たれている町。
ギャンブルが主要産業です。
ゲーム的に言うと「ギャンブル出来る金稼ぎポイント」って意図で作られた町です。
「どの苺が一番最初にゴールに着くか、予想するだけなんだよ~」
そしてフォローさんは、お兄ちゃんをギャンブルの道に引きずり込むつもりで、この町へと連れて来たのです。
私が化け猫くじを引いているときに、奇しくもお兄ちゃん達もギャンブルやってたんですね。
「ちなみにボクの研究結果によると、今日のレースは三番六番辺りが固いかな~。ダンナもそうしなって~」
「そうか……」
返事をしながらお兄ちゃんは、鼻をひくつかせます。
近くには、番号ゼッケンを付けた苺さん達が柵に囲まれ待機しています。
「俺は五番に賭ける」
「ボクの話聞いてた~?」
二人が話していたのは、この町名物のギャンブル『苺バズーカレース』です。
その名の通り、苺バズーカと言う種族のモンスターさん達が、レース場を一周します。
ちなみに苺バズーカとは、苺の画像をパソコンに取り込んでそのままグラフィックに使っちゃった、悪ノリから生まれた悲しきモンスターさんです。
その日のレースの結果は、一着が五番。お兄ちゃんが単勝で賭けた苺です。
ついでに言うなら、フォローさんの賭けた三番は転倒。六番も転倒。
「ど、どうして~……なんでダンナは五番が勝つって分かったのさ~」
「一番旨そうな匂いがした」
苺で一発当てたお兄ちゃんは、手持ちのお金が無くなったフォローさんに、ご飯を奢ってあげました。
「いや~。ダンナはギャンブルの才能あるよ~」
「偶然だろう」
お肉多め野菜少な目なお料理を食べながら、お話します。
「そう言えば、ダンナも妹ちゃんと一緒の軍派閥に入ったんだよね~。それで何か面白い事起きた~?」
「別に面白い事は起きていないが」
お兄ちゃんは食べる手を休めずに答えます。
「勇者がまた人狼の里に来そうになったら、すぐに俺に連絡と援軍が来るらしい。あと一応予算上限が増えた。部下なり武器なりを好きに増やせばいいだとさ」
「予算~? それって、派閥に入ったから贔屓されたって事~?」
「多分な。それにミィの影響もあるだろうな」
私が魔王軍四天王になった事で、人狼族全体の待遇が良くなったという面も……もしかしたら、あるかもしれません。
「長老達の目算も当たったみたいだな。しかし予算が増えたのは良いが、その見返り分、どんな働きをすれば良いのかが分からん」
「ふ~ん」
一体何を期待されているのか。どう働けばいいのか。それが分からなくて、困っちゃったらしいです。
「とりあえず勇者を倒せばダンナの手柄。そのダンナの手柄が結果的にディーノ様の手柄になる流れなんじゃないの~?」
「……そういうものか?」
「分かんないけど多分そうだよ~。まあ、お仕事なんて適当適当。適当にやる事やってりゃ問題無いって~」
アドバイスだかなんだか分からない言葉に、お兄ちゃんは苦笑いして……ふと、奥の席に目を向けました。
ちょうど一人の男が座りました。この位置からは横顔しか分かりませんが、見覚えのある姿です。
「勇者を倒せば俺の手柄、か。怖い程のタイミングの良さだが、その手柄を立てるチャンスが今来たようだ」
お兄ちゃんは立ち上がり。奥の席の男性に近づきました。
その人は歩いて来るお兄ちゃんに気付き、驚きながらも、逃げる様子はありません。
「勇者の元へ案内して貰おうか」
「へぇ……あんた、あのクソチビの兄貴じゃねぇか。こぉんなトコで会うとはな」
その男の人は、勇者さんの仲間。戦士さんでした。
戦士さんは半笑いでお兄ちゃんを睨みつけます。
「ちょっとダンナ~。こんなトコで喧嘩する気~?」
フォローさんが慌ててお兄ちゃんを追いかけてきました。
「勇者のいる場所を教えて貰うだけだ。だが素直に教えてくれんのなら……」
「血気盛んだなァ」
威圧するお兄ちゃんに、戦士さんはおちょくるような態度を取ります。
「でも落ち着きなって。勇者の居場所は知らねぇ。つーかもうアイツのパーティーから抜けたんだよ、俺はぁ」
「何……?」
「てめえの妹のせいで調子狂ってなぁ、あの勇者から逃げて来たんだよ」
そう言って、コップを手に取りお水を一口飲みます。
「妹のせいって……ねえダンナ、このオニーサン、妹ちゃんに負けちゃったりしたの~?」
「ああ!?」
「わあ、怖~い」
小声で呟いたフォローさんの台詞に対し、戦士さんが睨みつけます。
「もう勇者とは関係ないという事か……本当だろうな?」
「別に信じなくてもいいけどなぁ。とにかく、俺を拷問しようが殺そうが、勇者の居場所は分からねえぜぇ?」
「……ふん」
お兄ちゃんはそれ以上は何も言わず、回れ右して元の席へと歩き出しました。
「あの人間、放っておいていいの~? 勇者の仲間から抜けたっての、嘘かもよ~?」
「おそらく本当だろう。確かに奴からは勇者の臭いが消えている。あの血生臭さが……」
その後は、ちょくちょく戦士さんの方を気にしながら、料理を食べました。
お兄ちゃんの口数も減り、フォローさんはちょっと気まずかったとの事。
「嫌! 離して下さい!」
「そっちからぶつかったクセに、酷い言い草だなガキ!」
「ひっ……」
お兄ちゃんがレストランから出た時、どこかから言い争う声がしました。
ちなみにその時フォローさんは、お手洗いのためまだ店内にいたそうです。
気になって耳を澄ますと、言い争いの声は、近くの裏通りの方から聞こえてきます。
「おい良く見てみろよ、このガキまあまあ良い顔立ちだぜ。高く売れそうだ」
「ヤダ! やめろよ!」
「お、お姉ちゃん……ぐすっ」
何やら物騒な会話です。
お兄ちゃんは裏通りに入っていきました。
そこでは鬼さん二人と、人間さん二人が揉め事を起こしていました。
鬼さんの方はまだ子供で、女の子。十歳ちょっとくらいの子と、七、八歳くらいの子。姉妹みたいです。
一方で人間さんの方は、背の高い大人の男性二人組。
言い争いと言うよりは、人間さんが、子鬼さんに一方的に因縁を付けています。
「こんな町にいるんじゃ、どうせ遅かれ早かれ親に売られちまうだろう。俺たちが早めに換金してあげるって……うおあっ!?」
「やめておけ」
お兄ちゃんは人間さんに後ろから近づき、いきなり背中を蹴り飛ばしました。
人間さんは倒れ込み、鬼姉妹はそれを避けます。
「なんだお前は!」
蹴られなかった方の人間さんがそう叫びながら、ふとももに掛けたホルスターからナイフを抜き出し、お兄ちゃんに襲い掛かります。
「狭いな、ここは……」
そう呟きながら、お兄ちゃんは右へステップを踏みナイフを避けました。
お兄ちゃんは、五メートルもある巨大な狼に変身する事が出来ます。
しかしこの狭い路地裏では、身体が収まりきれません。
「大通りに出て貰うぞ」
ナイフを空振りよろける人間さんを、思い切り蹴り飛ばしました。
人間さんは裏通りから飛び出し、壁に激突し失神します。
変身するまでもなく一人倒しました。
「お姉ちゃぁーん!」
「う、動くなこの狼野郎!」
振り向くと、うつ伏せに倒れていた人間さんがいつの間にか起き上がり、姉妹のお姉ちゃんの方を羽交い締めにし、首にナイフの刃を近づけていました。
妹さんはそれを見て、泣きじゃくっています。
「た、助け……」
「黙れ! お、おいお前、この娘殺されたくなけりゃ手を挙げて棒立ちになってろ!」
興奮しているようです。
お兄ちゃんから距離を取り、じりじり歩きながら裏通りから出ようとしています。
「くそっ……俺はいつも詰めが甘い……」
お兄ちゃんは言われた通り両手を挙げます。
人間さんはお兄ちゃんを警戒しながら、大通りに向かって後ろ歩きをします。
「へ、へへへ……じゃあな狼の兄ちゃん」
そう捨て台詞を吐き、女の子を連れたまま逃げようとし……
後ろから、ナイフを持った方の腕を掴まれました。
手首をねじられ、ナイフを落とします。
「いでででで! な、な、なんだテメ」
「うるせぇから死んどけ」
人間さんの腕を掴んだのは、元勇者さんの仲間。戦士さんでした。
戦士さんは、人間さんの股間を思いっきり蹴り上げ、更に顎の下に強烈なパンチをお見舞いします。
こちらの人間さんも失神しちゃいました。
鬼の女の子はその隙に逃げ出し、妹さんの方に駆け寄りました。
お兄ちゃんは、口をあんぐりと開け、呆然とその様子を眺めていました。
そのお兄ちゃんの視線を感じ、戦士さんは苦々しい顔で呟きます。
「たまたま通りかかっただけだよ……見るな、クソ狼」




